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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第七章 空白の島
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399.悪意は語り始める

 銃口から放たれた銀色の驟雨(ジルバレーベン)の利点はふたつある。

 ひとつはこの狭い洞窟内では逃げ場がない。ビルフレストとて、防御を採らざるを得ない。

 

 そしてもうひとつは大気中に漂っているビルフレストの魔力を掻き乱す。

 魔力の感知が出来ないシンにとって、条件を対等に持ち込む為にはどうしても避けられない道。

 探知(サーチ)から派生する攻撃魔術への変質を、一時的だが封じ込めて見せた。


「ぐっ……!」


 漆黒の刃。その刀身を盾代わりにして銀色の驟雨(ジルバレーベン)を受けるビルフレスト。

 魔導石(マナ・ドライヴ)へ魔力を伝わらせ、自らを護る障壁を生み出すが受け止めきれない。

 覆いきれなかった手足や、障壁を貫いだ弾丸が彼の身体に痛覚を味合わせる。


 身を護っている間もビルフレストはシンから目を逸らしては居ない。

 だが、攻勢に出ていた彼が明確に防御へと意識を切り替えている。

 シンがその隙を逃すはずはなかった。


 銀色の驟雨(ジルバレーベン)に紛れて放たれる銃弾。

 鉛玉は世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)によって防がれ、ビルフレストまでは届かない。

 無意味な一発のようにも見えるが、そうではない。軌道が、逸らされなかったのだから。


(今しかない――!)

 

 大地を蹴る力が強くなる。一刻でも早く距離を詰めるべく、シンは自分の大腿を極限まで酷使する。

 躊躇はしない。彼が全てを喰らう左手を持っていようとも、あらゆる者を斬り裂く漆黒の魔剣を持っていようとも。

 手を止めれば、また一方的な攻撃が繰り返される。ならば、危険を冒してでも懐へ潜り込む価値は十分にあった。


「チイッ!」


 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)から発生した魔力の障壁は、銀色の驟雨(ジルバレーベン)によって蜂の巣のように孔を開けられていく。

 これでは期待した防御性能は得られそうにない。シンの接近を許せば許す程、この綻びは取り返しのつかない傷へと変わっていく。

 

 そうなる前にと、接近するシンの対抗するべく解除をしようとした瞬間。接近する投擲用のナイフが最短距離で自分へと迫りくる。

 投擲の性能だけを追求した棒状のナイフは、瞬く間にビルフレストの眼前にまで到達をした。


 思い切りの良さもさることながら、真に驚嘆すべきはシンの投擲技術だった。

 全力で走りながらにも関わらず、恐ろしく正確に投げられたナイフ(それ)は障壁に空いた僅かな穴を難なく通過する。

 顔面を捉えんとする刃の先端。ビルフレストは咄嗟に顔を傾ける事で、何とか直撃を避ける。

 掠めた頬に刻まれた一筋の線が、彼の整った顔を赤くマーキングしていく。


 攻勢に出ているシンの手は、尚も止まる事を知らない。

 攻撃を凌いだと思った次の瞬間には、既に次の手が迫っている。

 

(なんだ? 何が――)

 

 ビルフレストは魔力の障壁が引き寄せられる感覚に見舞われる。

 正体は魔硬金属(オリハルコン)の糸を巻きつけられた魔導弾(マナ・バレット)

 鎖分銅状となった武器が、世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)へと巻き付いていた。


魔導弾(こちら)が本命か――」


 してやられたと、ビルフレストは眉を顰める。

 投擲はあくまで(フェイク)。既に二度使用された、弾丸の仕掛けを隠す為の。

 

 魔硬金属(オリハルコン)の糸は魔力の障壁を巻き込みながら、世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)へ絡まっていく。

 重しとなった魔導弾(マナ・バレット)が終点を求めて動きを止めた時、ビルフレストの手元で魔力による小さな爆発が起きる。

 魔導弾(マナ・バレット)の弾頭が魔力へと触れ、魔導石(マナ・ドライヴ)が爆発を起こしていた。


「――ッ! 次から次へと、よくもこう思いつくものだ」


 爆発によって立ち昇った煙から、ビルフレストが姿を現す。

 感心半分。苛立ち半分といった様子で、顔を上げる。眼前にはもう、その感情の矛先である男が辿り着いていた。


「そういう性格(タチ)だ。悪く思うな」


 眼前まで迫ったシンの攻撃を受けるべく、ビルフレストは世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)から障壁を消す。

 接近戦で応戦するべく意識を切り替えた一瞬。攻守の切り替えにより発生する不可避の空白を、最初からシンは狙っていた。


 漆黒の刃の上を、魔導砲(マナ・ブラスタ)弾倉(シリンダー)が走った。

 吸着した魔力を元に刃が形成されていく。暴風を押し固めたかのように周囲の空気を震えさせる刃は、緑色の暴風(グリュンヴィント)

 この刃こそが、ビルフレストの対抗する為の疑似魔導刃(マナ・エッジ)なのだとシンは判断した。


「風の刃か――」


 次から次へと、様々な刃を出す魔導具。

 開発者であるベル・マレットはやはり天才なのだろう。これだけの疑似魔術を、ひとつの魔導具に押し固めているのだから。

 

 だが、それだけだ。神器に匹敵する魔剣として造られた世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)が劣る理由は存在していない。

 確固たる自信の下、緑色の暴風(グリュンヴィント)の一振りを世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)で受け止める。

 魔力がぶつかり合い、今まで通りシンの刃は削られていくはず。ビルフレストは剣戟ならば、確実に五分以上の展開になると踏んでいた。

 

「……?」


 ビルフレストの眉が微かに動く。思うようにシンの刃が削られていない事に気が付いた。

 漆黒の刃は、風の刃の()にまで届いていない。渦巻く風が、魔剣に直接触れる事を避けていた。

 飛び散る魔力はあくまで表面的なもの。見た目の派手さほど、刀身が失われていない。


 抱いた違和感はそれだけではない。周囲の大気を震わせているという事は、ビルフレストが魔力を散らせてもすぐに霧散してしまう。

 実質的な探知(サーチ)封じも兼ねられており、緑色の暴風(グリュンヴィント)は攻防一体の剣と化していた。


「考えたな……」

 

 本当に、次から次へと飽きさせてはくれない。

 自分をここまで翻弄しようとする相手とは、初めての出逢いだった。

 ビルフレストの中で、心が躍る部分は確かに存在している。

 殺さなくてはならない相手だという事だけが、残念で仕方がない。


「そうでもしないと、アンタに近付く余裕すらなかったからな」

 

 ジリ貧を強いられるはずだったシンは、ふたつの問題を同時に解決してみせた。

 傷だらけになって漸く掴んだこの状況だが、まだビルフレストに刃を届かせるまでには至らない。


 純粋な剣の実力では、ビルフレストに分がある。

 加えて、彼には切り札がある。全てを喰らい尽くす、『強欲』の左手が。

 

「本当に大したものだよ、貴様は」


 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)の刃と腹を滑らせるように使い、シンの刃を逸らす。

 僅かに乱れたシンの重心。彼の身体は、ビルフレストの左半身へとよろけていく。

 待ち受けているのは、漆黒の左手。吸収(アブソーブ)が彼を喰らい尽くさんと、顔を覗かせる。


「させるか……っ!」


 接近するまでに酷使した大腿に、もうひと踏ん張りするようシンは要求した。

 筋線維がはち切れそうになりながらも、崩れゆく身体を一瞬だけ停止させる。

 続けざまに振り下ろした魔力の刃を以て、『強欲』の左手を拒絶してみせた。


 体勢を崩された影響で、強引な動きを要求された。

 次の一手は読み合いにすらならない。隙が生じたシンに対して、ビルフレストは世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を振り下ろすだけ。

 分かっているからこそ、シンは漆黒の左手を弾いた反動で魔力の刃を振り上げる。

 

「――ッ!!」


 それでも尚、足りない。世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)は、シンの左肩から胸までを斬りつける。

 僅かに遅れて振り上げられた緑色の暴風(グリュンヴィント)の刃によって、互いに鮮血が飛び散る。

 フェリーがその場に居れば狼狽えそうな程に凄惨な光景だが、まだこれでも軽い方だった。

 魔力の刃は、漆黒の刃が完全に振り下ろされるよりも前に受け止める事が出来たのだから。


「大した反応だ。今の一撃で決まっていても、おかしくなかったろうに」

「そうは……行くか……っ」


 今も尚、自分の身に押し込まれようとする刃をシンは拒絶する。

 緑色の暴風(グリュンヴィント)によって世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を弾くと、また鮮血が洞窟内に飛び散った。


 斬られた部分が脈打つような感覚に襲われる。

 血が失われていく感覚が、直に伝わってくる。

 

 痛みを認めてしまえば、身体が恐怖に支配されてしまう。

 強がりだと言われようとも、痛みを噛み殺すようにして堪えた。


「お、おおおおっ!」


 己を鼓舞しながら、シンは依然としてビルフレストに張り付いたまま接近戦を挑み続ける。

 退く姿勢を一切みせない事に感心しつつも、ビルフレストは世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)で魔力の刃を受け止めた。


「大したものだ。ここまで傷付いてまで、戦う義理もないだろうに」


 気合で誤魔化してはいるが、傷が深いのは明白だった。

 先刻よりも体重の乗っていない一撃を受け止めながら、ビルフレストは問う。

 平行線だろうと思いながらも、彼の心がブレる事を期待しながら。


「だったら、アンタこそどうなんだ……! ミスリアの五大貴族でいながら、どうして混乱を招いた!?

 アンタほどの器量があれば、真っ当にやっても得られるものばかりだっただろうに……!」


 シンの指摘は、至極真っ当なものだった。

 ビルフレスト・エステレラは魔術大国ミスリアに於いて名家の生まれ。

 加えて本人の容姿も器量も良い。正攻法でいても、更なる高みは目指せただろう。


 第一王女(フリガ)と結婚をする手すらもあっただろう。

 王族に取り入ってさえしまえば、世界の混乱を招かなくても国王となる機会は得られたはずだ。

 強大な魔術大国ミスリアを手に入れたいのであれば、そうするべきだったとさえ思う。


「真っ当に? ふ、ふふ……」


 シンの問いを受けて、ビルフレストは鼻で嗤う。

 あり得たかもしれないが、あり得ない未来を述べられ、塗りたくった仮面が剥がれていく。


 第一王女(フリガ)は始末した。第一王子(アルマ)は切り捨てた。第三王女(フローラ)は手中にある。第二王女(イレーネ)に至っては、取るに足らない存在。

 加えて、邪神が再び現人神として顕現をするのも時間の問題。

 

 もういい。もう、隠す理由も残ってはいない。

 ビルフレストは醜く口角を上げながら、自らが秘めていた事実を述べた。


「不要だ。私は初めから、ミスリアを手に入れるつもりなど無かった。

 この世界を。貴様ら人間を統べるために。支配するために、邪神の力を必要としたのだ」

「どういう意味だ……」


 言っている意味が解らないと、シンは眉を顰める。

 彼の口振りはまるで――。


 そんな思考が脳裏を過っている間にも、ビルフレストは続けていく。

 まだ何者でもない彼の正体を紐解いていくかのように。


「私は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 無論、五大貴族の血など引いてはいない」

「……なんだと?」


 自分が何者でもないという告白を前にして、シンは思わず訊き返してしまう。

 彼はビルフレスト・エステレラでも、五大貴族でもない。彼ははっきりとそう言った。


「そうだな。もう少し掻い摘んでやろう。

 私がビルフレスト・エステレラとして生きるようになった理由(わけ)を」

 

 困惑の色を見せるシンの表情に若干の満足を見せながらも、ビルフレストを名乗る男は続けていく。

 全てはあの日。エステレラ家の本家に待望の嫡子が誕生するはずだった日から、運命は狂い始めていた。

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