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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第七章 空白の島
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398.洞窟で舞う風

 シンとビルフレストの戦いは、徐々に激しさを増していく。

 幾度となく交わる刃は、決して互角ではない。

 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)は容赦なく、魔導砲(マナ・ブラスタ)から形成された刃を削り取っていく。


「どうやら、また限界が訪れたようだな」


 漆黒の魔剣を振り被りながら、ビルフレストは冷たく言い放つ。

 自分が圧倒的に優位だと理解させようとする背景には、純粋な剣の腕でシンを仕留めきれないという葛藤があった。


 ビルフレストの太刀筋がシンに劣っている訳ではない。

 魔力で強化された肉体は彼よりも速く、強く。確実に一歩先に立っている。

 武器の性能だってそうだ。彼の持つ銃は確かに驚異的な性能を秘めた魔導具だ。

 ただ、取り扱いの難しい(ピーキーな)性能は現状にそぐわない。世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)が劣っているとは思えなかった。


 条件は揃っている。

 いつ頭と胴体が。もしくは上半身と下半身が分断されていても、おかしくはない。


 だが、シン・キーランドは立っている。

 魔力がぶつかる衝撃で皮膚が裂けても。岩盤の欠片に頭を割られても。

 相も変わらず、自分への敵意を向けた眼差しを向けている。

 まるで、自分に勝てるとでも言いたげに。


(気に入らないな……)


 ビルフレストはシンの事を、心の底から鬱陶しいと感じている。

 ()()()()()、何者でもない存在が覇道に立ちふさがっている。

 

 けれど、自分は違う。

 持たざる者ではない。そして、()()()()何者でもないだけ。

 

 何者かになるだけの力も、資格も備えている。

 シン・キーランドとは根本的に違う。そう考える度に、苛立ちを募らせていった。


「っ! ビルフレスト・エステレラッ!」

「その程度の攻撃で凄まれても、滑稽なだけだ」

 

 刃が完全に消滅させられる寸前。

 シンは刃となった金色の稲妻(ゴルトブリッツ)を射出する。

 狭い洞窟を一筋の光が駆け抜けるが、漆黒の刃を前にして敢え無く消滅をした。


 魔導砲(マナ・ブラスタ)に蓄積された魔力が尽きる。

 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)に対抗する刃を形成する為には、また弾倉(シリンダー)に魔力を吸着させなくてはならない。

 必然的に距離を取ろうとするシンを、ビルフレストは逃さなかった。


「貴様のその行動も見飽きた。いい加減、終わりにしようか」


 漆黒の左腕を構えるビルフレスト。吸収(アブソーブ)を使用するには、シンから離れすぎている。

 訝しむシンを嘲笑うかのように、洞窟内に血の臭いが充満する。

 まるで鋭利な刃物で切られたかのような傷が、シンの身体中に刻まれていた。


「――っ!」


 割れた頭と、切れた額。流れる血が視界を塞ごうとしているのを、シンは咄嗟に拭った。

 まただ。また突然、自分の身体が切り刻まれた。


 ビルフレストが放つ見えない刃。その正体は、ある程度推察出来ている。

 彼の持つ漆黒の左腕は、喰らったものを自分へと取り込んでいる。

 

 三日月島で彼に取り込まれた少女。クレシア・エトワール。

 彼女が持つ卓越した魔力の制御を得ている事は、ヴァレリア達から聞かされている。

 そして、彼は喰らい尽くしただけではない。恐らく、一歩へと歩みを進めている。


 遭遇した直後の出来事だ。ビルフレストは、壁を爆破してみせた。

 似たようなものを、シンはマギアの戦いで経験している。


 躯という形で姿を現したアンダルが、最後に放った魔術。

 空気を膨張させ、周囲一帯を爆発させるという自爆技。


 ビルフレストは、更にスケールを小さくして同じ事を行っている。

 クレシアの技術である大気中に溶け込ませた風の魔力を、熱によって膨張させる。

 内部から連鎖する小さな爆発によって、壁を破壊して見せた。


 そう何度も連発しない事から、恐らくは集中力を要するのだろう。

 もしくは、動き回り常に空気の流れが変わる中では扱えないのか。

 どちらにせよ、肉弾戦と併用するまでには至っていないという印象を受ける。


 代わりに使用しているのが、この見えない刃。

 爆破とは違い、風の魔術をそのまま小さな風刃(ウインドカッター)へと変質させている。

 威力が乏しい代わりに、風刃(ウインドカッター)自体の推進力で照準が付けやすいのだろう。


 殺傷能力としては低いが、シンの現状からすれば厄介極まりない能力だった。

 魔導砲(マナ・ブラスタ)で刃を形成しても、世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)に削られていく。

 充填(チャージ)をするべく距離を置こうとも、彼には追撃を行う手札が存在している。


 何より、シンは立ち止まる事が出来ない。止まってしまえば、今度こそ大気中の魔力が爆ぜるだろう。

 止めどなく動く事を強要されている中、シンはこの男を突破しなくてはならない。


 そうしている間にも、吸収(アブソーブ)により多くの存在を取り込んだビルフレストは力を増していく。

 捕食した魔力を、既に耐久中に漂わせている魔力へ上乗せをする。


「ふむ。慣れて来たな」

 

 彼がそう呟くと同時に、シンは寒気を覚える。洞窟に漂う空気の流れが変わった。

 彼が地面を蹴った次の瞬間。洞窟の岩が鋭利な刃物で斬られたかのように切断される。

 細かな刃しか作って来なかったビルフレストが、ここに来て通常のものより遥かな風刃(ウインドカッター)を精製して見せた。


「ぐ、っ……!」

 

 咄嗟の反応を見せたシンだったが、その全てを避けるには至らない。

 掠めた脇腹から鮮血が漏れる。赤い雫は洞窟内に吹く風に乗り、そこら中に斑点を生み出した。


「これすらも避けるか。大したものだ」


 左手で魔術の感触を反芻しながら、ビルフレストは驚嘆の声を上げる。

 完全に胴体を断つつもりの一撃だったのだが、脇腹を抉る程度に留まっている。

 魔術師でもないにも関わらず、この短期間で自分が行っている事をほぼ正確に読み解いている証。

 殺す事が惜しいとさえ、思ってしまう。


「上から、何を!」

「実際に高みに立っているからこそ、言っている」


 シンは魔導砲(マナ・ブラスタ)の銃身を切り替え、魔導弾(マナ・バレット)を放つ。

 放たれた水流弾(ウォーター・バレット)は水の塊を射出するが、大気中に漂う風により霧散させられていく。


 続いて放った通常の弾丸も、ビルフレストへは届かない。

 彼の生み出す気流は、攻撃と防御を兼ね揃えている。


「っ……」

 

 次に彼が選んだ行動は、前進。痛みを堪え、歯を食いしばりながらシンはビルフレストへと接近する。

 現状、探知(サーチ)を応用した攻撃を防ぐには彼と接近する以外に手段はない。

 吸収(アブソーブ)の左腕と、世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)の脅威がありながらも、シンは接近戦にこそ活路を見出した。


「そうだな。貴様はその程度で、退く人間ではない」


 この程度の不利で引き下がるような人間であれば、脅威にはなり得なかった。

 ビルフレストは当然だと言わんばかりに、世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を構える。

 漆黒の刃に血を吸わせるべきか。自分の左腕に喰わせるべきか。どちらにしても、肉の感触は楽しめそうだとほくそ笑む。


 同時に彼はこうも思っている。

 シン・キーランドが無策でいるはずがないと。

 あらゆる事態を想定しながら、シンの一挙手一投足に集中をしていく。


 一方、シンとて自分の行動が警戒されているのは承知の上だった。

 彼は大気中に魔力を乗せた空気を漂わせている。探知(サーチ)を前にして、下手な小細工は意味を成さないかもしれない。

 それでも彼は、ビルフレストを上回らなければならない。そうしなければ、また誰かが悪意に晒される。

 

 シンは魔導砲(マナ・ブラスタ)の引鉄を引き、魔導弾(マナ・バレット)を放つ。

 渇いた音が洞窟内に響くと同時に、大気中の魔力が牙を剥いた。


「無駄だと言っている」


 瞬く間に風は魔導弾(マナ・バレット)を地面へと叩き落す。

 だが、それで良かった。シンも初めから、この一射が命中するとは思っていない。


「それを決めるのは、お前じゃない」


 シンが放った言葉の意味は、すぐに理解が出来た。

 次の瞬間。地面から岩の塊が湧き上がる。落とされた創土弾(クレイ・バレット)が、地面で効力を発揮した証だった。

 創土弾(クレイ・バレット)は瞬く間に岩柱を生み出し、シンの半身をビルフレストの視界から覆い隠す。

 

(初めから、撃ち落とさせるのが狙いだったか)


 闇雲に銃を放つだけではない。相手の能力すらも、利用しようとする姿勢。

 身近にあるもの全てを利用しようとする姿勢は、ある意味では共感も好感が持てる。


 視界を覆う部分が生まれた以上、無闇に大気中の魔力を攻撃へ転換する事は出来ない。

 探知(サーチ)による状況の把握と併用する事を、ビルフレストは強要された。


(だが、妙だ。どうして姿を隠さない?)


 だが、一方でビルフレストは強い違和感を抱いた。

 少なくとも創土弾(クレイ・バレット)で生まれた壁に身を隠せば、ビルフレストは探知(サーチ)に意識を割かずには居られない。

 半身を出してしまえば、全てが台無しだ。シンの意図が読み切れない、気持ち悪さが彼の中を這いずり回る。


 岩柱に身を隠さない理由は、シンの中では明確に存在している。

 遮蔽物として利用する事は容易だが、それでは自分も攻撃へ移れない。

 何より、探知(サーチ)によって位置は筒抜けになる。そのまま漂わせている魔力を刃に変える事だって可能だ。

 その状況に追い込まれてしまえば、自分が勝てる道理は存在していない。

 

 創土弾(クレイ・バレット)は決して自分の身可愛さに放った物であってはならない。

 反撃の狼煙であるべき、魔導弾(マナ・バレット)だった。


 ここから先は、一手でも誤る事は出来ない。

 その先に待ち受けているのは、間違いなく『死』だとシンは予感していた。

 

「行くぞ」


 晒されたシンの右半身。その腕から銃口が向けられる。

 放たれたのは稲妻弾(ブリッツ・バレット)。洞窟を走る稲妻を防ぐべく、ビルフレストは風によって軌道を変えた。

 

 薄暗い洞窟に眩い光が放たれる。否が応でも、意識を完全に遮断するのは不可能。

 意識に空白を生み出すまでには至らない。けれど、造られた綻び。

 創土弾(クレイ・バレット)も、稲妻弾(ブリッツ・バレット)も。シンにとっては布石だった。


(当たらないというのが理解できない程、馬鹿ではない。

 奴は必ず、何かを企んでいる)


 通り過ぎる稲妻を尻目に、ビルフレストはシンの考えを読み解いていく。

 この程度の危機でやけっぱちになっているはずがない。そんな相手であれば、ここまでの脅威には育っていない。

 

 曝け出された半身は、反撃を行う為。同時に、即座に岩柱へ身を隠す事で防御も賄える。

 そんな単純な話で済むはずがない。現にシンの放った魔導弾(マナ・バレット)は軌道を逸らされている。


 身を隠すにしても、探知(サーチ)を扱う自分には全て筒抜けだ。

 そのまま風刃(ウインドカッター)を生み出し、炙り出す事すら容易に出来る。


 自分の認識しているシン・キーランドならば、想像できないはずがない。

 何も持たない。路傍の石。異物。彼へどんな言葉を投げかけても、その評価が覆る事はない。


 主張をする稲妻弾(ブリッツ・バレット)の光は、本命を隠す為の(デコイ)

 そう考えた時。ビルフレストの中で腑に落ちた。


「――弾丸(こちら)が本命か」


 岩柱を支点に襲い掛かるのは、魔硬金属(オリハルコン)の糸に括り付けられた魔導弾(マナ・バレット)

 魔導弾(マナ・バレット)が自分へ触れるよりも先に、ビルフレストは世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)で糸を斬り落とす。


 シンの狙いはクスタリム渓谷でアルジェントへ使用した手段と、同様のもの。

 意識の外から、鎖分銅のように放たれた弾丸を以て襲い掛かる。

 企みが成功するよりも僅かに早く、ビルフレストは答えに辿り着いている。

 少なくとも、この瞬間はそう思っていた。


 それがまだ途中だと気付いたのは、金属の擦れ合う音。

 曝け出された右半身でもない。魔硬金属(オリハルコン)の糸を放った左半身でもない。

 創土弾(クレイ・バレット)で造られた岩柱の裏側で、それは聴こえた。


 死角で行われた行動。ビルフレストが本能的に探知(サーチ)に身を委ねるのは、自然な行動だった。

 発生源は足元。支柱のような物体に、揺れる金属が触れた音。

 

 探知(サーチ)は視覚的な補助を持ち合わせていない。

 該当する可能性を洗い出した結果、次に思い浮かぶのはマーカスから得た情報だった。


 机上の空論だと思われていた転移魔術を、オリヴィア・フォスターは完成させた。

 それだけには留まらず、短い距離であるなら移動出来る魔導具さえ存在していると言う。

 シンはそれを足元に設置してみせた。恐らくは、接近戦を仕掛ける為に。


 すぐに岩柱の陰へ隠れられる状況を作り出しての攻めは、彼をより前へ踏み込ませるだろう。

 ビルフレストと言えど、全てを捌き切るのは難しいかもしれない。

 今まで以上に鎬を削る戦いが幕を上げるのだと、世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を握る手に力が籠る。


 そう。ビルフレストは、気を取られていた。

 死角で繰り広げられた、ふたつの行動。更に言えばその前。

 稲妻弾(ブリッツ・バレット)を放った時点で、シンは仕込み続けていた。


 彼が自分の犯した失態に気付いたのは、転移魔術の存在を警戒して間も無く。

 岩柱を削るかのように回転させられた、魔導砲(マナ・ブラスタ)弾倉(シリンダー)だった。


「な――」


 稲妻弾(ブリッツ・バレット)の光は囮。そう考えた時点で、ビルフレストの意識は隠れた左半身に寄っていた。

 故に気付かない。魔硬金属(オリハルコン)の糸を手放した瞬間から、シンは魔導砲(マナ・ブラスタ)を左手に持ち替えていた事を。


 そして、創土弾(クレイ・バレット)で造られた岩柱にも役目が与えられていた。

 姿を隠す。ビルフレストの思考を奪うと同時に、彼は生み出して見せたのだ。

 効率よく魔導砲(マナ・ブラスタ)に魔力を補充する為の、貯蔵庫を。


「化かし合いは俺の方が上手だったようだな」


 シンは左手で握ったまま、岩柱へ向かって魔導砲(マナ・ブラスタ)の引鉄を引く。

 利き手でなくても問題はない。銀色の驟雨(ジルバレーベン)が、シンの眼前を魔力の塊で埋め尽くした。

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