表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第八章 再会
466/576

423.ふたりの決心

「あっ! イリシャちゃんだ!」

「フローラねえちゃんも、おかえり!」


 門を潜ると同時に、元気と無邪気さの入り混じった声が轟く。

 イリシャ達は瞬く間に子供達によって取り囲まれていた。


「遅いぞ! どこほっつき歩いてたんだ!」

「あら、ショウ。どこでそんな言葉を覚えたのかしら」


 一人の少年が唇を尖らせるものの、その表情は笑みを隠しきれていなかった。

 心配をしてくれていたのだろうか。戻ってきた事を喜んでいるようだ。

 少年だけではない。他の子供も、彼女達の帰還を心待ちとしていた。

 イリシャが皆にとって頼れる「お母さん」であり、フローラは「お姉さん」なのだから。


「おおう、さすがはイリシャさん……」

 

 荷物を持つべく同行していたフェリーも、彼女の人気を改めて実感する。

 冬を越す間、彼女の姿は殆ど見られなかったのだ。恋しくなるのも、無理はない。

 

「イリシャさん。フローラ様。おかえりなさい」


 子供達から遅れて、エプロンを身に纏ったコリスが少女を引き連れながら現れる。

 彼女と並走するようにパタパタと小走りをする少女は、エプロンを身に着けていた。


「コリスちゃん。ごめんね、ずっと任せっきりで」

「いえ、ご無事で何よりです」


 イリシャとフローラの顔を見たコリスは、ほっと息を吐いた。

 この家で彼女だけが、二人が留守にした理由を知っている。

 

 だからこそ、毎日が不安との戦いだった。

 子供達へ伝播しないよう。けれど、やはり心配をしてしまう。

 何度も過った最悪の事態が杞憂に終わったと、今ここで漸く証明された。


「あのね、あのね。ヒメナ、お皿洗うの手伝ったの」


 向かい合わせで笑みを交わしていると、足元から控えめに手を伸ばす少女が居た。

 ギランドレが滅びる際、レイバーンによって保護された少女。ヒメナ。

 初めは自分の殻に閉じこもる事が多かった彼女も、今ではすっかりこの里の仲間だ。


「あら、ヒメナは偉いのね。コリスお姉ちゃんを手伝ったんだ」

「うん」


 ヒメナの目線まで高さを合わせるべく、イリシャは小さく膝を曲げる。

 彼女はそのままヒメナの頭を撫でると、くすぐったそうにしながらも喜んでいた。


「他の皆も、コリスお姉ちゃんの言うことをちゃんと聞いていたのかしら?」


 イリシャがそう問うと、集まった子供達が思い思いに言葉を放つ。

 自分は庭の掃き掃除を手伝った。雪かきを手伝った。

 中にはいい所を見せようとして失敗した話を暴露される子供もいた。


 ただ、変わらないのは全員には笑顔が宿っている。

 コリスが先導に立ち、皆の世話を焼いてくれていたという何よりの証拠だった。

 イリシャはゆっくりと立ち上がり、今度はコリスと目の高さを合わせる。

 

「コリスちゃん。大変だったと思うけれど、本当にありがとう」

「私からも、お礼を言わせてください。ありがとうございます」

「い、いえ! そんな! 私だけではとても無理でした。

 近所の皆さんや、ルナールさん。ストルさんも協力をしてくださったから……!」


 その上で深々と頭を下げるイリシャとフローラに、コリスは恐縮してしまう。

 自分こそ、妖精族(エルフ)の里に。この家に救われている。

 子供達との触れ合いはコリスの心も確実に解していた。

 悪意に手を染め、孤独の身となった自分もこの家が無ければどうなっていたか判らない。

 だから、これはほんの些細な恩返しに過ぎない。

 

「でも、こうして子供たちがコリスちゃんに懐いているのはあなたの努力の賜物よ。

 もっと胸を張っていいわ」


 それでも尚、イリシャは彼女を称えた。

 コリス自身が真摯な気持ちを持って臨んだからこそ、結果が生まれた。

 

 少し引っ込み思案なところがある彼女に、イリシャは自信を持って欲しいと思っている。

 これからきっと、彼女の人生に於いて必要となる事だから。


「……はい!」


 真っ直ぐなイリシャの言葉に、トリスは小さく頷いた。

 その様子を見ていたフェリーにとって、その光景は親子のようにも思えた。

 子供達だけではない。イリシャはみんなの「お母さん」なのだと、改めて感じていた。


 イリシャが救けを求めるリタに呼び出されたのは、それから間もなくの事だった。

 

 ……*


 イリシャが不在の間、フェリーは子供達の相手を務めると彼女の家へ残った。

 ずっと慌ただしかったからだろうか。部屋へ戻って孤独となる時間を、まだ受け入れたいとは思わなかった。

 

 無論、それだけでイリシャの家へ留まっている訳ではない。

 空白の島(ヴォイド)から胸に残っている小さな棘。その答えを求めるべく、他の誰かの意見が知りたかったのだ。


「ねえ、フローラさん」

「どうかしましたか?」


 フローラもまた、いつもとは違うフェリーの様子には勘付いていた。

 普段ならシンと共に帰りそうなものなのに、自分達と同行したのだから。


 喧嘩をした様子は見当たらない。

 所謂、『好き避け』というのも違うように思える。というか、今更だ。

 だからこれは、彼女自身にとっての用事なのだと判断をした。


「えとね……」


 フェリーはしきりに、周囲の様子を確かめる。

 コリスが居ないと確認をし、改めてフローラへと向き合った。

 これから彼女へ訊こうとしている事は、両親を失った彼女にはあまり聞かせたくない。

 辛い思いでを掘り返したくはなかったから。


「フローラさんの()()()()って、どんな感じだったの?」


 予想外の質問に、フローラは目を丸くした。

 彼女の口振りから王妃としてのフィロメナでは無く、母としてのフィロメナを訪ねているのだと察する。

 

 ただ、予想外ではあるものの、フェリーがこの質問を投げるに至るまでの過程には心当たりがある。

 以前にミスリアへ訪れた際も、彼女とよく似た顔立ちの女性。

 ミシェルと邂逅するにあたってシンとひと悶着を起こしていた。

 

 更には空白の島(ヴォイド)で出逢ったという、ビルフレストの実母。

 自分を取り巻く様々な環境の影響を受け、『母』を意識したのかもしれない。


(悩んでいるのかしら……)

 

 自分は多大な幸せを享受していたのだと、改めて思い知らされる。

 フローラには、フェリーの感情がどういうものか理解できない。

 求められている答えも。その結果、フェリーがどういう行動を採るかも予測できない。


「……私の母は、そうですね。とても優しい方でした。

 愛してくれていたと、今も昔も感じています」

「愛して、くれてた……」

 

 だからこそフローラは、自分の抱いている『母』への想いを正直に伝えようと思った。

 欲する答えではなかったとしても、その誠実さは必要だろうと感じたから。


「同じ父を持つとはいえ、母の子は私ひとりでしたから。

 王位の座を争う関係もあり、あまり姉弟の仲もよくありませんでした。

 イレーネ姉様こそ、当時から私のことを可愛がろうとしてくれていたようですが、気付けませんでしたしね」


 フローラがそっと目を閉じると、子供の頃の風景が蘇る。いい思いでも悪い思い出も存在している。

 それでも尚、アメリアやオリヴィア。そして母であるフィロメナとの楽しい思い出が真っ先に反芻されるのは自分が幸せだった証拠に他ならない。

 

「私も、誰へ対しても分け隔てなく接する母を誇りに思います。

 優しさに甘えるだけではなく、こうなりたいと思わせてくれる。

 憧れ……のような存在でしょうか」

「憧れ……」


 フローラの言葉をなぞるフェリー。

 その感情は理解できる。自分が『母』として憧れた人物。カンナ・キーランドへ抱いていたものだから。


「……フローラさんはお母さんのこと、ぜんぶわかるの?」

「まさか。いくら親子と言っても、私と母は違います。

 互いを想い合っていても、口にしなければ伝わらないことも少なくありませんよ」


 フェリーはぎゅっと、下唇を噛んだ。

 その感情も理解できる。自分だって、シンだって。きちんと話さなければ、伝わらない想いがあると知っているから。


(そっか、そうだよね)


 いつまでも、自分だけで考えていても仕方がない。

 それだけでは永遠に答えへ辿り着けない。


「フローラさん、ありがと」

「お役に立てて、なによりです」


 まだ少しだけ怖いけれど、一歩を踏み出そう。

 フローラへ礼を述べながら。フェリーこの日、決意した。


 ……*


 ペンの走る音だけが執務室にこだまする。

 その本数は二本。リタの要請により、雑務の助太刀を頼まれたシンとイリシャのものだった。


(全く、リタったら……)


 妖精族(エルフ)の言語で書かれた資料を翻訳しながら、イリシャはため息を吐いた。

 呼んだ張本人であるリタが沈黙と机仕事に耐え切れず、休憩だと言って飛び出していったからだ。

 おかげで現在は、シンと二人きりの状況が作られている。


 そのシンはというと、自分には目も暮れず延々と雑務をこなしている。

 この辺りはストルによく似ている。彼が事あるごとにシンを頼ろうとするのが頷ける。

 

 決して、気まずい訳ではない。現に傷の手当だって続けているし、彼も受け入れている。

 自分が多少何かを言ったところで、憤るような男ではない。

 逆も然り。彼の行動は不器用ながらも誰かを想ってのものだ。自分の嫌う要素が含まれているはずもない。

 ただひとつ。彼がマギアで語った、ひとつの棘を除いて。


「ねえ、シン」


 ペンを走らせる彼の動きが止まったところで、イリシャは「しまった」という表情を見せる。

 考え無しに話し掛けてしまった。どうしようと、頭の中でそれらしい理由をぐるぐると考え始める。


 別に「話し掛けただけ」だと言っても、彼は怒らないだろう。

 きっと「そうか」とだけ呟いて、事務作業へ戻るに違いない。


 ただ、全く用事がないというのも嘘になる。

 頭の片隅でそう思っているからこそ、自分は彼へ話し掛けたのだろうから。

 

「……傷の手当、今のうちにしちゃいましょうか」

「ああ、助かる」


 苦し紛れに絞り出した言葉は、傷の手当を行うというものだった。

 予想通り、彼は決して拒否をしなかった。


 ……*


 指先に救った傷薬を、彼の背中で伸ばしていく。

 次は肩。続いて腕。胸元や首筋も、未だ残る生傷が痛々しい。


 これでも随分と薄くなった方だ。

 自分の手当だけではここまで早くは治らない。アメリア達の治癒魔術が多少なりとも効果を発揮しているのだと窺える。

 それでも、彼はきっとまた傷を作るのだろう。他の誰かの為に。


 ――確証はない。だが、確信はある。

 

 そんな彼だからこそ、マギアでの会話が忘れられない。

 あの言葉は明らかに、自分が動揺すると理解した上で発したものだ。


 尤も、悪意に起因するものではない。

 彼はフェリーの為に、その発言をしなければならなかった。

 むしろ、本当なら戸惑う自分を無視したいだろうに。選択を委ねてくれている。


「あ……」

 

 イリシャはそっと顔を上げると、傷の様子を眺めているシンと目が合った。

 その眼に、自分へ答えを急がせるような意図は感じない。

 普段通りの振舞で待ってくれているのに、穿った見方をしてしまうのは自分の方だ。


 これからも自分は、小さな後ろめたさを抱えていくのだろうか。

 シンだけではなく。フェリーに対しても。


 勿論、自分が抱えている不安はあくまでシンの仮説によるものだ。

 彼が読み違えている可能性は残っている。むしろ、そうであって欲しい。

 

 例え正しかったとしても。イリシャは知りたかった。

 フェリーの中に潜む者の動機を、本人の口から聞きたかった。

 

「シン。この間の話なんだけど――」

 

 イリシャは決意する。

 シンとフェリー。そして自分が一歩前へと進む為に。


 ……*

 

 時を同じくして、ミスリア女王であるフィロメナから世界へ向けてある声明が出される。

 ミスリア国王。ネストル・ガラッシア・ミスリアの死亡と、手に掛けたのは息子のアルマ。

 

 黒幕はミスリア五大貴族、ビルフレスト・エステレラ。

 砂漠の国(デゼーレ)との戦争も、マギアで起きた内乱も彼らが企てたものであるという事。

 彼を頭に据えた組織である世界再生の民(リヴェルト)は、邪神という存在を以て世界を混沌へ陥れようとしている事を、世界へ発する。

 加えて、ビルフレストは500年前に討ち滅ぼされた魔族の子孫だという事も告げられる。


 魔術大国ミスリアが生み出してしまった闇は、世界を悪意で呑み込もうとしている。

 フィロメナは懇願した。容赦なく襲い掛かる悪意に対抗すべく、力を貸して欲しいと。


 声明の直後。ミスリアへ向けられた非難は決して少なくなかった。

 しかし、犬猿の仲だった魔導大国マギアが真っ先にミスリアへ力を貸す事を表明する。

 続けて手を挙げたのは、トリスにより事情を知らされていたティーマ公国だった。


 ふたつの国の尽力もあり、周辺各国はミスリアへ理解を深めていく。

 迫りくる悪意へ立ち向かうべく。世界はひとつになるべく動こうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ