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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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450.天才の要求

「シン、イリシャ。ちょっと待て」


 今後の方針を話し終え、解散を迎える頃。

 シンとイリシャを呼び止めようとする声がひとつ。

 マギアの生んだ天才発明家、ベル・マレットが真剣な眼差しで二人を追っていた。


「ベルちゃん、どうかしたの?」


 基本的な方針は定まった。

 シンの要望もあり、マレット達はいつ現れるかもわからない世界再生の民(リヴェルト)の対処に注力をする手筈だ。

 彼女自身も納得はしているはずなのに、イリシャの肩を強く掴んでいる。


「お前ら、本当にさっきの作戦で行くつもりなんだな?」


 マレットが改めて問うのは、二人の覚悟。

 ユリアンと対話を交わす為に、まずは彼が纏っているもの破壊する。

 意地と執念。そして、偏愛によって象られた心の壁を。


「ああ」「ええ」


 シンとイリシャは互いに顔を見合わせ、頷く。

 不安はあるが、迷いは無かった。


「はぁ……。ホント、お前は冷静そうなツラしてメチャクチャだよ」


 後頭部をボリボリと掻きながら。呆れ果てるようにマレットは声を漏らした。

 この友人は、シン・キーランドはいつもこうだ。


 仏頂面で、口数が少なくて。他人が見れば、スカしているいけ好かない奴だと思うだろう。

 実際は真逆で、困っている者を放っては置けないお人好し。

 大切なものの為に、すぐに身を危険に晒す大馬鹿者。


「悪い」

「本当に、変わんねえな……」


 口では「悪い」と言っておきながら、あまり反省をしていない仕草もそうだ。

 そう、彼は変わらなかったのだ。10年もの間。

 

 愛する者を手に掛け続けるという矛盾に苦しみながらも、歩みを止めなかった。諦めなかった。

 

 だからこそ、掴めそうなのだ。

 シン自身が心の底から追い求めて来た願いへ、手が届きそうなのだ。

 彼が歩んできた道のりは、決して平坦ではなかった。

 きっと一度でも立ち止まっていたなら、ここまで辿り着けなかっただろう。

 

(大した奴だよ、本当に)


 それでもやはり、マレットにとってこの結果は当然だと言い切れる。

 何者でもない彼に、自分は救われたから。マレットは今、この世界がとても楽しい。


 この景色を見せてくれたシンが報われないというのなら、そんな世界はくそくらえだ。

 数日前。マレットがシンへ語った言葉は決して発破をかける為ではない。


 何があっても、絶対に自分だけはシンの味方でいる。

 彼の願いを叶える為に力を貸そうという決意の表れだった。


 ただ、やっぱり彼は度を越したお人好しで。

 フェリーだけではなく、イリシャやユリアンも。邪神さえも、救いたいと言いだした。

 当たり前のように、他者を救おうとする姿は最早様式美だ。


 けれど、彼は口に出してくれた。自分の願いを。

 マレットは内心、嬉しかった。

 彼のお人好しが、生来から来るものだと改めて確認できたから。

 自分の見て来たシン・キーランドは、何ひとつ偽りのない存在だと知れたから。


「イリシャも、すっかりシンに毒されちまって」


 相変わらずの反応を見せるシン。その一方で、イリシャが自ら危険な役を買って出たのは意外だった。

 自分と同じで、彼女が前線に赴く事は殆どない。彼女自身、超一流の戦士や魔術師に勝てないと理解しているからだ。


 だが、今回の彼女は自らの危険を省みない。

 イリシャにとって、どれだけユリアンが大切な存在かを伺わせるには十分だった。

 

「ふふ。ここにいる皆は、大なり小なり影響を受けていると思うわ。

 ベルちゃんだって、そうじゃない?」

「……否定はしないけどさ」


 イリシャの指摘は尤もで、何者でもないはずの男は皆にとって掛け替えのない存在となっていた。

 救われた者。刃を交えた者。肩を並べた者。その誰もが、シンの善意に絆されている。


 憧れとは少しだけ違うかもしれない。

 確実に言える事は、ひとつだけ。彼は何も持たないからこそ、皆にこう思わせるのだ。

 「きっと自分にだって、出来るはずだ」と。


「それで、呼び止めるまでのことか?」


 ユリアンの件に関して、話はある程度纏まっている。

 マレットが慌てる理由はないはずだと、シンは眉を顰める。


「そうね……。ベルちゃん、どうして急いでいたの?」

「あー。それはだな」


 危うく本題を忘れそうになるところだったと、マレットは再び後頭部を掻いた。

 彼女が伝えたいもの。彼女に出来る事と言えば、ひとつしかない。

 その頭脳を用いて、前に進む者の背中を押す事だ。


「シンの言っていた作戦を実行するのは、十日……。

 いや、一週間待て。アタシがなんとかしてやる」

「なんとかって……」


 マレットの企みが、イリシャには想像できなかった。

 ユリアンの件に関して言えば、彼女が出る幕はない。

 悪戯に時間を過ぎさせるだけではないのだろうかと、疑念を抱いた。


「具体的にどうするつもりなんだ?」


 だが、シンは知っている。

 ベル・マレットは決していい加減な事を言うような人間ではないと。

 彼女が待てというのであれば、相応の理由が存在しているはずだ。

 待つに足るだけの理由が。


「お前が立てた作戦の成功率を……。いや、生存率を上げてやる」


 生存率を上げてやる。

 シンの問いに、マレットはそう答えた。

 

 それは、シンとイリシャの願いを叶える為の足掻きでもある。

 悔しいが、自分の力では不老不死という存在には叶わない。

 

 ならばせめて、自力で叶えようとする彼らの背中を最後まで押してやりたい。

 可能性を高めてやりたいという切なる思いだった。


「……生存率」


 マレットの言葉を、シンは復唱する。

 それは、今回の作戦で最も大切な要因。

 仮にユリアンの心を折ったとしても、その仮定で誰かが欠けてしまえば一生後悔してしまう。

 皆が生き残る事は大前提でなければならないのだから。


「シン……」


 イリシャはシンに答えを委ねた。

 自分が決めるべきではないと、考えたから。

 

 依然としてユリアンは、フェリーの中へと潜んでいる。

 本当にやきもきしているのは、シンのはずだから。


「マレット、頼む」


 シンは一切の迷いを生じさせずに、首を縦に振った。

 彼は知っている。『命』の尊さを。簡単に失ってはいけないものだと。

 

「あいよ」


 シンの回答に満足をしたマレットは手をひらひらと回せながら踵を返した。

 彼が自分に託してくれた。だったら、一分一秒が惜しい。

 ピースも連れまわさなくてはならない。彼の知識は、自分に潤いを与えてくれるから。

 

 全ては皆の求めるものを手にする為。マレットは研究所へと歩み始める。

 背中越しの口元が緩んでいる事に、シンとイリシャが気付く由は無かった。


「シン、よかったの? 本当に」


 帰路に就きながら、イリシャはシンへと問う。

 彼女は期限を一週間と釘ったが、それでも相当な時間だ。

 その間に様々な弊害が起きたりはしないだろうかと、彼女は危惧している。


「今更、一週間なんて誤差だ。焦る必要はない」


 まるで自分へ言い聞かせるようにして、シンは答えた。

 実際。今の彼にとって一週間はとてつもなく長く感じるだろう。


 けれど、流れる時間は常に一定だ。

 この10年間の積み重ねの中では、誤差に過ぎない。

 気が逸り、この一週間を疎かにした結果、後悔するような事があってはならない。

 

 ましてや、たった一人の愛する女性を求めて100年以上も耐え続けた男が相手なのだ。

 この程度も待てないようならば、彼と向かい合う資格もないだろう。


「シンが決めたのなら、わたしは従うけど。

 その間は、せめてフェリーちゃんと一緒にいてあげて」


 念を押すように、イリシャはシンへと詰め寄る。

 彼女が危惧しているものは、主にふたつ。


 まずは、正体が知られたユリアンの動きが活発にならないかというもの。

 尤も、この点は彼の感情が大きく揺さぶられない限りは左程心配をしなくていいのかもしれない。

 具体的に言えば、フェリーがシンと共に居る時間を作ればいいのだ。


 もうひとつこそが、そのフェリーである。

 ユリアンを『表』に出さないというのは、あくまで副次的な考え。

 本質的には、フェリーに一週間も寂しい思いをさせたくはなかった。

 少しでも、彼女が笑顔でいる時間が増えて欲しいというイリシャの願いからくるもの。


「……そうだな。そうさせてもらおう」


 イリシャの言葉は、優しさから来るものだ。

 素直に甘えて置こうと、シンは頷く。


「それならよし! さ、帰りましょう。

 フェリーちゃん、きっと待ちくたびれてるわよ」


 返答に満足をしたイリシャは、僅かに顔を綻ばせた。

 二人が向かう先は、イリシャが日夜を過ごしている家。

 近付くにつれ、喧騒が二人の鼓膜を揺らしていく。


「あ、シン! イリシャさん! おかえり!」


 木漏れ日を浴びながら、子供達と周囲を駆け回る一人の少女。

 一本に結んだ金色の髪を跳ねさせながら、彼女は満面の笑みを浮かべる。


 こうして見ると、彼女はあの時からなにひとつ変わっていない。

 心のままに笑顔を振りまいては、周囲の心を絆していく。


 時には眩しすぎるぐらいだけれど、シンは彼女の笑顔が大好きだと再確認をした。

 取り戻したい。取り戻さなくてはならない。

 彼女だけの時間を。彼女が、心から幸せだと感じられるように。

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