433.告げなくてはならないこと
転移魔術の設置後。シン達は一度、ミスリアへと帰還する。
王妃へ完了を伝えた後に妖精族の里へと戻ろうとする中。
背後から、呼び留めようとする声が聴こえた。
「シン・キーランド!」
振り返ると同時に、燃え盛る炎のような紅の髪が視界へと入る。
シンを見つけたイルシオン・ステラリードが、小走りで近付いてくる。
「イルシオンか」
「お久しぶりです、シンさん」
行動を共にしていたと思われるイディナが、イルシオンの影からひょいと姿を見せる。
はにかみながら会釈をする様を、シンはぼんやりと眺めてた。
「……あのう、シンさん?」
異変を感じ取ったイディナが、小首を傾げる。
まさか自分の顔を忘れてしまったのではないだろうかと、少しばかり不安を覗かせていた。
「いや、すまない。イディナも一緒だったんだな」
「はい! イルさんやフィアンマさんと、ミスリアの各地に転移魔術を設置してきましたよ!」
一仕事やり切ったと言わんばかりに、八重歯を覗かせるイディナ。
吸血鬼族との争いでは命の危機に扮したらしいが、彼女は「みなさんのおかげで、なんとなかりました!」と笑顔を絶やさない。
当然ではあるが、シンはイディナの事を忘れてなどいない。
ただ、彼女を見ていると色々と思い出してしまっていた。
イディナやフィアンマを通して、シンとフェリーはミシェルと逢うに至った。
得た情報を元に、フェリーはリオビラ王国へと旅立っている。
フェリーはクロエと自分を会わせたくなかった。
一方で、自分も今回の旅にフェリーは連れていけなかった。
今までに別行動をする事はあっても、全く違う目的地というのは初めてとなる。
フェリーは無事に旅を終えられただろうかと、今もまだ心配をしている。
そして、もうひとつ。全くイディナとは関係がないのだが。
妹のリンは、今の彼女に近い年齢で命を落とした。背格好はイディナの方が少しだけ小さいだろうか。
顔立ちも決して、似ている訳ではない。それでも、どうしてもリンと重ねてしまっていた。
心当たりはある。テランに調べてもらった答えに起因するものだろう。
自分の想像通りの結果だったからこそ、家族の事が脳裏を過るのを避けられない。
「そういえば、昨日フェリーさんも帰って来てましたよ。
今回は珍しく、別々の場所に行ってたんですね」
事情を知らないイディナが、何気なくフェリーの帰還をシンへと伝える。
シンの心臓が、僅かに鼓動する感覚を短くする。
「そうか。フェリーは、どこに居るんだ?」
「報告を済ませて、妖精族の里へ戻っていったぞ」
「分かった。俺も妖精族の里へ戻る。情報、感謝する」
イルシオンがフェリーの行先を伝えると、シンは足早にその場を去っていく。
追従するテランが一度だけ振り返り、手で「すまない」と合図していた。
「……待ち合わせでもしていたのか?」
「どうなんでしょう?」
転移魔術を使えば、妖精族の里へはすぐに戻れる。焦る必要はないだろうに。
取り残されたイルシオンとイディナが互いの顔を見合わせては、首を傾げていた。
……*
「シン!」
戻ってきたシンとテランを出迎えたのはフェリーではなく、イリシャだった。
彼女もまた、シンの帰還を待っていたのだ。
「……フェリーの様子はどうだ? クロエには逢えたのか?」
シンの問いに、イリシャは少しだけ考える素振りを見せた。
数秒の間を置いて、彼女は自分が感じた事をそのまま伝える。
「あまり良い結果とは言えないけれど……。
でも、きっとフェリーちゃんなりに区切りは付けたと思うわ」
「そうか」
イリシャの反応から、クロエの人物像を想像する。
概ね、ミシェルが言っていたような人間に近かったのだろうか。
それならばやはり、文句のひとつでも言ってやりたい所だ。フェリーには止められるだろうが。
フェリーの気持ちを慮り、奥歯を噛みしめるシン。
その反対側では、イリシャが己の二の腕を強く握りしめていた。
「フェリーちゃんのこともだけど。シン、貴方は……。
ううん。わたしたちは――」
知りたかったのだ。シンが旅で確かめて来た答えを。
シンの想像通りなら、自分も無関係ではないから。
「……俺の思った通りだった」
少しばかり言い辛そうにするシン。対するイリシャは、言葉を失っていた。
覚悟はしていた。『嫉妬』の幻影が映し出した姿からも、懸念は現実味を帯びていた。
ただ、違う。もう「かもしれない」では居られない。
フェリーの内に潜む存在を、彼女も確信した瞬間だった。
「そう、なの……」
ようやく言葉を絞り出したイリシャだったが、どんな顔をすればいいのか分からなくなっていた。
シンの心も、決して楽ではない。重苦しい雰囲気の中、それでも彼はこう言う以外の選択肢を持たない。
「伝えよう。フェリーに」
それはイリシャではなく、自分に言い聞かせた言葉。
知ってしまったから。もう、後戻りできないから。
シンは心臓の動悸が強まっていると感じながらも、フェリーの元へと歩んでいった。
……*
「おかえり、シン」
「ああ、ただいま」
久しぶりに会ったフェリーの姿は、当然ながらいつも通りだった。
強いて言えば、少しだけ笑顔がぎこちない。まだ完全に心の整理がついていないのだろう。
ただ、フェリーもシンに会いたくて仕方が無かった。
互いの旅の話をしようと、彼を部屋へと招く中。彼の後ろから、銀色の髪が顔を覗かせる。
見間違うはずもない。イリシャのものだった。
「あれ、イリシャさんも?」
「ええ、わたしも話に入れてもらっていいかしら?」
「うん、ゼンゼンへーきだよ」
自分以上にぎこちない笑みを浮かべるイリシャに、フェリーは特に疑問に思わなかった。
むしろ、居てくれた方がありがたいと二つ返事で頷く。
「フェリー。クロエに逢えたというのは、イリシャから聞いた。
それで、フェリーを産んだ人間かどうかは……」
「えとね、わかんない。というか、知りたくなかった……かな?」
シンの問いに対して、クロエはばつが悪そうに苦笑した。
「訊けなかった」ではなく、「知りたくなかった」という返答を訝しむシン。
フェリーがそう選択した意図を知りたいと思い、焦らせないように腰を据えて彼女が語り始めるのを待つ。
「クロエさんにもね、娘がいたっていう話は聞いたよ。
仕方なく、離れ離れになったんだって。生きていれば、今のあたしと同じぐらいの年齢だって。
だったら、あたしじゃないかなって。もし本当にあたしだったら、クロエさんはあたしに興味がなかったんだなって」
フェリーの言わんとしている意図は、シンにも理解が出来る。
彼女は16歳から成長が止まっている。容姿を見て同じぐらいの年頃だと言うならば、それはフェリーではない。
つまりクロエは娘をやむを得ず手放した訳ではない。最後の最後まで、興味を持たなかったのだ。
「それに、クロエさんはあたしの人生を勝手にツラいって言ったから。
それはちょっとだけ、許せなかったの。あたしはちゃんと、幸せだったもん。
勝手にそう決めつけるひとが、もしも産んだひとだったらヤだなってなったの」
そう語るフェリーは、憤慨しているようにも見えた。
怒りの源泉は思い出。彼女がどれだけカランコエでの生活を大切に想っているかの証明。
今も変わらずそう言ってくれるフェリーを、シンは愛おしく思う。
同時に、こうも思う。
だからこそ、はっきりさせなくてはならない。と。
「あたしのほうはこんなカンジだよ。
シンはどうだったの? っていうか、ドコ行ってたの?」
そろそろ教えてくれてもいいだろうと、頬を膨らませるフェリー。
イリシャの視線が泳いだ理由を彼女が知るのは、その直後。シンから行先を告げられてからの事だった。