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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第八章 再会
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幕間.その身は誰のものか

 フェリーの中に潜む魔女の正体は、イリシャの夫だった。

 彼の魂は人々の中を転々とし、イリシャを求め続けていた。

 終の棲家に選んだ人間こそが、フェリー・ハートニアだったのだ。


 シンは彼の存在を突き止め、ついには『表』へと引きずり出した。

 その際の根拠のひとつとして、彼はおれの存在を挙げていたという。


 そう。『魂』の中に、間違いなく意識が存在している証明として。

 確かにおれの魂は元々、この世界の人間のものではない。

 

 風祭祥吾として社畜としての人生を歩んだ記憶が、この世界でも残っている。

 文字も、スポーツも、娯楽さえも。何もかもが違う世界の理を淀みなく話し続けたおれを皆は受け入れた。

 だからこそシンも、おれの存在が狂言ではないと判断してくれたのだろうけど。

 

 マレットなんて、むしろ「もっと色々あるだろ。捻りだせ」なんて言う始末だ。

 まあ、魔術のテイストを混ぜつつ色々と再現する辺り大概おかしいんだけども。


 イレギュラーな形ではあるが、おれの存在は役に立った。

 本来ならそれは喜ばしいことなのだろう。でも、おれだけが胸の奥に蟠りを残していた。

 それはきっと、シンの一言が切っ掛けだ。


 「ピースがいてくれたから、魂の中に意識が存在していると確信できた。ありがとう」


 ありがとう。シンが言ったこの言葉自体に、裏はない。

 彼からすればフェリーを救うために重要なひとかけらだったのだから、その言葉が漏れてもなんら不思議ではない。


 もやついているのは、あくまでおれだ。

 フェリーの中に、別の人間が潜んでいる。決して二重人格などではなく、全く別の人間の魂だ。

 それはつまり、ひとつの身体に複数の魂が存在するという事実を示している。


 だから、おれはどうしても考えてしまうのだ。

 この身体は、本当におれだけのものなのか? と。


 今までも疑問に思わなかったわけではない。

 生まれ変わった結果、赤子からやり直したわけではない。

 いきなり少年の姿から始まった。しかも、生前のおれと全く違う容姿で。


 ただ、今までは考えても仕方なかったのだ。

 別人格が現れる気配なんてなくて、24時間完全におれの意識全開だったわけだし。


 だから、漠然と安心をしてしまっていた。そして、言い聞かせていた。

 転生なんてしてしまったんだから、そりゃ子供からにやり直すことぐらいあるだろう。と。


 それがここにきて急展開だ。肉体の中に、複数の魂が存在している。

 フェリーの例を鑑みると、おれが誰かの肉体を乗っ取った可能性が再浮上してしまう。

 この肉体は本当に、おれだけのものなのか? 誰かの人生を奪い取ってはいないか。

 不安を抱くのは当然だろう。不可抗力とはいえ、割と取り返しのつかないことをしているのだから。


 ……*

 

「その可能性は否定できないよな。お前、普通の人間と同じ感じで成長してるわけだし。

 誰かの肉体を奪っているという理屈は一番しっくりくるもんな」


 マレットはバッサリと、おれが他人の人生を奪っている可能性に言及した。

 コイツに暖かい言葉を期待したおれも馬鹿だったけどさ。


 今回の件でシンに相談は出来ない。

 言ってしまえば、彼は気を遣う。「そんなつもりはなかった」と謝るのが目に見えている。

 シンが悪いわけではないし、彼には優先してやるべきことがある。

 だからマレットに相談したというのに。コイツときたら。


「お前さあ、おれも結構ナイーブは話してるんだから。

 もうちょいさ、慰めるとか気を遣うとかないわけ?」

「お? なんだ? 慰めて欲しかったのか?

 ほれ、よしよしっと」

「あのな……」


 ケタケタと笑いながら、白衣の美女はおれの頭を掌で雑に撫でる。

 髪がめちゃくちゃにされながらも、おれの視線は盛られた白衣に釘付けとなっていた。

 マレットの奴、なんてことしやがる。危うく悩みが吹っ飛びそうになったじゃないか。


「実際のところ、考えても仕方ないってのが本音だけどな」


 おれを揶揄う仕草から一転、マレットは真剣な口調でそう言った。

 彼女の言うことも尤もなのだ。なんせおれは、存在しているかもしれない他の『魂』に干渉されたことがないのだから。


「それはそうなんだけどさ。どうも気になってしょうがないんだよ」

「めんどくせえなコイツ」


 一切の遠慮なしに、マレットは呟いた。

 敢えて本人に聴こえるように言うのが、彼女らしい。


 そして悔しいのが、おれは彼女の言葉を否定出来ない。

 『無い』ことを証明するのはとても難しいからだ。

 結局おれは、不安だから慰めて欲しい駄々っ子となんら変わりない。


「ったく。そんなに不安なら、専門家に任せればいいだろ?」

「専門家……?」


 呆れるようにそう呟いたマレットは、小走りで研究所の外へと駆けて行った。

 首を傾げるおれに、一瞥もくれず。


 ……*


「ほれ、連れてきてやったぞ」


 戻ってきたマレットが連れて来たのは、一人の魔術師だった。

 右腕が魔導石(マナ・ドライヴ)を搭載した義手を持つ男。テラン。

 専門家……。確かに、ユリアン・リントリィが墓に居ないことを証明したのはテランだけど……。


「ベル。僕は別に魂の専門家というわけではないのだけれど」


 ほれ見ろ、テランも困ってるじゃねぇか。

 おれは前に教えてもらったんだ。死んだ人間の魔力の残滓で判別してるって。


「いやいや。確かに正確な意味では魂の専門家ではないかもしれないけどよ。

 お前の右腕は、フェリーを通してユリアン・リントリィに触れた結果だろ?

 だったら、ピースの魂に触れればなんとかなったりしないのか?」

「おい待て」


 とんでもないマレットの提案を前にして、おれは思わず声を上げた。

 いくらなんでも、無茶苦茶が過ぎる。


「テランさんがフェリーさんに迂闊に触れた結果、右腕が燃やされたならさ。

 万が一、おれの中にも凶暴な魂が控えてた時に同じような目に遭うじゃんか。

 流石にそんな危険な橋渡ってくださいとは、とても言えないぞ!?」

「いやあ、大丈夫だろ」


 迂闊に許可できんというおれの主張に対して、マレットは平然と言ってのけた。

 どうやら彼女なりに根拠があるらしいので、おれもテラン耳を傾ける。


「フェリーは元々、アイツが主人格だ。けど、お前の不安はその逆だろ?

 お前の元となった人間がそんな狂暴な奴だったら、そもそも身体の主導権渡すかって話だよ」

「う、ううん……。それは確かに……」

「更に言えば、お前が何をしても無反応なんだ。

 居るとすれば、相当世界に無関心な奴だぞ」


 不覚にも、マレットの言葉に納得してしまった。

 おれも思っていたが、仮に別の魂が存在しているとしても音沙汰が無さ過ぎるのだ。

 それが益々怖くて相談をしているわけだけれど、マレットとしては「いない」寄りの考えなのかもしれない。

 テランを呼んだのも「いない」と思っているからこそ、考え込む時間が勿体ないという判断なのかもしれない。


「ていうか、そもそもお前としてはどうなって欲しいんだよ?」

「え?」


 不意に出て来たマレットの問いに、おれは気の抜けた返答をしてしまう。


「だから。お前の肉体に、本来の持ち主が居て欲しいかって話だよ」

「それは、やだよ。嫌に決まってるだろ」


 情けない声を出してはしまったけれど、その点に関しておれの意見は変わらない。

 いて欲しくないに決まっている。だって、おれはこの世界を気に入ったのだから。

 

 この世界を見て回りたい。世話になった人たちにも、恩返しをしたい。

 自分勝手な理由だけど、そのためにはおれがおれの意思で動かなくては意味がない。

 他人の人生を奪ってまでしたいものではないからだ。


「だったら、もう調べる必要はないんじゃないかな」

「それはそれ! これはこれ! だって、不安じゃないですか!」

「本当にめんどくせえなコイツ」

 

 若干困った顔をしながら、テランが呟いた。

 その通りではあるんだけど! ほら、気になった以上はずっとモヤモヤするじゃんか!

 知りたくて仕方がないと言うおれに向かって、マレットはまた呆れ倒していた。


 ……*


「じゃあ、一応は試してみるけれど……。

 あまり期待はしないでくれると助かるかな」

 

 結局、テランは出来る限りの手段でおれの身体を調べようとしてくれている。

 方法は以前、フェリーの身体に邪神の『核』を埋め込もうとした時とは違う手段らしい。

 さらっと怖いことを言っていたが、おれは聞き流した。シンにもお礼参りされたみたいだからもういいだろう。


 とはいえ、根本的な方法は変わらないとも言っている。

 テランが魔力を流し込んで、おれの身体と接続(リンク)をしようというものだ。


「ああ、アタシも身体の隅々まで調べてるんだ。

 今更コイツに隠すとこなんてないから、好きにしてやってくれ」

「ちょっと怖いんだから、そういうこと言わないでもらえるかな!?」

 

 ケタケタと笑うマレットだが、とんでもないことを言っている。

 勝手におれの身体を自由にする権利を譲渡されては困るんだが。


「大丈夫。僕もそこまでするつもりはないから」


 揶揄うマレットとは対照的に、テランは瞼を閉じている。

 後に訊いた話だが、その方がイメージしやすいらしい。相当に集中力が必要な動作だということが窺える。


 対するおれはというと、なんだかむず痒い感覚が全身を駆け巡っている。

 テランの魔力が流し込まれているということなんだろうか。麻酔とかあったら良かったなと、今更ながら思う。


「これは……」

「え、なに。こわい」


 途中。テランが眉を顰める。だが、それ以上は何も語ろうとしない。

 調べられているおれの不安なんてお構いなしだ。本当に怖いから勘弁してくれ。


 結局、調べ終えるまでの間にテランは何度か眉を動かしていた。

 調査結果を訊くのが怖くなったが、今更逃げるわけにもいかないと、おれは腹を括った。


 ……*

 

「結論から言うと、君の中に他の魂は存在していないと思うよ。

 何も干渉されるような形跡は無かったからね」

「良かった……」


 あくまで自分の見立てだがという言葉を添えて、テランはそう言った。

 一先ず、おれは誰かの人生を乗っ取ったわけではなさそうだと安堵する。

 ただ、それだとテランが眉を顰めた理由が判らないけれど。


「あれ? でも、テランさんはどうして怪訝な顔を浮かべたりしたんですか?」

「ああ、それはね」

 

 テランは眉を顰めた理由を語ろうとはしない。

 ひょっとして、何か重大なことを隠しているのではないか。

 不安に駆られたおれは、彼へと尋ねる。

 けれど、彼はあっさりとその理由を教えてくれた。

 

「あくまで僕の感覚の話になるけれど。

 君の魂……。というか、魔力かな? その塊が、つぎはぎのようなもので覆われている気がしたんだ。

 魂そのものとは違う、不思議な感触だったよ」

「なんだそりゃ?」

「僕だって、同じ気持ちだよ」


 意味が解らないと首を傾げるマレットだったが、テランも解からないものは仕方がないと肩を竦めて見せた。

 確かに、何がなんだかわからない現象なのかもしれない。

 『魂』とやらに触れられないおれからすれば、全部意味わかんないけど。


 だけど、おれはその現象にひとつだけ心当たりがあった。


 風祭祥吾としての生を終えて、目が覚めた時に立っていた不思議な空間。

 輪郭さえも朧げな、白くふわふわとした空間。そして、そこに立っていた白い人影。


 あの子たちは、おれと逆の道を歩んだのではないか。

 この世界から、おれの居た世界へ。おれと同じように、転生したのではないか。

 あっちの世界では魔術なんて存在していない。魔力は無用の長物だ。

 

 だから、置いて行った。

 もしかすると、持っていけなかったのかもしれないけれど。

 それを受け取ったのがおれなのではないか。そんな気がした。

 

 ――つらいこともあったけれど、わたしたちは嫌いじゃなかったよ。


 不意に、白い人影の一人が放った言葉を反芻した。

 フェリーに出逢い、教えてもらった。おれが生まれる直前にピアリーという村で起きた惨劇を。

 「つらいこと」はまさに、邪神の『核』に取り込まれて怪物と成り果てたことなのだろう。


 生まれ変わったおれにも、過酷な運命が待ち受けるかもしれない。

 あの団体さんはもしかすると、そんなおれのために自分たちの欠片を分け与えてくれたのかもしれない。

 肉体や、魔力。この世界で生きるにあたって、必要なものを。


(だったら、おれは……)


 なら、おれは逆に何かを分け与えられたのだろうか。

 大したものを持っていないおれは、ただあっちの世界の方角を指差しただけではないだろうか。

 そう思うと、なんだか申し訳なくなってくる。


 勿論、これはおれの想像。というか、下手をすれば妄想だ。

 だけど、悩んでいた先刻までよりは大分頭の中がすっきりした気がする。


 何より、また戦う理由が増えてしまったのだ。

 世界再生の民(リヴェルト)をぶっ潰して、もうそんな悲しい目に遭う人が生まれないようにしなくてはいけない。


「ピース。お前、なんで黙りこくってんだ?」

 

 決意を新たにしていると、怪訝な眼差しでマレットがおれを見ていた。

 大丈夫、心配するな。おれはもう、吹っ切れたから。


「いや、もう大丈夫だ。マレット、テランさん。ありがとう。

 おれはおれの戦いを、ちゃんとやらなきゃって思えたよ」


 思い込みだとしても構わない。

 今までより活力が湧いてくるのだから、きっとこれが正解だ。


「え? なんでコイツ急に吹っ切れたんだ?

 むしろ、ワケわからん体質ってのがはっきりしたのによ」

「僕にも判らないよ」


 尤も、あくまでおれが決意したに過ぎない。

 置いてけぼりのマレットとテランは、情緒不安定にも取られかねないおれの行動にただただ呆れていた。

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