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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第七章 空白の島
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391.悪意を打ち砕く為に

 自在に形を変える魔術金属(ミスリル)の鞭が、アメリアへ巻き付く。

 辛うじて左腕を潜り込ませた事により、首を絞め落される状況だけは回避をしたが危機には変わりない。


「くっ……。フローラ、様……!」


 喉が絞まり、息苦しい中。それでもアメリアはフローラの名を呼んだ。

 彼女の指先からは変わらず赤い雫が零れ落ちている。傷付けてしまったという事実に胸を痛めてしまう。


「咄嗟に首を庇うなんて流石ね、アメリア。けれど、『傲慢』を倒す好機を逃したのは頂けないわ。

 ミスリア一の騎士の名が泣くわよ」

「そんな呼び名に、意味を求めたことなんて……!」

「あら、そう? 私は誇りだったわ。だって、姉妹のように育ってきたのですから」

「いけしゃあしゃあと……!」


 『傲慢』である自分とフローラである自分を交互に押し出す偽物(フローラ)

 慕っているフローラ自身を弄ばれているような感覚に、アメリアとオリヴィアは共に不快感を示す。


(オリヴィアの言う通りです! 共に育ったのは私であって、貴女ではありません!)


 心の内から声を上げ続けるフローラだが、偽物(フローラ)は決して反応を示さない。

 アメリアとオリヴィアが自分のせいで苦しんでいるのに、どうすることもできない。

 力の限り透明な壁に手を叩きつけても、何も起こりはしない。自分の無力さを前にして、焦燥感と絶望感が襲い掛かる。

 

「けれど、それもここまでね。残念だけれど、貴女たちとはもう一緒にいられないの」


 偽物(フローラ)が視線を向けたのは、邪神の分体。『傲慢』(ルシファー)

 顕現したばかりの分体は、一切の穢れを知らないが如く真っ白な肉体を以てこの場に現れていた。


(しろ、い……。邪神……)


 魔術金属(ミスリル)の鞭に締め上げられながらも、アメリアは『傲慢』(ルシファー)の姿を凝視する。

 すらりと伸びた中性的な肉体は、まるで等身大の人形であるかのようだった。

 自分を殴りつけた時に上がっていた口角は元の位置に戻ったのか、口の境目すら見当たらない。


(もしかすると……)


 『傲慢』(ルシファー)を凝視していたのはアメリアだけではない。オリヴィアもまた、思うところがあった。

 シン達がマギアで遭遇した『憤怒』(サタン)とは勝手は違うだろう。けれど、どうにも無関係とは思えない。

 真っ白い肉体はまだ何者にも染まっていない証。


 根拠としては薄い。『憤怒』の適合者は、心が濁り切っていたと聞く。

 けれど、期待を抱かずには居られない。まだフローラは、完全に邪神に呑み込まれた訳ではないのだと。


(どうにかして、この邪神のことを伝えたいけれど……っ)


 流水の幻影(ブルー・ミラージュ)による分身を通じて、オリヴィアはシンとフェリーへ『傲慢』(ルシファー)の容姿を伝えようと考えた。

 だが、口に出す事が出来ない。分身から伝わってくる光景が、事態の深刻さを教えてくれているから。

 ビルフレスト・エステレラ。『暴食』の適合者である彼もまた、邪神の分体を呼び寄せている。


 ……*


 『傲慢』(ルシファー)が顕現をする直前。

 ビルフレストと相まみえるシンとフェリー。両者の視線が交わると同時に、緊張の糸が張り詰めていく。


「貴様たちだけが分断されているのは好都合だ」


 ビルフレストはシン達が空白の島(ヴォイド)に上陸した時から、動向の把握に努めていた。

 クレシアを取り込んだ際に得た探知(サーチ)の範囲を広げていき、動きを補足する。

 

 先行した偽物(フローラ)と人造鬼族(オーガ)と成り果てたアルマが居れば、他の者は躊躇するだろう。

 例外はこの二人。何事にも動じない精神力を持つシンと、不老不死の魔女たるフェリー。

 彼らどう分断させるかを思案していたビルフレストだったが、労せずその願いは叶った。


 故に、彼としてもシンとフェリーを逃がすつもりは毛頭ない。

 何度も煮え湯を飲まされた不確定要素(イレギュラー)を、今ここで葬り去る。


「シン・キーランド。貴様には消えてもらう」

 

 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)に魔力を灯す。

 漆黒の刃に埋め込まれた魔導石(マナ・ドライヴ)が起動し、洞窟内の空気が震え始める。

 まるで髑髏の顎が、カタカタと動いているかのように。


「悪いが、俺にそのつもりはない」


 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)が齎す不気味な光景を前にしても、シンが怯む様子はなかった。

 ビルフレストも、今更この程度の脅しで慄く人間だとは思っていない。


 シン・キーランドは神に選ばれた訳でもない。魔術が統べるこの世界に反しているかのように、魔力も殆ど宿してはいない。

 それでも彼はこの場に立っている。魔力と呪詛が入り混じった悪意の化身に立ち向かっている。

 

 先刻の閃光(フラッシュ)だってそうだ。不意打ちに取り乱す事なく、冷静に対処をしている。

 得体の知れない存在。ビルフレストは、シンは邪魔で邪魔で仕方が無かった。

 何者でもない同士であるにも関わらず。


「あたしも、シンをやらせるつもりなんてないよ!」


 灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)を構えたフェリーが、ビルフレストへ強い視線を送る。

 初めて遭った時は、成す術もなくただ斬られるだけだった。その恐怖が全て取り除かれたかというと、嘘になる。

 

 けれど、フェリーは逃げない。

 逃げた結果、失われるものがあると知っている。決して逃げない男性(ひと)を知っている。

 失いたくないものがある。救いたいものがある。逃げないのであれば、傍で支えたい。

 いつしか恐怖の優先順位は、ひどく底へと沈んでいた。


「ミスリアでは不覚を取ったが、そう何度も上手くいくと思うな」

「消えた!?」


 ビルフレストが地面を蹴る。フェリーの胸元に潜むオリヴィアは、瞬く間に彼の姿を見失った。

 流水の幻影(ブルー・ミラージュ)による光景と本体の眼前で繰り広げられている光景。

 その双方を同時に把握するのは、流石のオリヴィアと言えど脳の処理が追い付かない。

 口惜しいが、掌に取る程度の大きさでは自分は到底戦力にならない。


「フェリー、壁だ!」

「うん!」

 

 だが、シンとフェリーは違う。

 ミスリアの王宮で交戦した時もそうだった。フェリーもはっきりと視界に捉えている訳ではない。

 だが、シンの声は聴こえる。彼が求めているものを、理解している。


 フェリーは霰神(センコウ)を思い切り、洞窟の壁へ向かって叩きつける。

 現れたのは分厚い氷の壁。洞窟内におけるビルフレストの行動を制限する為のもの。


 続けざまにシンは、フェリーが閉じきれなかった通路へ向かって魔導砲(マナ・ブラスタ)を放つ。

 灰色の土壁(グラオラント)による土塊の壁が、更にビルフレストの通路を防ぐはずだった。


「無駄な真似を」


 ビルフレストは小細工を前に冷たく言い放つ。

 この程度では彼の表情を変えるには至らない。


 風を操り、探知(サーチ)を行っている際。

 ビルフレストは、クレシア・エトワールの持つ卓越した魔力制御に惹かれるものがあった。

 彼もまた、捕食した者の力を進化させている。


 霰神(センコウ)による氷。灰色の土壁(グラオラント)による土塊。

 僅かに存在する隙間へ、魔力を宿らせた空気を潜り込ませる。

 次の瞬間、潜り込んだ空気は膨張を続けていく。

 

 亀裂が広がった瞬間。炎の魔術を用いて局地的な爆発を生み出す。

 瞬く間に、ビルフレストは自らの足を止めようとするふたつの壁を破壊して見せた。

 

「なっ、なにっ!?」

「壁の内側から、爆発させた……!?」


 飛び散る氷と岩の欠片。不自然な壊れ方を前にして、手段を即座に見抜いたのはオリヴィアだった。

 風の魔術を最終的に、炎の魔術へと変換して見せる。繊細な魔力の操作にオリヴィアが思わず嫉妬をしてしまう程、淀みの無い動き。

 

 ビルフレストを阻むものは何もない。

 彼が改めて世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を構えた瞬間。

 シンは弾丸を括りつけ、分銅鎖の体を成した魔硬金属(オリハルコン)の糸をビルフレストへと投げつける。


「その程度のもので」


 ビルフレストはそれが魔硬金属(オリハルコン)製だとは知らなくとも、全く意に介していない。

 例え何で出来ていようが、所詮はか細い糸。たとえ魔硬金属(オリハルコン)であろうとも、漆黒の魔剣が切断をするにあたって障害にはなり得ない。

 

 唯一懸念があるとすれば、先端に取り付けられた弾丸だった。

 シン・キーランドがただの重しとして付けているはずがないという確信がそこにはある。


 何より、弾丸は自分から見て左側で弧を描いている。

 右手に握られた世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を使えば、自然と防御の体勢が崩れてしまう。

 開いた脇腹に銃弾を撃ち込もうとしているのが、あからさまだった。


 しかし、ビルフレストは敢えて誘いに乗る。

 風の流れを操れば、銃弾を逸らす事など造作もない。

 それよりもシンの行動を一手、無駄に消費させる方に意味を求めた。


 ビルフレストは漆黒の刃で魔硬金属(オリハルコン)の糸を切断する。

 先端に取り付けられた銃弾が宙に舞うと同時に、洞窟内で渇いた音が響き渡る。


「フェリー!」


 少しでも音を隠す為か、シンは同時にフェリーの名を呼ぶ。

 けれど、意味はない。この状況でシンが発砲をしない事など、あり得ないのだから。

 狙い通り、自分の右脇腹へ向かう銃弾の軌道を、空気の流れを操る事で回避する。


 続いて、灼神(シャッコウ)を振り被ったフェリーが近付いてくる。

 これも何ら問題はない。世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)で捌いて、腕の一本でも斬り落とせばいいだけだ。


 シンの銃口も、依然として自分へ向いている。

 これも注意深く見ていれば、軌道を逸らす事は難しくない。


 彼らの採る手段を、ビルフレストは読み切った。

 だからこそ、見落としていた。シンでもフェリーでもなく、戦力を持たない小さな存在を。


「人使い、荒いですって……!」


 洞窟内に響き渡る女性の声は、フェリーのものではない。

 流水の幻影(ブルー・ミラージュ)によって生まれた、掌に収まる程度の分身。

 オリヴィアが必死に、小さな身体で洞窟内を駆けまわっていた。

 

「オリヴィア・フォスター……!?」


 想定外の行動を前にして、ビルフレストの眉が動く。

 分身の存在に気付いていなかった訳ではない。けれど、この大きさの彼女は何も脅威に成り得ない。

 精々、仲間との連絡が出来る程度だろうがミスリアでの戦いと違い援軍は期待できない。

 気に留める必要のない存在であるはずだった。


 だが、シンにとっては違っていた。銃弾を放った瞬間。シンはフェリーの名を叫んだ。

 それはフェリーによる援護を促すと同時に、シンのハンドサインを彼女の身体で隠す意図を兼ねていた。

 

 フェリーがビルフレストの前に姿を見せた瞬間。

 シンは左手に隠し持っていた重力弾グラヴィティ・バレットを地面へと転がす。

 同時にオリヴィアをその場へ向かうように、ハンドサインを出す。


 一瞬の逡巡を挟んだオリヴィアは、彼の意図を把握した。

 相変わらず抜け目がないと思いつつも、彼女は重力弾グラヴィティ・バレットの前へと立つ。

 雷管から衝撃を走らせる程度なら、この大きさでも何ら問題はない。


「ほら、存分に浴びてくださいよ!」


 今までの鬱憤を晴らすが如く、オリヴィアは重力弾グラヴィティ・バレットの雷管に魔力を込めた。

 地面を転がすように走る重力弾グラヴィティ・バレットは、ビルフレストの足元に転がる石へ触れる。

 それは魔導弾(マナ・バレット)の発動を意味しており、重力による抑圧がビルフレストへと襲い掛かるものだった。

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