457.決戦の地へ
イルシオンとヴァレリアが合成魔獣と相対するべく、王宮を離れた直後。
妖精族の里へも、ミスリアの異変を伝える者が来訪する。
……*
「うし、一応の形にはなったな」
額から流れる汗を拭いながら。完成した魔導具を前にしてマレットは笑みを浮かべていた。
その隣では、一仕事を終えた小人族の王が腰を下ろして大きく息を吐いていた。
「ったく、お前さんたちはいつも無茶苦茶を言いやがる」
「つっても、ダンナだって楽しんでるクセに」
「まあ、な」
見透かされていると、ギルレッグはばつの悪い顔を見せる。
妖精族の里で共に研究を行うようになってから、もうすっかりとこの生活にも慣れてしまった。
今回の魔導具だってそうだ。ギルレッグははっきりとした理論を把握できていない。
ただ、求められるがままに。仲間を信じて神槌を振るう。
無心で製作に取り掛かれる様は、楽しくて仕方が無かった。
「僕たちの作品も取り付けてくれたんだね」
出来上がった魔導具へ手を伸ばしながら、テランは口元を緩める。
アイデアの元はピースが。基礎設計はマレットが行っていた作品。
自分は己の考えを補足しただけであるにも関わらず、味わい深い感慨深さがあった。
「ああ。元々、コイツに取り付けるつもりだったしな」
ピースとテランの共同作品を、マレットは何度も掌で叩く。
そこには自分の設計を見事形にしてくれたという安堵よりも、してやられたという感情が込められている。
「しかし、アタシの設計とは大分違う形になったな。
まあ、間違いなく火力は上がるだろうけどさ」
テランはこう見えて、案外ノリがいい。
彼の義手から放たれる槍は、ピースの妄想をマレットが具現化したものだ。
搭載された直後こそどの場面で使えばいいのかと迷いはしたが、見事役に立って見せた。
それからだ。テランがマレット同様に、ピースの前世に強い興味を抱いたのは。
緑髪の少年が話す、ここではない世界の話はいつだって刺激的だった。
今回の魔導具だって例外ではない。
漠然と、誰かがそうしたいと考えたりはしただろう。
もしかすると、いつかはマレットが実現していたかもしれない。
それでも、彼の知識があったからこそより早く高みへ辿り着いたのは紛れもない事実だった。
ピースの世界で実用化されていたもの。そして、その世界での御伽噺に登場するもの。
魔力が支配するこの世界ならば、それらを組み合わせる事も決して不可能ではない。
故に、実現した。
切り札となるべき魔導具が、想像などではなくはっきりとした形で誕生したのだ。
「ピースと一緒にロマンを追求した結果だね。
そもそも、ベルだって最後の仕上げは楽しそうに参加していたじゃないか」
「ていうか、結局細かい部分はマレットが造っただろ。共犯だ共犯」
「へへ、まあな」
マレットは、どこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
皆の協力があったとはいえ、突貫工事でこれだけの魔導具を造れた事に彼女は満足をしている。
「ベルさんたちは基本的にやり過ぎなんですよ。いや、助かってはいますけど」
「オリヴィア」
満面の笑みを浮かべ、完成した魔導具をまじまじと見つめる。
そんなマレット達に呆れたように息を漏らしたは、別班で魔術の構築を行っていたオリヴィアだった。
「つっても、アタシに出来ることはこんなんだしな。
そういう意味では、アタシでは手の届かないお前たちの方が気になる」
今回、オリヴィアとストルにはある魔術の研究を進めるよう依頼をした。
役割としては保険に近いが、実用化できるかどうかで状況は大きく変わってくるだろう。
「元々、基本となる術式自体は完成していますから。
後は自由に運用できるよう、書き換える術式を構築するだけ――」
「ということは、完成したんですか?」
木の枝を拾い、地面に術式を描いていくオリヴィア。
彼女の口振りでは、左程難易度が高くないようにも窺える。
期待を込めてピースが問うと、ストルが肩を竦めて見せた。
「半々と言うべきだろうか」
「なんだ、そりゃ」
煮え切らないストルの返答に、眉を顰めるマレット。
頬を膨らませたオリヴィアが、木の枝を放り投げながら補足する。
「質量とか、魔力総量の問題ですかね。とにかく、自由に使おうと思えば燃費が悪すぎます。
考えられる最大を想定すると、わたしとストルの魔力を合わせて一回使えるかどうか……」
「それはまた、大層な消耗だね」
ストルの様子を見るに、オリヴィアの発言は満更大袈裟に語っている訳でもなさそうだった。
オリヴィアは人間の中では屈指の魔術師だ。ストルに至っては、潤沢な魔力を持つ妖精族。
その二人が力を合わせて、一回使えるかどうかと云うのだから、相当な燃費の悪さなのは間違いないだろう。
「まあ、あくまで保険ですから。使わないに越したことはないんですけど」
「……だな」
組み上げた魔術を行使するかどうかは、シン達に懸かっていた。
使わないのであれば、自分達も魔力が温存できる。
恐らくは世界再生の民も、次の戦闘ではなりふり構ってはいられないだろう。
なるべくなら、自分の魔力は世界再生の民の迎撃に備えたい。
そんな彼女の願いは、救けを求める来訪者によりあっさりと打ち砕かれる事となる。
「ベルちゃん! みんな! ミスリアから、イレーネちゃんが!」
息を切らせながら、リタが研究所へと現れる。
その様相とミスリアの第二王女が現れたという内容から、皆の脳裏に同じ単語が浮かび上がる。
「ああ、もう少し煮詰めたかったのに……。
ホントに、空気の読めないヒトたちですね……」
両手で顔を覆いながら、オリヴィアは天を仰いだ。
間違いなく、世界再生の民が現れた。それも、ミスリアに。
運命は決して、自分達の都合に合わせてくれはしない。
無慈悲にも、そう告げられているような気がした。
……*
「フローラ! 皆さん! お願いです、力を貸してください!」
「イレーネ姉様、落ち着いてください。
一体、ミスリアで何が起きているのですか?」
フローラが落ち着くよう促すが、イレーネの興奮は収まらない。
息も絶え絶えの様子のイレーネからは、相当な焦りが窺える。
それもそのはずだった。護衛も用意出来ず、たった独りで。
イレーネは転移魔術を使用してから妖精族の里まで、全力で駆け抜けて来たのだろう。
そうしなくてはならない事態が、ミスリアで起きている。
「ミスリアの郊外に、新種の魔物が現れて……。
それで、龍騎士が次々と倒れて……。
今はヴァレリア達が向かったところなのです!」
「新種の魔物……」
不穏な単語を前にして、トリスの目の色が変わる。
思い浮かぶのは、人造鬼族として身体を弄られた双子の兄。
彼は人間の限界を超える程に筋肉を膨張させていた。
それと同じ。ひょっとすると、それよりも禍々しい存在が造られたのかもしれない。
未だ意識を取り戻さないスリットの事を想うと、トリスは他人事だとは思えなかった。
「イレーネ様。ビルフレストや、『強欲』の男……。
それに、邪神はミスリアに現れましたか?」
オリヴィアの問いは、テランやマレットも気になっていた。
主戦力である邪神の適合者。または邪神そのものが現れたのであれば、優先順位は自ずと彼らへと移り変わる。
逆説的に考えれば、むしろ敵将を討ち取りたいミスリアからすれば姿を現して欲しい存在でもある。
「いいえ……。彼らが王都を狙うことを懸念して、ヴァレリアは最低限の人数で迎撃に向かっているのです」
けれど、彼らも自分達の狙い等お見通しだろう。
姿を現さない事で、ミスリアの動きを制限しようとしている。
その新種の魔物に全兵力を投入してしまえば、ビルフレストを止められる者が王宮には残っていない。
結果として、蹂躙を許してしまう。
相変わらず厭らしい手を打ってくると、オリヴィアは奥歯を噛みしめた。
「リタ、どうする?」
小人族の王であるギルレッグは、リタへ決断を求める。
ミスリアと同盟を組んでいる中で、魔獣族の王はこの場に居ない。
ギルレッグも王という立場だが、前線には立たない。無責任に戦地へ仲間を送るような真似はしたくない。
酷かもしれないが、リタへ判断を委ねる事を選んだ。
「行こう」
リタは、迷う事なく決断をした。
悪意から世界を護る為に、同盟を結んだのだ。尻込みする理由など、無かった。
「ありがとうございます……!」
感謝を示す方法が解らないもどかしさを胸に抱きながら、イレーネが立ち上がる。
追従したフローラと共に頭を下げる事が、今の彼女に出来る精一杯だった。
「ううん。そのための同盟だもん。
私も平和になった後のミスリアへ遊びに行きたいもんね」
これまで都合三度、人間の国へ赴いたはいいものの、色々な目に遭ってきた。
状況を考えると仕方がないのだが、リタとしては思うところがある。
一日でも早く平和が訪れ、自分ももっと人間の世界を知りたい。
彼女の欲求は、日に日に増していた。
「その時は、歓迎してくれると嬉しいかな」
「勿論です!」
だから、必ずミスリアは護って見せる。
そう受け取れる宣言を前にして、イレーネは一層頭を深く下げた。
「それじゃあ、わたしたちは準備を始めますね」
戦いに備えるべく、徐にオリヴィアが立ち上がる。
いつまでも時間が欲しかったと愚痴を言っても仕方がない。
今は一刻も早く、ミスリアへ向かう事を優先した。
「あ、そうだ。ベルさんは別行動ですよ」
「解ってるよ」
解っていると思うけれどと、念を押すオリヴィア。
彼女の真意を理解しているマレットは、憎まれ口を叩く事なく静かに頷いた。
「転移魔術の設置先が戦場になっているので、ミスリアからの移動は出来ません。
幸いそれは動くと思うので、何とかなるとは思いますが……」
オリヴィアの言葉は暗に、護衛をつけられないと言っている。
世界再生の民と接触をすれば、マレットは逃げる外ない。
極めて危険ではあるが、万が一に故障をした場合は彼女以外に修理が出来ないのだ。
他の誰にもできない役目だった。
「何かあったら、即座に逃げるから心配すんなって。
動くところまでこぎつけてくれたのは、ギルレッグのダンナに感謝だな」
「なに、こう何度もお前さんの設計で造ってりゃ手癖も解ってくるってモンよ」
「はは。これからも頼りにしてるぜ」
肩を竦めて見せるギルレッグへ、マレットはケタケタと笑う。
試運転もまだだが、何も心配はしていない。信頼できる仲間が造ってくれたものなのだから。
「アタシは絶対にシンの元へと向かう。
オリヴィア、ストル。その後のことは任せたぞ」
「はい。ベルさんと違って、こっちはぶっつけ本番の心配をしてますけど。
まあ、これでも天才魔術師として名を馳せましたからね。やってやりますよ」
「オリヴィアの言う通りだ。こちらは必ず成功させてみせる。
そのためにも、ベルはベルの為すべき事を成してくれ」
長い年月をかけて、試行錯誤を繰り返してきたマレット。
彼女はその経験と頭脳故に、魔導具を造る際に引き出しが多い。
一方で、オリヴィアとストルが本格的に魔術を創り上げたのはここ数ヶ月の話だ。
完成した魔術の改良と言えど、必ず不確定要素が顔を覗かせるだろう。
それでも、オリヴィアは弱音を吐かなかった。
ここまで自分を引き上げてくれた皆に申し訳が立たないから。
何より、自分の可能性を一番信じているのは自分で在りたかったから。
「アテにしてるよ」
マレットが呟いたその言葉に嘘はない。
そうでなければ、最初から魔導具の製作に力を貸してもらっていた。
誰よりもオリヴィアを評価しているからこそ、彼女に託すという選択を採った。
誰かをアテにするなど、マギアに居た頃では考えられない。
事が起きる度に、マレットは否が応でも実感させられる。
自分は本当に幸運なのだと。そして、その幸運をくれた青年の元へ、彼女は向かう。
「マレット。本当に、何かあったらすぐ逃げろよ」
尤も。それはあくまで彼女の中での話。
そんなマレットを心配する者が居るのも必然だった。
ピースは無茶をしないだろうかと肝を冷やしながら、マレットの身を案じた。
「解ってるっての。つーか、戦場へ向かうのはお前たちの方なんだ。
そっちこそ気をつけろよ」
「解ってるよ」
心配無用だとマレットはピースの胸をトンと叩き、逆に彼らの身を案じる。
複雑な表情を浮かべていたピースだが、目が合うとやがて互いの表情が綻ぶ。
マレットはシンの元へ。
リタを初めとする主戦力はミスリアへ。
決着をつけるべく、皆が皆。自分のやるべき方向へと舵を切った。