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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第七章 空白の島
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420.償えたら

 フローラが、大切な愛娘が無事に戻ってきた。

 母であるフィロメナは切なる願いが叶った事を喜ぶ傍ら、決断を下さなくてはならない。

 

 まずは砂漠の国(デゼーレ)との戦いにおける後始末。

 そして、祖国を混乱に陥れた世界再生の民(リヴェルト)の首魁であるアルマへの裁きを。


 ただ、空白の島(ヴォイド)へ向かった者を通して彼女は知る。

 世界再生の民(リヴェルト)を我が物とした男、ビルフレスト・エステレラ。

 彼の出自を。古からの因縁は決して終わりを告げていないという事を。

 

 ……*

 

 ビルフレスト・エステレラはサルフェリオ・エステレラの実子ではない。

 その話を聞かされたのは、砂漠の国(デゼーレ)から戻ったイルシオン達を含めての会議だった。


 シンの言葉に、周囲がざわめく。

 無理もない。思いもよらなかった事実が発覚した形なのだから。

 

「ビルフレストが、サルフェリオの本当の子ではない……?

 それは、真なのですか?」

「ああ。俺はビルフレスト・エステレラ本人から聞かされた」


 自らの言葉に偽りはないと頷くシンを前に、フィロメナは思わず手で口元を覆い隠した。

 俄かには受け入れ難い真実だが、不思議と納得もしてしまう。

 エステレラ家の当主。サルフェリオとは似ても似つかないと、誰もが感じていた。

 図らずともその裏付けが取れてしまったという事実に、身を震わせた。


 一方で、エステレラ夫妻の気持ちを想えば居た堪れない。

 彼らはビルフレストが謀反を引き起こしても尚、「理由があるはず」だと庇い続けていた。


 どれだけ立場が悪くなろうとも、エステレラ家の管轄内で次々と彼の所業が明るみになろうとも。

 愛した息子を見棄てる様な真似だけはしなかった。


 その仕打ちがこれである。血は繋がっておらず、愛情を注いだはずの息子は恩義すら感じてはいなかった。

 世知辛い。同じ子を想う親の立場としては、同情せざるを得なかった。


「それどころか、魔族の王の子孫だと……!?」


 フィロメナが心を痛める一方で、イルシオンは机の天板いっぱいにその身を乗り出す。

 受け入れ難い事実であるが、吸血鬼族(ヴァンパイア)の王と交戦した以上は偶然だと思えない。

 

 500年以上も昔。御伽噺にもなり得る時代に、人間の世界を征服すべく現れた魔族。

 その王の末裔が、事もあろうに敵国であるミスリアの貴族で育てられていた。


 奇妙な縁といえばそれまでだっただろう。

 彼が何も知らずにミスリアの貴族としての生涯を終えれば、世界中に悪意が蔓延る事も無かった。


 けれど、ビルフレストは知ってしまった。

 母の怨嗟か。血の運命(さだめ)か。歯車は狂ってしまったのか、それとも収まるべき形へと戻ったのか。

 ただひとつ言えるのは、まだ終わっていないという事のみ。


「なんだかんだ、結局は過去に振り回されてるんだな」


 ぽつりと、人型となったフィアンマが呟いた。

 魔王の執念によるものか。彼らは悪意による破壊の化身を生み出した。

 次こそは失敗しないように。今度こそは世界を手中に収める為に。

 

 目的の為ならば、使えるものはなんだって利用する。

 エステレラ家の立場を利用し、ミスリアの中枢へと潜り込んだ。

 王子を、現状に不満を持つ者を唆し、世界中から悪意をかき集めた。


 驚くべきは、安易に人間へ不満を持つ者を募らなかった事だろうか。

 世界再生の民(リヴェルト)はあくまで、主に人間で構成された組織。

 

 無論、人間の世界で異種族を集めれば目立つという側面はあっただろう。

 ただ、それ以上に執念を感じる。人間がどれほど醜い存在であるかを、思い知らせるかのように。

 

 尤も、これが神の答えというべきなのだろうか。

 運命に導かれ、神器の継承者は集った。彼らに世界の命運を委ねるかの如く。

 やはり不思議な縁を感じずには居られなかった。


「いいえ。恐らくは違います。私たちは過去に、血の運命(さだめ)に振り回されているわけではありません。

 ビルフレスト・エステレラが悪意を持って、世界を破壊しようとしている。その事実と、向き合っているだけです」


 ただ、フィアンマの呟きを否定するかの如くアメリアが立ち上がる。

 彼女は知っている。神器は500年前の戦いで、神器がその役目を一度は終えている事を。


「神器は過去の戦いで、人間(わたしたち)を救ってくださいました。

 そこから先は、人間(わたしたち)の積み重ねて来た業が噴出した結果です。

 少なくとも、私はそう思っています」


 そう思えるだけの根拠はあった。

 アルマが祖国を裏切り、世界再生の民(リヴェルト)の首魁となった動機。

 サーニャが貴族を憎むようになった理由。

 悍ましい悪意が飛び交う世界に当てられた者達が、己の器を飛び越えていったのだと。


「だから、私は改めて蒼龍王の神剣(アクアレイジア)でこの世界を救います。

 こんな小娘に力を貸してくれた大海と救済の(スティス)神様へ、報いる為にも。

 何より、大切なものを護るためにも」


 自身の願いを受けて新たに生まれ変わった蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を握り締めながら、アメリアははっきりと宣言した。

 過去の事は一切関係がない。自分は自分達の為に、この世界を救って見せるのだと。


「アメリア姉の言う通りだ。オレも、出来ることは全部やるつもりでいるぞ!」

「イルくん」


 席を立ち、自らへ活を入れるイルシオン。

 アメリアの言う通りだった。いくらビルフレストが過去の話を持ち出そうとも、今を生きているのは自分だ。

 彼が生来から持ち合わせている正義感が、悪意の蔓延を放っておけないのは必然だった。


「おうおう、すっかり元通りで……」


 紅の髪を靡かせ、暑苦しいぐらいに気合を入れるイルシオンを前に、オリヴィアはため息を吐く。

 ただ、その眼差しはどことなく優しかった。自分が知っている子供の頃のイルシオン同様だったからだ。

 

 クレシアを失った悲しみが完全に癒えた訳ではないだろう。

 それでも、彼はきっとひとつ壁を越えたのだと実感をする。


 ……*

 

 それから会議は、世界再生の民(リヴェルト)への対抗策を重点的に語り始める。

 ビルフレストの潜伏先は判らない。いつ、どこで襲ってくるかさえ判らない。

 対抗策としてフィロメナが発案したものは、ミスリアにとっても痛みを伴うものだった。

 

「世界へ。出来る限りの国へ、協力を募りましょう」


 彼女は語る。このまま対処療法的に戦い続ければ、きっと被害は拡大していく一方だと。

 浮遊島やクスタリム渓谷。ティーマ公国の件だってある。悪意に晒されるのは、ミスリアだけとは限らない。

 マギアや砂漠の国(デゼーレ)のように、唆される国だって存在するかもしれない。

 彼らが行動を起こす度に、悪意は伝播していく。それだけは何としても防ぎたかった。


「既にマレット博士へは、協力を仰ぎました。

 ミスリアから世界中へ繋がる転移魔術の設置へ向けて、準備を進めてもらっています」

「ベルさん、そんなことしてたんですか!?」

「ああ、お前らが空白の島(ヴォイド)へ行ってる間にな。

 つっても、オリヴィアやストルの力は必要だ。仕上げは妖精族(エルフ)の里ですることになるだろうけど」


 テランは兎も角、マレットやギルレッグは他にもやる事が沢山あったはずだ。

 マレットが権力に靡かない事も十分知っている。

 ミスリア王妃の要望に、彼女は心ひとつで応えてくれた。頭が下がる思いだった。

 

「あんまり無理はしすぎないでくださいね」

「それはここの全員に言ってくれ。アタシよりよっぽど無茶してるだろ」


 照れを隠すように漏らしたオリヴィアへ、マレットはケタケタと笑う。

 その場にいる者が皆、不思議と苦笑いをしていた。


「ですが、他国からすれば転移魔術の設置は侵略行為ともとられるのでは……?

 ただでさえ、ビルフレストは名が通っています。内輪揉めに巻き込まれたくないと主張する国もあるかと」


 フィロメナの案で浮かび上がる懸念をどうするべきかと、ヴァレリアは問う。

 国内でさえ、砂漠の国(デゼーレ)と争った事で国民も神経質になっているだろう。

 

 拒否する理由はいくらでも作れる。

 例えそこに世界再生の民(リヴェルト)が潜伏をしていても、砂漠の国(デゼーレ)やマギアのように疲弊したミスリアを攻めればあるいはと思う国が在ってもおかしくはない。


「ヴァレリアの言う通りです。ですから、全てを公表します。

 例えミスリア国内で混乱が発生してもやるべきだと、判断しました」


 フィロメナは曇りなき眼で真っ直ぐと前を見据えながら、強い口調で述べる。

 彼女が言う「公表」は、隠していた国王(ネストル)の死亡を告げるというもの。

 国王(ネストル)を殺めた者も。アルマを誑かした者も。全てを公表した上で、各国へ協力を仰ぐと決めた。

 ビルフレストがミスリアを手中に収める為の手札が効力を失う為に、フィロメナは自らに出来る事を全て行うつもりでいた。


「つまり、アルマは……」


 フローラは逡巡しながら、アルマを見つめる。彼の視線は、下を向いていた。

 それが何を意味しているか分からないはずがない。


 国家転覆を目論んだ実行犯。そして、父殺しの汚名を世界中へ晒される事を意味している。

 恐らくは未来永劫、悪名を轟かせる事になるだろう。


「お母様、それは……っ!」


 例え父を殺めた罰だとしても、流石に重すぎる。

 アルマは何も知らない少年だった。それを歪めたのはビルフレストだ。

 他に方法はないのかと訴えようとする彼女を諫めたのは、アルマ本人だった。

 

「姉上、お心遣いに感謝します。

 ですが、構いません。むしろ、きちんと罰を与えてもらえることの方がありがたい」

「アルマ……」


 顔を上げたアルマは清々しい表情で、そう答えた。

 紛れもなく、父を殺したのは自分なのだ。

 良い様に使われていたとはいえ、ビルフレストや世界再生の民(リヴェルト)を隠れ蓑に逃げる訳にはいかない。

 有耶無耶にしていい程、父の存在は軽くない。

 

 ずっとこの手に感触が残っている。父を斬り伏せた刃の感触が。

 ずっと脳裏に焼き付いている。父が今際の際に、自分へ手を差し伸べた姿が。

 強い後悔と、深い愛情。父を通して得た感情(もの)を、見失いたくはなかった。


「それに伴い、アルマ。貴方の王位継承権は剥奪されることとなるでしょう。

 ……ごめんなさい。貴方に辛いものを背負わせてしまって」

「いえ。謝るべきは僕の方です」


 何よりも大切な女性(ひと)が出来たから、彼女の命を何よりも優先したからこそ解る。

 自分が犯した『罪』の重さを。これでほんの少しでも償えるのであれば、何も言う事はない。


 一方のフィロメナも、アルマには悪い事をしたと心を痛めている。

 きっと夫は、こんな結末を望んではいなかっただろう。

 本当にこうするしかなかったのか。他に方法はなかったのだろうかと考える度に、胸が苦しくなった。


 それでも、自分の選択が正しいと少しでも思えるように。

 フィロメナは自分に出来る事を精一杯やろうと決めた。

 ミスリアや世界に対してだけではなく、アルマに対しても。

 

「アルマ。これだけは約束をします。

 貴方が絶望した光景を、醜いと言ったものは必ず失くしてみせます」

「フィロメナ様……」


 元を正せば、自分達が汚いものを見ようともしていなかったのが原因だ。

 アルマのように、未来のある若者が絶望しない国を造らなければならない。

 彼の決意に報いるには、これぐらいしか出来ない。


 願わくば、アルマにも協力をして欲しい。

 けれどそれは、彼の精神的外傷(トラウマ)を掘り返す事となる。

 まだ幼い子供にこれ以上は辛い役割を与えられないと、フィロメナは躊躇する。


「ありがとうございます。ですが、赦されるのであれば僕にも協力をさせてください。

 他の誰でもない、僕自身のために」


 しかし、協力を申し出たのはアルマ自身だった。

 幼い頃に見てしまったあの悍ましい光景を、忘れる事は出来ない。

 手段は間違っていたとしても、あんなものが存在してはいけないという気持ちは間違っていない。

 

 だから、今度こそ。

 正しく力を振るい、美しい世界(もの)を手に入れたい。

 アルマは本心から、そう思っている。

 

「アルマ……。ええ、ええ……。ありがとう、アルマ」


 フィロメナは涙が溢れだすのを止められない。

 自分は酷い選択をしたというのに。アルマは自分が思っているよりもずっと大人だった。

 もう少し、何かが違っていれば。夫と四人の子供は、皆が幸せになれたのかもしれない。


 ……*

 

「サーニャ。すまない、やはり僕は全てを――」


 ひとつだけアルマが悔やんでいるとすれば。

 やはり自分は、彼女に何も与えられそうにない。

 謝罪を述べようとする彼の口を塞いだのは、サーニャの指だった。

 

「失った代わりに、随分と男前になりましたね。惚れ直しましたよ」


 彼が言おうとした言葉とは違うものを、サーニャは続けて見せる。

 その言葉に嘘偽りはない。愛して良かったと、心から思える。


 だからこそ、サーニャは告げなくてはならない。

 アルマとは一緒に居られないという事を。


「全く。アルマ様ばかりが格好良くなるのは不公平ですね」

「い、いや。僕はそんなつもりは……」


 感情の置き場に困る様子は、自分が揶揄った時によく起きる。

 愛おしいと感じるアルマの仕草。ずっと傍に居たいと後ろ髪が引かれる思いだが、彼女は誘惑を振り切った。


「ですが、ここまでです。ワタシはアルマ様と共には歩めません」

「ど、どうしてなんだ!?」

 

 突然の宣言に、アルマは狼狽える。

 無理もない、サーニャは何ひとつとして説明責任を果たしていないのだから。


「やはり、僕が子供だから。もう何も持ってはいないから……」

「違いますよ、アルマ様」


 奥歯を噛みしめるアルマ。強張る彼の頬へ、サーニャはそっと手を伸ばした。

 残った右眼を彼の目線へ合わせ、思いの丈を語る。


「ワタシはアルマ様を愛しています。だから、どこへ行こうとも貴方を見つけられる『眼』が欲しいんです。

 そのためには、この失われた左眼を取り戻さなくてはなりません。

 ベル・マレット博士が誘ってくれたんです。義眼を造る研究に、邪神の『核』を通して視たワタシの経験を活かしたいって。

 そうすればワタシだけでなく、救われる人がいるそうです。

 何が起こるか分かりませんよね、今更ワタシが、誰かを救う切っ掛けになるだなんて」


 アルマに触れている手が、微かに震えている。

 そこでアルマは初めて、サーニャが自分の想像以上に想ってくれている事を認識した。


「だから、()()一緒には居られません。

 勝手に決めて、すみません」


 寂しげな笑顔を見せるサーニャを前に、アルマは無意識に彼女を抱き寄せた。

 動揺するサーニャ。いつもとは逆の立場だと思いつつも、彼の腕を解こうとはしない。


「待ってる。それに、待っていて欲しい」

「アルマ様……」

「僕も君も。共に『罪』を償おう。それでいつか、赦せる日が来たら。

 その時の僕は王ではないけれど、僕と一緒になって欲しい」


 その言葉は衝動的に出たものではない。

 少年だったアルマが、ほんの少し大人になった証。

 アルマの腕の中で、サーニャの頭が僅かに上下した。

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