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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第六章 芽吹く悪意
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382.空白の島へ向かう者たち

 二日後、ミスリア東部。

 港町(ポレダ)上空にて、高速で空を駆け抜ける影が小さな町を覆った。

 

 その正体は王都より現れた紅龍。

 龍族(ドラゴン)の背に跨り、空白の島(ヴォイド)を目指す者達が集結する。


「おかえり、トリス。船に乗り込むのは、これで全員かい?」

「ああ、ただいま。よろしく頼む、ベリア」


 本来なら再会を喜びたいところだが、トリスとベリアは簡単に言葉を交わす程度に留める。

 急いでいるという建前だが、ベリアから貰った手紙が嬉しくもあり、気恥ずかしいというのが本音だった。


 王都から空白の島(ヴォイド)へ向かう者は四人。

 トリスは勿論の事、フローラと懇意にしていたアメリアとオリヴィア。

 そして、先日まで世界再生の民(リヴェルト)を率いていた者。アルマだった。

 

「ベリア殿。この度は、力添えを頂けたことを心より感謝いたします」


 言葉では言い尽くせない程の恩義を感じ、深々と頭を下げるアルマ。

 何としても止めなくてはならない。その近いの向こうにあるのは、後悔と自責の念。

 ビルフレストがここまで力を蓄えたのは、ミスリアの王子という肩書をふんだんに利用したからだった。

 

 まずは第一王女(フリガ)。次に第一王子(アルマ)。そして、今は第三王女(フローラ)に魔の手が伸びている。

 これ以上、彼の好きにさせる訳にはいかなかった。


「これぐらいお安い御用さ! ドンと任せておくれよ!」

「……ありがとう」


 胸をドンと叩き、ベリアは元気な声を響かせる。

 相手が魔術大国ミスリアの王子であっても、彼女は全く気後れをしない。

 相変わらずだと苦笑をするトリスの向こう側で、アルマは普通に接してくれるベリアの存在を有難く感じていた。


「ただ、ベリア。ネクトリア号の皆は空白の島(ヴォイド)に上陸をせず、待機しておいて欲しいんだ」

「あん? なんだって?」


 トリスの願いを前にして、ベリアの眉が寄せられる。

 一段階低くなった声は、彼女の心情をそのまま表していた。

 

「トリス。アンタ、この期に及んで『危険なことには巻き込みたくない』とか言うつもりなんじゃないだろうね?」

「違う。全員で帰るためだ」


 訝しむベリアに対して、トリスは彼女の眼を真っ直ぐと見た上で答える。


「今回の目的は王女殿下の奪還だ。殲滅も制圧もするつもりはない。出来れば奪還、即離脱が好ましい。

 全員が上陸してしまえば、今回みたいに船が破壊されてしまうかもしれない。

 船を護るのも、即座に離脱をするのも、扱い慣れたネクトリア号の皆が適任なんだ」


 港町(ポレダ)へと向かう前。空白の島(ヴォイド)へ向かわない者も含めて熟考をした結果でもあった。

 目的はあくまで第三王女(フローラ)の奪還。決して深追いをしてはならないと。

 

「ふむ……。確かに、アンタの言う通りだね」


 自分達の役割は作戦の性質上、理にかなっていると、ベリアは納得をする。

 敵の本拠地(アジト)を攻めるにしては、戦力の数が心許ない。

 とはいえ、第三王女(フローラ)の奪還に全戦力を投入した結果、脱出が出来ないのであれば意味がない。


「分かった。その代わり、条件がひとつだけある」

「な、なんだ……?」


 ニイッと口元を緩めるベリアを前にして、トリスはたじろぐ。

 

「何を身構えてるのさ」

「い、いや……」


 今の会話で彼女に叱られる様な事は言っていないはず。ならば心当たりがない。

 一体自分は何をしたんだろうかと、ただただ混乱するのみだった。


「ま、いいや。アタイからの条件はひとつだけ。

 必ず、全員で生きて帰る。アンタも、変な自己犠牲精神を出すんじゃないよ」

「……ああ、分かった」


 必ず生きて欲しい。ベリアの言葉には、強い意思が込められていた。

 彼女はいつも自分を慮ってくれる。その事に感謝をしながら、トリスは頷いた。


「それから、王子様も。ざっくりとしか事情は知らないけれど、アンタも同じだよ!

 償いたいのなら、まずは生きる! うだうだ考えるのは、その後だ」


 海のど真ん中で拾った直後のトリスと、どうにもダブって見えた。

 お節介だと解りつつも、性分なのだから止められない。ベリアは大きな声で、アルマへと言葉を投げかける。

 

「……君の言う通りだ。ありがとう、ベリア殿」


 ベリアの言葉は、アルマの心を僅かながら軽くしてくれる。

 彼女の言う通りだった。償いたいのであれば、生きなければならない。

 『死』と罰として望むのは他者であり、決して自分であってはならないのだと。

 

 少年はまたひとつ、知らないものを知った。

 閉ざされていたはずの世界が、またひとつ広がっていく。

 

 ……*


「アメリアさん、だいじょぶなの?」


 ビルフレストの持つ世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)により、その身を貫かれたアメリア。

 一度は死の淵に瀕した彼女の身を、フェリーは案じる。


「ええ、勿論……。とは言い難いですが、じっとしている方が辛いですから」

 

 その言葉通り、アメリアの負傷は完治をしていない。

 オリヴィアの治癒魔術で窮地を、王宮でリタの治癒魔術によって多少の回復は見せた。

 一流の魔術師が二人、治癒を試みたにも関わらず思ったほどの効果が得られていない。

 

 それは世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を通して、邪神の力が彼女の身を切り裂いたからではないかとオリヴィアは推測をした。

 同時に、あの魔剣は初めからアルマの使用を想定していなかったのだと察する。

 元より自分は切り捨てられる予定だったのだと知ったアルマが見せる苦悩の表情は、しばらく忘れられそうない。


「そうですよ。わたしとお姉さまは、ずっとフローラさまと一緒に育って来たんですから。

 どんな目に遭うかも分からないのに、じっとなんてしていられません」


 腕を組みながら、鼻息を荒くするオリヴィア。

 何が何でもフローラを連れ戻すという、強い意思が窺えた。


「ただ、リタさんやピースさん。それにヴァレリアさんもついていくって聞かなかったですけどね」


 頬を人差し指で掻きながら、オリヴィアは遠い目で空を見上げる。

 思い出されるのは、奪還に向かう者を募った時の会話だった。


 ……*


「アタシは行くぞ。ビルフレストのヤツに、借りを返さなきゃなんないだろ」


 黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を手に、目を吊り上げているのは騎士団長のヴァレリア。

 グロリアとクレシア。二人の妹の命に加え、自分の軽率な行動でライラスの右腕を失ってしまった。

 世界再生の民(リヴェルト)に対しては我慢の限界をとうに超えている。


「それを言うなら、私もだよ。フローラちゃんはずっと妖精族(エルフ)の里に居た友達なんだから」


 続いて手を挙げたのは、妖精族(エルフ)の女王であるリタ。

 フェリー同様に、ゆっくりと親交を深めていった。それが全て奪われるなんて、受け入れられるはずがなかった。


「ちょ、ちょっと待ってください。まだ砂漠の国(デゼーレ)との戦いも終わっていません。

 ヴァレリアさんは、騎士団長として皆を纏める必要がありますよ」


 フローラ奪還に向けて、空白の島(ヴォイド)へ向かおうとする者が後を絶たない。

 彼女が慕われている事を嬉しくは思うが、全戦力を決して投入できない事情がある。

 まずは落ち着くべきだと、アメリアが待ったを掛ける。

 

「フォスター卿の言う通りだ。僕もシュテルン卿もこの様だ。

 貴女にまで抜けられるわけにはいかないことぐらいは理解しているだろう?」

「……そうだな」


 ライラスとテランが戦闘出来ない状況だからこそ、自分の役割はより重大となる。

 返す言葉もないと、ヴァレリアは渋々と納得をする。


「リタさんも、『暴食』(ベルゼブブ)に破壊された王都の結界を張り直さないといけないんですよね。

 すみませんが、民のこともあるのでそちらを優先してもらえると……」

「……うん」


 続けて、リタの説得を試みたのはオリヴィアだった。

 結界の件は事実であるが、方便の側面が強い。

 

 本音を言えば、強い魔力感知と妖精王の神弓(リインフォース)を持つリタの存在は心強い。

 けれど、だからこそミスリアの防衛に協力をして欲しいとも思ってしまう。


 何より、彼女とレイバーンは『傲慢』として覚醒を果たしたフローラに深い傷を負わされている。

 ここまで力を貸してくれるだけでもありがたいのだ。これ以上、辛い役目を負わせたくはなかった。


「リタ。ミスリアもまだ混乱が続くだろう。

 余たちは、この地を護るのだ。なに、向こうにはシンとフェリーもいる。

 いつものように、信じて待とうではないか」

「レイバーン……。うん、そうだね。私たちだけじゃ、ないんだもんね」


 オリヴィアの背中を押すように、部屋の外からレイバーンの声が入り込む。

 かつて自分達も救われたからこそ、安心して託せる。もどかしさを感じながらも、リタは深く頷いた。


 それからピースも参戦を主張をしたが、オリヴィアによって却下される。

 翼颴(ヨクセン)の『(フェザー)』が破壊されてしまった以上、危険な地へは連れていけない。

 オリヴィアほどの魔術師でもなく、アメリアのように神器の継承者でもないピースは渋々と頷いた。

 そんな彼に優しい言葉を投げかけたのは、浮遊島で奇妙な縁が生まれたトリスだった。


「少年。そんなに不貞腐れないでくれ。君が居てくれたからこそ、私がここにいる。

 それが結果として、ネクトリア号の出航に繋がるんだ。少なくとも私は、感謝している」

「トリスさん……」


 自分は大したことをしていない。あの時もジーネスが外へ出ようと言い出した事だった。

 けれど、トリスは「それも君が許可をしたからだろう」と言ってくれる。

 今、力が及ばなくとも。重要な役目を果たしたのだと、トリスは諭していった。


「そう言ってもらえるだけで、ありがたいです」


 ピースはその言葉を胸に、トリスに感謝の意を示す。

 残ったのは翼颴(ヨクセン)の本体。これだけでも、異常発達した魔物とは戦える。

 自分に出来る事をしようと、彼に決意をさせるには十分だった。


 ……*


「という訳で、色々とあったんですよ」


 皆が皆、フローラの奪還へ向かう訳にはいかない。

 結果として、この四人にシンとフェリーを加えた六人が空白の島(ヴォイド)へ侵入をする運びとなったのだと、オリヴィアは伝える。

 

「……そうか」


 世界再生の民(リヴェルト)の本拠地へ乗り込むにしては、心許ない。

 空白の島(ヴォイド)の形状と侵入経路からして、奇襲は難しいだろう。

 

 求められるのはフローラを即座に回収をする電撃作戦。

 尤も、それはビルフレストが最も警戒するものだろう。

 何か手立てはないだろうかと、シンは口元に手を当てて考え込む。


「因みにだ。オリヴィア、簡易転移装置に術式は組み込めるか?」


 せめて簡易転移装置が使えるならばと、シンはオリヴィアへ問う。

 壊れた事を聞かされていなかったオリヴィアは、目を点にしていた。

 

「え? また壊してたんですか?」

「むしろ、コイツは自分で魔導砲(マナ・ブラスタ)を撃って消滅させたらしい」

「ええ……」


 どうしてそう簡単に壊すのかと、オリヴィアは呆れ果てる。

 その上で、オリヴィアははっきりとシンに言った。


「ストルもテランさんもいませんから、正直に言うと無理です。

 あると作戦の幅が広がるのは事実ですが」

「……そうか」


 自分の迂闊な行動が原因とはいえ、かなりの痛手だった。


「一応、部品(ガワ)だけは用意したんだけどな」

「それでも、やっぱり突貫で作るのは無理ですよ。

 下手に作動しなかったら、シンさんの命に係わるでしょう?」

「ま、そりゃそうだ」

 

 簡易転移装置の出力先となる(リング)を指で回しながら、マレットが頷く。

 予想をしていた事とはいえ、やはり戦力の低下は否めなかった。


「……それでも、構わない。(リング)だけくれないか?」

「まあ、いいけどさ。どうせ()()()が目的だったんだろうし」


 苦笑を交えながら、マレットが(リング)をシンへ渡す。

 (リング)とは別に、一発の弾丸を掌へ乗せながら。


「なんだ、これは?」


 シンは訝しみながら、その弾丸を手に取る。

 魔導弾(マナ・バレット)のようだが、その弾頭は透き通っている。見た事のない弾丸だった。

 

「お前らが居なくなってる間に造った魔導弾(マナ・バレット)だ。

 その一発しかない、もう()()()()()()()。切り札だと思ってくれ」


 それだけ言うと、マレットは魔導弾(マナ・バレット)の詳細をシンへ伝える。

 説明を聞いているうちに、シンの顔つきが神妙なものへと変わっていった。

 

「それって……」

「確かに、使いどころによっては凄いですけど……」


 同じく説明を聞いていたフェリー。そしてアメリアとオリヴィアが、思わず息を呑む。

 決まれば確かに、状況を一変する可能性を秘めている。一発しか生成できなかった理由も合点がいった。

 強力だが使いどころの難しい魔導弾(マナ・バレット)だった。


「有難く使わせてもらう」

「ああ。お前なら勿体ぶることもしないだろ」


 受け取った弾丸を、シンは強く握りしめる。

 彼ならばこの弾丸は間違いなく使う。この戦いでなくても、きっとどこか必要だと感じた時に。

 決してお守りで終わったりはしないだろうと、マレットは笑みを浮かべていた。

 

 決して万全とは言えない状況だが、時間が惜しい。

 ネクトリア号はシン達を乗せ、空白の島(ヴォイド)へと向かう。

 

 その先に待つのは『傲慢』と化したフローラなのか。それとも、皆が知っているフローラなのか。

 望む答えを出せるものは、誰もいない。

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