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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第六章 芽吹く悪意
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356.境界線の攻防

 王都郊外。結界との境界線でぶつかり合う魔力。

 妖精族(エルフ)の女王、リタ・レナータ・アルヴィオラはその様子を王宮で感知していた。


 威圧感にも似た重く圧し掛かる魔力。

 感じた事があるはずなのに、以前より厚みを増したと感じるのは錯覚ではないだろう。

 遠く離れた位置にも関わらず、自然と妖精王の神弓(リインフォース)を掴む力が強まっていた。


「本当に来た……!」

 

 テランの言った通りの展開だと、リタは息を呑む。

 彼は言った。ビルフレスト・エステレラはこの状況で攻めてくるなら、単独で行動をする。

 意識を外へ向けている今こそが、彼にとって王妃と王女を暗殺するまたとない好機なのだと。


 この話を聞かされた時、騎士団長であるヴァレリアは選択を迫られた。

 確かに彼は、サーニャを囮にミスリアの王宮へ乗り込んできた事がある。

 けれど、結界が張られた状況でも同じ行動をするのだろうか。


 ヴァレリアの懸念に対して、テランは「彼なら確実にやる」と肯定をした。

 同時に彼は続ける。結界が生きている間こそ、ビルフレストとの戦いに集中できる最大の利点なのだと。


 テランの主張は一理ある。

 彼がノコノコと王都へ潜入しようというのであれば、ここで叩く外ない。

 ヴァレリアに迎撃の決断を取らせるだけの利点(メリット)は、確かに存在した。


 そして今。読み通りの展開だと言わんばかりに、魔力がぶつかり合う。

 援護しようにも、流石の妖精王の神弓(リインフォース)と言えど郊外までは届かない。

 戦闘が繰り広げられているのを知りながら、リタには無事を祈る事しか出来なかった。


「リタ、来たのか?」

「うん。きっと戦ってるはず」


 神妙な顔を見せるリタに、レイバーンも戦闘が起きているのだと気が付いた。

 ヴァレリアは自分達を信じて、ビルフレストの迎撃へと向かった。

 ならば、王妃と王女の護衛は必ずやり通さなくてはならない。


「リタ様。レイバーン様。ビルフレストが、来たのですね」


 自然と張り詰めていく空気から、フローラも状況を察していた。

 けれど、彼女は凛とした佇まいを崩さない。自分に出来る事がそれだけなのだと、知っているから。


「フローラ……」


 緊張は伝播していき、自ずと第二王女(イレーネ)の表情が強張っていく。

 過去の記憶がどうしても蘇る。父を、配下を大勢失った(フリガ)(アルマ)の謀反を。

 今回もまた、大切な人の命が失われるのではないかと思うと胸が締め付けられる思いだった。

 

「イレーネ姉様、ご心配なさらないでください。

 王宮にはロティスだけではなくリタ様やレイバーン様もいらっしゃいます。

 それに、ヴァレリア達が迎撃に当たっているのです。

 私達に力がないのであれば、せめて信じましょう。力を貸してくれる、皆さまのことを」

 

 無意識に振るえる姉の手を、フローラは優しく包み込む。

 その手は暖かく、不安を解きほぐしていくようだった。

 

「……駄目ね。私の方がお姉さんなのに、フローラの方がよほどしっかりしているわ」


 イレーネは自分の不甲斐無さを自嘲するかのように笑みを浮かべる。

 幼少期より我儘な姉(フリガ)に振り回される毎日だった。

 

 派閥を気にする母の影響で、(フローラ)と接する期間が極端に少なすぎた。

 故に、どうしても二の足を踏んでしまう。その間にも、フローラは様々な経験を経て成長しているというのに。


「そんなことはありません。イレーネ姉様こそ、私の背中を押してくださいました。

 いつ刺客が放たれるか解らない中で、お母様と共にミスリアを見守ってくださりました。

 私は、そんなイレーネ姉様を尊敬しています」

「フッ、フローラ……!」


 まさか大好きな妹が自分をそんな風に見てくれているとは、夢にも思ってみなかった。

 感激のあまり、イレーネは思わず後退りをする。

 両の足は本当に地面を踏みしめているのだろうか。ふらついた彼女の身体を支えたのは、護衛を務めているロティスだった。


「フローラ様、申し訳ありません。イレーネ様には、少し刺激が強すぎたようで」

「そ、そうですか……」


 いまいちフローラには理解の及ばない領域の話となってしまい、思わず生返事で応えてしまう。

 さも当然のように言い放つロティスから察するに、これは平常運転なのだろう。

 近付こうとすると「今はあまり刺激を与え過ぎない方が良いかと」と釘を刺されてしまい、フローラは益々困惑をする。

 

「うん、あんな感じなら大丈夫かな」

「そうであるな」


 微笑ましい姉妹の様子を見守りながら、リタとレイバーンは僅かに顔を綻ばせた。

 ヴァレリア達の事は気掛かりだが、ずっと気を張り詰めていても疲れるだけだ。

 せめて護衛対象の二人には、リラックスしておいて欲しい。その点では、今の流れは悪くない。


 そう思っていた矢先の事だった。

 言葉には言い表せない緊張感を前に、リタの顔が強張る。

 レイバーンも同様で、全身の毛が逆立つような不快感を覚えた。


「レイバーン、今の……」

「うむ。上手く言い表せはしないが、気持ちの悪い感覚だ」


 殺気とまでは言い難い。けれど、明らかな違和感。

 正体を探ろうと魔力の感知に意識を集中しようとした時。

 フローラは呟いた。


「誰かに見られているような気がしませんか……?」

「分かるの……!?」


 妖精族(エルフ)のように魔力の感知が優れている訳でも。

 魔獣族のように鋭い五感を持っている訳でもないにも関わらず、フローラもこの感覚を察知した。

 それは王宮も決して安全ではないという事の証明となる。

 

 ……*


「久しいな。ヴァレリア卿に、ライラス卿」


 テランとの交戦中に乱入をした二人の騎士。

 自分と同じくミスリア五大貴族の次期当主。ヴァレリア・エトワールとライラス・シュテルン。

 彼らを前にしても、ビルフレストは表情を崩す事は無かった。


「ビルフレスト。お前、どうしてこんな真似を!」


 敵対するビルフレストへ対して斧を構えつつも、ライラスの表情からは困惑が隠し切れない。

 士官学校の同期として、未だに信じられなかった。

 品行方正。お手本のような優等生だった彼が、まさかミスリアへ牙を剥くとは。

 

「どうして? 貴殿とは、それほど親しかった記憶はないのだが。

 貴殿の抱いていた印象が、私の全てであると勝手に思い込んでいただけだろう」

 

 一方的な印象だけで語られる自分の姿。仮面を被っていた自分を紛い物だと考えようともしなかった。

 その差が浮き彫りになっているだけだと、ビルフレストは冷たくあしらう。


「ぐ……」

「何を言いくるめられてんだ、バカか」


 同じく士官学校で同期だったヴァレリアが、ライラスの頭を小突く。

 彼女のまた、ビルフレスト・エステレラという人物を正しく把握していなかった。

 いや、理解している人間など誰一人として存在していなかったのかもしれない。


 だからころヴァレリアは、目の前の現実だけと向き合う。

 ミスリアを混沌に貶めようとしている諸悪の根源。そして、可愛い妹達の仇へ大剣の切っ先を向ける。

 

「随分と余裕ぶってるじゃないか、ビルフレスト。それとも、時間稼ぎのつもりかい?

 散々厭らしい手を使ってきたんだ。今更三対一が卑怯だなんて、言わないでくれよ」


 最初に邂逅をしたテランが、身を以って証明をしてくれた。

 魔力さえ纏えば、『暴食』の左腕から身を護る事が出来る。攻撃手段は魔術へ頼る必要はない。

 接近戦を得意とするヴァレリアとライラスにとっては、この上ない朗報だった。


「ふ……」

「何がおかしい!?」


 あまりに的外れな発言に、ビルフレストはうっすらと口元を緩めた。

 彼女達は自分達に分があると思い込んでいる。そう思うと、笑みを浮かべずには居られなかった。


「どうやら、随分と思い上がっているようだな。勘違いも甚だしい」

「言ってくれるじゃないか!」


 ヴァレリアが大剣を。ライラスが斧を振り上げた瞬間だった。

 その一瞬の間に、ビルフレストはヴァレリアの懐へと潜り込む。


「この程度の挑発に乗るとはな」

「ッ!」


 距離がある。得物の長さ(リーチ)は自分が勝っている。

 魔力を帯びた衝撃を伝わらせれば、隙が作れる。


 ヴァレリアの計画(プラン)は一瞬にして全てが潰された。

 隙だらけの自分の眼前には、確かな殺気を持ったビルフレストが立っている。


「貴殿も妹と同じ所へ送ってやろう」

「お……まえッ!」


 突き出される左手。口から放たれる言葉。全てがヴァレリアの神経を逆撫でする。

 強引に大剣を振り下ろすが、ビルフレストの左手の方が速い。

 

 ヴァレリアの身体が吸収(アブソーブ)により喰われかけた瞬間。

 僅かな隙間を潜って、魔力の障壁がビルフレストの左手を拒絶する。


「テランか」


 左手が触れるものを見るまでもない。先刻までと同様の感触で、何に触れているのかは理解できた。

 テランが潜り込ませたのは、自らの義手から切り離した『羽・盾型』(シールド・フェザー)

 ビルフレストの行動を予測した上で動かしたそれが、間一髪ヴァレリアを救った。


「ヴァレリア・エトワール!」

「ッ! おおおおおお!」


 最大の危機は一瞬にして好転する。

 足の止まったビルフレストへ目掛けて、ヴァレリアは叩き潰すかのように大剣を振り下ろした。

 しかし、ビルフレストの判断は早い。即座に身体を捻り、自らの持つ剣で大剣の軌道を僅かに逸らした。

 同時に迫ってくるライラスの進行方向へ、大剣が彼の斧にとって障害となるように。


「クソッ! ヴァレリア嬢、一旦距離を取ってくれ!」

「分かってる……よッ!」


 このままでは同士討ちになると、ライラスは舌打ちをする。

 大剣を振り下ろしたヴァレリアも、いつまでも『羽・盾型』(シールド・フェザー)に頼っては居られない。

 即座に持ち上げた大剣を横薙ぎに振るい、ビルフレストを遠ざけようと試みる。


「浅かったか」

 

 結果的にビルフレストは距離を置くが、その間にも彼の刃はヴァレリアへ迫る。

 切っ先は彼女の鎧が覆われていない関節部分を確実に裂いていた。


「ヴァレリア嬢!」

「掠り傷だ! 素人じゃあるまいし、いちいち動揺すんな!」


 地面へと落ちる血液の雫を目の当たりにしたライラスが、ヴァレリアへ駆け寄る。

 だが、当のヴァレリアは意に介していない。再びビルフレストと相対するべく、刃を構える。


「テラン、悪い! 助かった!」

「構わない。ただ、慎重に対応をして欲しい。彼はまだ、本気を出していない」

「本気で言っているのか……!?」


 テランの言葉に、ライラスは顔を引き攣らせた。

 今の攻防だけでビルフレストの実力は十分に伝わった。

 それでも尚、全力には程遠いと宣言をされてしまった。


 だが、決してテランもその場の印象で話している訳ではない。

 明確な理由があるからこそ、二人へ伝えた。

 

「現に彼はまだ魔術を使っていない。邪神の分体も、出していない。

 それだけで、君たちになら伝わるだろう!」


 その事実はヴァレリアにとって、苦い記憶を蘇らせる。

 三日月島で現れた異形の怪物。全てを喰らい尽くす左腕を持つ『暴食』(ベルゼブブ)が、姿を現していない。

 ビルフレスト一人でも厄介だというのに、いつ現れるか判らない邪神の分体を警戒しなくてはならない。

 それがどれだけの精神的負荷(ストレス)になるかは計り知れないものがある。


 そして、テランの言う通りビルフレストは魔術も使用していない。

 彼はアメリア同様、剣技だけでなく魔術にも長けている。

 これまで吸収(アブソーブ)と剣だけで戦っている意図が読めないぐらいだった。


「そうか、やけに防御に専念すると思っていれば。

 お前は私の動向を気にしていたのか」


 消極的なテランの行動に得心が行ったと、ビルフレストは視線を彼へと動かす。

 瞳の奥にある感情がまるで読めず、テランは息を呑んだ。


「そう警戒せずとも、魔術はとうに使()()()()()()


 刹那、三人は全身の毛穴が開くのを感じた。真冬にも関わらず、冷や汗が止まらない。

 それもそのはずだった。既に自分達は、雷の檻によって捕らえられていたのだから。


「これは……!」


 身を以ってい経験したからこそ、ライラスはすぐに理解をした。

 雷光の檻(ライトニングプリズン)。ラヴィーヌが敵を捕獲する際に、よく使用する魔術に違いない。


「いつの間に……」


 予備動作もなく現れた檻に、ヴァレリアも声を漏らした。

 気付けば闘技場のように、雷が自分達を取り囲んでいる。

 さながら自分達は、闘技場の闘士と言ったところだろうか。


(そうか、ラヴィーヌ・エステレラは――)


 そんな中、テランだけは違うものを見ていた。

 この魔術は自分の遠縁であるラヴィーヌが得意としていたもの。

 無論、ビルフレストも扱えない訳ではない。けれど、熟練度という点では彼女に一日の長があっただろう。

 

 ビルフレストはその魔術をいともたやすく出現させてしまった。まるで彼女の練度を吸収したかの如く。

 浮遊島から離脱したと目されるラヴィーヌの末路を理解させるには、十分なものだった。

 

 彼は遠巻きに、自分達の結末を伝えているようにも思えた。

 否が応でも、緊張感が高まっていく。

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