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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第八章 再会
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440.共感

 アンダル・ハートニアがその少女と出逢った時。

 彼の中に潜むユリアンは高揚した。


 幼子とはいえ、四歳前後だろう。にも関わらず、言葉さえも覚束ない。

 自分が売られているという事実にさえ、気付いていない。

 その碧い瞳は無垢の象徴とも言えるだろう。

 

 まさしく自分の器として相応しい。

 後は頃合いを見て、アンダル・ハートニアから彼女へと移ればいい。

 運命が定めた、再会の刻まで。


 ……*


 だが、中々思い通りには進まない。

 『無』だと思った少女、フェリー・ハートニアはカランコエの生活ですっかりと自我を得ていた。


 大きな要因はやはり、アンダルとキーランド家だろう。

 子宝に恵まれず、更には妻に先立たれたアンダルは当てもなく世界を放浪していた。

 そんな中で引き取ったフェリーに、惜しみない愛情を注いだのは半ば必然とも言えるだろう。


 予断だが、そんな状態にも関わらずユリアンがアンダルから肉体の主導権を奪う事は出来なかった。

 精々、自分の感情が昂った時にアンダルへ影響を与えたぐらいだろうか。

 今までに依代とした人物の中で、最も強い精神力の持ち主だった。


 キーランド家。特にシンも彼女にとって大きな存在だった。

 家族ぐるみの付き合いをする中で、フェリーはカランコエを自分の故郷だと思うようになった。

 無垢なままではあったが、決して『無』ではなくなっていた。


 皆が笑顔になる裏側で、ユリアンは焦燥感に駆られていた。

 また、思惑通りに進まない。いっそ、フェリーを諦めるべきか。

 そんな考えが脳裏を浮かんだが、彼の本心が拒絶をした。


 たかだか30年だと高を括ったからこそ、耐えられたのだ。

 この機会を逃せば、イリシャが何処に居るのか判らない。

 

 イリシャを求めて、これ以上誰かの身体を転々と彷徨うなんて耐えられない。

 手を伸ばせば届くはずだと、彼は考えを改める事はなかった。

 

 ……*


 アンダルの死後。シンが独りで始めた冒険者稼業。

 それはフェリーが寂しさを募らせる原因となり、やがてユリアンが『表』へと出るだけの隙間を生み出す。

 

 罪悪感からフェリーが自分の『死』を望んだ時は驚いたが、既に手遅れだった。

 ユリアンは自らが生み出した秘術により、フェリー・ハートニアを不老不死の魔女と変貌させていたのだから。


 彼らの退路を奪った中で、ユリアンはやはり間違えていなかったのだと納得をする。

 これでいい。これで彼らは旅に出る。後10年もすれば、イリシャと出逢うのだ。


 目的の達成が近付く一方で、またもユリアンにとって誤算が生まれる。

 フェリー・ハートニアから、肉体の自由が奪えないのだ。


 情愛も、罪悪感も、思い出も。良くも悪くも、彼女はシンへの想いが強すぎた。

 ユリアンはシン・キーランドが居る限り、自分が『表』に出て来られないのではないだろうかと考えるようになる。


 アンダルを通してイリシャと出逢った時もそうだ。

 シン・キーランドは自分の道標でありながら、最大の障壁となる。

 恐らく、最後の最後。自らの悲願を達成するまで。


 その予想は当たっていた。

 全ての発端となった青年。シン・キーランドは苦難の末、自分へと辿り着いた。

 これはもう、自分が『表』に出る機会はそう得られないだろう。

 折角、虎の子である秘術を使ったというのに。


 嘆く一方で、ユリアンの計画はまだ修正が可能だった。

 フェリーはシンを心の糧にしている。彼が命を落とせば、自然とフェリーの意思は弱まるだろう。

 イリシャには再会出来たのだ。これからいくらでも時間はある。

 

 後数十年だろうか。案外、邪神との戦いですぐに死ぬかもしれない。

 それまで『表』に出る事はないかもしれないが、我慢をするしかない。

 まずは何故か悲しんでいるイリシャを、慰めてあげなくてはならない。


 ぼんやりとイリシャと自分の未来図を設計していた時だった。

 何度も何度も。自分を呼ぶ声が聴こえる。

 

「ねぇ、ユリアンさん。聞いてる? うーん。聞こえてるのかなぁ?」


 声の主はよく知っている。

 自分が終の肉体に選んだ少女、フェリー・ハートニアだ。

 ユリアン・リントリィという存在を知覚したからか、フェリーは当たり前のように自分へと声を掛ける。

 傍から見れば、妙な独り言を呟いているだけだろうに。

 

(……聞こえているよ)

「あ、聞こえてた」


 正直に言うと、ユリアンはフェリーがどうしてこんな行動を取っているのか理解できなかった。

 シンとは違い、彼女が何か策を練っているようにも思えない。目的がまるで読めない。


「初めまして……かな? ユリアンさんって、イリシャさんのだんなさんなんだよね」

(ああ、そうだ)


 やはり、何を考えているのか判らない。

 フェリーの中で、ユリアンは独り訝しんでいた。


「だから、逢えた時に嬉しくて泣いちゃったんだね。

 あたしも判るよ。ちょっとの間、シンに会えないだけでも寂しかったもん」


 うんうんと頷くフェリーだが、ユリアンからすれば同じだと思われたくなかった。

 どれだけの時間、自分が待ち望んだと思っているのか。

 何より、そのシンが最大の障害だというのに。


(……私に何か用があるのか? 恨み節でも告げるつもりか?)


 延々とシンの話を聞かされては堪らないと、ユリアンは話題を変えようと試みる。

 大方、彼女も自分に対して怒りをぶつけたいのだろうと推測しての事だった。


「……うん。ちょっと、訊きたいことがあって」


 やはりな。とユリアンはフェリーの内側で納得をする。

 今更何を言われようと、ユリアンの目的は変わらない。

 

 全てはイリシャと共に永遠を生きる為。

 その糧となった者に何を告げられようが、気にも留めない。

 とはいえ、自分とフェリーが切り離せない存在なのも事実だ。

 ここは大人しく彼女の話を聞こうではないかと、ユリアンは耳を傾ける。


「あたしの成長が止まったのって、16歳だけど……。

 その時は、もうおじいちゃんが居なくなってしばらくしてからだよ?」

(なんだ、そんなことか。私が君を不老不死にしたのは、魂を移してからだ。

 尤も、実際に術を使用して発動するまでに数年のタイムラグを要したが)


 ユリアンはアンダルが命を落とした時。フェリーが悲しみに暮れていた時。

 彼女の内で、時を戻る秘術を発動していた。すぐに身体の主導権が奪えると思ったからだ。

 

 いくつもの身体を経由し、魔術師どころか魔物の肉体を介した事もある。

 十分に魔力は足りていると判断しての行動だったが、ユリアンは生粋の魔術師ではない。

 

 彼の生み出した術式には、オリヴィアのように最短距離を求めるような仕掛けが施されていなかった。

 魔術を生み出すという点に於いて、理論を重ねるばかりで検証する機会が無かったのだから無理もない。

 正しく機能しているだけで、才に恵まれていたのだと解るぐらいだろうか。

 

 故に、生み出した秘術が完全に機能するまで四年の歳月を要した。

 もう少し遅れていれば、全ての運命がズレていたかもしれない。

 

 或いは、それさえも秘術の基となった刻と運命の(アイオン)神の悪戯なのか。

 ユリアンはその理由に対して、左程興味を持たなかった。


「そっかぁ……」


 ぽつりと呟くフェリーだが、まだ歯切れが悪い。

 恐らく、本題ではなかったのだろう。それを証明するかの如く、彼女は再びユリアンへと問う。

 

「あとね、おじいちゃんが死んじゃったのって……。

 ユリアンさんが、あたしの中に移動しちゃったから……?」

 

 一度きゅっと下唇を噛みながら、フェリーは恐る恐る尋ねる。

 彼女は不安なのだろう。大好きだったアンダルが、自分のせいで死んだかもしれないと。


(アンダルの死と、君へ魂を移したことは無関係だ。私の魂が、誰かの命を延命するなどは無い。

 むしろ逆だ。私の魂が入ったまま、命が尽きてしまえば一緒に私が消えてしまう。

 ただ一人。不老不死となった君を除いては)


 よくもここまで、見当外れな心配ばかり重ねるものだとユリアンは感心をする。

 嘘を吐くのは簡単だが、イリシャはアンダルとも仲が良かった。

 彼女を悲しませる真似はしたくないと、ユリアンは真実を述べる。


「そっか……。そうなんだ……」


 アンダルとの別れは、あの場面から避けられないと知ってフェリーは表情に影を落とす。

 前の夜まで普通に話していたのに。もっとちゃんと、気付くべきだった。

 せめて別れの挨拶はしたかったと、涙を流す。


(君はやはり、変わっているな。君の故郷を、シン・キーランドの家族の命を奪ったことを責めようとは思わないのか?)


 アンダルの死因を気にするぐらいだ。必ずこの話題も出てくるだろう。

 面倒だと考えたユリアンは、訊かれる前に自分から切り出す。

 例え罵倒されようがフェリーの中から出るつもりはないのだから、遠慮は無かった。


「そのコトはね、やっぱりダメだと思う」


 フェリーは言葉を選びながらも、はっきりと否定した。

 やはり赦すつもりはない。手の届かない存在である自分を、彼女は永遠に恨み続けるのだろう。

 

 そう考えたユリアンだったが、フェリーの言葉はまるで違う。

 むしろ、彼へほんの僅かな理解を示すものだった。


「でもね、あたしもユリアンさんの立場だったらどうなんだろうって……少しだけ考えたりもしたよ。

 もしもシンがずっと生き続けるなら、あたしもいっしょにいたいって思うもん。

 モチロン、ゼッタイにしちゃいけないコトだよ。

 だから、取り返しがつかないならせめてみんなに謝って欲しいけど……」

(そのつもりはない。必要性も感じない)

「……むぅ」


 ユリアンの回答を受け、フェリーはため息を吐いた。

 尤も、元より期待はしていなかった。イリシャがカランコエの件を悲しんでいても、彼はまるで理解できていなかった。

 きっと彼は、罪悪感を持っていない。魂だけの生活で、心が壊れてしまったのだ。


(君こそ、シン・キーランドと生きたいなら好きにすればいい。

 彼が死んだ後にこの身体さえ譲ってくれるのなら、私も邪魔立てするつもりはない。

 そこから先は、私がイリシャと共に生きて行く)


 一方のユリアンは、フェリーへ提案をする。

 ここで話が纏まれば、何も問題はない。シンは自分を殺す手立てなど持ってはいない。

 ましては、フェリーを撃つ事も出来ない。言質さえとってしまえば、シンも諦めるだろう。

 

「ダメだよ。あたしはシンといっしょに生きるの。約束したもん。

 それに、おじいちゃんが『命』は大切だって教えてくれたから。

 あたしは不老不死でいたいだなんて、一度も思ったことないよ」


 だが、フェリーは即座に首を横に振る。

 シンと一緒に歳をとり、同じ時間を過ごしていく。

 彼女にとって一番大切なものを、譲ったりするつもりはない。


(そうか。私としては歩み寄ったつもりだがな)

「どこが!」

 

 ユリアンからすればそれは、無駄な足掻きを宣言されたにも等しい。

 自分が秘術を解除しない限り、彼女の願いは叶わない。

 いくらなんでもその程度は理解できそうなものだが、彼女はその日が訪れると信じている。

 ただ、ユリアンの中にはそれを羨ましく思う自分が居るのも事実だった。


(話は終わりか?)

「あ、待って! まだあるよ!」


 彼女と話しているとペースが乱される。

 ユリアンは話を切り上げようとするものの、フェリーにとって引き留められる。

 

 フェリーが人懐っこいのは知っている。

 だが、自分の中に居る存在を気持ち悪いと思わず、ここまで話し掛けてくるのは異常だと思わなくもない。

 それだけ語りたい事が、知りたい事があるという意味合いなのかもしれないが。


「イリシャさんと初めて逢った時、他人の気がしなかったのって。

 ユリアンさんの気持ちがあたしに流れ込んできたってコト?」

(その通りだ。決して君がイリシャと面識を持っていたわけではない。

 君がイリシャへ抱いた好意は、私由来のものだ)

「うーん……」


 ユリアンの返答は予想通りのものだった。

 けれど、フェリーは納得していない。正確には、言いたい事があるというべきだろうか。


「きっかけはそうかもしれないけど。

 あたし、イリシャさんのコトちゃんと好きだよ?」

(……当然だ。イリシャに好意を持たない人間が、居るはずないだろう)


 そう言いながらも、ユリアンはどこか得意気だった。

 だからこそ、気が緩んだのかもしれない。続く予想外の言葉に、若干の動揺を見せる。


「だからさ。あたしが持ってるシンの好きも、ユリアンさんに伝わってない?」


 それはフェリーにとって、純粋な疑問だった。

 彼はある種、特等席で見て来たのだ。シンの歩みを。自分の抱いている情愛を。

 だからこそ、シンの命を奪おうとしなかったのではないかと。


(……)


 フェリーの言葉を最後に、ユリアンは彼女と言葉を交わす事を止めた。

 質問に対する答えを、彼女へ伝えないまま。


「待ってよ、ユリアンさん! だんまりはズルっこだってば!

 あたしじゃ、聞こえてるか聞こえてないかわかんないんだもん!」


 フェリーがいくら呼びかけようと、ユリアンは沈黙を貫き通す。

 納得がいかないと頬を膨らませながら、フェリーはベッドへ顔を埋めていた。

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