表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第六章 芽吹く悪意
414/576

376.『傲慢』の適合者

 剣を収めるように諫める(ネストル)と、拒絶する息子(アルマ)

 石榴色の左眼を通して、アルマの苦悩が丸裸にされていく。


「ビルフレスト! 貴様ッ!」


 晒された過去を前に、アルマは逆上をする。

 魔術金属(ミスリル)製の剣を持ち、ビルフレストへ斬り掛かるが呆気なく受け止められてしまう。


「何故だ、何故こんな真似をする!」

「それは私の台詞ですよ。初めから、国王陛下の命を頂戴するつもりだったではないですか。

 納得して、思い描いた通りに殺しておいて、どうして今更苦悩しているというのですか」

「くっ……」


 淡々と返すビルフレストに、アルマは言葉を失った。

 長い間、ビルフレストと留学をしていて。彼の価値観が全て正しいと思って。

 世の中には汚いものが蔓延っていると知って。頂点に立ちながら放置をしている父を、心底許せなかった。


 第一王女(フリガ)もそうだ。王女と言う立場を盾に、傍若無人な振舞いを重ねていく愚かな姉。

 彼女を放置している事が、(ネストル)が醜いものを見ようともしない証左のように思えた。

 

「そして、今この瞬間も。貴方の苦悩は増えている。

 私がサーニャを傷付けたことで。トリスが生きていることで。

 ラヴィーヌやジーネスが死んだ真相を知ったことで!」


 迷いの残るアルマを、ビルフレストが弾き飛ばす。

 彼の命を奪おうという気はまだ無かった。アルマには、まだ利用価値がある。


 満身創痍のアメリア達は、ビルフレストとアルマの戦闘に割って入れない。

 アメリアやピースの傷は深く、オリヴィアは殆ど魔力が残っていない。トリスに至っては枯渇している。

 あまりにも無力なまま、国王が殺される様を見せつけられていた。

 

「貴殿たちも見るがいい。アルマ・マルテ・ミスリアの犯した『罪』を!」

 

 ビルフレストが叫ぶと同時に、幻影(ヴィジョン)による(ネストル)(アルマ)の戦いは佳境へと移っていく。

 不意に動き出す常闇の迷宮(ブラック・ラビリンス)。不意に現れた第一王女(フリガ)

 (フリガ)を自らの手で奪ってしまう、(ネストル)の姿。狼狽する父を斬り伏せた息子(アルマ)だけが、最後に立ち尽くしていた。


「ッ……」


 アルマは拳を強く握りながら、顔を歪めた。

 何度も脳内で繰り返し再生される父の死に際を、まさか再びこの眼で見る日が来るとは思わなかった。


「むごいことを……」


 吐き気を催したオリヴィアは、思わず口元を手で覆った。

 アメリアに至っては、朦朧とする意識の中で下唇を噛みしめる。


「彼は自らの父を。血の繋がった姉を。自らの意思で殺したのだ。

 今更後悔をしたところで、紛れもなく咎人だ。その事実に変わりはない!」


 高らかに声を上げるビルフレストへ、異を唱えられる者はいなかった。

 国王(ネストル)の最期。その光景が齎す効果は絶大で、彼へ抗う者達の戦意すらも奪っていく。

 

「そして、貴方は知らなくてもいいものを知っていった。

 故に、今この瞬間も貴方の後悔は増えていっている。

 その証拠をお見せしましょう」

 

 ビルフレストは語る。アルマへ放たれた幻影(ヴィジョン)はまだ終わってなどいないと。

 続けざまに広がる光景は、アメリアとオリヴィアへ更なる絶望を与えていく。


 国王と第一王女が消え、舞台は続けて三日月島の光景となる。

 役者はアルマ。そして、フローラとオリヴィアが映し出されていた。

 

「どうして……。どうして、フローラさまが……?」


 当事者なのだから知らないはずがない。自分を庇おうとしたフローラへ叱咤をした場面だ。

 どうしてこの場面が映し出されたのか。意味が解らないと、オリヴィアが声を漏らす。


「ビルフレストッ!」


 困惑をするオリヴィアとは打って変わって、アルマは声を張り上げる。

 彼にとって苦悩の記憶だという事が証明される。


「この件も、納得済みの話ではなかったのですか。

 こうして幻影(ヴィジョン)で現れること事態が、貴方が変わった何よりの証。

 今日。つい先刻まで、()()を迎え入れる心づもりだったではないですか」

「それは、どういう……」

 

 アメリアとオリヴィアは、同時に心臓が激しく脈打つのを感じた。

 映し出された人間はフローラとオリヴィア。ビルフレストの口振りから、オリヴィアではない事は明白だった。


 幻影(ヴィジョン)により再生された苦悩の中で、フローラは腕から血を流している。

 アルマの刃が、彼女の皮膚を裂いた瞬間だった。

 

「フローラ・メルクーリオ・ミスリアは、この瞬間に『核』を植え付けてある。

 残る邪神の分体。『傲慢』の適合者は、彼女だ」


「そ、んな……」

「うそでしょう……?」

 

 アメリアは頭の中が真っ白になった。ビルフレストの言っている意味を、心の内で拒絶する。

 オリヴィアに至っては、膝から崩れ落ちている。あの瞬間。自分のせいで、取り返しのつかない事になってしまったと。


「王家の血を引くフローラが居れば、貴方は不要だ。

 元より、邪神にも適合しなかった男。御輿として担ぐにしても、あまりにも脆く軽すぎた」

「ビル……フレストォォォォッ!」


 全身を強張らせ、全ての力を込め、アルマはビルフレストへ再び斬り掛かる。

 初めから、自分も彼にとっての駒に過ぎなかった。幼い頃からずっと、彼の掌で踊らされ続けていた。

 

 今まで何も考えなかった自分の馬鹿さ加減に苛立つ。

 せめてこの男の自由にはさせない。それがアルマに残った、最後の意地だった。


「気合を入れようが、怒り狂おうが、実力差が埋まるはずもない。

 剣を教えたのは私だと、理解しているだろうに」


 全身の力を込めたアルマの一撃を、ビルフレストは難なく受け流す。

 返しで放った世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)の一撃に、魔術金属(ミスリル)の剣はあえなく砕ける。

 魔術金属(ミスリル)の破片と共に、アルマの血が冬空へと舞う。


「ビルフレストさん……っ!」


 声を張り上げるアメリア。彼女もまた、アルマ同様に我を忘れていた。

 フローラが邪神の適合者として『核』を埋め込まれた事実を聞かされて、黙っていられるはずがない。

 

「どうして、どうして……っ!」

「可能性を試したに過ぎない。無論、適合しなければ死んでいただろうがな」


 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)の一撃を受けながら、ビルフレストはさも当然のように言い放つ。

 それはアメリアを逆上させるには十分な一言であり、同時に冷静な判断力を奪っていく。


「貴方って人は!」


 自分を斬ろうとするビルフレストに、一瞬の隙が生まれた。

 普段の彼ならば、絶対に生まれない隙を前にして、アメリアはまんまと釣られてしまう。


「王女の命より、自分の命を心配するべきだ」


 これ見よがしに造られた隙へ吸い込まれていく蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を、ビルフレストが弾く。

 傷の深さで満足な反応が取れないアメリアは、続けざまに放たれるビルフレストの一太刀を防ぐ手段がない。


「か、は……」

「お姉さま!」


 太刀筋から遅れて舞い上がる鮮血が、雨のように地面へと降り注ぐ。

 時を同じくして地に伏せたアメリアの身体を中心として、血溜まりが広がっていく。


「心配をしなくてもいい、姉妹仲良く同じところへ送ってやる」

「そんな心配……!」


 気丈に振舞うオリヴィアだったが、続く言葉が喉を通らない。

 うつ伏せに倒れるアメリアは、まだ微かに身体が膨らんでいる。呼吸をしている証だった。

 一刻も早く治癒魔術をかけたいところだが、立ちはだかるビルフレストを退ける手段が思い浮かばない。


「ビルフレスト……。君は……!」

「貴方も、もう諦めるべきだ。これ以上の伸びしろを持ち合わせていない。

 私も、期待していないからこそ見限った」


 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)の切っ先を向けながら、ビルフレストが冷たく言い放つ。

 彼の言葉を否定する手段をアルマは持ち合わせていない。


「かって……な、こと。言わないで……くだ、さい……よ。

 アルマ様は……。なんだって、手に、いれられる……。

 あな……た、の……。思い通りに……だれも、なってやくれませんよ……」

 

 悔しさで胸が張り裂けそうな彼に代わって、ビルフレストを否定したのはサーニャだった。

 最期の力を振り絞って吐き出した言葉は、アルマの未来を案じてのものだった。


「思い通りにはならない、か。そうだな、お前の言う通りだ。

 だが、何も手に入れられはしない。お前が貴族の慰み者から、脱しきれなかったように」

「ワタ、シ……は、いい……ですよ。もとより、賭けのつもり……でした、から……」


 サーニャの前に立つ人影は、ビルフレスト。

 長身の彼が世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を掲げる事で、影が一層長く感じられた。

 太陽を背にしても一切の光を反射しない漆黒の刃。この剣に、今から自分の命が吸われていく。


 今更、命乞いをする気はない。しても意味がないと、知っている。

 ただ、残るたったひとつの願いだけは譲れない。サーニャは見えてもいない中で、確かにアルマの方を向いていた。


「アルマ……さま。生きて……ください」


 最期に欲したのは、自分を想ってくれた男性(ひと)の未来だった。

 彼はまだ若い。生き延びさせすれば、いつかきっと幸せを掴みとれる。サーニャはそう信じている。

 刃が振り下ろされて絶命しようとも、簡単には放してやらない。この願いだけは、必ず叶えて見せる。


 自分の人生が終わろうとする僅かな間で、様々な想いが脳裏を過る。

 貴族(ブタ)達に弄ばれた、下らない人生の走馬灯を見せられるよりは余程有意義だと思えた。

 

(恰好つけないで、ちゃんと返事をすればよかったですね)


 真っ先に浮かんだのは、後悔。アルマを焦らしたりなどせず、応えてあげるべきだった。

 仕方がなかった。あんな真っ直ぐな好意を向けられたのは、初めてだったから。

 薄汚れていると自覚しているからこそ、彼の純粋な言葉が眩しくて素直になれなかった。


(アメリアお嬢様も、オリヴィアお嬢様も。本当に、あなたたちといるのは楽しかったのですよ。

 ただ、欲しいものが手に入らない。惨めな思いをしてしまう。ワタシの心が弱いと言われれば、それまでですけど)


 続けて浮かぶのは、フォスター家への複雑な想い。

 自分が仕えた貴族の家で、唯一楽しかったと言える場所。

 初めにフォスター家を訪れていれば、ずっと幸せな毎日を過ごせたのかもしれない。

 そう思うと、本当に自分は運がないのだと思わずには居られなかった。


(フローラ様。あなたとのお茶会も、楽しかったのです。

 これから辛い思いをさせてしまうかもしれません。本当に、申し訳ありません)


 最後に浮かんだのは、邪神の『核』を植え付けたフローラへの謝罪だった。

 あの時、自分も三日月島に居た。アルマ独りに『罪』を押し付けるつもりはない。

 せめて自分の死を以て、留飲を下げて欲しいと願う。


「さらばだ。サーニャ・カーマイン」

「サーニャ!!」


 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)が血を求め、サーニャへと振り下ろされる。

 誰でもいい。サーニャを救けてくれ。アルマの悲痛な叫びが、周囲一帯に轟く。

 無理だと解っていても、願わずには居られなかった。


 そして神は、まだアルマを見棄ててはいなかった。

 彼が踏み外した道を戻る為の切っ掛けが現れる。


「――ッ!!」


 空気を切り裂く様に放たれた稲妻は、世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を弾く。

 続けざまに聴こえる渇いた音を前にして、ビルフレストは本能的に身構える。


 アメリアでもオリヴィアでも。ましてや、アルマでもない。

 稲妻の主はオリヴィアの更に後ろから、攻撃を放っていた。

 それが誰なのかを考える必要はなかった。既に予測はついている。

 

「フェリー、いけるか?」

「うん。だいじょぶ」

 

 視界の奥の奥。遥か後方から土煙を上げる物体がひとつ。

 マナ・ライドに乗った青年と少女が、高速で接近している。

 

「シン・キーランド。フェリー・ハートニア……!」


 顔を強張らせながら、ビルフレストはその名を呟く。

 幾度となく自分達の邪魔をし続けた憎き存在が、またも立ちはだかろうとしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ