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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第五章 妖精と魔族と
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43.戦いが始まる

「な、なにを……」


 投げられた屍人(ゾンビ)の頭部を見せつけられたガレオンは、狼狽える。

 敢えて兜ごと持ってきたのは、それがギランドレ軍のものであると証明をする為に行っているに違いない。

 つまりこの男は、人間ではあるが間違いなく自分たちと敵対するつもりである事を意味していた。


 不気味な少女(フェリー)と言葉を交わしていた。

 恐らく、仲間なのであろう。つまり、妖精族(エルフ)と魔獣族寄りの人間。


 相手が人間であれば、レチェリは平然とギランドレ(こちら)に擦り付けてくるだろう。

 アレも結局、利害が一致しただけの関係だった。


 もう一度、シンの装いを確かめる。

 右手に握られている物は、マギア製の武器だろう。

 実物を見た事は無いが、大型弩砲(バリスタ)を一撃で破壊する破壊力を秘めている極めて危険な武器。


 しかし、あの男は我が軍が妖精族(エルフ)の子供を攫っている事に触れない。

 それを口にすれば、すぐにでも自分達を悪と断罪する事が出来るというのに。


 つまり、あの男はその事実を知らない可能性がある。

 ガレオンは馬車が戻ってくると同時に、撤退する選択肢も視野に入れた。


「この屍人(ゾンビ)はアルフヘイムの森を彷徨っていた。

 お前たち、ギランドレ軍は何を企んでいる?」

「アルフヘイムの森を屍人(ゾンビ)が!?」


 シンの言葉に、妖精族(エルフ)の大人たちがどよめく。

 その事実に意識が逸れ、森の中から部外者であるシンが現れた事は有耶無耶になろうとしていた。


「うちの子は襲われていないかしら……」

「そうだ、里の様子を確かめないと……!」


 子を持つ妖精族(エルフ)が、我が子を心配して次々と里の中へと帰っていく。

 この場に居る妖精族(エルフ)の数が減る事は、ガレオンにとっても願ってもない状況だった。


「待て! おかしいだろう、妖精族(エルフ)の里から人間が現れたのだぞ!

 貴様、ガレオンの仲間だろう! 私たち、妖精族(エルフ)を混乱させるつもりだな!」


 レチェリが怒り叫ぶが、その声に耳を傾ける者はもう居ない。

 それどころか「それはお前だろう」と呟く者までいた。


「この方は、私の友人です。森の異変を感じ取って、駆け付けてくれたのでしょう。

 失礼な事を言わないでください」


 リタが毅然な態度で答えた。

 目は涙で腫れあがり、その痕が頬に線となって残っている。

 鼻息は荒く、身体は小刻みに震えている。

 

 正直に言ってまだ精神が落ち着いていない。

 魔獣族の王と逢瀬を重ねていたのは事実だ。覆しようもない。

 仲間(みんな)が信じてくれるかどうかも判らない。それでも、言わなければならない。

 そうでなければ、自分達の為に動いてくれたシンとフェリー。巡り合わせてくれたイリシャに顔向けが出来ない。


「……ならば、信じるほかありませんね」


 意外にも、真っ先にリタの言葉を受け入れてくれたのはストルだった。

 彼もリタが魔獣族の王や人間と逢っている事自体は、不愉快で堪らなかった。

 だが、この男(シン)同胞(なかま)を一度救っている。

 せめてその恩義だけは、形として出すべきだという彼なりの敬意を示した。


 妖精族(エルフ)の中で最も排他的なストルが受け入れた事で、他の妖精族(エルフ)もシンを受け入れる空気が出来つつあった。

 大型弩砲(バリスタ)を破壊し、里内部の危機を知らせてくれた。

 そんな人間を疑うなんて、恩知らずもいい所ではないかという声が漏れ始める。


 ただ、信用にたる人間だという決定的なものはない。

 同胞であるレチェリが裏切り、魔王や人間が平然と出入りしている。

 挙句の果てに、屍人(ゾンビ)だ。

 彼もまた、悪戯に混乱させる存在だという不安は、拭いきれない。


 だから、待っていた。

 ガレオンだけでなく、シンも()()()を待っていたのだ。


 ギランドレ軍が何を企んでいるのかは、今この場に於いてはシンにとっては重要ではなかった。

 それは後でじっくりと訊けばいいのだ。

 

 緊張が空気を支配している間に、カラカラと大型馬車(キャラバン)の曳かれる音が聴こえる。

 アルフヘイムの森で子供を集めさせていた物だった。

 手配していたのは三台。最後の一台が到着をした。

 屍人(ゾンビ)は片手を失っている者、首が斬り落とされている者と身体のあちこちが欠損していた。

 

 他の二台には見られない兆候。恐らく、眼前の男と交戦した部隊なのだろうとガレオンは推測する。

 それでも任務を全うした事に対して、彼は胸中で称賛を送った。


 並び立てた軍勢で、シンをはじめ、妖精族(エルフ)が気付かないように壁を作る。

 後は中身を確認して、退却をするだけだった。

 その為の大型弩砲(バリスタ)も、土魔術で作成を始めさせている。


 想定外の男が現れた事に肝を冷やしたが、ギランドレ軍としての目的は果たせそうだ。

 やはり、()()()の指示に従って正解だった。


 ……*

 

「……ここは?」


 大型馬車(キャラバン)から妖精族(エルフ)の少女が降りる。

 きょろきょろと周囲を見渡すと、大勢の人間に加えて外から見る森の景色。

 更に身体のあちこちが欠けた曳き手に、思わず悲鳴を上げそうになる。


「おっと」


 一人の男が少女の口を塞ぐ。

 黒い外套(マント)に身を包んだ、魔術師風の男。

 顔はフードに隠れていてよく見えなかったが、声から察するにそう年齢は重ねていなさそうだ。


「しーっ、ね。お嬢ちゃん」


 少女が頷くのを確認すると、男はその手を離した。

 小さな声で「槍の魔術付与(エンチャント)が切れたのか? 屍人(ゾンビ)も動かなくなっちまったし」と愚痴を溢していた。


「仕方ないな、お嬢ちゃんたちはあっちに入っておこうか。

 お友達もいるから、大丈夫だよ」


 男が言ったのは、別の大型馬車(キャラバン)

 そちらへ入るように促される。

 

「……お友達?」

「うん、妖精族(エルフ)のお友達。こっちにいる子、みんなで移動しようか」


 そう言って、男は少女が入っていた大型馬車(キャラバン)を覗き込みに行く。

 

 少女は、また別の大型馬車(キャラバン)を覗き込む。虚ろな眼をした妖精族(エルフ)の子供が、大人しく座っていた。

 彼女には、それが確認できれば十分だった。


 少女は変化の魔術を解き、本当の姿を現す。


「キーランド! ここだ!!」


 叫ぶと同時に、少女は瞬く間に姿を変える。

 身長は伸び、狐耳と同様の尻尾が露わになる。

 魔獣族の王の臣下にして、狐の獣人。妖精族(エルフ)の少女は、ルナールが変化をしただった。


「なにっ!?」


 男は目を見開いた。妖精族(エルフ)ではなく、獣人だった事だけではない。

 ルナールが入っていた大型馬車(キャラバン)が、蛻の殻だったからだ。

 唯一転がっていたのは、穂先のない槍。魔術付与(エンチャント)された柄の部分が一本だけ、無造作に転がっていた。

 

 ルナールが己の魔力を介して、屍人(ゾンビ)を操っていた物だった。

 死体を動かすという悪趣味な事をさせたシンを、後で殴ろうと心に決めて策に乗っていた。


 ガレオンが、彼の部下が、後方で起きた想定外の出来事に思わず振り返る。

 その隙を、シンが見逃すはずもなかった。

 

「ルナール、ありがとう」


 出し惜しみは無しだと言わんばかりに、シンは風撃弾(ブラスト・バレット)を撃つ。

 放たれた空気の塊が、壁となっているギランドレ軍を吹き飛ばした。


 一瞬拓けた視界で、壁の向こうを把握する。

 懲りる事なく創り出されていた大型弩砲(バリスタ)に、再び水流弾(ウォーター・バレット)を撃ち込んだ。


 その向こう側で巨大兵器の消滅を確認したルナールが、大型馬車(キャラバン)から妖精族(エルフ)の子供たちを解放する。

 

「ど……どういう事ですか!?」


 リタをはじめとした、状況が理解できない妖精族(エルフ)達がどよめく。


「ここに居るギランドレ軍(やつら)は、陽動だ。

 屍人(ゾンビ)を操って、妖精族(エルフ)の子供たちを拉致しようとしていた」

「なっ……」


 侵略という茶番も、リタにレイバーンを討たせようとした事も。

 結果的に成功すれば、それがギランドレにとって最良の結果だった。

 だが、真の狙いは魔力の高い妖精族(エルフ)の子供を回収する事。


 上手くいくはずだった。

 排他的という言葉で包み、世間知らずの妖精族(エルフ)

 その女王に惚れこみ、人間をひとりも手に掛けた事のない魔獣族の王。


 更には、強力な魔術師との縁があった。

 あの土魔術から創られる大型弩砲(バリスタ)があれば、いざとなれば里ごと滅ぼす事も不可能でなかった。


 レチェリに関してはいつでも始末が出来た。

 ギランドレが覇権を握るはずだった。


 それを、たった二人の人間(イレギュラー)に邪魔をされるとは思わなかった。


「……やってくれるじゃないか」


 魔術師の男は歯を食いしばって、怒りを嚙み殺す。

 簡単な任務(しごと)のはずだった。妖精族(エルフ)の子供を攫って、その強大な魔術を堪能するだけだった。

 上手くいって、自分の序列も上がるはずだった。


 それを、こんな風にぶち壊されるとは思っていなかった。

 いざとなればガレオンを棄ててもいい立場だと思っていた。

 自分は安全圏で大型弩砲(バリスタ)を創り、妖精族(エルフ)の子供を連れて逃げ去ればいい。


 それなのに、邪魔をされた。

 変化ぐらいしか能のない獣人と、得体の知れない男に。


「この代償は高くつくと思えよ」


 男は詠唱をはじめる。岩石の砲弾を創り出し、空へ舞わせる。

 妖精族(エルフ)の子供が数人、巻き添えになるかもしれないが構わない。

 地属性の魔術、岩石の雨(ロックレイン)がルナールに向かって放たれた。


「っ!」


 降り注ぐ岩石の塊が、ルナールに迫る。

 自分の力量では、防げそうにない魔術の雨。

 やはり、あんな男(シン)の話に乗るべきではなかったと後悔をする。


 せめて子供だけは守ろうと、その身で妖精族(エルフ)の子供を覆う。

 それだけできっと、我が主(レイバーン)は喜んでくれるはず。

 痛みには耐えられそうにない。せめて漏らす声を減らそうと歯を食いしばった。

 

 刹那、無数に降り注ぐ岩石が全て、粉々に砕ける。

 砂より細かく……塵となったそれは、風に乗ってパラパラと舞い散った。


「……?」


 何が起きたのかと、ルナールはゆっくりと振り向く。

 そこには自分が慕い、敬う大きな背中があった。

 

「ルナール、大義であった。余はお主に感謝してもしきれんようだ!」


 魔獣族の王、レイバーン。

 その手には神器のひとつ、獣魔王の神爪(レイシングスラスト)が握られていた。


「レ、レイバーン様!」


 信頼する臣下に名を呼ばれ、魔王は笑った。


「後は余に任せるが良い!」


 ……*


 シンが剣で地面に線を引く。水の羽衣が薄い壁のように現れ、ギランドレ軍がたたらを踏んだ。

 この一線を越えさせないという、決意。

 この一線を越えれば容赦しないという、忠告。

 

 ギランドレ軍が下がったのを見逃さず、ストルが詠唱を妖精族(エルフ)の里に結界を張った。

 既に詠唱は終わっていたが、ストルの手の上で魔法陣の形として留められていた。

 漸く訪れた出番に、魔法陣は里を包み込み半球状の結界を生み出す。

 

「人間、これで外からの攻撃にはある程度耐えられるはずだ」


 シンはコクリと頷く。これで、内部に残る敵はレチェリのみとなる。

 事の発端であるガレオンとその配下。そして目の前にいるレチェリを退かせない限りは終わらない。


 護りながらの戦いで懸念していたのは大型弩砲(バリスタ)を創り出す程の魔術師。

 どう対応するべきか頭を悩ませていたが、風撃弾(ブラスト・バレット)が放たれると同時にレイバーンが飛び出していった。

 魔術師(あっち)は彼に任せよう。自分の相手は結界内にいる裏切り者(レチェリ)と、ギランドレ軍の将軍(ガレオン)だ。

 

「待ってください、シンさん」


 レチェリへ刃を向けるシン。それを呼び止めたのはリタだった。


「レチェリは……私に任せてもらえませんか。

 妖精族(エルフ)の女王として、その責を果たしたいのです」

 

 色恋に現を抜かし、同胞(なかま)を蔑ろにしていると言われるかもしれない。

 人間と仲良くする事に夢中で、里の事が見えていなかったと言われるかもしれない。

 リタ自身にその気はなくて、他人が自分の行動をどう思うかまでは考えが及ばなかった。

 だから、レチェリを向き合うべきなのは自分だと思った。


「リタ様。これは我々の問題です。私も共に……」

「ストル。……ありがとう」


 妖精族(エルフ)が二人、同胞(なかま)へと向き合う。

 まだ自分を理解しようとするその様が、レチェリを憤慨させた。


「分かった。そっちは任せる」


 シンは頷いた。

 どちらにしろ、ギランドレ軍を放置する訳には行かない。

 結界が破られる可能性も、子供が再び攫われる可能性もある。奴らの足止め、もしくは撤退をさせる事が理想だ。


 その為の餌も撒いたつもりだった。

 貴重な魔導弾(マナ・バレット)を既に三発使用している。

 魔術付与(エンチャント)された剣で、わざとらしく壁も生み出して見せた。

 実力以上の脅威を自分に持ってもらえないかと、期待もしている。


 それでも引き下がらないのであれば……戦うしかない。

 経緯は知らないが、決定的な引鉄を引いたのは自分だ。

 後始末は自分でつけなくてはならない。


 シンはフェリーに目配りをする。

 傷は塞がっているようだが、まだ動くには至らないようだ。

 それでいい。これだけの人数が相手なら、彼女はきっとまたその身を挺して護るだろう。

 

 フェリーが居なければ、きっとリタは永遠に自分の犯した『罪』に囚われていた。

 彼女のやり方は受け入れ難いものだったが救った事は事実で、フェリーはそれでいい。

 後は自分に任せてゆっくり休んで欲しかった。


 ……ただ、ウェルカのように彼女を泣かせる訳には行かない。

 シンは、その覚悟を持って結界の外へと出ていく。


 だが、それでフェリーが納得するかどうかは別の話である。

 ゆっくりと身体を起こし、支えてくれたイリシャから離れる。


「フェリーちゃん……?」

 

 その頬は、心なしかふくれている気がする。

 一体何が不満だったのだろうか。


「イリシャさん、あたしの魔導刃(マナ・エッジ)持ってきてもらっていい?」

「え?」


 この娘は何を言っているんだと、耳を疑った。


「シン、カッコつけてる。あたしだってみんなを護りたいもん。

 あたしのやりたいコトだって、それだもん」


 きっと、みんなの中にはシンも入っている。

 あの大群に単身挑むのだから、不安になってもしょうがない。


 イリシャはクスリと笑った。

 レイバーンと違って、こっちが素直になるのはまだ時間が必要らしい。


「分かったわ、少し待っていてね」


 それぞれの想いを護る戦いが、始まりを告げた。


 その様子を監視している人間がいる事には、まだ誰も気付いていない。

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