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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第七章 空白の島
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394.拡大する『傲慢』

 『傲慢』としての人格を発現させたフローラ・メルクーリオ・ミスリア。

 身体の主導権を奪われていた彼女は、偽物(フローラ)の行動に指を咥えて見ている事しか出来なかった。

 

 それは単にフローラ自身が頑なに否定しようとしていたという点に由来する。

 フローラ自身がどれだけ頭で否定しようとも、やはり彼女は『傲慢』の適合者。

 ただ、決して悪意に染まっている訳ではない。彼女はただ、我儘なのだ。

 自分と大切な人達は存分に幸福を享受するべきだと、本気で思っている。


(私、これでも忙しい身ですの。今もやらないといけないことばかり増えています。

 だから、『傲慢』(あなた)はもうお下がりなさい。私の大切な人を、これ以上傷付けないで頂戴)


 心の内に存在する、自らを外界と遮断する壁。フローラはその存在をもう否定はしない。

 自分の内に出来た存在であるならば、『傲慢』(ニセモノ)だって閉じ込められるはず。

 

 出来るかどうかではなくて、そうしたいと考えた。出来るはずだと考えた。

 願いを現実のものとするべく、フローラは透明な壁に手を触れる。


(何を、今更! 貴女の役目はもう終わり。これから私が、全てを変えて見せる。

 邪神と、ビルフレストと共に! 世界再生の民(リヴェルト)が、世界を造り替えるのよ!)


 偽物にもまた、譲れないという思いがある。

 悪意を煮詰められ、フローラの体内へと注がれ。自分とは似つかわしくない世界で決して短くない時間を過ごした。

 このまま永遠に、自分が出る幕は訪れないかもしれないという不安すらもあった。

 

 けれど、自分は出て来られた。必要とされた。

 そう易々と身体を明け渡す気など、持ち合わせていない。

 

(嫌よ、私! ビルフレストなんて、好みじゃないもの!

 長身ぐらいしか許容できるポイントがないわ!)


 フローラは声の中で必死に自分の好みを主張する。

 陰気臭いのは嫌だ。もっと爽やかな殿方がいいだとか。

 真面目で面倒見がよくて、包容力がある。ふと目を合わせると互いにはにかむ。

 そんな恋愛がしたいというのが、フローラの願いだった。

 

(貴女の好みを叶えるつもりなんて、私にはありません!

 大体、それは殆どアメリアのことではないですか!)

(だってアメリアが基準だもの!)


 いつしかオリヴィアとも話していた。彼女が男であるならば、間違いなく恋に落ちていたと。

 若干、オリヴィアは姉への敬意が含まれているような雰囲気があったが、フローラは本気だった。

 フローラが男性に求める基準(ライン)は、アメリア・フォスターとなってしまったのだ。


(だったら、アメリアと恋に落ちればいいじゃない!)

(アメリアにはアメリアの恋がありましたの! 私はうまく行って欲しかったのに!)


 尤も、それはあくまで好みの人物像という話。

 アメリアはとある青年に惚れた。その件について、フローラは嬉しかった。

 オリヴィアと違い、あまり恋愛話しなかった彼女の好みが判らなかったからだ。

 一人旅が趣味だった事も相まって、ずっと独り身でいるつもりではないかとさえ思っていた。


 心から応援していた。男と常に一緒にいる少女がいようとも、きっとその恋は実るものだと信じていた。

 アメリアの告白を断ったと聞いた時は、耳を疑ったと同時にあらゆる策を講じようともした。

 ミスリアの貴族ならば一夫多妻が認められる。いざとなればという考えは、彼女の『傲慢』さが垣間見えるもの。


 けれど、今なら理解できる。

 アメリアは本当に、シン・キーランドの事が好きだったのだと。

 だからこそ、思いの丈を口にした。断られると、頭で理解しつつも。

 

 自分もシンとフェリーに逢ったからこそ判る。

 彼は表情に出さないだけで、どれだけフェリーを大切に思っていたのか。

 フェリーに至っては、本人は抑え込んでいたつもりでも駄々洩れだ。

 付け入る隙がない中、アメリアはよく頑張ったとさえ思う。


 この一件があるからこそ、オリヴィアの恋はどうしても成就させたくなってしまう。

 自分の大切な人は幸せになるべきだ。今まで、自分は沢山の幸福に恵まれて来たのだから。


 アメリアも、オリヴィアも。自分が幸せにしてみせる。

 フローラの気持ちが一層強くなる。透明な壁に囲まれた匣は、その蓋が開かれようとしていた。


 ……*


 フローラの内側で起きるせめぎ合い。

 主導権の奪い合いによる違和感を真っ先に肌で感じたのは、抑圧(サプレス)の影響を強く受けていたオリヴィアだった。


「フローラさま……?」


 自分で襲い掛かっていた息苦しさや重苦しさが緩和されている。

 試しに魔力を指先へ集めてみると、重力が掛かったかのように地面へ引き寄せられる。

 完全に邪神の能力が抜けた訳ではない。けれど、間違いなく異変は起きている。


「……っ。お姉さまっ!」


 オリヴィアは抑圧(サプレス)による不快感に適応しつつあった。

 その中で、理由は解らないが能力が緩和された。好機と捉えるのは必然だった。


凍撃の槍(フリーズランス)っ」


 抑圧(サプレス)による魔力への干渉に対して、オリヴィアは脳内で魔術のイメージを構築していく。

 複雑な魔術は使用できない。構築も結果も容易なものを選択した結果、彼女は氷の矢を彼女を縛り上げる魔術金属(ミスリル)の鞭へ向けて放っていた。


「この状況で、魔術を!?」


 完全に抑圧(サプレス)に抑えつけられていたオリヴィアが、魔術を放った。

 それは偽物(フローラ)にとっては想定外の出来事。あくまで敵は、蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を持つアメリアだけだと認識していた。


(当たり前じゃない! オリヴィアは天才なのよ!)

(ええい、鬱陶しい!)


 奥歯を噛みしめ、火傷で痛む左手が固く握りしめられる。

 心の内で騒ぎ立てるフローラに対して、偽物(フローラ)が見せた証。

 自らの痛みで心の内で暴れるフローラを抑えつけようとしたが、期待した効果は得られそうになかった。


「オリヴィア……ッ」


 凍撃の槍(フリーズランス)魔術金属(ミスリル)の鞭に触れた瞬間。

 僅かにだが、アメリアの拘束が弱まる。


「ありがとう、ございます」


 絞るように礼の言葉を告げると、アメリアは緩んだ鞭の隙間に蒼龍王の神剣(アクアレイジア)の刃を滑り込ませる。

 自分の首筋だというのに、アメリアは躊躇しない。今はただ、この状況の打破を優先した。


「アメリア! 逃しは――」

(行きなさい、アメリア!)


 そうはさせまいと腕輪に魔力を込めようとする偽物(フローラ)だったが、内なるフローラの介入がそれを阻む。

 鞭が形を変えるよりも先に、蒼龍王の神剣(アクアレイジア)魔術金属(ミスリル)を断ち切っていた。


 自由落下に身を任せながらも、アメリアは今までとは違う不可解さに眉を顰めた。

 まるで手心を加えられたかのような感覚。まるで、フローラが護ってくれたかのようにさえ思う。


「フローラ様? まさか……」


 落下に身を任せながら、アメリアはフローラへ視線を送る。

 火傷を負った左手の位置が、胸元へと移動している。苦しみを和らげるかの如く、握り締めている。

 自分もオリヴィアも、彼女へ危害は加えていない。フローラ自身に異変が起きたのは明らかだった。


「オリヴィア! フローラ様を!」

「ですよねっ!」


 やはり姉は自分と同じ答えへ行きついたと、オリヴィアは笑みを浮かべる。

 アメリアは神剣を構え、『傲慢』(ルシファー)との戦闘に備え始めた。

 

 つまり、フローラは自分に任せるという合図に他ならない。

 口に出さずとも判る。倒すのではなく拘束しろという意味合いが含まれていると。

 ならば、蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を持つアメリアよりも自分の方が適任なのは明らかだった。


 宣告の凍撃の槍(フリーズランス)で感覚は掴んだ。

 オリヴィアは水の城壁(アクアウォール)を地面から噴出させ、フローラと自分の姿を水で遮断した。


「あら、私を除け者にするつもり?」

「いえいえ、下準備をしているだけですよ。お茶会と同じですって」

 

 水の壁を挟んで、互いは笑みを浮かべ合う。

 透明な水は、姿を隠す訳ではない。絶妙な分断だった。

 

 二人から見える位置で、アメリアと『傲慢』(ルシファー)が交戦する。

 援護をするにも、互いが互いを牽制している。オリヴィアによって膠着状態が、作られる。




 純白の。中性的な身体を持つ怪物が繰り出す拳を、アメリアは蒼龍王の神剣(アクアレイジア)の腹で受け流す。

 『傲慢』(ルシファー)が抱いている感情は一切読み取れない。

 けれど、アメリアは語り掛けずには居られなかった。

 

「その姿。まだ悪意に、染まっていないということですか!?

 私の声は、あなたに届きますか!?」


 マギアでシン達が救い出そうとした『憤怒』(サタン)同様、まだその身に穢れを知らないのであれば。

 救い出せるのではないか。戦わずに済むのではないか。

 そして、それはそのままフローラを救う事に繋がるのではないか。

 様々な希望を胸に抱きながら、アメリアは訴える。邪神の分体ではなく、眼の前に居る純白の存在に対して。


「――……」


 『傲慢』(ルシファー)は何も答えない。

 ただ、アメリアの血がこびり付いた拳を本能的に繰り出している。


 邪神の分体である『傲慢』(ルシファー)。正確に言えば、その本体である邪神は記憶している。

 三日月島で邪神が顕現した際に、この女(アメリア)が居合わせていた事を。

 圧倒的な力を持つ邪神を前にして、彼女は畏れた。取るに足らない脆弱な存在なのだと、邪神は知っている。


 だから、『傲慢』(ルシファー)はアメリアの声に耳を傾けようとはしない。

 本体から流れ込む意識を頼りに、力を以て彼女を屈服させようと試みる。

 それは純白の身体を濁し始める予兆でもあった。

 

「っ! 駄目なのですか……っ」


 アメリアは『傲慢』(ルシファー)から繰り出される拳を神剣で捌いていく。

 倒すべきか、救う為に動くべきなのか。

 迷いが生じたアメリアは、水の牢獄(アクアジェイル)を以て『傲慢』(ルシファー)の拘束を試みる。

 『傲慢』(ルシファー)の口角が醜く上がるのは、彼女が魔術を放つのと同時だった。


「――っ!?」


 突如、アメリアから放たれた水の牢獄(アクアジェイル)がその役目を全うするよりも消えていく。

 偽物(フローラ)の放った抑圧(サプレス)ではない。水の輪は、大地へ沈むのではなく膨張したかのように見えた。


 それこそが、『傲慢』(ルシファー)の持つ邪神の能力。拡張(エクスパンション)

 抑圧(サプレス)とは違い、魔力を抑制するのではなく膨張させていく。

 術者自身の制御を越えた魔術はやがて爆発を引き起こし、その魔力を以て自身を傷付けていく。


「お姉さま!?」

 

 離れた位置に立つオリヴィアの瞳には、水の牢獄(アクアジェイル)の爆発する様がしっかりと焼き付けられていた。

 殺傷能力を持たない魔術が明らかに膨らんでいて、暴発を引き起こした。

 口角を上げる『傲慢』(ルシファー)の顔が憎たらしく見える。邪神の能力を使ったのは、明らかだった。


(アメリア!)


 内なるフローラが声を張り上げる。

 動揺が走った事により、偽物(フローラ)に余裕が生まれた。


「あら、アメリアは危機(ピンチ)のようですね。オリヴィアはここで私と見つめ合っていて、大丈夫かしら?」

「よくもまあ、いけしゃあしゃあと……!」


 一瞬の出来事で、アメリアはまだ拡張(エクスパンション)の全貌を掴めては居ない。

 新たな危機を前にして、オリヴィアは下唇を強く噛みしめる。


 頭に血が上りそうになるのを抑え、オリヴィアは冷静に状況の分析を試みる。

 抑圧(サプレス)の前では、思う通りに魔力を操る事ができない。

 反対に拡張(エクスパンション)は、魔力を暴発させる。

 魔力に干渉するという本質的な部分は同じだというのが、オリヴィアにとって厄介だった。


 抑圧(サプレス)同様に、体内に流れる魔力にも影響を与えるのであれば。

 おめおめと自分が『傲慢』(ルシファー)に近付く事自体が、危険極まりない。

 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を。神剣の加護を受けているアメリアだから、魔術の暴発で済んだ可能性が存在するのだ。


「オリヴィアは固まっているようですし。では。私が『傲慢』(ルシファー)の援護に行こうかしら」


 フローラが到底しないような薄ら笑いを浮かべながら、偽物(フローラ)『傲慢』(ルシファー)の元へと歩もうとする。

 それだけは許されない。フローラを救う手立てもまだ見つかっていないのに、乱戦に持ち込まれる訳にはいかない。


「それはダメです。わたしとお話、しておいてください!」


 心の内に封じ込められたフローラの動揺により、また抑圧(サプレス)の効力は高まっている。

 だが、オリヴィアも同様に強まった邪神の能力に対抗している。

 頭に重さを残してはいるが、魔術を操れない程度ではない。


 自分とフローラを遮っていた水の城壁(アクアウォール)から水の塊を精製し、彼女へ向けて放つ。

 殺傷能力は持っていない。彼女を水浸しにし、そのまま凍らせる事で動きを奪おうと目論んでいた。


「おっとォ。まーた、凍らせようとしてんのかァ?」


 水の塊はフローラへと届く事は無かった。

 オリヴィアとフローラの間に突如現れた存在が、行く手を阻む。


 白い胸元から伸びる、金銀、瑪瑙と言った模様が入り混じった悪趣味な怪物。

 『強欲』の邪神。『強欲』(マモン)が、オリヴィアの完全に立ちはだかる。

 

「案外早い再会だったなァ。こないだのリベンジ、させてもらうぜェ」

「わたしはそれどころじゃ、ないんですけどね……!」

 

 『強欲』(マモン)の肩に乗るアルジェントが、見下すような視線をオリヴィアへ送る。

 焦りと苛立ち。そして空気の読めなさに、オリヴィアは顔を引き攣らせていた。

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