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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
終章 祝福
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449.決意ふたり

 全員の視線が集まる最中、シンは我に返った。

 今更失言だったと悔やんでも、もう遅い。

 皆は彼の導き出した答えを待ち望んでいる。


「シン。お前、何を閃いたんだ?」


 息が詰まりそうな程に続く沈黙を破ったのは、マレットだった。

 こんなシンの様子は珍しいと思いつつも、訊かずには居られない。

 

「いや……。忘れてくれ」

「無理に決まってるだろ。この状況で」


 言葉を濁すシンだが、マレットが彼の要求を突っぱねる。

 ただ、彼が閃いたもの。その性質は段々と読めて来た。

 

 あのシンが、一度口にした言葉を呑み込もうとしているぐらいだ。

 この上なく危険かつ、その対象は自分ではない。

 シン自身だけが危険に晒されるのであれば、彼は躊躇わない。


「教えて、シン。あなたは一体、何を思いついたの?」


 追従するように詰め寄るのは、当事者であるイリシャ・リントリィ本人。彼女は藁にも縋る思いだった。

 元のユリアンに。優しい夫に戻るのなら、どんな手段でも構わないと考えるほどに。


「駄目だ。他の手段もきっとあるはずなんだ」

「お前がそれを話してくれないと、他の手段かどうかも判らんだろ」


 マレットの指摘は尤もで、他の皆も首を縦に振っている。

 イリシャに至っては依然として、シンの眼を真剣に見つめていた。


「シン。皆がお主に力を貸すと言ったのだ。抱え込むのは止めだ。

 まずはお主は、お主の心のままに思ったことを話せばいい」


 窓の外からレイバーンの声が聴こえる。

 肩を竦めて笑っているのか、地震のように研究所が揺れていた。


「レイバーン殿の言う通りです。まずは、話してください。

 シンさんの考えを。思いの丈を、話してくれたように」


 例え何を話そうとも、自分達はまず受け止める。

 彼の心を解きほぐそうと、アメリアが微かに笑みを浮かべた。


「シン。みんなの言う通りよ。わたしは教えて欲しい。

 あなたが思いついた方法を。ユリアンと、話が出来るかもしれない方法を。

 だって、わたしたち約束したじゃない。一緒に、ユリアンとフェリーちゃんを救おうって」


 イリシャの視線は一切の揺らぎを見せず、シンを見つめている。

 カランコエで交わした誓いは、決して嘘ではないと訴えるかの如く。

 

 全ては、愛した夫ともう一度言葉を交わす為に。

 どんな事が起きようとも、傍に居続けた幼馴染の少女を救う為に。

 今の彼女に出来るのは、シンの言葉を受け止めるという強い意思を見せる事だけだった。

 

「……解った」


 何回かの逡巡を重ね、シンは頷く。

 これから彼が話す内容は、褒められた手段ではない。更に言えば、大きな危険(リスク)を伴う。

 一度は自分の胸の内に秘めようとした言葉を、シンは口にした。


「今のユリアンは意固地になっている。

 動けば動く程、イリシャの気持ちが離れていくことに対してだ。

 周囲は勿論のこと、イリシャ本人が言っても効果は期待できない」

「まあ、ゾッコンラブってことですからねぇ」


 ここまではイリシャの見解通りだと頷くのはオリヴィアだ。

 恋は盲目とはよく言ったもので、今のユリアンはイリシャが世界の全てと言っても過言ではない。


「だから、説得が難しいって話だすよね?

 かと言って、力づくってわけにもいかないでしょうし」


 相手は不老不死で、更に言えば身体はフェリーのものだ。

 説得も強硬策も取れないからこそ悩んでいるのではないかと、ピースは首を傾げた。


「ああ。だからこそ、()()()()()()()()()

「……は?」


 シンが口走った言葉の意図を呑み込めず、研究所に居る全員が間の抜けた声を漏らした。

 ただ一人。マレットだけが、「らしくなってきたな」と肩を竦めていた。

 こういった時のシンは、もれなくやってくれると知っている。危険(リスク)を度外視すればの話だが。


「オリヴィアが最初に言ったことは、間違っていないんだ。

 ユリアンが自発的に術を解く状況を作らなくては、きっと誰も救われない」


 ユリアンが自発的に不老不死の秘術を解くという事実が、彼が正気に戻っている証拠となる。

 イリシャの願いである、彼との対話が叶ったという状況だとシンは主張した。


「もちろん、そう上手く行けばいいですけど。

 実際のところ、それが出来そうにないから困ってるわけで――」


 うんうんと唸りながら首を左右に振るオリヴィアだったが、彼女もシンの意図を理解した。

 だからこそ、「心を折る」のだと。きちんとイリシャの話を受け入れられる状況に、再生する為の破壊。


「ユリアンはイリシャを護ろうと必死だ。そのこと自体は、俺も悪いとは思えない。

 けれどその実、奴はイリシャを盾にしている」


 イリシャにとって耳の痛い言葉だと理解しつつも、シンは説明を続ける。

 彼女を免罪符にし続ける状況は、決して健全ではない。

 一線を越える大義名分を、己が抱えるべき『罪』を。愛する妻であるイリシャへ押し付けているのと同義だから。


「だから、まずはその価値観を壊す必要がある。

 そうしないと、奴はきっと自分の世界の中だけで永遠の刻を生き続ける」


 ユリアンが今のユリアンのままで居続ける事を、望んでいる者はいない。

 自分の願いとイリシャの願いは決して交わらないのだと、ユリアンに知らしめる必要がある。

 誰一人救われない世界の中で、これ以上心をすり減らさなくてもいいように。


「でも、シン。具体的にはどうするつもりなの?」


 シンの意図は理解した。ユリアンを正気に戻そうとしている事を嬉しく思う。

 けれど、まだイリシャには理解できない。彼が躊躇う理由を明かしているとは思えないからだ。


 イリシャもシンとはそれなりの付き合いで、人となりも判っている。

 状況を鑑みるに、考え方の方向性自体はシンも逡巡しなかったのだろう。

 シンが言いたくなかったのは、手段の方だ。これから話すであろう方法が、彼に迷いを生じさせたのだ。

 

「それは……」


 案の定というべきだろうか。シンは躊躇する素振りを見せる。

 彼は一体どんな手段を思いついてしまったというのか。


「あまり勿体ぶると、辛いのはお前だけになるぞ」

「……解ってるよ」


 じれったいと言わんばかりに、マレットが栗毛の尻尾を揺らしている。

 シンはまだ少し躊躇いながらも、ユリアンの心を折る方法を語り始めた。


 ……*


「――以上が、俺の思いついた方法だ」


 ユリアンの心を折る術を語り始めてから、すぐの事だった。

 どんな手段なのだろうかと期待をする者もいたが、やがて皆がそろって口を真一文字に結び始める。

 シンが語り終える頃には皆が皆、唖然としていた。

 個人差はあれど。全員の抱いた感情は、ほぼ同じものだと言っても過言はない。


「人でなしですか?」

「……オリヴィア」


 皆が抱いたであろう、忌憚のない、率直な感想を真っ先に述べたのはオリヴィアだった。

 アメリアが彼女を嗜めるが、気持ちが理解できない訳ではない。

 思ったよりも、ユリアンに対する精神的なダメージが大きそうな策だからこそそう感じていた。


「お前、よくそんなモン思い付いたな」

「……だから、話したくなかったんだよ」


 流石のマレットも、若干表情に困っている。

 シンが眉を顰めながら視線を泳がせる中。彼の策を肯定する者が一人、現れる。


「でも、今の方法なら……。確かに、ユリアンは正気に戻るかも」


 そう頷いたのは他の誰でもない。

 ユリアンの妻である、イリシャ・リントリィその人だった。


「でも、イリシャちゃん。シンくんの作戦だとイリシャちゃんが危ないよ……」


 リタは軽率に決めるのはよくないと、イリシャに再考を促している。

 イリシャが感じた手応えは理解できる。この方法なら確かに、ユリアンの心を折る事は可能だろう。


 けれど、あまりにもイリシャにとって危険(リスク)が大きすぎる。

 他の手段を考えてもいいのではないかと促すが、イリシャは首を左右に振った。


「ううん。わたしはユリアンの妻だから。彼を愛しているから。

 それぐらいはしないといけないわ。だって、彼と話したいのはわたしの願いだもの」


 リタが自分の身を案じてくれているのは判る。

 しかし、イリシャは彼女の気遣いをやんわりと断る。


「それにね。シンの作戦なら、少なくともフェリーちゃんは救えると思うの。

 理にかなった方法だと思うわ」

 

 今は己の身を危険に晒してでもやらねばならない。

 ずっと自分を想い続けていた夫への『救い』になると信じて。

 何より。自分の運命を大きく狂わせながらも尚、手を差し出してくれるお人好しの為にも。


「イリシャちゃん……」


 その言葉を聴いて、リタは益々不安を募らせる。

 イリシャは覚悟を決めている。最悪の場合なんて、口に出して欲しくはなかった。

 

「リタ。心配してくれてありがとう。

 大丈夫よ。わたしだって、やるときはやるんだから」

「もう、そんなんじゃ説得力ないよ」


 イリシャはぐっと力を込め、二の腕に小さなこぶを作って見せる。

 その様子がおかしくて、リタは思わず顔を綻ばせる。張り詰めた糸を、緩ませるかの如く。


「イリシャ、悪い」

「むっ。一緒に救うって決めたんだから、そういうのはナシにして」


 ただ、シンに対してだけは例外だった。

 冗談っぽくも、少し気を悪くしたという態度を彼へと示すのは抗議の証。

 彼の策を聞いて、間違いなく自分に気を遣っていると解ったからだ。


「……それに、危険なのはわたしだけじゃないわ。

 あなただって、ユリアンが暴れでもすればただでは済まないもの」


 イリシャの言う通りだった。シンはあくまで、イリシャの身を案じている。

 だが、その内容は高い効果が期待できる一方で、酷く綱渡りとなる。

 逆上したユリアンに、シンが消し炭にされる可能性だって十分にあるのだ。


「俺は――」

「ダメ」

 

 知っている。彼は自分の命をしばし、勘定に入れないから。

 けれど、それは許されない。誰もそんな結末を望んでいないから。

 

「あなたも、わたしも。フェリーちゃんやユリアンも。

 皆、きちんと救われないといけないの。

 だから、自分は平気だとか。そういうことは絶対に言わないで」

 

 そっとシンの胸に手を当て、心臓の鼓動を確かめる。

 心音は一定のリズムで刻まれており、とても心地よい。

 この音を止めていい理由なんて、あるはずがない。


「……ああ。イリシャの言う通りだ。

 俺だって、フェリーを独りにはしておけない」

「ええ。そうね」


 イリシャは納得をすると同時に、シンの胸から手を離す。

 彼が他でもないフェリーの為だと言うのなら、信じられる。

 

 尤も。あくまで誓いに過ぎない。シンはきっと、その時になれば無茶をしてしまうだろう。

 ただ、それでも必ず約束は守ろうとするはずだ。

 決してフェリーを悲しませたりはしないという、何よりも大切な約束を。


「だから、イリシャの力が必要だ。頼む、俺に力を貸してくれ」

「わたしもよ。ユリアンともう一度話をするために。

 シンの力を貸してちょうだい」


 互いの覚悟を確かめ合うかの如く、二人は言葉を交わす。

 思いは変わらない。大切な存在を救う為になら、二人は茨の道すらも選んでみせる。

 その先に救いがあると、信じているから。


「ですが、シンさんの作戦通りで行きますと……。

 私たちはあまり、出る幕がありませんよね」

「いや、こうやって話を聞いてもらえるだけで助かった。ありがとう」

「そうですか。お役に立てているなら、何よりです」


 協力を申し出たまでは良かったものの、あまり役に立てそうはないと頭を悩ませるアメリアだったが、シンは首を横に振る。

 彼にとって、この10年間で相談できる相手はマレットぐらいだった。

 こうやって自分の考えに真剣に向き合ってくれる事自体が、有難いと感じている。


「それに、皆に協力をして欲しいことは残ってるんだ。

 ユリアンの方ではなくて――」

「邪神。ですね」


 言わずもがなと、アメリアは首を縦に振った。

 世界再生の民(リヴェルト)の動向は未だ掴めていない。

 ユリアンの事があるとはいえ、世界中に悪意を蔓延させる存在を見過ごしておけるはずもない。

 

 何より、シンは本気で救うつもりでいる。

 フェリーやユリアンだけではなく、邪神さえも。


 我儘になっていいとマレットに言われた時。

 シンは自分の心を素直に吐き出した。救いたい者がいると。


 あの時の気持ちに、なにひとつとして偽りはない。

 例え行動に矛盾を孕んだとしても、彼の本質はなにひとつ変わらない。

 

 人によっては独善的にも、偽善にも見えるかもしれない。

 それでも彼は、周囲の目など気にせず手を差し伸べるだろう。

 シン・キーランドという人間の本質が、そうさせるのだから。


「そっちは任せてくださいよ。身から出た錆みたいなものですし。

 シンさんとイリシャさんは、まずフェリーさんとユリアンさんのことに全力を出してください。

 あんな作戦を実行しようとしているんですから、失敗は許されませんよ」

 

 世界再生の民(リヴェルト)については、ミスリアに責任がある。

 だから任せて欲しいとオリヴィアは親指を立てる。


 彼女達ミスリアの者だけではない。リタやレイバーン達も協力をしてくれている。

 自分よりもずっと頼りになる仲間達を前にして、シンは安心して託す事が出来るのだと実感した。


「ああ、解っている。……ありがとう」


 この旅を初めて、この一年で礼を述べる機会が格段に増えた。

 自分は本当に人との出逢いに恵まれているのだと、シンは改めて感じ取っていた。

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