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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第八章 再会
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428.窃盗団

 今日もこの街は知らない人で溢れている。

 浮かれていたり、気が大きくなっていたり。自然と警戒心が薄れていく者は少なくない。

 それは旅行者だろうが、冒険者だろうが変わらない。

 ちょっとした心の隙間へ手を忍び込ませ、有り金を失礼する。


 ジルシアには、もう10年以上も窃盗団が棲みついている。

 幾度となく冒険者ギルドへ捕縛の依頼が出されたものの、未だ首謀者は捕まっていない。

 彼らは、今日も喧騒の中へと溶け込んでいる。新たな獲物を求めて。

 

 窃盗団の一人であるシーラは、いつものように街を徘徊していた。

 あくまで自然を装い、周囲の様子を見渡す。


 彼女は腕っぷしには自信が無い。けれど、身軽さには定評があった。

 するりと伸ばした手は、的確に財布だけを掏り取っていく。

 

 相手が掏られた事に気付こうとも、もう遅い。

 人の波をすいすいと避けていく彼女の姿を視界に捉える事はないだろう。

 首領から得た情報と、自らの技。このふたつが合わさり、シーラは窃盗団での地位を向上させていった。


 その背景には、とある冒険者からの情報が参考にされている。

 いや、()()冒険者かもしれない。冒険者ギルドにすら、信用されていないのだから。


 冒険者の齎す情報は、とても有益なものが多い。

 金勘定を任されていそうな人間。街中で警戒心が薄れる瞬間。

 何より、この街に長くは留まらないだろうと察知する能力に長けていた。

 数ヶ月前に大層大事そうに槍を抱えた男と老人なんかは、見事に当て嵌まる。

 強いて言えば、高そうな槍に反して大した金額を持っていなかった事が不満だったが。


 ただ、シーラは情報源であるはずの冒険者が嫌いだった。

 自らが思いを寄せている窃盗団の首領に、彼女は日々色目を振りまいている。


 もう随分といい年だろうに、いつまでも若作りをして。

 いい加減に気付くべきだ。肌に張りはないし、手は皺だらけ。

 それでいて気持ちだけが若い。まだ自分に、無限の可能性があると信じてやまない。

 みっともないとは思わないのだろうか。


 だからかもしれない。その少女を見た瞬間、照準を合わせてしまったのは。

 その冒険者と同じ、金色の髪。瞳の色こそ違うが、遠目で判るぐらいには顔立ちも似ている。

 何より、その少女は若かった。自分と同じ、()()を持っている。


(本当に、腹立つわね……)


 見れば見るほど、似ているではないか。

 金髪の少女。フェリー・ハートニアの顔をまじまじと見ながら、シーラは奥歯を噛みしめた。


 行動を共にしている銀髪の美女とフードを被った少女は、連れだろうか。

 銀髪の美女は言わずもがな、少女の方もフード越しだが端正な顔立ちをしているのがよく解る。

 これだけ容姿が整った集団など、この街(ジルリア)で見た事はない。冒険者なのは間違いないだろう。


 つまり、例え財布を盗んだとしても煙に巻ける可能性は高い。

 人混みに紛れながら様子を窺っていると、意外な事実が判明をした。


 明らかにしっかりとした銀髪の美女(イリシャ)ではなく、金髪の少女(フェリー)が金を管理していると言うではないか。

 ならばもう、行くしかないだろう。

 

 個人的な恨みは全くないが、躊躇もなかった。

 フェリーは、シーラの八つ当たりの標的にされてしまう。

 

 決断してからの行動は早かった。

 シーラはぶつかった拍子に財布を抜き取り、人混みの中に消えていく。

 

 いつも通りの、鮮やかな手腕。むしろ、いつもより簡単だったかもしれない。

 本当に金の管理を任されているのかというぐらい、警戒心が薄かった。


「結構持ってそうじゃない。へへ、いい気味だわ」


 未だ人通りが多い。他の破落戸にだって狙われるかもしれない。

 財布の中身を確かめるにはまだ早いと思いつつも、シーラは笑みを浮かべる。

 職業柄、財布の重みで大体の金額を察する事が出来る。この重みは期待してもいいだろう。


 残念なのは、あの少女がどんな顔をして悲しむかを拝めないぐらいだろうか。

 憎き冒険者。クロエによく似た少女へ嫌がらせをする事で、シーラは間接的に留飲を下げた。


 後は拠点に戻って財布を差し出すだけ。

 シーラにとってこれはもう終わった仕事となるはずだった。


「フェリーちゃん、こっち!」

(は……?)


 やや高い少女の声が、喧騒の中でもはっきりと聴こえた。

 この声は、先刻聞いた。能天気な集団の中でも一際小さい、フードを被った少女の声。

 シーラの額から、冷や汗が流れ出る。

 

「ホントに、あたしの魔力なの!?」

「間違いないよ!」


 魔力の感覚を頼りに、人混みを逆走するリタ。

 背の低さを生かしてするすると抜けていく彼女と、それを追うフェリーとイリシャ。


「兎に角、今はリタを信じましょう」


 同じくリタに追従するイリシャが、フェリーの手を引いた。

 彼女は長年、ミスリアの王都で薬を売っていた。この程度の人混みであれば、大した障害にはならない。


(なっ、なんなの!? 気付いたにもしても、どうして追って来られるのよ!?)


 何がなんだかわからないと、シーラは走り去っていく。

 本来であれば、このような逃走はご法度だ。自分が犯人だと宣言しているようなものなのだから。

 

 けれど、今回に限って言えば違う。明らかにおかしい集団を相手にしてしまった。

 悠長に歩いていては、確実に捉えられてしまう。

 地の利を生かして何度か拠点まで逃げ切ろうと、シーラの頭の中がいっぱいになる。


「あっ、気付かれたかも」


 フェリーの魔力がより離れていくのを、リタもまた感じ取っていた。

 場所は判るが、段々と距離が開いていく。恐らくは、人混みを抜け出したのだろう。


「~~っ! ゼッタイ、逃がさないよ!」


 このままだと美味しいごはんにも、暖かい布団にもありつけない。

 何としても窃盗犯を捕まえようとするフェリーは、人混みを避ける手段を考えた。


 地面を走っているから、追い付けないんだ。鳥のように空を飛べたらなどと考えるが、叶うはずもない。

 眉間に皺を寄せながら天を仰いだフェリーだったが、彼女は気付く。

 人混みに遮られない道の存在に。


「そうだ! ここから行けば!」

「えっ」「うそでしょう?」


 イリシャとリタの声が重なる。

 二人が異を唱えるよりも先に、フェリーは屋根へとよじ登る。


「急がないと、逃げられちゃうよ!」


 屋根の上から手を伸ばすフェリー。

 僅かに躊躇いを覗かせながらも、イリシャとリタも彼女へ追従をした。

 

 ……*


「お頭……っ!」

「なんだなんだ? どうしたってんだよ?」


 息を切らせながら拠点へと飛び込んできたシーラに、窃盗団の首領であるロブは目を丸くした。

 彼女は汗を掻くのを嫌う。いつもスマートに盗みを働いているというのに、一体何事だというのか。


「また冒険者の依頼か? それとも、衛兵か?

 どっちにしたって、大した問題じゃねぇだろ」


 冒険者の習性はクロエから散々聞かされている。

 尤も、彼女はロブが窃盗団の首領だとは知らない。

 出資者(パトロン)を申し出たのも、こうして情報を利用しているが故の報酬だという事も。


 衛兵なら、更に問題はない。

 奴らは人が多く流れるこの道で、屈強な冒険者達に気後れをしている腰抜けだ。

 その癖に自尊心だけは高いと来た。常に冒険者へ鬱憤を溜め込んでいる。

 他国からくすねた金を掴ませてやれば、すぐに「異常なし」と答えるだろう。


「そのどちらでも……っ!

 いえっ、恐らくは冒険者なのですが……っ!」

「あぁ?」


 要領を得ないシーラの話に、ロブは訝しむ。

 次の瞬間、窃盗団の拠点(アジト)に轟音が鳴り響く。入口を塞ぐ扉が渾身の蹴りによって破られた衝撃によるものだった。


 太陽を背に、拠点(アジト)の中へと三本の影が伸びる。

 そのうちの一本。腰まで伸びた長い髪を持つ少女が、声を張り上げた。


「あたしのおサイフ、返してよっ!」

 

 ロブが太陽の光を手で遮った先に映るのは、怒りと情けなさで己が身を震わせている少女の姿。

 顔を紅潮させる姿とは裏腹に、陽光を浴びた金色の髪が宝石のように輝いていた。


「……おい、シーラよぉ。まさか、スった相手に追いかけられたってのか?

 そんなヘマをするようなヤツだったか、お前はよぉ?」


 彼女の反応から、財布を掏られた張本人だというのは明らかだった。

 大体の事情を察したロブが、呆れたようにシーラを見下ろす。


「い、いえっ! その……っ!

 盗んだ時は気付かれていなかったんです!

 ですが、その後に急に追い掛けられて……」

「あら、本当にこの娘がフェリーちゃんのお財布を盗んだみたいね」

「ね、ね? 言った通りでしょ!」


 狼狽えるシーラを他所に、体面に立つイリシャが頬へと手を当てる。

 リタの魔力管理は本当に優れているのだと、今更ながらに感心する。

 彼女自身も、平らな胸を張っては得意げに鼻を高くしていた。


「おいおいおいおい。カマかけられたってのかよ。

 頼むぜ、シーラちゃんよぉ」

「す、すみません!」


 呆れてものも言えないと、ロブは天を仰いだ。

 平謝りをするシーラの事は、視界に入っていない。

 長年窃盗団を率いて来た者として、これからどうするかを考え直す。


 シーラはもう駄目だ。窃盗を自白した以上は、使い物にならない。

 これで中々鮮やかに稼いでいたものだから、重宝したのだが致し方ない。

 幸いまだ若く自分が色々と仕込んでいる。夜であればいくらでも買い手は見つかるだろう。


 しかし、新たな手駒を見つける労力が面倒だ。

 その間、収入が減る事も頂けない。何か補填は出来ないだろうか。

 

 そこまで考えて、ロブは厭らしい笑みを浮かべる。

 眼の前に三人も、高級食材が転がっている事に気が付いてしまった。


「ほぉ。よく見ると、お前さんたち結構な上玉じゃねぇか」


 銀色の髪を持つ美女は、どこをどうとっても美しい。

 一分の隙もない美しさは、まるで精巧な彫刻を見ているかのようだった。


 対する小柄な少女も、体つきこそは貧相だが見てくれは悪くない。

 いや、むしろ美女に負けず劣らずの可愛らしさを持っている。

 フード越しで判るのだから、是非とも面構えを拝みたいものだった。


「いいねぇ。アンタらなら、いくらでも稼げそうじゃねぇか。

 いや、その前にオレ様が十分に愉しませてもらって――」

「イリシャちゃん、あの人ちょっと怖いんだけど……」

「最低ね」

 

 舌なめずりをするロブに、イリシャとリタは露骨な嫌悪感を示す。

 ただ一人。フェリーだけが、ロブとシーラから目を逸らさない。

 時間の経過と共に、加速度的に怒りを増していく。


「イリシャちゃんもリタちゃんも、ヘンなオジサンには渡さないよ!

 あと、ちゃんとおサイフ返してってば!」


 毅然な態度を取るフェリーに、ロブは含み笑いを見せる。

 自分だけが蚊帳の外だと思っているのかもしれないが、ロブはきちんと見抜いていた。

 フェリー自身もイリシャやリタに負けず劣らず、上玉であるという事を。


 腰まで伸びた金色の髪。怒りで目が釣りあがっているが、ぱっちりとした碧い瞳がよく似合っている。

 何より、その豊満な胸だ。男の気をいくらでも惹くことができる凶器にも等しい。


「まあまあ。お互い、愉しめるかもしれないだろ。

 それにオレ様は、お前さんだって十分――」


 品定めをするかの如く、ロブはフェリーを隅々まで嘗め回す。

 正直、フェリーは気味が悪いと感じていた。けれど、ここは引き下がれない。

 この手の輩は一歩退けば調子に乗ると、経験則で知っていた。


 だが、彼がフェリーを凝視する理由は途中から変わっていた。

 理由は語る迄もなく、シーラと同じもの。似ている。似すぎているのだ。

 自分が愛人として、情報源として囲っている女に。


 彼女に娘がいたとは聞かされていない。だが、他人の空似としては似すぎている。

 恐らくはクロエも、少女の頃は似たような顔立ちだっただろうと容易に想像が出来る。


「クロエ……?」

 

 思わずロブは、その名を呟いた。

 それは何気なしだったのだが、この場に於いては大きな意味を持つ。


「……知ってるの!?」


 クロエ。

 その名を耳にしたフェリーは、明らかに目の色が違っていた。


「教えてっ! クロエさんは、今ドコにいるのっ!?

 どんなヒトなの!? 教えてっ!!」


 気付けばフェリーは、ロブへと迫ろうとしていた。

 不意に転がり込んだ手掛かりを、逃したくはなかった。

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