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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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451.研究者たちの戦い

「ベルさん、おかえりなさい。どうでしたか?

 ……って、どうやらオッケーもらったみたいですね」


 研究所に戻ったマレットへ、オリヴィアが声を掛ける。

 首尾はどうだったかと尋ねるものの、返事を訊くまでもなかった。

 僅かに上がった口元の通りだと、読み取れたからだ。


「ああ。少なくとも一週間は、作戦を実行することはない」


 マレットは強く、大きく頷いた。

 尤も。一週間後に魔導具が完成ていなかったとしても、シンはきっと完成まで待ってくれるだろう。

 ただ、彼は自分を信頼してくれている。その信頼を裏切りたくはない。


「ってぇことは、なんだ。先に防具から造っちまうのか?」


 既に魔導具の製作に取り掛かっていたギルレッグが、動きを止める。

 小人王の神槌(ストラーダー)を肩で担ぎながら、汗を拭う姿は誇り高き職人そのものだった。

 

「いや。シンはともかく、世界再生の民(リヴェルト)はどう動いてくるか解らないからな。

 出来るだけ役割分担をして、並行的に進めていきたい。

 というか、ギルレッグのダンナはそのままで進めてくれ。防具(こっち)は金属を加工する予定はない」

「ま、確かにな。邪神がまたいつ、大暴れするかもわからねぇ。

 ベルの無茶振りに応えるためにも、ワシは小人族(ドワーフ)一同で全力を尽くさせてもらおう」


 口元を覆う白髭の向こうから、白い歯を輝かせるギルレッグ。

 マレットが描いた設計図は、またも自分の常識の外に存在するものだった。

 本当に起動するのかと心配になる反面、やり応えは存分にあると彼の心に火が点いた。

 

「悪いな。後、大体はピースのせいだ」

「おい! おれは自分が持っている知識を話しただけで、設計したのはお前だろ!」


 不意に責任を転嫁されたピースが、声を張り上げる。

 揶揄われているのは百も承知だが、このやり取りが心地いい。

 自分の話を聞いて、彼女が作る魔導具は時に懐かしく、時に夢が叶ったような感覚に陥るからだ。


「ははは。そうだな、アタシも共犯だ。

 だけどよ、ピース。まだまだお互いに、作り足りないだろ?

 ちゃちゃっと世界を平和にして、面白いモン作ってこうぜ」

「違ぇねえ。お前の話は、ワシにとっても腕の見せ所だしな。

 坊主、これからも頼むぜ」


 いつも通りケタケタと笑うマレットと、こちらもいつも通り豪快に笑うギルレッグ。

 二人が交互にピースの頭をポンポンと叩ていくと、緑髪の少年は子供扱いされているようで気恥ずかしい。


「おれとしても、皆が色々と造ってくれるのは嬉しいけど……。

 子供扱いはすんな! おれはこれでも――」

「こっちの世界では、子供(ガキ)だし0歳児だ。気にすんなって」

「気にするっつーの!」


 半ば強引にマレットとギルレッグから抜け出すピース。

 身長が縮んでいないかと自らの頭頂部に手を当てる一方で、彼もまた頬を緩ませていた。


 こうやって、仲間の為に皆が一丸となる光景。

 相手を慮り、手を差し伸べる者達。

 それは、風祭祥吾としての自分が成し遂げられなかった事だったから。


 自分がもっと早くから、親友の事を気に掛けていれば。

 彼は傷付かなかったのかもしれない。


 眼前の光景はピースにとって、ある種の理想でもあった。

 だから、どうしても願ってしまう。この奇跡がずっと続きますようにと。

 

 不意に転生をした彼は、自分がこの世界に生まれ落ちた理由を知らない。

 ただ、これだけははっきりと言える。自分は出逢いに恵まれたと。

 この日々を喪いたくない。彼が戦う理由としては、十分なものだった。


「では、ギルレッグ以外の面々でベルの手助けをすればいいのかい?」

「いいや」


 マレットが一週間で成し遂げようとしているものは、他の皆で全力を尽くせばいいのか。

 テランの問いに対しても、彼女は首を横に振る。


「さっきも言った通り、世界再生の民(リヴェルト)がいつ動き出すか解らないんだ。

 出来るだけ最悪の状況(ケース)を想定しておきたい。だから、こっから先は役割分担だ」


 机の上に紙を広げながら、各々に任せたい事を書き連ねていくマレット。

 それは今まで彼女が兼ねていた監修が、間に合わない可能性を示唆している。

 

「まず、オリヴィアとストルは――……」

「確かに、実際使用するかどうかは別として。

 わたしたちがここを受け持った方が良さそうですね」

「ああ、任せてくれ」


 互いの顔を見合わせ、オリヴィアとストルは強く頷く。

 人間と妖精族(エルフ)。互いの魔術を認め、研鑽を重ねた二人だからこそ任せられる役割でもあった。


「そんで、ピースとテランは――……」


 続けてマレットは、ピースとテランの二人に指示を出す。

 彼らは自分達に貸された役割を前にして、互いの顔を見合わせた。


「これは、どうしてもギルレッグの協力が必要にならないかい?」


 テランが抱いた疑念は尤もで、ギルレッグが居なければ完成には辿り着けない。

 ただ、彼は既に魔導具の作成へ取り掛かっている。二人だけでの完成は不可能だった。

 

「ああ、最終的に行きつく場所はどうしてもそうなる。

 お前たちに任せたいのは理論の検証だ。設計通りに動きそうにない部分は、お前たちで調整してくれ

 ダンナの都合もある。何度実験できるかは解らない、頼んだぞ」

「まあまあの無茶振りしてくれるな」


 冷や汗を垂らしながら、ピースがぽつりと漏らす。

 やろうとしている事は判るが、如何せん手札が少ない。

 ましてや、マレットの協力が基礎設計以外に得られないとなれば尚更だ。


「けど、ロマンなんだろ?」

「こんにゃろ……」


 不敵な笑みを浮かべるマレットに、ピースも思わずつられてしまった。

 彼女の言う通りだ。今からやろうとしている事は、浪漫に溢れている。

 かつてピースが喜々として話したもののひとつを、実現させようというのだから。


「ま、無理強いはしないけどな」

「ナメんな! テランさんと二人でやってやるよ!」


 ピースはこの役割を、マレットからの宣戦布告だと受け取った。

 先刻交わしたばかりの約束を守るに値する人物かどうか。

 彼女の想像を超える、面白い物を提供できるか否かを見極める為の。


 期待に応えたい。がっかりされたくない。驚かせたい。

 前向きな感情と後ろ向きな感情が交錯する中でも、ピースは決して笑みを崩さなかった。

 

「その意気だ、ピース。僕らならやれるさ」

「はい!」


 生身の左手で、ピースとテランはがっしりと握手を交わした。


「あの、マレットさん。今のお話だと、私も参加した方がいいのでは?」


 気合の入った二人に水を差すのは申し訳ないと思いつつも、恐る恐る手を挙げるアメリア。

 ただ、ピースもテランもその点については疑問に思っていた。

 明らかにアメリアが入ってくれた方が効率は良いのだ。


「そうして欲しいのは山々なんだけどな。アメリアとレイバーンのダンナには任せたいことがあるんだよ」

「私と……レイバーン殿にですか?」

「む、余もなのか?」


 一流の魔術師であるアメリアならいざ知らず。

 自分がマレットの研究に手伝える事があるだろうかと、レイバーンは研究所の外で首を傾げる。


「いや、お前ら二人はアタシたちの手伝いじゃないんだ」


 研究所の窓を開けながら、マレットはアメリアとレイバーンへ頼みたい事を伝えた。

 話を聞いた二人は納得し、やがて強く頷く。


「成程。そういうことでしたら、任されました」

「うむ! 余も、ひとっ走り行ってくるぞ!」

「頼んだ」

 

 二つ返事での了承に、マレットも安堵の笑みを浮かべる。

 一時的にアメリアとレイバーンが不在になるという危険(リスク)を背負う事にはなるが、現状ではこうするべきだと周囲も納得している。


「それにしても、いつも思っているのだが」

「あん?」

「ベルは案外、周囲に気を遣うのだな」

「なっ……」


 不意に、レイバーンが切り出した言葉にマレットは頬を赤く染める。

 そんな事を他人に言われたのは生まれて初めてで、まさか言われるとは夢にも思っていなかった。


「そうですね。マレット博士と言えば、ミスリアでも色々な噂が飛び交っていましたし」


 口元に指を当てながら、アメリアがくすりと笑う。

 実際、対面したベル・マレットは随分と印象が違う人間だった。

 噂はつくづく当てにならないものだと思い知らされる。

 

「ベルさんはあけすけで大雑把ですけど、案外気遣いは出来るタイプですよ」


 カラッとした笑顔を見せながら、そう語るのはオリヴィア。

 隣ではピースが、うんうんと頷いている。

 

「オリヴィア、微妙にフォローしきれていないぞ。

 というか、君も研究に没頭している時は……」

「むっ。今はベルさんの話じゃないですか! わたしはいいんですよ!」


 オリヴィアの言葉に待ったを掛けるのはストル。

 研究チームの立案をした人間だけあってか、マレットとオリヴィアは本質的には同じ属性のように見えて仕方がない。

 

「と、とにかくだな! アメリアとレイバーンのダンナには任せたい仕事があるんだ。

 そんで、後は――」

「私だね」


 このまま深堀りされる事を避ける為に、マレットが強引に話題を元へと戻す。

 時を同じくして、銀色の髪の毛を上下に揺らす少女の姿があった。


 妖精族(エルフ)の女王にして、妖精王の神弓(リインフォース)の継承者。

 リタ・レナータ・アルヴィオラが腕を組んで深く頷いている。


「そう、リタはアタシに協力してもらいたい。リタだけじゃなくて、そこの姉ちゃんもだ」

「わ、私か!?」


 リタと共にマレットの協力を要請された人物は、予想していなかったのか。

 慌てふためきながら、自分の顔を指差していた。


 その人物は、リタと同じく神器の継承者。

 賢人王の神杖(トライバル)を受け継いだ魔術師、トリス・ステラリード。


「この面子で、どうして私なんだ……?」

 

 尤も、指名されたトリス自身は未だに半信半疑だった。

 周囲は一流の魔術師や職人が揃う中、自分の実力不足を誰よりも理解しているからだ。


「お前ら二人の神器が、誰よりもアタシのやりたいことに近いからだ。

 そして何より、この研究は生存率に直結する。力を貸してくれ」


 今まで以上に真剣なトーンを前にしてトリスだけでなく、リタも息を呑んだ。

 生存率に直結するという事は、即ちイリシャを護るという事。

 他者の『命』が重く圧し掛かる現実を前にして、唇が自然と渇いていた。


「だが、私では実力が……」

「いやいや、それ嫌味ですよ」


 具体的にしたい事を述べられるよりも前に、尻込みするトリス。

 期限は一週間しかない。足を引っ張らないか、請けるべきか。

 逡巡する彼女を前に、呆れたと様子でオリヴィアが口を挟む。


「トリスさんはミスリアでサーニャも救いましたし、空白の島(ヴォイド)でスリットさんも取り返したじゃないですか。

 何より、ティーマ公国で吸血鬼族(ヴァンパイア)だって倒したんでしょう?

 ネクトリア号が無ければ、フローラ様も救えてなかったわけですよ。

 ちょーっと責任が圧し掛かったぐらいで、尻込みするのはよくないですよ」


 鼻息を荒くしながら、オリヴィアは告げた。

 彼女が劣等感を抱いているのは知っている。

 だが、それ以上に積み重ねたものがある事も知っている。

 何も恐れる必要はないのだと、彼女に知ってもらわなくてはならない。


「オリヴィア……」

「オリヴィアの言う通りです。トリスさんは、神器に選ばれたから立派なのではありません。

 立派だからこそ、神器に選ばれたのです。それでも、自分の実力に不安があるのなら。

 その分だけ、周囲の皆さんが信じてくれますよ」


 同じ神器の継承者として、アメリアはトリスの肩へそっと手を添える。

 誰にだって不安はある。けれど、仲間がそれを解消してくれると、トリスに知ってほしかった。


「トリスちゃん、一緒に頑張ろうよ。

 私も、これを機にトリスちゃんと仲良くなりたいしね」


 満面の笑みを浮かべるリタ。

 眩しくなるような笑顔を前にして、トリスはいつでも後ろ向きな自分へ活を入れる。


「……ありがとうございます。

 マレット殿。どこまでご期待に添えるか解らないが、私も力になろう」

「ああ、頼むぜ」


 覚悟の決まったトリスは、非常にいい顔をしている。

 マレットは親指を立て、トリスを歓迎した。


 世界再生の民(リヴェルト)の動きが解らない以上、ここから先は時間との戦いになる。

 種族の壁を越えた仲間達と共に、マレットは自身最大の戦いへと身を投じる。


 ……*


「ぐッ……。ガァァァァァァァッ!」


 薄暗い屋敷の一室で、悲鳴とも絶叫ともとれる声がこだまする。

 とても鑑賞に値するとは思えないその声を、笑みを浮かべながら受け入れる女が居た。

 世界再生の民(リヴェルト)の首魁であるビルフレスト・エステレラの母。ファニル。


「アルジェントったら、頑張っているわね。

 自分の限界を越えようとする姿勢は、素敵だと思わないかしら?」


 うっとりと妖艶な笑みを浮かべるファニルを前にして、沈黙を貫く球体がひとつ。

 全ての闇を凝縮したかのように黒い球体(それ)は、卵のようにも見えた。


「あの子、よほど誇り(プライド)に傷ついたのね。マーカスに自らの身体を委ねるなんて。

 けれど、そのおかげでビルフレストも逞しくなるのだから、アルジェントには頑張ってもらわないといけないわね」


 砂漠の国(デゼーレ)から始まり、空白の島(ヴォイド)まで。

 アルジェントは邪神の分体でありながら、無様に敗北を重ねていた。


 彼は魔術師であるラヴィーヌや、傭兵であるジーネスとは違う。

 元々が騎士でも無ければ、魔術師でもない。ただ他人の上澄みを掠めとるだけの男だった。

 ある意味では正当な結果となっているにも関わらず、心が受け入れられなかった。


 だから欲した。力を。

 何者であろうとも屈服する力を求めた。


 彼は今、マーカスによる人体実験の被験者となっている。

 マーカスからすれば、邪神の適合者が自らの身を差し出しているのだ。断る理由がない。


 彼もまた、試したかったのだ。

 マギアで得た魔導具の知識、鬼族(オーガ)吸血鬼族(ヴァンパイア)から得た魔族の体質。

 限度いっぱいまで、人間に注ぎ込みたかった。


 利害が一致した二人は、日夜実験に勤しんでいる。

 絶え間なく続く悲鳴が終わりを告げる日を夢見て。


 ファニルからすれば、マーカスとアルジェントの実験は都合がいい。

 ミスリアと空白の島(ヴォイド)の連戦で深く傷ついた、愛すべき息子が療養するいい機会だからだ。

 

 加えて、実験の内容をビルフレストへ活かしてくれれば言う事はない。

 母として愛する我が子の身体をいじくりまわそうものならマーカスを殺すつもりだが、マーカスもその点は理解している。


 故に、ビルフレストの持つ『暴食』の左腕や世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)が主な強化先となる。

 純度の高まった悪意が、どれだけの力を与えてくれるのか。ファニルは楽しみで堪らなかった。


 そして、彼女はそっと黒い球体へ手を添える。

 空白の島(ヴォイド)からの脱出後。再び殻へと閉じこもった邪神へ、彼女は優しい声で語り掛ける。

 

「あなたも、もうすぐ存分に力を振りまいていいからね。

 こんな世界は、一度壊れてしまえばいいの。ビルフレストが素敵な世界に、造り替えてくれるから」


 声色とは裏腹に、彼女は誰よりも悪意を掏り込んでいく。

 ファニルは息子への愛の深さがそのまま、世界への憎しみとなっている。


 黒い球体の中で、邪神は沈黙を貫いている。

 優しく触れるファニルとは真逆の、強引に自分を引き寄せた腕の感触。

 

 どれだけ悪意に晒されて、己の心が塗り潰されようとも。

 それだけは、決して忘れないようにと蹲っていた。

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