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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第八章 再会

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424.それぞれが向かう場所

 何度も拳を握り締めては、感触を確かめる。

 続けて、背筋を思い切り伸ばしてみる。

 痛みがないと言えば嘘になるが、動けない程度ではない。


(イリシャとアメリアに感謝だな)


 甲斐甲斐しく手当をしてくれていたイリシャ。

 そして、効果が薄いと知りつつも治癒魔術を唱えてくれたアメリア。

 二人に感謝をしつつ、シンは自分が取るべき行動を改めて考える。


 ミスリアが声明を出した事により、世界に大きな変化が訪れた。これ以上、夫の死を利用されない為にもフィロメナは手を打つ。

 世界再生の民(リヴェルト)にとっても協力な手札だったであろう、国王(ネストル)の死とその犯人がアルマという事さえも包み隠さず話した。


 尤も、それだけでは自国の恥を世界へ報せただけに過ぎない。

 ミスリアやティーマ公国の後押しがあるとはいえ、ミスリア内部で解決をすべき問題だと思う国も少なくはないだろう。


 一方で、追い詰められた者の行動は理解を超える。

 空白の島(ヴォイド)を失った世界再生の民(リヴェルト)が、どこに潜伏をしているのか。

 邪神の矛先がはじめに向けられるのは一体どこなのか。その答えを持つ者はいない。


 今までのようにミスリアだけが狙われるとは限らない。

 だからこそ、フィロメナは各国へ要請をした。転移魔術の術式が組まれた魔導具を設置する事を。


 無論、無制限にという訳にはいかない。

 特に天然の城塞であるドナ山脈で護られているにも関わらず、妖精族(エルフ)の里への転移を可能とする事は受け入れ難いものだった。

 ギランドレのように新たな火種を呼び寄せないという保証はないのだから。


 とはいえ、一方通行という体裁を各国が認めるはずもない。

 それではただ、侵略を警戒するべき施設が生み出されるだけなのだから。


 対世界再生の民(リヴェルト)を想定しても、一方通行である事は得策とは言えない。

 囮に釣られ、帰還できないという状況が生まれれば最悪だ。


 各国との協議を進めた結果、ミスリアと各国間での転移魔術の設置が合意される。

 勿論、全ての国が首を縦に振った訳ではないのだが。


 賛成した国の中には、今の内にミスリアへ恩を売りたいという意図が見え隠れするところもあっただろう。

 いい関係を築き上げる事が出来れば、自国への繁栄に繋がるだろうという打算的な考え。

 

 その点に関して言えば、フィロメナはむしろ歓迎をした。

 手を差し伸べてくれる者達を見習って、少しでも世界が豊かになるよう。

 互いにとって、良い提案だったといつまでも言えるように。彼女は手を差し出す事を選んだ。


 そして、妖精族(エルフ)の里に研究所を構えるマレット達が転移魔術の製作へと移った。

 次々と創り上げられる転移魔術の魔導具を手に、世界の各地へと赴く者達。


 特にネクトリア号の船員であるベリアは、トリスと共に親交のある国々を回ってくれると豪語した。

 今は恐らく、真っ先に賛同を示してくれたティーマ公国へ向かっているだろう。


 他の者も、自らに所縁がある地から転移魔術を設置するべく妖精族(エルフ)の里を離れている。

 身体が動かせるようになってきたシンもまた、遅れてその流れに追従するつもりでいた。


 とはいえ、改めてマギアに設置をする必要はない。

 既にオルガル達が、転移魔術を設置してくれているのだから。


 その為、シンには行先を選択する自由が与えられた。

 そして、彼にとって転移魔術はあくまで口実に過ぎない。


 例え情勢がどうであれ、彼には行きたい場所。行かなくてはならない場所があった。

 唯一の問題は、フェリーを連れてはいけないという事。


「どう説明をするべきか……」


 何度も頭の中でシミュレーションを繰り返すが、良い結果には辿り着かなかった。

 無理もない。幼い頃からずっと共に居て、10年もの間ふたりで旅を続けて来たのだ。

 不可抗力で離ればなれになった事こそあるが、今回のように完全な別行動を切り出した経験はない。


 頬を膨らませる。あるいは、口を尖らせて拒否するフェリーの姿が目に浮かぶ。

 いや、そうではない。自分も本当は、彼女と別行動を取るのが嫌なのだ。

 あくまで自分は平気だというスタンスで居ようとするのは卑怯だと、自らを戒める。


 それでもやはり、フェリーは連れていけない。連れて行ってはいけない。

 理由を彼女へ話す訳にはいかない。だから、納得してもらえるとは到底思えない。

 ジレンマを抱えながらもシンは、フェリーの部屋へと向かった。


 ……*


「ふぅ……」


 何度ため息を吐いたか判らない。

 考えれば考えるほど、胸に刺さった棘は存在感を増していく。

 もう、行かなければ収まりが付かない。彼女の胸中は、自分を産んだ人間の事でいっぱいだった。

 

「リオビラ王国……」


 かつて、シンと世界を巡っていた頃。足を踏み入れた国の名を、ぽつりと呟く。

 自分によく似ているとされた女性、ミシェル。彼女の双子の妹であるクロエが、冒険者として活動をしていた国。

 それが、今のフェリーが持っている手掛かりの全てだった。

 

 そもそも、クロエがフェリーを産んだという保証はない。

 ただ顔が似ている。たったそれだけの根拠で、彼女はリオビラへ向かおうと思い立っていた。


「シン……」


 そんな折に呟くには、共に旅を続けていた想い人。

 フェリーもまた、独りでシミュレーションを重ねていた。


 きっとシンは、クロエの事を快く思っていない。

 自分を産んだ女性だと発覚すれば、怒り狂うかもしれない。

 

 前提条件からして、あまり芳しくはない。ミシェルの話を聞く限り、クロエがあまり良い人生を送っていると思えない。

 出会い頭から、彼が冷たい態度をとってしまう可能性は十二分にある。

 そうなってしまえば、真偽を確かめるどころではなくなるのではと、フェリーは懸念をする。


 今まではそれで良かった。

 赤の他人だった場合は申し訳ないけれど、シンの溜飲が下がるのならと思っていた。


 けれど、今は違う。

 フェリーは自分を棄てた理由を知りたいと思ってしまった。

 

 だから、シンとは一緒に行けない。

 彼は優しいから、理由如何では自分の為に怒ってくれる。

 普段であればとても嬉しいけれど、今回ばかりは甘える訳にはいかなかった。


 リオビラ王国へは、シン抜きで向かいたい。

 不幸中の幸いか、リオビラはミスリアへ協力の姿勢を見せている。

 転移魔術を設置するという大義名分は発生しているのだ。


「シンには、どうやって言えばいいのかな……」


 本当は別行動なんてしたくはない。ずっと傍に居たい。

 シンと同じジレンマを抱えるフェリーは、やけになって頭をぶんぶんと振り回す。

 美しい金色の髪が部屋の中心で踊る中、扉を叩く音が聴こえた。


「フェリー、ちょっといいか?」

「シ、シン!? う、うん! だいじょぶだよ!」


 突如、扉越しに聴こえるシンの声。

 慌てて乱れた髪を直しながら、フェリーは彼を出迎える。

 顔を合わせる度に減っている生傷に、少しばかり安堵をした。


「ど、どしたの?」


 シンと別行動を取ろうとしている罪悪感からか。フェリーの声は若干上擦っていた。

 彼女の異変に気付かないシンではない。眉をピクリと動かしながらも、彼もまた沈黙を保つ。

 迷っているのだ。どうやって、話を切り出すべきかを。

 

(どうしたんだろ? きっと、あたしに用事があるんだよね……?)


 シンがわざわざ顔を出したのだから、必ず用事はあるはずなのだ。

 それなのに、彼は一向に離そうとしない。不意に訪れる沈黙を前にして、フェリーは小首を傾げた。


(なんだか、ムズかしい顔してる……)

 

 フェリーの問いに、シンは答えを返さない。まだ躊躇している。

 しかめっ面のシンを前にして、フェリーは自らの考えを話せる雰囲気ではないと意気消沈しかけた時。

 漸く、重い沈黙を破るべく彼の唇が動き始めた。


「フェリー、あのな。転移魔術の設置なんだが……」

「うん……」


 奇しくも互いに同じ事を考えていたのだと、フェリーは息を呑んだ。

 転移魔術の設置。つまり、次の旅を意味している。


 どこへ旅をするのだろう。どんな出逢いが待っているのだろう。

 いつもならば、不安もそこそこに期待で胸を膨らませていた。


 けれど、今回は違う。この誘いを、自分は断らなければならない。

 正直言って心苦しいと、フェリーが眉を下げる中。続けるシンの言葉は、予想外のものだった。


「俺は行かないといけない場所がある。フェリーは、連れていけない」

「……え?」


 フェリーは耳を疑った。

 少しだけ、申し訳なさそうな顔をするシン。何度瞬きをしてみせても、結果は変わらない。

 

「ど、どこに行くの?」

「悪い、言えない」


 目の前が真っ暗になりそうだった。

 せめて場所ぐらいは知りたいというフェリーの意向を、シンは拒絶する。


「ど、どうして!? どうして教えてもらえないの!?」

 

 思わず声を荒げるフェリーだが、シンは沈黙を貫いた。

 いつものシンなら、絶対に教えてくれるのに。頑なに話そうとしない彼の姿に、フェリーは狼狽える。


「……悪い」


 漸く口にしたと思えば、端切れの悪い謝罪の言葉。

 怒りよりも、不安が胸を覆い尽くす。彼はまた、危険な事に首を突っ込もうとしているのではないか。

 

「あぶないコト、するの?」

「いや、そのつもりはない」


 安心を促したいからか、彼は即座にそう答えた。

 シン本人はそうでも、彼はいつもボロボロになる。言葉を鵜呑みに出来ない自分がそこに居た。


 一方で、己の考えを切り出すタイミングは、ここしかないのではと思う自分が居た。

 シンは自分と別行動を取ろうとしている。便乗するべきではないのかと。

 

 頭の中でそう囁く自分が居るのに、フェリーは己の胸騒ぎが抑えられない。

 理由なんて考える必要はない。シンと離れたくない。ただ、それだけ。

 

「じゃ、じゃあ……。あたしも、その……。

 シンぬきで、行きたいトコがあるの……」


 唇を震わせながら発した言葉に、シンは眉根を寄せた。

 ほんの少しだけ寂しそうな表情を覗かせながら、彼は「何処だ?」と訊き返す。


「リオビラ王国の……。ジルリア……」


 恐る恐る口にしたその名を耳にして、シンは目を見開く。

 フェリーでさえ覚えているのだから、彼が忘れているはずがなかった。


「まさか……」

「うん。クロエさんに……逢ってみようと思う……」


 驚きで声を漏らすシンを前に、フェリーはゆっくりと首を縦に振った。


「だけど、フェリー……」


 フェリーはミスリアで、彼女を探す事を拒否した。

 あれだけカランコエへ来る前の過去を不要と言っていた彼女が、どうして今更逢おうと思ったのか。

 

 彼女の心境の変化が判らず、狼狽するシン。

 寝耳に水と言った様子で、自分が彼女を連れていけないと言った事は頭から抜け落ちようとしていた。


「えと、その。シンのいいたいコトはわかるよ。

 あたしもまだ、ちょっとだけ迷ってる……。から……」

「だったら、どうして……」


 フェリーは躊躇いながらも、話始める。

 空白の島(ヴォイド)で出逢った一人の女性。ビルフレストの母、ファニルの存在を。

 彼女との会話で起きた、心境の変化を。

 

あの男のひと(ビルフレスト)のお母さんに、言われたの。

 『本当に、棄てられたのか』って……」


 正当な理由があって、やむを得ずフェリーを手放した。シンさえも、考えようともしなかった理由。

 無理もない。初めて見た彼女の身なりからして、とても愛情を与えられたものとは思えなかったからだ。


「それは……っ」

「うん、シンの言いたいコトもわかるよ。あたしもね、ジツはあんまりキタイしてないの。

 だけど、もしもクロエさんがあたしを産んだひとだったら……。

 棄てた理由だけは、訊きたいなって思っちゃったんだ」


 泳いでいる視線は、逃げようとしているものではない。

 少しの不安と、勝手な行動を取ろうとした後ろめたさからのものだった。

 

 それでも。良い思い出ではないとしても、彼女は自分の過去と向き合おうとしている。

 フェリーの思いだけは、シンへと正しく伝わっていた。


「だから、その。シンが居てくれたら……。あたしのタメにオコってくれるかもだけど……。

 ちゃんとお話しにならないかもって思って……。オコってくれるのは、ホントは嬉しいんだけど。

 今回はちょっとだけ、違うかなって……」


 最後の言葉は暗にシンが居ると話がこじれてしまうと言っていた。

 ただ、彼女は自分をよく解っている。図星だった。

 シン自身、フェリーを棄てた人間に怒らない自信はあまりない。


「……分かった。じゃあ、今回は別々に行動をしよう」

「……ん」

 

 ばつが悪そうに頭を掻きながら、シンはフェリーの願いを聞き入れる。

 ほんの僅かな帰還ではあるが、二人にとっては大きな意味を持つ別れ。

 

「それでね、シン……」

 

 別行動を取る約束は立てた。自分が考えた事ではあるが、いざ決定すると心細い。

 訪れるであろう心の隙間を埋めるべく、フェリーは勇気を振り絞る。


「離れ離れの間、ちょっとだけ寂しいから……。

 ぎゅってしてほしい……」


 顔を赤らめ、伏し目がちになるフェリー。

 自分から言い出しておいて、マトモにシンの顔を見る事が出来ない。

 シンは言葉を失っている。どんな表情をしているのか、確かめるのが怖かった。


「……少しだけだぞ」

「っ!」


 だが、意外にもシンは自分の要求を受け入れてくれた。

 彼と視線を交わすよりも先に、硬く引き締まった腕が自分を抱擁する。

 言葉では言い表せない温かさに包まれ、この腕から永遠に抜けたくない。


(もう少し……だけ……)

 

 自分を包み込む腕が、解けていくのを感じる。

 体感にして、5秒にも満たない時間だった。

 フェリーはおねだりをするかの如く、彼の裾を掴もうとした。


「フェリーちゃ――」


 不意に、部屋の扉が開く。

 扉の奥に立っているのは、美しい銀色の髪を持つ妖精族(エルフ)の少女。リタ。


 リタは何度も瞬きをして、眼前の光景を目に焼き付ける。

 即座に離れるシンを見て、咄嗟に理解した。

 紛れもなくタイミングは最悪で、自分が邪魔者であるのだと。

 

「えっと……。ごめん……」

「待って、リタちゃん! 用事! あたしに用事、あるんだよね!?」


 そっと扉を閉じ、去ろうとするリタをフェリーは追い掛ける。

 抱擁が終わった口惜しさこそあるものの、不思議と胸のつかえは取れていた。

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