表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第七章 空白の島
449/576

409.『暴食』と一筋の灯

 邪神が顕現を果たす直前。

 アメリア達がフローラを救うべく、『傲慢』と対峙している頃まで時間は遡る。

 

 世界再生の民(リヴェルト)の本拠地である空白の島(ヴォイド)

 島に存在する洞窟の中で、シンとフェリーも各々の戦いに興じていた。


「もう、シツコイ……ってば!」


 闇を切り裂く様に踊っているのは、真紅に染まる灯。

 紅蓮の刀身を持つ灼神(シャッコウ)が、フェリーの周囲を照らしていた。


 不意に視界が閉ざされたフェリーにとって、この灯こそが生命線となる。

 尤も相対する『暴食』(ベルゼブブ)にとっても条件は変わらず、灼神(シャッコウ)の灯へ吸い付くようにして喰らいついている。


(はやく、はやくシンのトコに――)


 洞窟の瓦礫が崩れ去ったせいで、僅かに差し込んでいた光さえも消えてしまった。

 その原因は恐らく、シンとビルフレストにある。


 シンは無事なのだろうか。それとも、今も尚戦っているのだろうか。

 瓦礫の奥を見る度に、焦燥に駆られる。


 フェリーの想いを知ってか知らぬか。『暴食』(ベルゼブブ)は決して彼女を逃しはしない。

 全てを喰らい尽くす『暴食』の左腕。消失(バニッシュ)が襲いかかる。


「もう、ホントにジャマなんだってば!」


 灼神(シャッコウ)の奥に立つ自分を狙って放たれる一撃。

 真紅の刃は腹を空かせた左手を拒絶するかのように受け止めた。


 魔導接筒(マナ・コネクタ)を用いた一撃で葬る事も考えた。

 けれど、この暗闇の中で強大な輝きを灯せば的が大きくなるだけ。

 加えて、小回りが利かなくなる。躱されでもすれば、消失(バニッシュ)の餌食は免れない。

 

 いくら自分の身が不老不死といえど、消滅して戻るという保証はない。

 これまでとは違う緊張感が、フェリーに纏わりつく。


(こんなコトしてる場合じゃないのに!)


 シンの元へ向かいたいのに、向かえない。

 自然と灼神(シャッコウ)を握る力が強まっていく。送り込まれた魔力は真紅の刃に更なる輝きを与え、『暴食』(ベルゼブブ)の左手へ亀裂を生む。


「――ガアァァァァァァッ!!」


 自らを『暴食』たらしめる左手が破壊されようとする様に、『暴食』(ベルゼブブ)は悲鳴を上げる。

 邪神の分体とて、決して盤石の存在ではない。

 ミスリアでリタとレイバーンから受けた傷は深く、この戦闘においても確実に影響が残っていた。


「苦しんでる……? それならっ、何回でもっ!!」


 焦燥感を抱くと同時に、思考が洗練されているフェリー。

 彼女の嗅覚は、今こそが攻め時なのだと感じ取った。

 灼神(シャッコウ)による刃が『暴食』(ベルゼブブ)の左手を裂こうとする一方で、彼女は霰神(センコウ)へも魔力を込める。


灼神(シャッコウ)に当たらないようにしなきゃ!)


 邪神の分体が視力以外に自分を感知する術を持っていれば、水蒸気による煙は一方的な不利を生み出してしまう。

 真紅の刃は勿論、熱を帯びた箇所を攻めないように、フェリーは霰神(センコウ)を叩きつける。

 狙いは下半身。消失(バニッシュ)を持つ左手とは対角線上に存在する右脚。


「てぇぇぇいっ!」

「――!!!」


 透明な刃による氷の杭が、『暴食』(ベルゼブブ)へ打ち付けられる。

 高音と低音。対極に位置する苦痛の前に、邪神の分体は声にならない悲鳴を上げた。


「これなら、魔導接筒(マナ・コネクタ)でも――」


 『暴食』(ベルゼブブ)の足は止めた。魔導接筒(マナ・コネクタ)による巨大な剣でも、逃しはしない。

 邪神の分体を滅する一撃を放つべく、フェリーは灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)の接続を試みる。


 彼女にとっては、勝負を決める為の予備動作。

 だが、『暴食』(ベルゼブブ)にとっては苦しみが途切れる一瞬。

 ビルフレストの精神による汚染が続いた肉体は、この好機を逃しはしない。


「――っ! う、ぅぅ……っ」


 自分から離れていくフェリーの頭を、残った右腕で鷲掴みにする。

 前のめりになった事により、足元の氷柱が深く突き刺さるが大した問題ではない。

 フェリーを、無尽蔵の魔力を持つ彼女を逃す訳には行かない。

 手の届くところへ居てもらわなけば、勝ち目はない。


「いっ……」


 こめかみを通して、痛みが伝わる。頭蓋骨の軋む音が、直にフェリーの耳へと伝わる。

 この邪神は自分の頭を果実か何かと勘違いしているのではないか。握り潰して、滴る血液を喰らうつもりではないのか。

 そう考えてしまうのも決して比喩ではない。言葉を発する余裕がない程の激痛が、フェリーの顔を歪ませた。


 脳が圧迫され、フェリーの視界が狭くなる。

 両端から迫りくる闇は悪意に満ちていて、完全に失われてしまった場合の事を想像してしまう。

 再生をする間も無く、この怪物に喰われて消えてしまうかもしれない。そんな未来が。

 

「やめ……てよ……っ!」


 そんな未来は認めない。受け入れられない。

 自分はシンの元へ向かいたいのだ。邪魔をしないで欲しい。

 

 一転して危機に陥ったフェリーだったが、まだ精神(こころ)は折れていない。

 ミシミシと頭蓋が締め付けられ、痛みに悶えながらも『暴食』(ベルゼブブ)へ抵抗をする。

 

「放してくれないなら、こっちだって……っ」

 

 フェリーの選択はこの状況から抜け出す事ではなく、反撃。

 即座に魔導接筒(マナ・コネクタ)による灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)の接続は諦める。

 手から零れ落ちそうになっている灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)を改めて握り締め、刃を『暴食』(ベルゼブブ)へと突き立てた。


「ギャアァァァァァァァァ!!!」


 再び襲い掛かる鋭い痛みに、『暴食』(ベルゼブブ)の頭は制御を失った振り子のように暴れ回る。

 消失(バニッシュ)を持つ左手は灼神(シャッコウ)に。

 フェリーの頭を握り潰そうとしている右手には、その手首へ霰神(センコウ)が突き立てられた。


 相反する痛みを放ちながらも、ふたつの刃は確実に『暴食』(ベルゼブブ)の肉体を破壊していく。

 左手こそ灼神(シャッコウ)と肉薄をしているが、特別な能力に覆われていない右手は霰神(センコウ)の前に圧されている。

 

 表面を凍らせ、邪神の分体から熱を奪う。

 限界を超え、凍てついた右腕は『暴食』(ベルゼブブ)の腕力も相まって自ら崩壊を始めていた。


「ガッ!?」


 己の持つ強大な力が、自身へ牙を剥けている。

 その事実を前にして、『暴食』(ベルゼブブ)は自壊を防ぐべく力を抑えた。

 

 拮抗していた消失(バニッシュ)灼神(シャッコウ)の衝突。

 力関係の崩れる瞬間が、訪れる。


「このまま左手(こっち)もっ!!」


 フェリーは霰神(センコウ)を振り抜き、『暴食』(ベルゼブブ)の右腕を破壊する。

 そのまま消失(バニッシュ)の破壊へ注力するべく、真紅の刃を形成したまま魔導接筒(マナ・コネクタ)を接続させる。


「――っ! お願い、出て……っ!」


 上がらない出力を前にして、フェリーは歯噛みする。

 今まで、刃を形成した状態で魔導接筒(マナ・コネクタ)を繋ぎ合わせた事は無かった。


 マレットが説明をしていないという事は、本来の使い方ではないのだとフェリーでも理解できる。

 それでも今は、一度刃を消し去るだけの余裕が無かった。


 先刻の攻防で、十分に理解させられた。

 魔導接筒(マナ・コネクタ)を使用すれば、刃を創り上げるまでに生まれる時間差が命取りになる。

 

 その脅威の原因となっている『暴食』(ベルゼブブ)の左手。消失(バニッシュ)だけは、破壊しなくてはならない。

 『暴食』(ベルゼブブ)が力を抜いたこの瞬間だからこそ、自分は最大の出力が必要となる。

 賭けになるのだとしても、やらねばならないとフェリーは己の魔力を注ぎこんでいく。


 だが、フェリーへ襲い掛かるのは強い脱力感。

 霰神(センコウ)に搭載された魔導石・輪廻マナ・ドライヴ・メビウスが魔力を吸収しているのは感じ取れる。

 

 だが、その魔力が既に起動している灼神(シャッコウ)にまで届かない。

 無謀な賭けだったのではないか。マレットはそんな使い方を想定していなかったのではないかと、落胆の波が押し寄せる。

 

「出て! お願いだから、出てよっ!」


 一向に出力が上がらない灼神(シャッコウ)。しかし、フェリーは決して魔力の放出を止めなかった。

 諦めの悪さには自信がある。シンだってそうだ。簡単に諦めたりするのならば、ここまで戦い抜いては来られなかった。


魔導接筒(マナ・コネクタ)がダメでも、このまま――」


 仮に駄目だとしても、灼神(シャッコウ)の持つ火力だけで押し切る。

 フェリーが腹を括ったと同時に、()()は起きた。


「えっ……!? な、なにが起きたの!?」

 

 眼前で起きた現象を前に、フェリーは思わず目を丸くする。

 ポンという軽快な音とは裏腹に、視界に捉えられない速度で放たれる光。

 徐々に闇に溶け込んでいく余韻と、存在の証明を示す熱が灼神(シャッコウ)から放たれたものなのだと理解させた。


「――!?!?」


 そして、光の矛先は『暴食』(ベルゼブブ)へ向いていた。

 痛みを感じる間も、悲鳴を上げる間すらも与えてはくれない。


 フェリーと『暴食』(ベルゼブブ)が認識をしたのは、()()のみ。

 消失(バニッシュ)を持つ左手から肩口までが、高密度の魔力によりごっそりと消滅している。

 それはまるで、マギアで見た大砲。小型の魔術大砲(マジック・キャノン)と言っても、過言ではない威力の砲撃。

 

 原因は言うまでもなく、魔導接筒(マナ・コネクタ)。本来の用途とは違う方法によって引き起こされた現象だった。

 灼神(シャッコウ)が稼働する中、魔導接筒(マナ・コネクタ)を介して接続される霰神(センコウ)

 ふたつの魔導石・輪廻マナ・ドライヴ・メビウスが噛み合わず、出力を増幅するに至らない。


 だが、フェリーの持つ無尽蔵の魔力により間違いなく蓄積はされている。

 魔導接筒(マナ・コネクタ)がふたつの魔導石・輪廻マナ・ドライヴ・メビウスと交差する時。

 蓄積された魔力が瞬間的に放出をされる。接続までの時間差(ライムラグ)が生み出した、不可避の閃光として。


「あ、あたしコワしてないよね!?」


 予想だにしなかった挙動を前に、取り乱すフェリー。

 万が一、魔導刃・改マナ・エッジ・カスタムが使用できないのであれば自分に成す術が無くなってしまう。

 慌てて魔導接筒(マナ・コネクタ)を取り外し、灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)の起動を確認する。


 真紅の刃と透明の刃が形成され、安堵のため息を吐く一方で、フェリーは自らが放った閃光の威力に慄いていた。

 その証拠に、直撃を受けた『暴食』(ベルゼブブ)の左腕。いや、左肩までが抉り取られたように消滅しているのだから。


「ア……ガ……」


 右腕だけではなく、消失(バニッシュ)を持つ左手ですら喰いきれない程に圧縮された魔力。

 不老不死の魔女が持つ、底知れぬ力を前に『暴食』(ベルゼブブ)が抱いた感情は恐怖だった。


 ただし、それは逃げると言った後ろ向きなものではない。

 彼女はここで、確実に仕留めておかなくてはならない。そうしなければ、どこまで被害が広がるか想像もつかないといったもの。


「ガアアァァァァァァァッ!!」


 半ば強迫観念に囚われながら、『暴食』(ベルゼブブ)はフェリーへ突進を試みる。

 右足に打ち込まれた氷の杭を強引に引き抜き、一歩踏みしめる度に氷の結晶が宙を舞う。


「まだやるの……っ!?」


 両腕を失いながらも、一切萎えない闘争心を前にして、フェリーは奥歯を噛みしめる。

 ここまでボロボロになっても止まらないのであれば、とことんやり切るしかない。

 迎撃をするべく突き立てられた灼神(シャッコウ)が、『暴食』(ベルゼブブ)の腹部を貫いた。

 

「――ア、ガ……ガアァァァァッ!!」

 

 『暴食』(ベルゼブブ)は自らの身を焦がす激痛に耐えながら、大きく口を開く。

 その名に恥じぬ大喰らいを連想させるだけの口が、フェリーの左肩へと貪りついた。


「つぅ……っ」


 『暴食』(ベルゼブブ)の顎が締まるに連れ、フェリーの左半身が悲鳴を上げる。

 だらんと下がる左腕は、持ち上げようとする自分の命令を拒絶している。

 肉が、血管が噛み潰される。ボタボタと滴り落ちる血の音が、静寂な洞窟で響き渡る。


「負けない……。負けちゃ……ダメ……っ!」


 フェリーは腰を沈め、真っ向から『暴食』(ベルゼブブ)に立ち向かう。

 胸元に灼神(シャッコウ)を突き立てては、己の魔力を放出し続ける。

 『暴食』(ベルゼブブ)がその足を一歩進める毎に、真紅の刃が腹へ呑み込まれていく。

 ここから先は我慢比べ。どちらの意地がより強いか。そういう戦いへとシフトしていく。


 不老不死であるフェリーにとって有利な状況ともいえる。

 けれど、『暴食』(ベルゼブブ)もおいそれと消える訳には行かない。

 三日月島での屈辱は忘れないと言わんばかりに、体格の差でフェリーを押していく。

 直後、互いの死力を尽くした戦いは思わぬ方向へ転がる事となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ