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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第七章 空白の島
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402.『強欲』故に、引き下がれない

 アルマはかつての友と刃を交える。

 いや、正確に言えば「友と思っていた」と言った方が正しいだろうか。

 現に刃を挟んで自分と顔を見合わせるアルジェントの表情に、躊躇いのようなものは見当たらないのだから。


「アルマっちのことは嫌いじゃねェが、こう邪魔されると腹が立つねェ。

 ビルフレストのダンナに見棄てられたから、ミスリアに鞍替えってか?

 やっぱ王子サマってのは得だねェ。あれだけ好き勝手やっても、こうして自由にしていられるんだからよォ」

「アルジェント。君にどう取られようと、構わない。

 僕は僕のやり方で贖罪をするつもりだ」


 刃が重なり合い、金属音を響かせていく。

 言葉とは裏腹に、アルマの顔は険しい。

 彼の心情を見通しているかの如く、アルジェントは彼を嘲笑う。


「贖罪……ねェ。よく言うぜ。『清濁併せ呑む』だなんて格好つけてたクセによォ。

 正直にぶっちゃけちまいなよ、ビルフレストのダンナに棄てられたからだって。

 王子サマとしての矜持(プライド)が許さないのかい?

 辛いねェ、現実は棄てられたってのによォ」


 一切の遠慮を持たず、アルジェントはアルマを煽る。

 アルマは耳が痛かった。過去の過ちを掘り返されている。愚かな、子供の考えを。


 自分は知っていた。受け入れていた。

 清濁併せ呑むという言葉は、覚悟の印だと思っていた。


 けれど、それは他の誰かが不当に傷つく事も厭わないという自分勝手な宣言でしかなかった。

 自分がその立場になったからこそ解る。その考えは間違っていたのだと。

 誰かの大切な存在(もの)を、誰かの勝手な都合で壊していいだなんて、赦されるはずが無かった。


「確かに、君の言う通りだ。僕は自分の身勝手さを、正当化しようとしていた。

 汚れたものを取り払う。そのためには仕方ないの無い犠牲だと、自分に言い聞かせて。

 許されていいはずがない、罰は受ける。罪は償う。それが今の僕の素直な気持ちだ」

「……アルマっちの意気込みは訊いてねェよ。

 目を逸らすなよ。アンタは不要なんだよ、ビルフレストのダンナに棄てられたんだよ!

 自分が選んだ道みたいに、格好つけてんじゃねェよ!」


 自分達が去った後に、何が在ったのか想像するのは難しくない。

 アルマの様子から察するに、恐らくサーニャは一命を取り留めたのだ。

 彼はその礼と、自らの行いを悔いてこの戦いに参加しているに違いない。

 だから、輝きを取り戻したような眼差しを自分に向けていられるのだ。


「そうだな。僕はビルフレストにとっては都合のいい駒のひとつだったんだろう」


 アルマは自嘲気味に嗤う。結局、共に居ながらも彼の真意は汲み取れなかったのだと。

 彼が欲しかったのはミスリア第一王子であり、自分ではなかった。

 (フリガ)もそうだ。姉弟揃って、彼の掌で踊らされていたのだから情けないとしか言いようがない。

 本当に、取り返しのつかない罪ばかりを犯してきたというのに。

 

「分かってるじゃねェか。アルマっちは、ビルフレストのダンナにとって都合のいい駒だったんだよ。

 もう利用価値はねェんだ。そこにいる王女サマが、『傲慢』の適合者なんだからよォ。

 邪神にも適合しなかった。覚悟も足りなかった。ハンパもんのアルマっちは、もう必要とされてねェだよォ!」


 嘲笑うアルジェントの太刀筋が鋭さを増していく。

 アルマは段々と彼の動きについていけなくなっている。


「どうしたァ? 動きが鈍くなってるぜェ!」

「くっ……!」


 想定外の事態を前にして、アルマは歯を食い縛る。

 アルジェントの右手に宿る接収(アクワイア)は、魔力を伴うものを奪い取る。

 世界再生の民(リヴェルト)で共に顔を合わせていた頃から、その能力の強大さをアルマは知っていた。

 だからこそアルマは剣一本で戦う事を選択していたにも関わらず、押されている。

 

 単純な剣術では、アルジェントよりも上手だとアルマは自負している。

 彼の言葉が動揺を引き起こしたのかと問われれば、それほど影響は出ていない。

 

 理由はアルジェントでも、ましてやアルマ本人の心持ちでも無かった。

 オリヴィアを凶刃から護る為とはいえ、アルマは踏み込んでしまっている。

 『傲慢』の適合者。フローラの放つ抑圧(サプレス)の影響下に。


 心の内で葛藤を続ける二人のフローラ。

 一時は匣から溢れるほど強い意思を見せたフローラだったが、次第に偽物(フローラ)がそれを封じ込めていく。

 現在、主導権を握っているのは偽物(フローラ)。故に、アルマの身体を巡る魔力は抑圧(サプレス)に抗いながらのものだった。


 小さな差は蓄積されていき、アルマの身体に訪れている違和感は無視できないものとなっていく。

 剣術で勝てなくても、アルジェントはその精神状態を見逃さない。

 一瞬の隙をついて、魔石を使い果たした炸裂の魔剣エクスプロード・ブリンガーはアルマの剣を大きく弾く。


「しまっ――」

「終わりだなァ、アルマっち!」


 アルマの両腕が上げられる。腕の制御をより戻すよりも速く、アルジェントの持つ刃が振り下ろされようとしている。

 絶体絶命のアルマを救ったのは、一本の氷の矢だった。


「させません……って!」


 オリヴィアは咄嗟に、凍撃の槍(フリーズランス)をアルジェントの刃へ向かって放つ。

 抑圧(サプレス)の影響下である以上、強力かつ簡潔な魔術が求められていた。

 自分が得意とする氷の魔術かつ、魔力を一本に収束させる事で抑圧(サプレス)でも落とされない威力を何とか保っている。


「オリヴィア――」

「またテメェか……!」


 驚きながらも感謝の様子を見せるアルマ。

 対照的にアルジェントは、またも自分の邪魔をするのはオリヴィアなのだと苛立ちを隠せなかった。


「黙って聞いていれば、さっきから好き放題言ってくれちゃって!

 お言葉ですけど、あなただって棄てられない保証はないんですよ!?

 邪神の適合者でさえも、ビルフレストは容赦なく切り捨ててるじゃないですか!

 よくもまあ、自分は違うだなんて自惚れが出来ましたよね!?」

「言わせておけば……!」

「さっきから好き勝手言ってるの、あなたじゃないですか。お返しをしたまでですよ」


 どこまで自分と相性の悪い女なのだと、アルジェントの額に青筋が浮かんでいく。

 気に入らないと毒づく一方で、アルジェント自身も苛立つ原因は理解していた。


 オリヴィアの言う通り、自分がいつまで安全地帯に居られるかなんてわかりはしない。

 ジーネスも、サーニャも。ラヴィーヌでさえも、ビルフレストは容赦なく切り捨てた。

 彼にとって他の者は全て替えの利く駒なのだと言う証左を前にして、アルジェントは焦燥感を抱いている。


 けれど、自分には彼についていく以外の選択肢はない。

 当たり前だ。自分はミスリアの人間ではない。災いを招くだけの存在。

 アルマ達と違い、捕えられた先に無事でいられる保証はどこにもない。


 何より、アルジェントは望むものがあったからこそ世界再生の民(リヴェルト)に加わった。

 世界を創り変えた暁には、手に入るのだ。自分自身こそが真作となるのだ。

 

 『強欲』の男(アルジェント)は、他者の上澄みを攫う事でしか生きられない。

 これは他者を見下していく彼が、生き方を変える事なく上澄みとなる為の最短距離。

 乗り掛かった舟に降りるという選択肢は、彼には存在していない。

 ビルフレスト・エステレラこそが、願望を満たす為の道標となっていた。


 今更戻れない。戻ったところで、この興奮が味わえないのであれば意味が無い。

 故に、アルジェントはビルフレストの下へついた。

 自分の有益性を証明し続けなくてはならないとしても、他では味わえない快感(もの)が在ると知っているから。


『強欲』(マモン)! いつまで寝てんだァ!?

 さっさと、その女を殺しちまいなァ!」


 激を飛ばすアルジェント。彼にも焦りはあった。

 ミスリアでの戦いからそう日は経っていない。『強欲』(マモン)を顕現させておく時間にも限りがある。

 その前に一人でも多く、敵対する者を葬っておきたかった。

 

 彼の強い想いに呼び起こされた『強欲』(マモン)は、ゆっくりと身体を起こす。

 模倣(レプリカ)によって造られた爪を装着した巨腕を、本能のままに振り払った。


「そのまま寝ていてくれてよかったんですけどね……!」

 

 弧を描きながら襲い掛かる『強欲』(マモン)の攻撃を防ぐべく、オリヴィアは水の城壁(アクアウォール)を放つ。

 魔力によって象られた水の壁が両者の間に出現するが、ここでも偽物(フローラ)の操る抑圧(サプレス)がオリヴィアの邪魔をする。


(薄い……!)


 出現した水の城壁(アクアウォール)を見て、オリヴィアは歯噛みした。

 抑えつけられるような感覚に苛まれ、オリヴィアが思い描いただけの壁を創り出せていない。

 この厚みでは遠心力を乗せた『強欲』(マモン)の一撃で早々に霧散してしまうだろう。

 その先に在る自分の身体がどうなるかは、言うまでもない。


「オリヴィア!」


 その状況に待ったを掛けたのは、賢人王の神杖(トライバル)の継承者。

 人造鬼族(オーガ)と成り果てた兄を落ち着かせたトリスが、参戦をする。


 賢人王の神杖(トライバル)をそっと地に当て、咄嗟に流し込むのは氷の結晶。

 大地を駆ける六花の新星(フロストノヴァ)が、周囲を白く染め上げた。


「っ! これが『傲慢』の――」


 しかし、魔術を送り込むという事は抑圧(サプレス)の領域内への侵入を意味する。

 途端に魔力が重く圧しかかる。それでもトリスは、決して魔力を途切れさせたりはしない。


 トリスの意思に反応した賢人王の神杖(トライバル)が地面を這う魔力を拡張させていく。

 広がる氷の結晶は一枚の壁となり『強欲』(マモン)の前へと立ちはだかる。


「くっ……!」


 だが、それでも足りない。抑圧(サプレス)にとって抑えつけられた魔力が、思うように魔術を形成しない。

 間に合わない。誰もが最悪の状況を想定した時。彼女が心の内から声を張り上げる。


(駄目よ! オリヴィアを傷付けるなんて、絶対に許さないわ!)


 オリヴィアが傷付けられる様を見せつけられて、受け入れられるはずがない。

 心の奥底で抑えつけられていたフローラが、強い拒絶反応を見せる。

 閉ざされた匣の蓋が、再び開こうとしていた。


(しつこいですね……!)

(それはこちらの台詞でしょう!? いい加減、身体を返しなさい!)


 二人のフローラが、精神の内側で主導権を奪い合う。

 何度抑えつけようとも、我を押し通そうとする姿はまさに『傲慢』に相応しい。

 適合した事に納得しつつも、偽物(フローラ)本物(フローラ)を抑えつけようと躍起になる。


 気を抜けば、肉体の制御が奪い返されてしまう。

 危機感から偽物(フローラ)は、全力を以てフローラと対峙している。

 瞬間的にではあるが、抑圧(サプレス)による抑制が陰りを見せた。

 

「――ガッ!?」

 

 抑えつけられていた魔力の解放を以て、六花の新星(フロストノヴァ)の纏う冷気が水の城壁(アクアウォール)を凍らせる。

 瞬く間に、『強欲』(マモン)の眼前に厚い壁が造り上げる。

 加えて、おまけだと言わんばかりに拡張された六花の新星(フロストノヴァ)『強欲』(マモン)の動きを僅かではあるが鈍らせた。


 それでも邪神の一振りを止めるにまでは至らない。強引に振り切られた腕は、氷の壁を打ち砕く。

 大分削り取ったにも関わらず、強い衝撃を受けたオリヴィアは地面の上を転がっていく。


「オリヴィア!」


 ここまでしても、邪神を防ぐには至らなかった。思わずトリスは声を荒げた。

 どうか無事であって欲しいという悲痛な願いが、彼女の視線をオリヴィアへと釘付けにする。

 

「ああ、もうっ! なんてバカ力なんですか、もう!」


 トリスの心配とは裏腹に、オリヴィアは勢いよく顔を上げる。

 羽織ったローブを泥だらけにしながらも、まだ瞳に闘志は宿っている。


「無事か……」

「無事ではないですよ!

 でも、お陰で助かりました。ありがとうございます」


 いつものような口ぶりを見せるオリヴィアに、安堵のため息を吐くトリス。


「ですけど、『強欲』(あっち)も納得行ってないみたいですね。

 ホント、イヤになりますよ」


 オリヴィアが『強欲』(マモン)へ視線を促すと、トリスも納得したかのように小さく頷いた。

 『強欲』(マモン)は巨体を立ち上がらせ、思い通りの結果が起きなかった事に苛立ちの様相を浮かべる。


「オリヴィア。微力ではあるが、私も加勢する」

「ありがたいですけど……。スリットさんは大丈夫なんですか?」

「ああ。スリットの中に存在する、異物となる魔力を賢人王の神杖(トライバル)で抑え込んだ。

 一時的だが、今はこれしか手立てがない。後でどうにか出来ればいいのだが……」

「抑え込んだって……」


 思わず訊き返しながらも、オリヴィアは視線をスリットへ流す。

 確かに赤く染まった肌も、肥大化した身体も、腫れ上がった顔も元通りだ。

 

 トリスの口振りから、彼の身体には自分のものとは違う魔力が侵食していたのだろう。

 彼の身体を蝕む魔力を抑えつけているのだというのだから、脱帽するほか無かった。


 気付いたとしても、自分では恐らく実行できない。

 物体とは違う。治癒魔術のように活性化させるだけでもない。

 

 包み込んで、抑え込む。咄嗟に行ったとは思えない、繊細な魔力制御。

 それを可能とする神器にも、脱帽する外ない。


(いえ、そんな言い方は失礼ですね)


 と、そこまで考えてオリヴィアは思い止まる。

 確かに、賢人王の神杖(トライバル)は彼女の想いを形にしたかもしれない。

 けれど、見つけて実行に移したのはトリス自身だ。

 彼女が諦めなかったからこそ、起こす事が出来た結果だ。


 何も変わらない。自分だってそうじゃないか。

 転移魔術という夢物語を追い続けたからこそ、造り上げる事が出来た。

 紛れもなくスリットの命を紡いだのは、トリス・ステラリードの功績だ。


「……オリヴィア?」


 深く考え込むオリヴィアに対して、訝しむトリス。

 彼女の声が耳に入った事で、オリヴィアは我を取り戻した。

 

「え? あ、ああ。ちょっと考えごとをしてまして」


 誤魔化すようにして、オリヴィアは笑みを浮かべる。

 魔術の。しかも魔力の操作の事となり、つい考え込んでしまった。

 つくづく自分も負けず嫌いなのだと、オリヴィアはしみじみと実感していた。

 

『強欲』(アレ)を魔術師二人で斃す方法か?」

「それは……。これからですかね……」


 頭上で嘶く『強欲』(マモン)

 強靭な肉体を持つ化物を、か細い女二人で戦わなくてはならない。

 

 魔術の事は後だ。フローラだって、まだ救い出せていない。

 今は山積みになっている問題を片付けようと、オリヴィアは瑪瑙の身体を持つ怪物を見上げていた。

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