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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第六章 芽吹く悪意
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365.天才魔術師

 オリヴィアがアルジェントと邂逅する直前。

 彼女ば流水の幻影(ブルーミラージュ)により、自身の分身を配置していた。

 もうひとりのオリヴィアから放たれる凍撃の槍(フリーズランス)はアルジェントにとって、意識の外から放たれるはずだった。


 だが、アルジェントは難なく『強欲』の右手で氷の矢を掴んでみせる。

 彼にとって、意識の外による攻撃は最も警戒するべきもの。身をもって味わった経験が、またも活きた形となる。

 オリヴィアによって練り込まれた魔術は、敢えなく彼の戦力へと変わり果ててしまう。

 

 後に残ったのは、進路上に存在した木々に氷が張り付いた姿。

 そこから剥がれた氷と、冷気が漂っているのみ。


 しかし、当のオリヴィア本人に焦りの色はない。

 ()()()()()()で得意げな男を、可愛らしいとさえ思う。


「人のことをザコだって言う割に、不意打ち狙いってのも寂しい話だよなァ。

 あ、それとも何か? 目の前のアンタが魔術(ニセモノ)で、ホンモノは一発撃ってトンズラこくつもりか?」


 決して余裕を崩さないオリヴィアの姿に、アルジェントは苛立ちを覚える。

 現にこうして攻撃手段を(カード)へ変えてみせたというのに。

 自分の力で蹂躙されないと理解できないのかとさえ思う。


「ご心配なく。ちゃんと目の前のわたしが本物ですよ。

 それに、あなた()()()()()()()()

「はァ……?」


 アルジェントは訝しむ。オリヴィアが余裕を保っていられる理由が、まるで見えない。

 頭がおかしいのではないかとさえ思う。


(オリヴィア、一体何を……)


 彼女の真後ろから成り行きを見守っているトリスも、同様だった。

 流水の幻影(ブルーミラージュ)による分身からの遠距離射撃は、見事なものだった。

 並の相手ならば、この一撃で勝負は決まっていただろう。


 しかし、相手は奇襲の類を常に警戒していた。

 結果はただ、アルジェントを強化しただけに終わってしまう。


 だが、トリスは同時にオリヴィア・フォスターという人物を知っている。

 彼女がここまで余裕を持っているというのであれば、二の矢、三の矢は必ず存在する。


 自分に出来る最大の援護は、彼女の計画(プラン)を無駄にしない。余計な行動をしない事。

 トリスは同じ魔術師でありながら、彼女の思考に辿り着けていない自分を歯痒く思っていた。


「そうやって時間稼ぎして、また不意打ちかァ?

 そんなつまんねえモンに、付き合う気はねェよ」


 どんな策を用意していたとしても、魔力に頼る以上は自分に勝てるはずがない。

 現実を理解させてやるべきだとアルジェントは(カード)を翳す。

 オリヴィアが次の行動へ移ったのは、彼の動作と同時だった。


水の牢獄(アクアジェイル)

「がぼ……っ!?」


 水の輪が拘束するもの。それはアルジェントの四肢や身体ではない。

 オリヴィアは、彼の顔全体を水で覆った。


「弱点そのいち。シンさんから聞いてますよ。

 その(カード)を持っていたら、新しく作れないんですよね?」

(そうか!)


 トリスはここで、オリヴィアの狙いに気がついた。

 彼女は『強欲』の攻略に拘っていない。アルジェントそのものを仕留めるつもりでいるのだと。


 邪神の適合者といえど、アルジェントも人間にすぎない。

 顔。正しくは口と鼻を覆い、酸素の供給を断つ。そうすれば、彼もやがて意識を失うはずだと。


ばべ、ばがっで(なめやがって)……!」


 オリヴィアの言う通り、(カード)を右手に持っている間は新たに接収(アクワイア)で奪い取る事が出来ない。

 先の凍撃の槍(フリーズランス)さえも囮だったのだと、今になって思い知らされる。


 だが、そんな単純な手で敗れるなんて屈辱は認められない。

 アルジェントは意識を奪われる前に、(カード)から凍撃の槍(フリーズランス)を放つ。


「無駄ですよ」

 

 顔全体を覆っているが故に、視界の先に映るオリヴィアの姿は揺らいでいる。

 放たれた氷の矢は彼女へ当たる事なく、周囲の草木を凍らせていく。


 アルジェントによる凍撃の槍(フリーズランス)は不発に終わった。

 けれど、彼の狙いはオリヴィアを仕留める事ではない

 接収(アクワイア)の右手を自由にする方が、今の彼にとっては重要だった。


(こいつを(カード)にしてやれば……!)


 瑪瑙の右手。その指先が己の顔を覆う水の輪へ触れる。

 瞬く間に水の牢獄(アクアジェイル)(カード)へと変わり、アルジェントは酸素をその身体へ取り戻した。


「はァ、はァ……! お前さん、中々ユニークな方法でやってくれるじゃねェか……!」


 ゴホゴホと鼻と喉から水を吐き出すアルジェント。

 その眼差しはより強く、憎悪の炎に染まっていた。


「なに、切り抜けた気でいるんですか。

 本番はここからですよ」

「あァ……?」

 

 けれど、オリヴィアは気にも留めない。

 全てが狙い通り。なにひとつ、予定にズレは発生していない。


冷凍化(アイスメイク)


 続け様にオリヴィアが放った魔術は、初歩中の初歩。

 空気中に漂う水分を凍らせるといったものだった。


 本来なら視界に映るものを凍らせる魔術だが、オリヴィアは違っていた。

 彼女が凍らせるものは、自らが放った水の牢獄(アクアジェイル)

 接収(アクワイア)で奪い切らなかった、彼の体内に残る水分だった。


「弱点そのに。認識してないと、ちゃんと(カード)に出来ないんですよね?」


 オリヴィアがこの可能性に気付いたのは、クスタリム渓谷で起きた噴火の話が元だった。

 アルジェントは接収(アクワイア)を用いて、火山につながるまでの長く深い穴を開けた。

 

 それは同時に、自分が()()()()()()()()()()()()()事の証明となる。

 水の牢獄(アクアジェイル)で作られた水の輪で奪い取るのは、自分を覆っている部分のみ。

 咄嗟の行動ならば、飲み込んだ水までは認識の外に置かれると確信を持っていた。


「……ぐううっ!?」


 急速に狭まっていくアルジェントの気道。

 身体の内側から霜焼けするような、奇妙な感覚が襲いかかる。


「こ、の……アマ……!」


 アルジェントは見誤っていた。オリヴィア・フォスターという存在を。

 今まで通り魔術を奪って蹂躙するだけの存在。そんな凡百の魔術師とはまるで違う。

 

 まさか水の一粒一粒にまで己の魔力を通して、あまつさえ操るとは思っても見なかった。

 予想外だが、仕掛け(タネ)は割れた。先刻と同様に右手を自由にするべく、アルジェントは(カード)から水の牢獄(アクアジェイル)を放つ。


「要りませんってば」


 自分に向かって出現しようとする水の輪を、オリヴィアは『羽・盾型』(シールド・フェザー)で拒絶する。

 水が四方八方へと飛び散る中、アルジェントは苦しみから解放される為に己の口の中に指を忍ばせていた。


「……はぁ。水の牢獄(アクアジェイル)


 ため息混じりに、オリヴィアは再び水の牢獄(アクアジェイル)を唱える。

 生み出された水の輪は、アルジェントの顔全体を覆っていた時よりも小さい。

 

 ()()()()()()()。今度の狙いは、瑪瑙の右腕。

 彼の口へ指が入れられた状態で、腕と首を巻き付ける。

 水の輪が締め付け、アルジェントの右手は口の中から脱出する事が出来ない。


「んんーっ!?」


「あらー。手が動かせなくなっちゃいましたねぇ。

 それに、凍らせた部分だけを(カード)化したんじゃないですか?

 先刻の冷凍化(アイスメイク)は口の中に残る水を全て凍らせたわけじゃないんですよね。

 残念ですけど、残った水分を凍らせますよ。そもそも、指が届かない場所もありますしね」

「――ッ!!!」

「……鬼だ」


 幾度となく接収(アクワイア)による(カード)化の解放を試みても、喉の内側が凍るのを止められない。

 酸素の供給を断たれたアルジェントは意識が朦朧としていき、ついには気を失った。


「強い魔術を使うだけが魔術師じゃないんですよ。

 奇跡と呼ばれた力を解明して操る。上澄を掬い取るだけのあなたでは絶対に辿り着けない領域を、わたしたちは目指しているんです。

 って言っても、もう聴こえていないでしょうけど」

「……オリヴィア」


 魔術師としての誇りからか、フンと鼻息を荒くするオリヴィア。

 魔術師の天敵であるはずの『強欲』を完封。彼女の姿にトリスは感嘆よりも、驚嘆の感情を強く抱いていた。


 今回、彼女が使用した魔術は四種類。

 己の分身を創り出す流水の幻影(ブルーミラージュ)

 氷の矢を射出する凍撃の槍(フリーズランス)

 水の輪で敵を拘束する水の牢獄(アクアジェイル)

 そして、水分を凝固させる冷凍化(アイスメイク)


 オリヴィア自身の創作(オリジナル)である流水の幻影(ブルーミラージュ)は兎も角、他の魔術の難易度は決して高くない。

 無駄に大魔術を放つ事なく、魔力も温存できるだろう。()()()()()()()()()()


 彼女はそれらを同時に操り、時には巧みに繋ぎ合わせてみせた。

 ピースから聞く限り、高度な魔力の操作を要求される『(フェザー)』を操りながら。


 発想もそうだ。自分はいかに強い魔術をぶつけるかばかりに迎合していた。

 邪神の適合者になる男を弱い魔術で倒せるとは、考えようともしなかった。

 魔術師として積み上げたものが違うと、思い知らされた気分だった。


「だがな、オリヴィア」

「はいはい? どうかしましたか?」

 

 けれど、ひとつだけ腑に落ちない事がある。

 彼女の真意を確かめるべく、トリスは問う。


「クレシアも倒せると言っていたが……。あれは、どういう意味だ?

 お前も案外、クレシアのこと――」

「はい、わたしもクレシアも求めてない勘違いはよして下さい」


 含み笑いを見せようとするトリスに、オリヴィアはぐいっと掌を差し出す。

 それ以上は例え冗談でも言ってくれるなという気持ちが、これでもかというぐらいに伝わってくる。


「『強欲』の倒し方を考えてたら、クレシアが思い浮かんだだけですよ。

 あの娘なら、風で酸素を断てばイチコロですからね。

 実際、できるでしょうし。わたしは自分がやりやすい方法で再現しただけです」


 事実、音を拾う探知(サーチ)を扱うほどの魔力制御ならば酸素を断つのも不可能ではないだろう。

 オリヴィアがクレシアを参考にしたと言うのも、あながち嘘ではなさそうだった。


(それは、仲が良いってことなのではないだろうか……)


 トリスはオリヴィアの様子を見て、そう感じた。

 犬猿の仲なのは百も承知だ。それでも、いざとなれば彼女の存在を頼りにしている。

 もしかすると、邪神との戦いで命を落としたクレシアへの彼女なりの弔いなのかもしれない。

 そんな事を口走ろうものなら全力で否定をすると分かりきっているので、敢えては口にしないが。


「まぁ、今回の手段はそう通用するものでもないんですよ。

 相手が強い魔力を持っていれば、冷凍化(アイスメイク)は通らないでしょうし。

 仮に魔力がなくても、自爆上等で突破しかねない男性(ひと)もいますし」


 思い浮かべるのは、(アメリア)がかつて思いを寄せていた男。

 例え魔力がなくても、シンなら突破しかねない。

 手段は想像出来ないけれど、その、確信だけはあった。


「だから、この人(アルジェント)は大したことありませんよ。

 偶発的に得た力に胡座をかくなんて、以ての外です」

「……そうだな」


 オリヴィアは昔から変わっていない。天才と呼ばれても、決して研鑽を怠らない。

 以前は恵まれた立場からだと思っていたが、誤りだと気付かされた。

 彼女ならばどんな生い立ちでも、一流の魔術師としてこの高みに到達していただろう。

 様々な経験を経たからこそ、トリスには理解できる。環境や才能を言い訳に出来る代物ではないと。


 オリヴィア・フォスターは紛れもなく天才魔術師だ。

 魔術学校で常に彼女と比べられていた過去とは違う。僻みではなく、心からそう思えた。

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