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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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452.決戦へ向けて

 決戦を控え、妖精族(エルフ)の里は慌ただしくなっていく。

 ドナ山脈の向こう側に位置するミスリアも、恐らくは同じ。いや、それ以上だろう。

 砂漠の国(デゼーレ)との戦後処理。ひとつに纏まろうとしている世界。

 多くの想いを一身に受けているのは、全ての発端となった魔術大国(ミスリア)なのだから。


「それでは、私は暫く留守にします。フローラ様、許可を得ずに決めたことをお許しください」


 身支度を終えたアメリアが、深々と頭を下げる。

 彼女は暫く、妖精族(エルフ)の里を留守にする。

 これからの事を見据えた、大切な一歩を踏み出そうとしている。


「いいのよ。マレット様の仰る通り、貴女が適任だもの。

 くれぐれも、気をつけてね」

「はい」


 フローラは、マレットの指示に従うというアメリアの判断を尊重した。

 彼女が暫く妖精族(エルフ)の里から離れるのは不安だが、マレットの意図は理解できる。

 先手を打つことに越した事はない。相手は邪神を用いて、世界を悪意で覆い尽くそうとする者達なのだから。


「ベリアも、アメリア様のことをよろしく頼むぞ」


 依然として妖精族(エルフ)の里へ滞在していたベリアへ、トリスはアメリアを託す。

 他の獣人はネクトリア号で海を渡っているのだが、彼女だけは未だこの地に身を置いていた。


 とはいえ、彼女も心はネクトリア号の一員。セアリアス家に、忠誠を誓った身だ。

 彼らの為に見識を深めようと、ルナールを初めとする住人達にこの里の存在意義を聞き回っていたようだ。

 トリスから目が離せないというのも、ネクトリア号の船員からの共通認識だったのだが。

 

「あいよ。アメリア嬢ちゃんは、アタイに任せな。

 トリスこそ、そっちはそっちで頑張りなよ」


 尤も、ベリアとていつまでも客人の気分で居座るつもりはない。

 自分の力が必要とされれば、すぐに手を貸す。生来からの世話焼きが、遺憾なく発揮されることとなる。

 

「ああ、勿論だ」


 ベリアが突き出した拳に対して、照れながらトリスも合わせる。

 白い毛並みに覆われた手は暖かく、彼女の笑顔は眩しかった。

 その笑顔と信頼に恥じないよう、己も全力を尽くすとトリスは誓う。


 かくして、アメリアとベリアは旅へと出て行った。

 その姿が地平線に消えるまで、妖精族(エルフ)の里の皆で見送っていた。


「さて、アメリアも向かったことだ。余も、そろそろ向かうとするか」


 次は自分の番だと、鼠色の体毛を持つ魔獣族の王(レイバーン)がその巨体を解していく。

 北へ向かったアメリア達とは違い、彼の視線は東を見据えていた。


「レイバーン、気をつけてね」

「うむ! 本来ならばリタも居たようが喜ばれるのだろうが、今回は堪えてくれ」


 しばしの別れを惜しむかの如く、リタが小走りでレイバーンの元へと駆け寄る。

 レイバーンはいつも通り、大地を震わせるような巨躯を以て豪快に笑い飛ばしていた。


「それは、私としてはちょっと複雑だけど……」


 決して悪い事ではないものの素直には喜べないと、リタは複雑な表情を浮かべる。

 レイバーンも寂しさを紛らわす為か、リタの様々な表情を一生懸命脳裏に焼き付けているようにも窺える。


「レイバーン様。どうか、ご無事で……」


 一歩引いた位置から、狐の獣人が慈しむような視線をレイバーンへ送る。

 彼の腹心であるルナールは、リタに負けないぐらい彼の身を案じていた。


「うむ、また暫く留守にする。ルナールにはいつも苦労を掛けるな。

 余がこうして自由に動けるのは、お主のお陰だ。改めて、礼を言わせてくれ」

「そんな、お顔を上げてください! 私如きに、勿体ないお言葉です……!」


 頭を下げるレイバーンに慌てふためきながらも、ルナールは歓喜に打ちひしがれていた。

 遭難し、生命の危機にあった自分を救ってくれた恩人。

 恋心も抱いた。けれど、その気持ちが実る事は無かった。


 ずっと知っていたから。彼がとても小柄で可愛らしい、一人の妖精族(エルフ)に恋をしていた事を。

 少しだけ嫉妬もした。自分では無理なのかと、悩んだ事もあった。


 けれど、レイバーンから離れる事は考えられなかった。

 やはり彼は、ルナールにとって恩人であり英雄なのだから。

 彼の傍に仕える事が、ルナールにとっては何よりも光栄な事だから。

 

 積み重ねて来た信頼は、簡単には揺らがない。

 レイバーンが頼りにしてくれている。彼女にとっての生き甲斐は、まだそこに在る。

 そして、これからも欲している。彼の役に立てる自分で在り続ける事を。

 

「それとだ。ルナールよ、シンのことを頼んだぞ」

「……ええ」

「フハハ! そう嫌な顔をするでない!

 何もシンは、お主を取って喰おうとはしないだろうに!」

「いえ……。はい、そうなのですが……」

 

 だが、シンの名前が出た途端に彼女は複雑な表情を見せる。

 決して嫌いだとか苦手だという訳ではないのだが。どうにも彼は、無茶が過ぎる。

 自分の力でどうにか出来るだろうかという生返事を返さざるを得なかった。


「……いえ、解りました。不肖ながら、キーランドに手を貸します」

 

 ただ、やはり任されるというのは信頼の証ともなる。

 嫌そうな顔をしていては、レイバーンも安心して発てないだろう。

 ルナールは己の頬をパンと叩き、力強く頷いた。


「うむ! 頼んだぞ!」


 真剣な眼差しを見せるルナールに、レイバーンは深く頷く。

 彼女は生真面目で、精一杯に自らの役目を果たすべく奔走する。

 だからこそ、信じられる。だからこそ、託せる。

 一切の不安を残さず、レイバーンはその巨躯で大地を揺らしていく。

 遥か東を目指して、彼は駆けていった。


「なんだか、皆忙しくなってきちゃったね」

「そうだな」


 アメリアとレイバーンの見送りを終え、フェリーがぽつりと呟く。

 もしかすると、自分の中に居るユリアンが関係しているのではないか。

 そう思ったフェリーが、それとなくシンに尋ねるが彼は首を横に振った。


「俺も詳しくは知らないが、世界再生の民(リヴェルト)との戦いに向けて動いているらしい」


 そう答えたシンも、全容は聞かされていないようだった。

 フェリーは改めて思い知る。皆が皆、自分の事ばかりに構っていられないのだと。

 

 一方で、シンもアメリアやレイバーンの行動の真意は聞かされていない。

 マレットからの要請らしいが、珍しく彼女は自分に相談する事は無かったのだ。


 彼女の狙いは、アメリアとレイバーンの向かった方角から想像は出来る。

 世界再生の民(リヴェルト)と戦う為に、手を打っているに違いない。


 自分へ告げなかった理由も、納得のいく理由が存在している。

 これはきっと、皆の気遣いだ。まずはフェリーに、中に潜むユリアンに集中しろという。

 

「心配しなくても、またすぐに逢えるさ」

「……ん」


 シンの言葉に、フェリーは小さく頷く。

 彼の言う通りだ。自分達はこれからも、ずっと仲良しで居る。

 ずっとずっと。世界が平和になった後も。


 ……*


 そこから先は、時間との戦いだった。

 

「ピース、テラン! ギルレッグのダンナもだ!

 そっちの様子はどうなんだ!?」


 シンとの約束から五日後。

 マレットが進捗状況の報告を求め、声を張り上げる。

 普段の彼女からは想像もつかない緊張感が、研究所を支配していた。


「こっちはちゃんと進んでるよ!」

「ベルの求める最低限の理論は形にしたよ。

 ただ、僕たちとしてはもうひと手間加えたいところだけど」


 ピースも負けじと声を張り上げる。

 荒っぽくなってはいけないと宥めながら、テランが進捗を説明した。

 

「ワシの方も、大まかな形にはしている。後はお前さんたち次第だ」


 ギルレッグは小人族(ドワーフ)の仲間と共に造り上げた部品を組み立て、一応の形を生み出した。

 自分に出来るのはここまで。後は基礎の設計をしたマレットに懸かっている。

 なんせ、複雑な機構を要する魔導具だ。やりたい事は理解できても、自分の手に負える代物ではない。

 

「うし、アタシたちの方はもう完成した。そっちを手伝うぞ」

「は……!?」


 腕まくりをするマレットを前にして、ピースが驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。

 いくらなんでも早すぎるだろうと、視線をリタとトリスへ向ける。


「うん、こっちはバッチリだよ!」

「ああ、問題なく作動している。

 殆どマレット殿の力だったが……」


 ぐっと親指を立てるリタに、トリスは戸惑いながらも追従をする。

 研究チームの皆ですら置いて行かれる事があるのに、彼女についていけるものなら大したものだとピースは感心するしかなかった。

 

「リタが用意してくれた布や、精霊魔術の魔法陣。

 そんで、トリスの神器を通して操る魔力の感覚には随分助けられた。

 後は全員分用意するだけなんだが――」


 誰よりも魔導具を造りだしたからこそ、マレットは理解している。

 宣言した期日を短縮できたのは、他でもない彼女達による助力が大きい。

 マギアに引きこもっていては絶対に届かなかった領域へ、ベル・マレットは上り詰める事が出来た。

 

「量産は私とトリスちゃんに任せてよ!

 ベルちゃんは、皆の方を手伝ってあげて!」


 作り方さえ判ればこっちのものだと、リタがぐっと腕に力を込める。

 トリスも自らの知見を深めるこの機会を捨て置けはしない。

 折角手に入れた知識を零れ落とさまいと小声で反芻しながら、頷いた。


「ああ、アタシは最初(ハナ)からそのつもりだ。頼んだぞ」


 尤も、マレット本人は最初から二人の存在をアテにしていた。

 今回の作戦で創り出す魔導具。その基礎設計は、オリヴィアとストルに任せているものを除きマレットが行っている。

 

 故に、彼女は絶えず頭を回し続けねばならないのだ。

 考え得る最悪の事態を、限りなくゼロへと近付ける為に。

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