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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第八章 再会
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430.フェリーとクロエ

 突如現れた、かつての自分によく似た顔立ちの少女。

 彼女の姿は、クロエの嫉妬を掻き立てるものだった。

 理由は明白で、彼女の容姿が理想を体現したかのような存在だからだ。


 腰まですらりと伸びた、細く美しい金色の髪も。

 押せば指を弾き飛ばそうな程に瑞々しい肌も。

 

 自分とて、かつては持っていた。時間の経過と共に失ったもの。

 それを持っている少女に対して、嫉妬が溢れだすのを止められはしなかった。


「なに? アタシだって、暇じゃないんだけど」


 チラチラと目線を向けては、また直ぐに逸らす。

 用があるのはそちらではないのか。

 機嫌を窺っているような仕草を見せる少女を前にして、クロエは苛立ちを募らせていく。

 

「っ……」


 棘を刺すようなクロエの一言に、フェリーは息を詰まらせる。

 ロブに待ち合わせをしていると教えられ、その場所へ向かったまではいい。

 

 問題は、どう話を切り出していくべきか。

 考えていたはずなのに、フェリーは頭の中が真っ白になっている。


 ただ、クロエの姿を見た瞬間。

 ロブが自分の姿から彼女を連想させた事には得心がいった。


 年齢を重ねても、手入れが行き届いているのだろうか。自分と同じ金色の髪は艶やかだ。

 肌は多少小じわが目立つものの、化粧でそれらをカバーしている。

 目つきは……。自分より少しきついかもしれない。夕焼けに溶け込む紅い瞳が、深く脳裏に刻まれた。


 依然として出資者(パトロン)に取り入る為、若作りをしているからだろうか。

 ミシェルと自分も似ていると称されたが、クロエはそれ以上だった。

 

「あの、あたしは……っ」


 自分が逢うと決めた。

 自分から逢いに行った。

 

 きちんと確かめたい事があった。

 シンに頼るのではなく、自分自身の言葉で。

 胸が締め付けられそうになりながらも、フェリーは懸命に言葉を絞り出していく。


 ……*


「フェリーちゃん、大丈夫かな……」


 リタは物陰から何度も顔を覗かせては、同じ言葉を繰り返す。

 いつもの天真爛漫な姿とかけ離れた彼女を見れば見るほど、不安は積み重なっていく。


「フェリーちゃん次第なんだから、わたしたちは見守るしか出来ないわ」

「それは、そうなんだけど……」


 イリシャの言わんとしている事は、リタも十分理解している。

 この出逢いでどう結論を出すのかは、あくまでフェリー自身が行うべき事。

 

 なにより、クロエがフェリーを産んだ張本人だと決まった訳でもない。

 この邂逅自体が、意味のないもので終わる可能性だってあった。


 しかし、クロエの姿はそんな考えを一蹴する。

 彼女はフェリーと想像以上に似ているのだ。血縁者だと言われれば、素直に肯定してしまうぐらいには。


 フェリーはクロエと何を話そうとしているのか。どんな結末を望んでいるのか。

 イリシャとリタの二人は、固唾を吞みながら大切な友人を見守っている。

 せめて、少しでも。幸福は訪れるようにと願いながら。


 ……*


 クロエはしどろもどろになりながら話すフェリーに対して、内心うんざりとしていた。

 自分の理想に近しい容姿で、自分の前に立っている。鬱陶しいと言い表すほか無かった。

 待ち合わせさえしていなければ、とうに撒いていただろうに。

 一向に姿を見せないロブに対して、クロエは心の中で毒づいた。

 

 どんな話題を持ちかけようとも、クロエは聞き流すつもりだった。

 風向きが変わったのは、フェリーがとある人物の名を出した事による。

 

「それで、その。クロエさんのコトは、ミシェルさんから聞いて……」

「姉さんが?」


 クロエの眉が、ぴくりと動く。ここで彼女は初めて、能動的にフェリーと顔を合わせた。

 互いの視線が交差し、言いようの無い緊張感が走る。


 一方でクロエは、眼前に現れた少女が自分に酷似している理由に納得しようとしていた。

 自分とよく似た双子の姉、ミシェル。彼女の娘だというのなら、自分に似ていても不思議が無い。


 心当たりがない訳ではない。

 大方、過去に借りたお金の督促を行う為に娘が派遣されたのだろう。

 昔は小説を読むのが好きだったクロエは、示された情報から脳内で物語を組み立てていく。

 自分にとって都合のいい。そして、それらしい理由が並べられた言い訳として。


「何? あなた、姉さんの娘なの? だったら、姉さんや母さんたちに伝えてくれないかしら?

 確かにアタシは迷惑を掛けたけれど、きちんと借りたお金は返すから心配しないで欲しいって」


 悪びれもせず、堂々とした態度でクロエはそう言ってのけた。

 その話はフェリーも知っている。周囲にお金の無心をした挙句、行方を眩ませたもの。


 フェリーは、クロエの考えがまるで理解できない。

 彼女が原因でミシェル達は逃げるように王都を追われた。

 今の生活に不満があるようでは無かったが、紛れもない事実なのだ。

 それなのに。当のクロエは、悪びれもしていない。俄かには信じ難かった。


 一方で、幼少の頃に刻まれた僅かな記憶と眼前のクロエの言動が一致していくのも感じる。

 この周囲に気を使わない。使えない。自らの欲だけを追い求める様は、初めて見たものとは思えなかった。


(もしかして、ほんとうに……)


 脳裏に過った思考を止めるべく、フェリーは下唇を噛みしめる。

 そんなはずがない。そうであって欲しくない。母親はもっと、暖かい人のはずだ。

 いつしか彼女は、クロエが自分を産んだ人間ではない事を願っていた。


「あの、ミシェルさんはあたしのお母さんじゃなくって。

 クロエさんがリオビラ王国(ここ)にいるかもしれないって、教えてくれただけで……」

「アタシに……?」


 フェリーの言葉に訝しむクロエ。

 ここまで酷似しているのに、姉の娘ではない。

 それでいて、自分を探し求めている。


(姉さんの娘じゃない? こんなに似ているのに?)

 

 クロエは判らない。フェリーが何を考えているのか、何をしたいのか。

 目的があって自分と接触を試みたというのは伝わる。

 けれどその目的さえも、このように取り留めのない話では決して伝わらない。

 与えられたヒントは、戸惑いと躊躇いを見せる少女の仕草のみ。


 生来の明るさを忘れて来たのか、黙り込むフェリー。

 彼女の真意を知るべく、物思いに耽るクロエ。

 異様なまでの緊張が、二人の間に走る。


 ……*

 

「見てるこっちがハラハラするよ……」


 先刻と変わらず、リタは物陰からフェリーを見守っている。

 助け船を出してあげたいぐらいだが、それはきっと余計なお世話なのだろう。


「フェリーちゃんもきっと、迷ってるのよ」

「迷ってる? 逢うって決めたのに?」


 イリシャの語った真意が判らず、リタは首を傾げる。


「さっきまでは『クロエさんが自分を産んだ人かもしれない』ってだけで動いていたし、わたしたちも『そうかも』で済んだけど……。

 いざ本人に言うとなれば、後戻りは出来ないわ。彼女がどうしてそうしたかを判らないから、確かめるのが怖いのよ」

「そっか……」


 イリシャの言葉に、リタは納得をする。確かに、彼女の言う通りだ。

 今までは「かもしれない」だけで動けたが、いざ本人を前にすると勝手が違って当然だ。


 クロエが赤の他人だった場合、彼女に対してとても失礼な事をする。

 本当にフェリーを売った張本人だとしても、理由如何では更にフェリーが傷付くだろう。

 

 このまま有耶無耶にするのも、悪くないのではないだろうか。

 フェリーはもう充分、大切なものを手に入れた。後は自分達が支えればいいのではないか。

 リタは物陰からフェリーを見守りながら、ただただ願い続けた。親友が傷付かない。たったそれだけの事を。


 ……*


 沈黙が支配する空間で、クロエは過去の記憶を掘り返していた。

 姉の娘ではない。けれど、自分に酷似している。

 思い当たる節が、たったひとつだけあったからだ。


 ただ、その記憶はクロエにとって重要ではない。

 何年前だったかという記憶さえも、朧げなもの。


 今はもう跡形もない、黴臭い家の中。

 喚き声が聴こえては、苛立ちを募らせていた日々。

 次第に学習をしたのか、声の主は『無』に溶け込もうとしていた。


 クロエの脳裏に浮かんだ光景は、最後にその少女と目を合わせた瞬間。

 たかが太陽を浴びただけで笑顔を見せる彼女に、自分は安堵した。

 

 別れ際に笑顔を見せたのだから、きっと幸せなのだろう。

 自分だってそうだ。当面の活動資金は手に入ったし、子供の相手に時間を取られる事もない。

 冒険者クロエとして、新たな幕開けの瞬間を迎えたという高揚感。

 

 そこからは、クロエ自身にとっても無意識だった。

 生来の物語好きが頭の中で続きを仕立て上げていく。

 

 あれから相当な年月が経過している。

 ()()()()手放した少女が、立派に成長していてもおかしくはない。

 

 行先はどこだったのだろうか。故郷であるミスリアなら、国自体が裕福だ。

 姉であるミシェルと偶然再会してもおかしくはない。

 成長した娘が、母を求めて旅をする。こんな感動的な話はないではないか。


「あなた、もしかして……。アタシの……?」

 

 時を経て今、当時の答え合わせが成されている。

 クロエはそう読み取っていた。フェリーが今までに歩んできた道のりなど、理解しようともせず。

 

「っ……」

「そう……。やっぱりそうなのね!」


 言葉を詰まらせるフェリーを見て、クロエは確信を得た。

 当たり前だ。子はいつだって、親の事を想っている。

 自分だって困窮に喘いでいた時に、恥を忍んで両親へと会いに行ったではないか。


「今、思い出したわ。あなたと過ごした、子供の頃を。

 ごめんなさい。あなたには、辛い思いをさせちゃったのかもしれないわね。

 けれど、会いに来てくれて本当に嬉しい。あなたさえ良ければ、アタシにチャンスを貰えないかしら?」


 クロエは次々と、己にとって都合のいい記憶や思考へ物事を改竄していく。

 それは単に、フェリーに価値を見出したからでもあった。

 

 フェリーはクロエの態度に困惑していた。

 彼女が思い出したと言う幼少の記憶など、自分に思い当たる節がないからだ。

 確かめようとした。得ようとした言葉だったはずなのに、言いようの無い不安が彼女へ纏わりつく。


(なんだろう。少しだけ、ヤかも……。

 このひとに、あたしが辛い思いをしただなんて勝手に思って欲しくない)

 

 その原因は、クロエの言動そのものだった。彼女の言葉は、薄っぺらい。

 フェリーは今まで、自分が不幸だなんて思った事はない。むしろ、十分すぎる程の愛情を与えてもらった。


 そして、彼女は見て来た。様々な人が紡ぎ出す、様々な情愛の形を。

 今の今まで自分の事を忘れていたような人間に、簡単に共感されて欲しくはなかった。

 

 一方のクロエは、フェリーがどんな人生を歩んできたかなど微塵も興味がない。

 全ては自己本位による思考で、彼女は動いている。


 自分に酷似した金髪の少女は、自分が唯一持っていない「若さ」を持っている。

 そうなれば、敵はいない。ロブに集っている小娘など、一蹴できるだろう。

 彼が支援者(パトロン)として自分を支援する理由としては十分ではないか。

 いいや、ロブだけではない。もっと位の高い支援者(パトロン)だって現れるかもしれない。

 

 母娘の冒険者として名を馳せるのも悪くはない。

 その為にはまず、この少女との蟠りを解消しなくてはならない。


「あなたが警戒するのも解るわ。ずっとほったらかしだったものね。

 けど、それでもアタシは嬉しいのよ。こうしてあの赤ちゃんが、逢いに来てくれたことが。

 そうよね。無事でいてくれたなら、()()()()()()()()()()()()()()不思議じゃないわよね。

 今更だけれど、あなたの成長を見届けたかったわ」


 持てる限りの誠意を尽くして、彼女の警戒心を解こう。

 クロエは慎重に言葉を選んで、フェリーと向き合った。つもりだった。

 

 けれど、その言葉は墓穴を掘る。

 クロエがフェリーの事など歯牙にも掛けていないと、証明されたのだから。

 

「あの、クロエさん……」

「なあに?」


 今にも泣きだしそうな顔で、フェリーは無理矢理に笑顔を作る。

 当のクロエ本人は気付いていない。ただただ、使えそうな少女に愛想よく接するだけ。


「クロエさんの娘さんって、あたしと同じぐらいの年齢(トシ)なの……?」

「ええ、そうよ。もう、16歳ぐらいかしらね」


 この回答は、クロエにとって賭けだった。試されていると、本能で察したからだ。

 しかし、クロエも抜かりはない。身体こそは立派に成長しているが、まだ顔はあどけない。

 恐らくは16歳前後だと辺りを付けて、答える。もし多少ズレていようが、自分の記憶が曖昧だったと告げて謝ればいい。

 その程度の存在だと考えていたのが伝わったからこそ、フェリーはうっすらと笑みを浮かべた。


「そっか。それじゃあ、()()()だよ。

 きっと、クロエさんの娘は……。あたしじゃないよ」

「え……?」

「だから、さようなら。急に来て、ごめんね」


 フェリーはそれだけ言い残すと、クロエに背を向ける。

 取り繕う機会さえ与えられないクロエは、目を点にする事しか出来ない。


「ちょ、ちょっと待って! じゃあ17歳? あ、18歳かしら!

 それとも……。14歳だったり? アタシの娘だもの、大人っぽくて当然よね!」


 小さくなっていくフェリーの背中へ、クロエは片っ端から年齢を告げる。

 けれどフェリーは、一切の反応を示さない。そのまま彼女は一度も振り返る事なく、クロエの元から去っていく。


 ……*


「フェリーちゃん!」

「イリシャさん、リタちゃん」


 クロエから離れてすぐの事だった。

 フェリーの様子が心配だと、イリシャとリタが即座に駆け付ける。

 まだ肌寒い中で、二人優しさが身に染みる。


「その、クロエさんは……」


 眼を真っ赤に腫らした彼女へ悪いと思いつつも、リタは何が起きたかを訪ねる。

 フェリーの為だけではない。事と次第によっては、自分はクロエを許せないからだ。


「えとね。娘さんと離れ離れになったみたいだけど、あたしを産んだひととは違うみたい」


 イリシャとリタが、互いの顔を見合わせる。

 娘を手放した事まで一致しているのに、フェリーは断定をしている。

 一体、どんな会話を交わしたというのだろか。


「クロエさんの娘さんは、16歳ぐらいなんだって。

 あたし……。ずっと成長が止まってるだけで、ほんとはもっと大人だから。

 だから、クロエさんの娘さんとは違うひとだよ……」

「……っ」


 言葉とは裏腹に、発せられた涙声が彼女の心境を代弁する。

 フェリーは確信を持っている。クロエが、自分を産んだ人間だという事を。


 けれど、同時に思い知る事となった。

 彼女は本当に、自分に興味が無かったのだと。

 ファニルが匂わせたように、何か特別な理由があった訳ではなかったのだと。


「ホントはね。少しだけ、ホントに少しだけ……。期待してたかも……。

 おじいちゃんも、シンのお母さんやお父さんも、リンちゃんも。あたしの周りはやさしいひとばっかりだったから。

 ファニルさんに『理由があったのかもしれない』って言われたとき、そうかもって思っちゃった」

「フェリーちゃん……」

「えへへ、うまくいかないね」


 儚げな笑みを浮かべる少女を前に、イリシャとリタはそれ以上何も言えなかった。

 ただ、少しでも彼女の寂しさが埋まるように、付き添って歩き続ける。

 

 フェリーもまた、その無言の優しさを嬉しく感じている。

 自分は大丈夫。きっとすぐに、元通りになる。

 本当に大切な絆、なにひとつ変わっていないのだからと己へ語り掛けていた。

 

 夕日が沈み、街が闇夜に溶けていく。

 フェリーとクロエはこの日、最初で最後の邂逅を終えた。

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