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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第六章 芽吹く悪意
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361.黄龍王の神剣

 天から降り注ぐ一筋の流星。

 その正体は継承者(あるじ)が失われたはずの、ミスリアに伝わる神器のひとつ。黄龍王の神剣(ヴァシリアス)

 大地に深く突き刺さると同時に、神剣は一瞬にして場の空気を支配した。


黄龍王の神剣(ヴァシリアス)――」


 次から次へと湧いてくる不確定要素に、ビルフレストは不快感を滲ませる。

 この状況で神器が現れたのは偶然ではない。そう考えるべきだと、彼の本能が警鐘を鳴らす。


 では何故? 継承者がいない神剣はこの場に引き寄せられた。

 考えうる中で最も可能性が高く、ビルフレストも納得が出来る答えは神剣を挟んだその先に在った。

 

 黄龍王の神剣(ヴァシリアス)は引き寄せられたのだ。

 自分と相対している騎士の一人。ヴァレリア・エトワールに。


「どうして……」


 尤も、ヴァレリア本人はまだ頭の中が整理できているとは言い難い。

 武器を失い、仲間が倒れた。絶体絶命の中に現れた援軍は、国王(ネストル)が所持していた神器。

 

 神剣を中心に渦巻く風はまるで呼吸をしているようでもあり、語り掛けているようでもあった。

 自分を手に取れと。


「……ゴチャゴチャ考えるのは、アタシらしくねぇよな」


 真実がどうであれ、ヴァレリアにとって神剣が舞い降りた事は僥倖でしか無かった。

 今はただその奇跡に感謝をしながら、彼女は黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を手に取る。


黄龍王の神剣(ヴァシリアス)! アタシに力を貸してくれ!

 アンタたちが護ってくれた世界を、ブッ壊そうとする不届者を成敗しないといけないんだ!」


 ヴァレリアの雄叫びに黄龍王の神剣(ヴァシリアス)は応える。

 神剣もまた、彼女を知っていた。重すぎる責任を背負い、それでも尚弱音を吐こうとしない気高き騎士。

 毎日の祈りもただただ、この国(ミスリア)を慮ってのものだった。

 

 彼女の願いは、自分が力を貸すに相応しい。それは神剣が司る神、大空と破邪の(カフィリカ)神の思いでもあった。

 翡翠の刀身は輝きを取り戻し、ヴァレリアは力が漲るのを感じる。

 この瞬間、黄龍王の神剣(ヴァシリアス)はヴァレリア・エトワールを軽傷者として認めた。


「やはり、貴殿が継承を――」

「アタシ自身よく分かんないけど、そうみたいだなッ!!」


 傷口から血が滲み出ようとも、激痛が身体中を走り抜けようとも。

 この一撃だけは全力で放つ。その思いで、剣を振るった。


 ヴァレリア渾身の一撃が、ビルフレストの刃と交わる。

 翡翠の刀身を中心に、纏っていた風が高速で回転をする。


「ぐう……!」

「絶対に、アタシは引かないぞ……ッ」


 歯を食い縛り、己の全てを出し尽くさんと力を込めるヴァレリア。

 刃が纏った小さな渦は火花を散らしながら、ビルフレストの剣を削り取っていく。


「ヴァレリア・エトワール……!」

「そうだよ! アタシはヴァレリア・エトワールだ!

 ビルフレスト・エステレラ! アンタを討つのは、このアタシだ!」


 黄龍王の神剣(ヴァシリアス)の纏った風が、ビルフレストの刃を眼前に打ち砕く。

 そのままの勢いで風を纏った翡翠の刀身は、ビルフレストの胸当てをも抉り取っていく。


「……チィッ」


 武器を失ったビルフレストは、半ば強引にその身を下げる。

 既に己の持てる力を全て振り絞っているヴァレリアに、彼を追う足は残っていない。


「くっ……」


 前のめりの倒れるようとするヴァレリアだったが、強引に黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を突き立て地面を拒絶する。

 肩で息をしており、出血は決して少なくない。それでも眼光だけは、一切死んではいなかった。


(深追いは禁物か……)


 ビルフレストは己の置かれている状況を冷静に把握する。

 相手は皆、瀕死の状態。ここからどう足掻いても自分が敗北するとは思えない。


 けれど、自分も決して万全では無い。

 剣はたった今破壊され、『暴食』の左手に至っては喰らいすぎた魔力により機能不全に陥っている。

 万が一。『暴食』(ベルゼブブ)と相対している者が援軍に来ようものなら、苦戦は免れない。


(最低限の()()は得た。一度退いて、()()の回収を優先するべきか)


 漆黒の外套(マント)を靡かせ、ビルフレストは背を向ける。

 依然として余裕を感じさせるその行動に、ヴァレリアが吠える。


「待ちな! 逃げるつもりかい!?」

「そう思いたければ、そう思っておけば良いだろう」


 ビルフレストがヴァレリアの挑発に乗るような事はなかった。

 その背景には再び探知(サーチ)で状況を探りたかったが、機能不全に陥った『暴食』の影響か、精密な魔力の制御が叶わない。

 つくづく上手くいなかいものだと毒づきながら、ビルフレストは姿を消した。


「くそ……。ビルフレストのヤツ……!」


 ヴァレリアは姿を消すビルフレストを追えなかった。

 啖呵を切ってみせたものの、自分もとうに限界は過ぎている。

 それでも彼女は、まだ安心出来る状況では無い。


 破られた結界。侵入を試みた『暴食』(ベルゼブブ)

 本当の脅威は依然として残ったままなのだから。


「早く、王宮に……」


 残る力を振り絞り、自分達を囲んでいた雷の檻を破壊する。

 道が拓けた事に笑みを浮かべながら、ヴァレリアは前のめりに倒れた。


「お、おい! ヴァレリア嬢!」


 ライラスが慌ててヴァレリアへ駆け寄る。

 傷は深いが、まだ息はある。死んではいない。


「ヴァレリア嬢も、テランも。

 自分が医者へ連れていくまで、死ぬなよ……!」


 自身も右手を失いながら、ライラスは意識を失った二人を抱える。

 一刻も早く治療を受けさせる為に、彼は重い足取りでと王都へと歩みを始めた。

 

 ……*


 時は僅かに遡る。

 黄龍王の神剣(ヴァシリアス)がヴァレリアの元へ訪れる、その直前まで。


 進化を遂げた『暴食』(ベルゼブブ)により、破壊されていく王宮。

 その崩落に巻き込まれたリタは、落ちてくる瓦礫の破片を払いながら周囲を見渡す。

 

「……みんなはっ!?」


 衝撃と轟音。そして立ち昇る煙により、周囲の状況が正確に把握できない。

 レイバーンもロティスも魔力は感じる。少なくとも生きている事に、リタは胸を撫で下ろす。


 しかし、同時に胸が押し潰されそうになる圧迫感も健在だった。

 悪意の塊。『暴食』(ベルゼブブ)も間違いなく健在である証だった。


「ぐ、ぬぅ……っ!」

「レイバーン!」


 レイバーンの声と共に、彼の神器へ魔力が伝えられていくのを感じる。

 『暴食』(ベルゼブブ)と交戦していると察するまで時間は必要なかった。


「おおおおおっ!」


 遅れて、ロティスの魔力が放たれる様も感知する。

 ただ、方角こそ同じだが、明らかにレイバーンと位置がズレている。

 リタの疑問は、舞い上がった土煙が流れると共に答えを彼女へ提示していた。

 

「この瓦礫……っ!」


 眼前に広がるのは積み上げられた瓦礫の山。

 それは自分達からレイバーンと『暴食』(ベルゼブブ)を隔てている。


「リタ様、ご無事でしたか」

「う、うん。でも、この瓦礫……」


 リタは唖然とした。広がるのは瓦礫の山だけではない。

 貫通をした床が、更に下の階層さえも見渡せる。一体どれほどの衝撃が、王宮を襲い掛かったのだろうかと息を呑む。


「はい。邪神の力がここまでとは……。

 多くのものが、崩れた瓦礫に巻き込まれてしまっています。

 王妃(フィロメナ)様や、イレーネ様。フローラ様が向かう先も崩落に巻き込まれている可能性が……」

「それって……」

 

 焦りから一心不乱に瓦礫を取り除こうとするロティスの姿で、リタは最悪の事態を思い浮かべた。

 アルフヘイムの森へと転移をする為の転移魔術。その魔法陣が隠されている場所が、この破壊に巻き込まれてしまった。

 その可能性が決して低くないのだと。


「はい。一刻も早く、無事を確認しないことには……」


 リタはまたも選択を迫られていた。瓦礫の奥ではレイバーンが『暴食』(ベルゼブブ)と交戦を繰り広げている。

 『暴食』(ベルゼブブ)は敵を喰らい、自らの力へと取り込む存在へ進化を果たした。

 レイバーンは負傷もしている。このまま放っておいていいはずがない。

 

 けれど、フローラ達も崩落に巻き込まれている可能性がある。

 ロティスが単独で、当てもなく探し続けるのは無茶だ。


 騎士団も、侍女(メイド)も、執事も。王宮内には様々な魔力が存在している。

 フローラ達をピンポイントで探り当てるのは至難の業だった。


(でも、とにかく探すしか……)


 自分にしか出来ない役目を果たさなくてはならない。

 焦燥感を抱きながらも、リタは目を閉じる。視覚を断ち、魔力を感知する能力を研ぎ澄ませる為に。


 ――我を、継承者(あるじ)の元へ。


 不意に、声が聞こえた気がした。

 微かでありながら、はっきりとした意思を感じる声が。


「誰……?」

「リタ様?」


 訝しむロティスの様子から、自分にだけしか聞こえていないのだとリタは察する。

 一向に焦りが解消されない中、リタは声の主を探していた。


「誰? 誰なの!?」


 ――ここだ。我は、ここに居る。


 導かれるまま崩れた王宮を彷徨うリタ。

 声の主を見つけるまでに、そう時間は掛からなかった。

 ただ、その姿を前にしたリタは己の目を疑った。


「あなたは……。黄龍王の神剣(ヴァシリアス)……?」


 視線の先には、淡く輝きを放つ黄龍王の神剣(ヴァシリアス)の姿。

 継承者を失ったはずの神剣が、横たわっていた。


「あなたが、私を呼んだの……?」


 近付くにつれ、既に声は聞こえなくなっていた。

 黄龍王の神剣(ヴァシリアス)は大気に漂う風の精霊(シルフ)の力を借り、妖精王の神弓(リインフォース)を通してリタへ語りかけていた。

 ただ、自身に残された力は僅かなもの。リタへ全てを伝える事は叶わない。


 自分にだけ聞こえたのは、きっと偶然ではない。

 そう考えたらリタは、黄龍王の神剣(ヴァシリアス)へ手を伸ばす。

 本来であれば、神器は継承者以外が扱う事を拒絶する。


 だが、今回は違っていた。黄龍王の神剣(ヴァシリアス)自身が、リタの助力を求めた。

 自身が継承者と認めた騎士(ヴァレリア)を救う為には、彼女の力が必要だった。


 無論、ミスリア王宮で起きている事態も把握している。

 だから、黄龍王の神剣(ヴァシリアス)妖精王の神弓(リインフォース)を通してリタへ力を貸す。

 一陣の風が、彼女の中を駆け抜けた。


「――っ」


 刹那、リタの中から不要な情報が根こそぎ排除されていく。

 真に求めるもの。崩落によって進路を失っているフローラ達の正確な位置だけが、頭の中へと残る。


「これを、あなたが……?」


 黄龍王の神剣(ヴァシリアス)は淡く刀身を輝かせるだけで、何も語らない。語る余力が、残っていない。

 だが、リタはそれでも構わない。黄龍王の神剣(ヴァシリアス)のお陰で、自分がやるべき事が見つかった。

 迫られた選択。その全てを、選ぶ光明が見えた。


「じゃあ、あなたが行きたいところを教えて」


 リタは尋ねると、黄龍王の神剣(ヴァシリアス)は力を振り絞り妖精王の神弓(リインフォース)へ伝える。

 示された先は王都の郊外。激しい魔力がぶつかり合っている戦場だった。


「……わかった。全力で行くね。妖精王の神弓(リインフォース)、力を貸して!」


 通常であれば光の矢を形成する妖精王の神弓(リインフォース)だが、今回ばかりは違っていた。

 黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を矢に見立て、妖精王の神弓(リインフォース)の光が神剣を包み込む。

 在るべき所へ導かれるはずだと信じて、リタは黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を全力で放った。


 矢のように放たれた神剣は、己が指し示した場所へ吸い込まれるように弧を描く。

 フローラ達の居る瓦礫を破壊し、王宮の壁を貫通すると、そのまま天へと姿を消していった。

 継承者(あるじ)の元へ駆けつけるかの如く。


「リタ様、今のは……!?」

「あの剣が通った先にフローラちゃんたちがいるよ。

 ロティスさんは、みんなをお願い」


 目を丸くするロティスへ、フローラ達の保護へ向かうようにリタは促す。

 自分にはまだやるべき事があると、瓦礫で隔たれた向こう側を貫くべく妖精王の神弓(リインフォース)を構えた。


 かなり魔力を消費した。正真正銘最後の攻防になると、リタは矢を放つ。

 積み上げられた瓦礫の山に、拳大の孔が開けられる。

 その向こう側に立つ『暴食』(ベルゼブブ)へ、リタは宣戦布告の一撃を放っていた。


 開けられた孔は、レイバーンの目線には程遠い。けれど、彼には分かっていた。

 向こう側から漂う森の香り。彼女を彷彿とさせる、光り輝く矢。

 自分の愛する女性でない訳がない。


邪神(おぬし)に、いつまでも好き勝手させるわけには行かぬな……!

 リタにはいいところを、見せたいのでな……!!」


 『暴食』(ベルゼブブ)に圧され、生傷を増やしていたレイバーンが活力を取り戻す。

 不思議とリタの存在を感じられるだけで無限に力が湧いてくる。

 

「リタ!」

「レイバーン! 絶対に、ここでやっつけよう!」


 妖精王の神弓(リインフォース)の矢により、瓦礫の山は取り除かれた。

 妖精族(エルフ)の女王と魔獣族の王は、『暴食』(ベルゼブブ)と相対する。


 それは捕食者と化した『暴食』(ベルゼブブ)にとっても朗報だった。

 何を食べたらどうなるのか。『暴食』(ベルゼブブ)は自身の可能性を確かめたくて仕方がない。

 大きく避けた口で舌舐めずりをしながら、悪意の塊が襲い掛かる。


 リタとレイバーンが残りの力を振り絞った戦い。

 それは時間にして一分にも満たない攻防だった。


 妖精族(エルフ)を捕食しようと大口を上げる『暴食』(ベルゼブブ)へ、レイバーンが鬼武王の神爪(レクエルド)を叩き込む。

 今はレイバーン(おまえ)ではないと怒り狂う『暴食』(ベルゼブブ)は、消失(バニッシュ)の左手を構える。


 だが、当然ながら読まれていた。リタが『暴食』(ベルゼブブ)の左肩へ矢を放ち、動きが鈍った一瞬。

 包み込むように掴んだ獣魔王の神爪(レイジングスラスト)が、その爪を漆黒の左腕を握り潰そうとする。


「――!!!」


 痛みで発狂をする『暴食』(ベルゼブブ)

 その姿は駄々を捏ねる子供そのもので、風貌以上の力を備えていた。


 それでも決してレイバーンは手を離さない。

 全てをリタに託す為に、彼は叫んだ。


「リタ!!」

「うん! 妖精王の神弓(リインフォース)、お願いっ!!」


 その思いに応えるべく、リタは己の全てを注ぎ込んだ光の矢を放つ。

 白と黒のコントラストに覆われた邪神の分体に、空洞が生まれる。

 動きが止まった一瞬の隙を逃すまいと、レイバーンが両腕の神器を構える。


「このまま――!」

「レイバーン! 行っちゃえ!」


 レイバーンが振り下ろした神爪が触れる瞬間。

 突如、『暴食』(ベルゼブブ)の姿が消える。

 空を切った神爪は、深く地面へと突き立てられた。


「消えた……だと……?」

「完全に、いなくなっちゃった……」


 リタが魔力の感知を試みても、邪神の姿は見当たらない。

 あと一歩が足りなかった。それでも二人は、互いの顔を見合わせては安堵した。


 一先ずだが、邪神の脅威は去った。王妃や王女を護る事は、出来たのだ。

 その事実だけを、素直に受け入れることにした。

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