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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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455.そして最後の戦いが幕を開ける

 転移魔術を経てミスリアへ。

 ミスリアから、またその先へ。


「シン、ドコ行ってるの?」

「ちょっとな」

「むぅ」


 シンの背中を追いながら、フェリーは行先を訪ねる。

 けれど彼ははぐらかすばかりで、はっきりとした場所を言う事は無かった。


 本来なら痺れのひとつも切らせて問い質す所だが、今のフェリーは彼を信じるのみだった。

 今回の旅には自分だけではなく、イリシャも同行している。

 ユリアンに関わる事なのだろうと想像するのは、容易かったからだ。


 ただ、いくらなんでも空気が重すぎる。

 ある意味ではいつも通りのシンは兎も角、イリシャまでも口数が少ない。

 

「イリシャさん。あまり見ない格好だね? 新しい服?」


 イリシャの格好は、旅をする為に動きやすい服を選んだのだろうか。

 薄手の生地に、妖精族(エルフ)の意匠を取り入れたような紋様が織り込まれている。

 遠目に見てもスラっとしたシルエットを強調するその服は、彼女によく似合っている。


 ただひとつ、違和感があるとすれば。彼女の左腕には腕輪が身に着けられている。

 多少古臭いデザインで、彼女の装いから浮いているような気がした。


 尤も、そうであってもイリシャの美貌がなにひとつ損なわれる事はない。

 現に自分の胸の内で、地団駄を踏むような感覚がずっと続いている。

 紛れもなく、彼女の美しさに中てられたユリアン・リントリィその人の心の叫びだと理解するのは容易だった。


(イリシャ! ああ、イリシャ! 初めて見る装いだが、やはり君は何を着ても美しい)

(ワカってるから、もぅ!)


 こう感情を昂らせられてしまえば、必然的に自分の心も影響を受けてしまう。

 気持ちは理解できるが、自重をして欲しいというフェリーの願いをユリアンが受け入れるはずもなかった。

 今の彼は視たいものだけを視ている。彼の中では、昔から変わらず美しいイリシャの姿しか目に入っていないのだから。

 

「え、ええ」

 

 ただ、肝心のイリシャ自身の反応はというと鈍いものだった。

 不用意に言葉を発してはいけない。そんな気持ちが、透けてみるようだった。


「え、えと。その服もとっても似合ってるよ!

 イリシャさん、キレーだから! なんでも似合って羨ましくなっちゃうよ!」

「ありがとう、フェリーちゃん」


 居た堪れなくなり、場を和ませようと努力するフェリーだったが、相変わらずイリシャの歯切れは悪い。

 未だかつて、ここまで彼女と話辛い事があっただろうかと、フェリーは頭を悩ませた。


 シンの救いの手を求めても、彼は仏頂面を見せている。

 心の内では、イリシャと行動を共に出来るユリアンの昂りが直に伝わる。


 どうすればいいのか。どうするべきなのか。

 なにひとつとして分からぬまま、フェリーは旅を続けていた。


 ……*


 一方、ミスリアでは。

 三日前に突如、転移魔術を使用したいと姿を現したシン達に訝しむ者が居た。


「シン・キーランドの奴。一体、何をするつもりなんだ……?」


 訓練室の隅で頭を悩ませている赤髪の少年、イルシオン・ステラリード。

 妙な事をしないだろうと信用こそしているものの、あまりシンの口数が多くないが故に謎だけが残されている。


 同行者は二人。フェリー・ハートニアと、薬師であるイリシャ・リントリィ。

 この組み合わせが示す意味を求めているが、視界が傾くだけで答えには辿り着けない。

 

「イルさん。考えても仕方ないですって」

「イディナ」

 

 眉間に皺をよせ続けるイルシオンへ、イディナが困ったような顔を見せる。

 実際、イディナも違和感は覚えてはいた。以前、行動を共にした時よりも緊迫した空気を感じ取っていたのだ。

 そう。喧嘩をしていたあの時よりも。


 ただ、彼らはそれを話そうとはしなかった。

 解っているのは、そこに険悪な雰囲気は存在していなかった。

 その一点に関しては、イディナは胸を撫でおろす。彼らの痴話喧嘩は、互いを思いやっているが故にややこしい。


「シンさんやフェリーさんは、困ったことがあれば頼ってくれますよ。

 だから、今回はきっと大丈夫です!」

「そうだな。その通りだな」


 ぐっと腕に力を込め、力説をするイディナ。

 どこか愛嬌のあるその姿に、イルシオンは口元で笑みを浮かべる。


 イディナの言う通りだった。彼らが黙っている以上、考えても仕方がない。

 世界再生の民(リヴェルト)や邪神に関わる事であれば、彼らは忠告をしてくれるだろう。

 そうでないのならば、彼らの無事を祈るだけでいい。全ての者が、救われるようにと。


「そうですよ!」


 八重歯を覗かせながら、イディナはうんうんと頷く。

 いつもの調子を取り戻そうとするイルシオンに、安堵しようとした瞬間。

 悪意は動き出す。長きに渡る因縁と決着をつけるべく。


「――イルッ! イディナッ!」


 訓練室の扉が壊されるのではないかという勢いで開かれる。

 薄い紅色の短髪を乱しながら現れたのは、ミスリア騎士団の団長でもあるヴァレリア・エトワール。

 

「ヴァレリア先生!?」

「ヴァレリア姉、どうかしたのか!?」


 息を切らせるヴァレリアの姿に、二人は只事ではないと瞬時に理解する。

 彼女がここまで慌てるとなれば、心当たりはそう多くない。

 そして、ひとりの影が脳裏に浮かぶのも必然だった。


「ビルフレスト……。世界再生の民(リヴェルト)が、現れたのか!?」


 気が付けばイルシオンは木剣を棄て、紅龍王の神剣(インシグニア)へ手を伸ばしていた。

 故郷であるミスリアを崩壊へ導こうとするどころか、世界に混乱を招こうとする悪鬼。

 何より、彼にとって大切な女性(クレシア)を奪った張本人。ビルフレスト・エステレラ。

 イルシオンにとって、あの男の存在を許す訳にはいかなかった。


「もう、やられた傷がもう癒えたのか。今度は、オレの手で討って見せる」


 イルシオンにとって、またとない機会だった。

 ミスリアでの戦いも、空白の島(ヴォイド)での戦いも自分はビルフレストと刃を交えていない。

 深手を負わせたという事で溜飲は下がったものの、まだ心の内では怒りの炎が燻ったままでいた。


「イルさん!」

「大丈夫だ、イディナ。迂闊な行動を取ったりはしない」


 ビルフレストの存在は、イディナも聞かされている。

 復讐心に、怒りに身を任せるのではないかと心配をするイディナへ向かって、イルシオンは軽く笑みを浮かべた。


 それは自分を安心させる為のもの。

 決して怒りだけで戦う訳ではないと、暗に訴えるものとなっていた。


「イルさん……」


 彼の表情を見て、イディナは安堵の息を漏らした。

 イディナはクレシア・エトワールと言葉を交わした経験はない。

 ただ、イルシオンやヴァレリアの様子からとても愛されていたという事は伝わってくる。

 少し羨ましいと、思うぐらいに。


 彼らの心には、未だ消化しきれない想いがある。

 少しでも無念を晴らしてやりたいと考えたイディナは、気付けば自らも木剣を棄てていた。

 

「イルさん。ぼくも――」

「落ち着け、イル。ビルフレストが攻めて来たわけじゃねぇ」


 ――力になる。

 そう伝えようとしたイディナの言葉を遮ったのは、ヴァレリアだった。

 

「ヴァレリア姉。そんな姿で言われても説得力がないぞ」


 ビルフレストではない。

 その言葉にイルシオンは、若干だが鼓動の昂りが収まっていくのを感じた。


 意識しないようにしている事自体が、既に意識をしている。

 偉そうな言葉をいいつつも、やはり自分は彼へ対する怒りを滅しきれていないのだと思い知らされる結果となった。


(……いや、その方がありがたいか)


 尤も、イルシオンにとって怒り(それ)は決して悪い事ではない。

 自分がどれだけ、クレシアを大切に想っているか。それを再認識させる、切っ掛けとなるのだから。

 

「悪かったな。緊急事態は、緊急事態なんだよ」

「ビルフレストでなくとも、世界再生の民(リヴェルト)ということか?」

「恐らくはな」


 宿敵(ビルフレスト)でなくとも、ヴァレリアがここまで焦るとなると相当だ。

 必然的に相手は限られると考えたイルシオンが、その名を口にするとヴァレリアは首を縦に振った。

 

 自分も速報だけであるが、可能な限り正確に伝えようと呼吸を整えるヴァレリア。

 脳に酸素が行き渡ったと実感した辺りで、彼女は改めて全力で駆け抜けた理由を口にした。


「王都の外れに、魔物の大群が現れた。報告を聞く限り、見た事のないヤツだ」

「新種の魔物……?」


 ヴァレリアは報告に現れた紅龍の事を話し始める。

 硬い皮膚を持つ火龍(サラマンダー)の鱗がズタズタに裂かれ、乗っていた騎士は命を落としたという。


「報告によれば膨れ上がった筋肉に、巨大な蝙蝠の翼を持つ化物らしい」

「なんだそれは……」


 少なくともイルシオンやヴァレリアが知る範囲で、そんな魔物を見た事はない。

 ミスリアだけではなく、この世界の何処に於いても。

 

 ただ、それらの特徴に思うところはあった。

 膨れ上がった筋肉は、砂漠の国(デゼーレ)で見た人造鬼族(オーガ)を彷彿とさせる。

 蝙蝠のような翼は、吸血鬼族(ヴァンパイア)が持つとされる特徴のひとつだった。

 どちらも世界再生の民(リヴェルト)絡みで現れた魔族が持っている。

 

 何よりこのタイミングで、新種の魔物が現れた。

 どう考えても、世界再生の民(リヴェルト)が一枚絡んでいるのは明白だ。


「アイツら、どこまで……」


 生命を弄べば気が済むのだと、イルシオンが歯軋りをした。

 スリットの件もあり、彼の中で人造的な魔物に対する忌避感は日に日に強まっている。

 ある意味では、邪神以上に悪意の具現化である存在を見過ごしては置けない。

 

「魔物は一体や二体ではないらしい。

 ……フィアンマ殿は先行して現場へ向かっている」


 というよりは、止められなかったという方が正しいか。

 身が裂かれ、今も傷付いている同胞をフィアンマは放っておけなかった。

 そして、そんな彼を独りで向かわせる訳にはいかない。

 

「ヴァレリア姉、オレたちも行こう!」

「そのつもりで、お前を呼びに来たんだ」


 緊急事態が発生しているとはいえ、全戦力を王宮から離す訳にはいかない。

 その隙をビルフレストが狙ってくる可能性は大いにあるからだ。


 尤も、イルシオンは正義感に溢れている。指を咥えて見ていられる正確でない事もヴァレリアは承知の上だ。

 だからこそ、彼を戦力として投入する方針を決めた。

 

 何よりヴァレリア自身も、世界再生の民(リヴェルト)のやり方には腸が煮えくり返っている。

 いい加減決着をつけようというのであれば、受けて立つ所存だった。


「王宮の護りはライラスやロティスさんに指揮を預ける。

 アルマ様にも、王宮(ここ)に居て頂くつもりだ。

 前に出られる人間は限られているが、やれるな?」


 新種の魔物であれば、魔術を得意な者で遠距離からの攻撃を測りたい。

 その為、ヴァレリアは魔術師を中心に部隊を組んだ。

 先行したフィアンマと自分達が主となり、矢面に立つという宣告を前にして躊躇するイルシオンではなかった。


「当然だ」

「決まりだ」


 二つ返事で頷くイルシオン。

 ヴァレリアが彼を連れて訓練室を出ようとした瞬間。

 恐る恐る、イディナが自らの手を挙げる。

 

「あの、ぼくも……っ」

「駄目だ、イディナは連れて行けない」


 前衛の数が足りないなら、自分も連れて行って欲しい。

 そう言って手を挙げるイディナだが、ヴァレリアによって却下される。


「どうしてですか!?」

「危険だからだ。状況を聞く限り、イディナでは実力が足りていない」

「そんな……」


 確かにイディナは、剣の才に関しては目を見張るものがある。

 砂漠の国(デゼーレ)吸血鬼族(ヴァンパイア)との戦いを経験し、化物相手に臆する事もないかもしれない。


 それでも、連れてはいけない。

 前衛の枚数が少ない以上、各々に掛かる負担は必然的に大きくなる。

 

 彼女が突破されれば、そこから戦況が大きく傾くかもしれない。

 イルシオンやヴァレリアが常にイディナを気にしていられる保証もない。

 故にヴァレリアは、イディナを王宮に置いておくという判断を下した。


 彼女が敢えてはっきりと却下したのは、イルシオンを慮っての事もある。

 彼はクレシアを喪って以降、間違いなくイディナに救われている。


 そのイディナも、吸血鬼族(ヴァンパイア)との戦いで命の危険に陥った。

 結果的に事なきを得たものの、イルシオンの焦りは相当なものだっただろう。

 だからこそ、あまりイディナを危険な目に遭わせたくはなかった。

 

「ぼく、頑張りますから! お願いします、連れて行ってください!」

「イディナ……」


 それでも、イディナは諦めない。

 国を護る為に騎士見習いへ志願したというのに、肝心な時に戦えないのでは意味がない。

 食い下がろうとするイディナだったが、彼女の頭にポンと手が乗せられる。


「イディナ。ヴァレリア姉はああ言ったが、足手まといというわけじゃない。

 むしろ、オレたちは王宮や王都の警護に回れない。何かあった時、民を護るのはイディナに任せる」

「イルさん……」


 宥めるように、優しく。イルシオンは、イディナへ後を託す。

 自分を王宮へ残す為の方便にも聞こえるが、イディナは彼の言葉を受け入れる。


「解りました。でも、それなら……! 絶対に帰ってきてくださいね!

 ぼく、ここを護りながら待ってますから!」

「ああ、約束する」


 イルシオンはグッと親指を立て、無事に戻る事を誓う。

 胸を締め付けられる思いを抱きながらも、イディナは二人を見送った。


「まさか、お前にフォローされると思わなかったよ」


 部屋を出た直後、頭をボリボリと掻きながらヴァレリアが呟く。


「それを言うなら、オレの方こそだ。

 ヴァレリア姉、気を遣ってくれてありがとう」


 はにかむイルシオンの顔を見て、ヴァレリアは目を点にした。

 ついこの間まで、好き勝手動いていた子供とは思えない台詞を前に目頭が熱くなる。


「馬鹿野郎。礼は全部、上手く行ってからだ」

「ああ、その通りだ」


 表情を読み取られないように顔を背けるヴァレリア。

 子供の頃から知っているからだろうか。

 親でもないというのに、人の成長は早いのだと実感させられた気分だった。

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