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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第八章 再会
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434.対面

 ゆっくりとシンの口が開いていく。

 シンだけではなくイリシャも神妙な面持ちだからだろうか。

 つられてフェリーまで固唾を呑み込んでしまう。

 

 リオビラ王国へ向かっている頃から、頭の片隅で思い続けていた。

 シンが自分を連れていけない理由とは、いったい何のか。

 

 確信しているのは、自分を傷付けない為だという事だけ。

 他はなにひとつ、心当たりがない。だから、知りたかった。

 

「俺が向かったのは、芸術の国(クンストハレ)だ。

 調べなければならないことがあった」

芸術の国(クンストハレ)って……」


 シンの口から語られた場所。

 フェリーとて、その国の名前は知っている。イーマ大陸に存在する、芸術が盛んな国だ。

 

 自分は行った事がない。けれど、シンは違う。

 過去へと転移した際に、イリシャと共に向かったのだと教えてもらった。


「……シンがどうして、イリシャさんの故郷に行ったの?」


 怪訝な表情を浮かべるフェリーは、明らかに訝しんでいる。

 そう、芸術の国(クンストハレ)はイリシャの故郷だ。

 彼女が行くならまだしも、シンが向かう必然性を見つけられなかった。


 それだけではない。今の説明では、自分を連れていけない理由も不透明だ。

 シンの考えている事も、向かった理由も。何もかもが判らない。

 

 それなのに、どうしてだろうか。

 喉が絞られるような感覚に陥る。胸騒ぎがする。

 

 この言語化出来ない不安には覚えがある。

 ギランドレの遺跡で、破壊された部屋を見つけた時と同じだった。


「どうしても、行かなければならない理由があった。

 確証を得たかったんだ。イリシャの……。リントリィ家の墓へ。テランと一緒に」

「イリシャさんの……?」


 フェリーの顔を直視できず、咄嗟にイリシャは顔を俯かせてしまう。

 当のフェリー自身は、まだ意味が解らない。ただ、心臓が張り裂けそうな程大きく脈打つのを感じた。


 ここから先は、自分でも最低な事をしてきたのだと自覚している。

 自らの唇が渇くのを感じながら、シンはゆっくりと理由(わけ)を告げた。

 

「テランは屍人(ゾンビ)を操る死霊魔術師(ネクロマンシー)だ。

 墓地にどれだけの魔力の残滓が残っているか、感知することができる」

「……っ!」


 シンはテランならば、何人もの魔力が残っているか判るはずだと補足する。

 そうでなくては、魔力の干渉をして屍人(ゾンビ)を生み出す事は出来ない。


「でも、シン! それは!」

「……分かってる。俺は、最低なことをした」


 やっちゃいけない事をしていると、フェリーは思わず身を乗り出す。

 彼女に動揺が走るのも無理はない。カランコエで憤怒の男(コナー)が村人を蘇らせた際に使用した姑息な手段と、同質のものなのだから。


 実際、シンもこの手段を思いついたのは憤怒の男(コナー)の存在があったからだ。

 邪神の能力を使った、憤怒の男(コナー)程の精度はなくとも死霊魔術師(ネクロマンシー)ならば。

 そう考えた時、知ってる限りではテランしか頼める相手が居なかった。

 

「イリシャさんも、それでよかったの!?」


 やがてフェリーの矛先は、イリシャへと向く。

 彼女も知っているはずだからだ。カランコエで、シンがあれだけ怒っていた事を。

 その彼が同じ真似をしている事を、見過ごしてもいいのか。

 

 抱いているのが怒りかどうかは判らない。

 けれど、フェリーの感情は大きく揺さぶられているままだった。

 

「ええ。わたしが、許可をだしたもの」


 だが、イリシャの返答はフェリーの想像とは違うものだった。

 彼女は覚悟の上で、シンの蛮行を願い出た立場なのだから。

 

 越えてはいけない一線だと知りつつも、シンは越えた。

 そして、イリシャも苦悩しながらも許可を出した。

 

 そうしなければならなかった。

 シンも、イリシャも。はっきりとした答えを出さなくてはならなかったから。


「そんな……。どうかしてるよ! だって、お墓は……!」


 この世界での『生』を終えた者が、安らかに眠るべき場所。

 事実、カランコエで戦ったシンは辛そうな顔をしていたというのに。

 どうして自分自身の手で、誰かを傷付けるような真似をしてしまうのか。

 フェリーにはシンの考えが、依然として判らなかった。


「……これだけは信じてくれ。なにも、屍人(ゾンビ)として蘇らせようとしたわけじゃない。

 テランに、魔力の残滓を感じ取ってもらっただけなんだ。

 そうじゃなければ、墓を荒らさなければならなかった。それだけは、したくなかった」


 シンも理解している。フェリーが憤慨する理由は正しいと。

 自分だって、誰かの墓を荒らしたくはない。知り合いなら尚更だ。

 

 尤も、それはあくまでシンの線引きでの話。

 魔力の残滓を調べた時点で同罪だと言われれば、返す言葉もない。


「じゃあ、なんでそんなコト……っ!」


 意味が解らないと、悲痛な面持ちで叫ぶフェリー。

 彼女はずっと、感情が交錯している。

 

 きっと意味がある事なんだろうと理解しているはずなのに。

 どうして自分がここまで強い怒りを覚えているのか判らなかった。

 シンの話をちゃんと聞きたいのに。胸の奥から湧き上がる怒りが、それを拒絶する。


「知りたかったんだ。()()()()()()

「えっ……?」

 

 彼の放った一言で、空気が一層張り詰める。

 下唇を噛むイリシャ。対するフェリーは、意味が解らないというのに心臓の動悸だけが強くなっていた。

 フェリーのぱっちりとした碧い瞳と視線を交わしながら、シンは続ける。


「リントリィ家の墓には刻まれている名前より二人分、少なかった。

 一人はイリシャだ。もう一人は――」

「あたしの、中にいる……?」

 

 ここまで言われれば、流石のフェリーとて察しがつく。

 強く鼓動する心臓へそっと手を当てると、今にも破裂するのではないかと言うぐらいに跳ね上がっていた。


「ああ。そうだろう、ユリアン・リントリィ」


 シンがその名を呟いた時。イリシャはフェリーを直視する事が出来なかった。

 はっきりと出された声は、確信を持っているという証左。

 彼は今この瞬間。フェリーの中に潜む存在(モノ)へ、初めて語り掛ける。

 お前の正体は、とうに判っていると。


 刹那、フェリーに異変が起きる。

 姿形はなにひとつ変わっていない。ただ、纏っている空気が変わった。


 シンにとっては、初めて感じる威圧感。

 イリシャにとっては三日月島以来となる空気は、フェリーの中に潜んでいる存在(モノ)が表に出た事を意味していた。

 

「――いつから、私だと気付いていた?」


 フェリーと同じ声帯から発せられているとは思えないほど、重たい声。

 今まで『魔女』として潜んでいた存在が、遂にシンの前へと姿を現す。


「アンタの可能性を思い浮かべたのは、ギランドレの遺跡だ。刻と運命の(アイオン)神は時間と運命を司るらしい。

 フェリーの体質も、俺が過去へ戻ったことにも意味があるのならと考えた時。もうアンタしか、考えられなくなっていたよ」

「そんなに前から……」


 イリシャは絶句する。マギアで自分へ語る前から、シンはずっと怪しんでいたのだ。

 マギアで初めて知らされた時の彼の顔は、とても辛そうだった。

 話を聞く限り、それよりもずっと前からシンは苦悩していた事になる。


「俺たちが初めてイリシャに逢った時。()()初対面だったにも関わらず、フェリーには既視感があった。

 実際、無意識にフェリーはイリシャへ触れたと聞いている。アンタの感情が、フェリーを通して表へ出たんだろう」

「その通りだ。漸く再会出来たんだ。歓喜に打ちひしがれるのは当然だ。

 けれど、それだけでは私へ辿り着いた理由としては聊か弱いのではないか?」

「そうだな」


 ユリアンは顔色ひとつ変えず、平然と言ってのける。

 彼もまた、知りたがっている。シンが答えへ辿り着いた経緯を。

 

「決定的なのは、三日月島で俺が過去へ転移している間。邪神とアンタが交戦したことだろう。

 俺が戻ったことでフェリーの意識が表へと移った。あれはきっと、フェリーが俺を大切に想ってくれていたからだ。

 だけど、アンタが表に出た理由は違う。イリシャの命が、危険に晒されたからだろう」

「……っ」


 イリシャにも心当たりがある。

 三日月島で『魔女』が表へと出た際。邪神にされるがまま痛めつけられたフェリーを救うべく、イリシャは銃口を向けた。

 それはそのまま、悪意の矛先がイリシャへと切り替わる事を意味する。

 あの時の彼女は、間違いなく『死』に最も近づいた瞬間だった。


 それを救ったのが、『魔女』であるフェリーだった。

 シンが死んだと誤解し、精神が不安定になった結果だと思った。

 けれど、違う。『魔女』は。(ユリアン)は、自分を護ろうとしていたのだ。


 そう思えば、カランコエでの異変にも合点がいく。

 カランコエの皆が躯となり、襲い掛かった時。フェリーではなく『魔女』が表面化しようとしていた。

 あの時も同じだ。フェリーだけでなく、自分も危機に陥っていた。


「アンタはイリシャに逢いたかったんだ。折角逢えたイリシャに、傷付いて欲しくなかったんだ。

 だから俺がいない時に、アンタがイリシャを護ろうとしていた」

「その通りだ」


 ユリアンは否定しない。妻であるイリシャを護りたいという想いは、偽れなかった。

 だが、彼も腑に落ちない事がある。シンがどうして、『ユリアン・リントリィ』にまでたどり着いたかだ。

 

「だが、それだけでは根拠として薄いだろう。

 イリシャへ好意を抱く者など、いくらでもいるだろう。自慢の妻だからね。

 どうして君は、私がユリアン・リントリィだと確信をした?」

 

 イリシャへ好意を持つ者は後を絶たないだろう。

 彼女は美しく、そして心優しい。一目惚れをされる事だって少なくはない。

 一方的な偏愛で害虫を駆除し続けるかもしれないではないか。

 彼はそう伝えたかった。


「――アンダルじいちゃんのようにか?」


 アンダルの名を告げられ、イリシャはハッと顔を上げる。

 眉間に皺を寄せるユリアンと、それを強い眼光で見下ろすシンの姿が印象的だった。

 

「君は、まさか……」


 勘が鋭いというべきなのか。それとも、愛する者(フェリー)を救いたいという執念からなのか。

 ユリアンは思い知らされる。シン・キーランドという人間を。

 

 彼はあてずっぽうなどで、他者の尊厳を傷付ける危険を冒す人間ではなかった。

 ただ本当に、自分を呼び寄せる為に一線を越えたのだと。


「ああ、気付いている。

 アンタ、フェリーの前はアンダルじいちゃんの中に居ただろ」

「えっ……」


 思いもよらぬ暴露を前に、イリシャは頭と心の整理が追い付かない。

 シンが言いたいのはこうだ。

 32年前、アンダルと出逢った時。彼の中には、(ユリアン)が潜んでいたのだと。


 俄かには信じがたい言葉だが、心当たりがないと言えば嘘になる。

 アンダルとの出逢いは、彼から接触をしてきた事によるものなのだから。

 その口説き文句は「死んだ妻に似ている」だったか。既視感があるという意味合いが、含まれた言葉。


「俺たちは子供の頃、じいちゃんからイリシャの話を聞かされたことがない。

 なのに、フェリーとじいちゃんが揃って既視感を感じているんだから妙な話だ」


 口を閉ざしたユリアンが、何を考えているかは判らない。

 シンだって、自分が荒唐無稽な話をしているという自覚はある。

 

 今、この瞬間でさえユリアンがどうしてアンダルやフェリーの中に潜んでいるかは判っていない。

 勿論、不老不死である理由も。


 だから、彼は語り続けるしかなかった。

 自分が得た知見を以て、ユリアンが存在しているという考えに至った根拠を述べるしか出来ない。

 それは同時に、ユリアンの目的を問う事にも繋がるはずだ。


「でも、シン。ユリアンはふつうの人だったわ。

 どうして、アンダルやフェリーちゃんの中に……。

 というか、そんなことが出来るの?」


 同じ疑問をイリシャが抱くのも必然だった。ずっと夫婦として過ごしてきたからこそ知っている。

 ユリアン・リントリィは、自分のように特異体質でもなければ高名な魔術師でもないと。

 他者の中へと潜んでいるなんて受け入れ難い事実を前にして、頭の中では混乱を強めていく。

 

「手段は俺にも判らない。けれど、『ユリアン・リントリィ』という人格が潜んでいることは不思議じゃない。

 少なくとも俺たちは、似た事例を知っているだろう」

「……そうか」


 すぐさまユリアンも、その人物の顔が思い浮かんだ。

 異世界から転移をしてきた緑髪の少年、ピース。彼は前世での記憶と人格を引き継いでいる。

 

 この世界では存在していないものを語る彼は、間違いなく虚言で語っているとは思えない。

 紛れもなく彼は、別の世界で確かに存在していたのだ。

 

 その仮説を更に強めたのは、空白の島(ヴォイド)での戦い。

 『傲慢』に適合したフローラは、新たに生まれた人格。いわば魂と、主導権を争い合っていた。

 ひとつの肉体に複数の精神が同居する前例さえも発生した事は、シンに強硬策を採らせる理由のひとつとなった。


 初めにテランがシンへ告げた。「フェリーの中に、誰かが潜んでいる」と。

 そして、ピースだけに留まらない。シンはこれまでの旅で様々な人物と出逢った。


 きっと無駄な事は、なにひとつとしてなかった。

 その全てが、シンの考えの根拠へと繋がっていく。

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