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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第六章 芽吹く悪意
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355.『暴食』の弊害

 王都を守護する結界は、妖精族(エルフ)の術式によって組まれたもの。

 悪しき者を拒絶するそれは、左腕を『暴食』の核へと移植したビルフレストも例外ではなかった。


 それでも、ビルフレストの力なら突破を試みるだろう。

 彼のやり方をよく知っているからこそ、テランは王都へ残る事を選択した。


 そして、今。

 かつて主従関係にあった二人は相対している。

 敵同士として。


「テラン。完全にミスリア(そちら)側に付いたようだな」


 眉ひとつ動かさないビルフレストに、テランは驚きもしない。

 彼はいつも淡々と、求めているものだけを一方的に伝える。

 操り人形のように自分が淡々とこなす事を、解っていたから。


「ええ、お陰様で。充実した毎日を送らせて頂いてますよ」


 目一杯の皮肉を前にしても、ビルフレストの表情は変わらない。

 昔と変わらない態度で、テランへ言葉を投げかける。


「お前ほどの魔術師であれば、どの勢力であろうと喉から手が出るほど欲しいだろうからな。

 それは私も変わらない。どうだ? 今一度、世界再生の民(リヴェルト)に――」

「ご冗談を。貴方が一度裏切った人間を許すはずがないでしょうに」


 重い空気が、お互いの間で留まっている。

 二度と道が交わる事はない。テランは暗に、言いきって見せた。



 

 思えば、テラン・エステレラにとってシン・キーランドとの邂逅は僥倖だった。

 初めは自分と同じ空っぽの人間だと思っていた。けれど、彼は違った。

 彼には命に代えても成し遂げないといけない本懐があった。紛れもなく、己の意思で生きていた。


 驚いたのは、どうやら自分も同じものが備わっていた事だった。

 自らの命を安く見積もっていたつもりだが、現実は違っていた。

 操り人形と化していただけで、自分にもきちんと生への執着心は備わっていたのだ。


 心の内を知ってからは、ものの見え方がまるで違った。

 本当なら、ビルフレストを裏切るつもりはなかった。

 だから、崩れゆく遺跡でもシンの手を取らなかったのだ。


 ただ、刻と運命の(アイオン)神の遺跡で閉じ込められていく中。

 任務の失敗を許さないビルフレストと、手を差し出したシン。

 孤独な世界で、どちらに希望を見出したかは言うまでもない。

 

 何より、テランは知ってしまった。

 刻と運命の(アイオン)神の遺跡で、彼が手に取る古代魔導具(アーティファクト)に宿る能力(ちから)を。


 何も持たないのに、シンは運命に翻弄されていく。

 それでもきっと、自分の本懐を遂げようと全力を尽くすのだろう。

 どうしても、彼の行く末を見届けたくなかった。


 当時の本心を語ると、ミスリアは勿論、シン達にさえも受け入れてもらえる可能性は極めて低いと思っていた。

 追われる身になるならなるで、一方的に見守るつもりでもいた。

 状況が状況だけに受け入れてもらえたのは、本当に運が良かったと思う。


 妖精族(エルフ)の里に辿り着いてからは、驚く程に毎日が楽しかった。

 マギアの誇る天才発明家。ベル・マレットは勿論、彼女と共に研究をしようと研究チームを立ち上げたオリヴィア。

 妖精族(エルフ)のストルに、小人族(ドワーフ)ギルレッグ。少し変わった存在のピースも、よく入り浸っている。


 世界再生の民(リヴェルト)でも同じように魔術の研究をしていたが、まるで違う。

 人を殺める為、傷付ける為の手段ではない。一人でも多くの人間を幸せにしようとするもの。

 それはテランにとっては眩しく、気高くも感じられた。自分もずっと関わっていきたいと、願ってしまったのだ。

 

 シンを見守りたい以外に起きた欲求は、紛れもなく自分だけのもの。

 この時、漸くテラン・エステレラという人間が産声を上げたような気がした。

 

 だから、テランはビルフレストの壁として立ちはだかる事を選んだ。

 世界再生の民(リヴェルト)が、邪神が、ビルフレストは相反する存在なのだ。

 研究チーム(じぶんたち)が創り出す、幸せにする為の研究と。



 

「お前の言う通りだな」


 まるで感情の籠っていない薄笑いを浮かべ、ビルフレストは剣を抜く。

 剥き出しの刀身が鏡面の如く太陽の光に反射をする。


「そこまで知っていて、私に歯向かうことの意味も理解していただろうに」

 

 剣を構えたと思った瞬間だった。ビルフレストは一瞬にして間合いを詰める。

 集中を切った覚えがないのに、まるで瞬間移動をしたかのように眼前へと現れる。


「ぐっ……!」


 魔術のイメージを練り込んでいる時間はない。テランは咄嗟に、魔硬金属(オリハルコン)の義手を前方へと突き出した。

 振り払われた刃と義手が交差し、擦れる金属同士による歪な音色が奏でられる。

 魔硬金属(オリハルコン)の強度により右腕は破壊こそされなかったものの、テランの体勢は力押しにより膝を折られてしまう。


影縫(シャドウシャックル)


 続けざまに迫る凶刃へ対抗すべく、テランが発動させたのは影の矢。

 先刻、ビルフレストの手により振り払われたもの。

 地面から影が伸びるかのように、漆黒の帯がビルフレストへ絡みつく。

 身動きを奪っている間に距離を取り直すという目論見だったのだが、ビルフレストには通用していない。


「無駄な足掻きだと、知っているだろう」


 『暴力』の能力。吸収(アブソーブ)の宿った左手が、漆黒の帯を喰らい尽くす。

 瞬く間に消えた影縫(シャドウシャックル)に驚く間もなく、ビルフレストは再び剣を振り上げた。


()()()……)

 

 ビルフレストの持つ左腕は、あらゆる者を喰らい尽くす。

 自分の放った魔術。影縫(シャドウシャックル)も例外では無かった。

 

 魔術師としては絶望的な事実かもしれないが、テランの眼は死んでいない。

 彼にはまだ、確かめなくてはならない事がある。


「先刻は思ったよりもお前の身体が軽すぎた。今度こそ逃がしはしない」


 太陽の光を背に、ビルフレストの刃が頭上から襲い掛かる。

 魔硬金属(オリハルコン)の義手を以て受け止めるが、そのまま体重を乗せられた一撃に今度はテランの身体が地面へと縫い付けられる。


「終わりだ」

「そう簡単に終わるつもりは、ありませんよ……!」


 ビルフレストは左手を翳し、テランを喰わんと振り下ろす。

 このままでは喰われてしまうと、テランは義手へ己の魔力を注ぎこんだ。


 テランの魔力に反応し、義手の装甲が剥がれていく。

 切り離された装甲はテランの魔力を帯び、『暴食』の左手とテランの間に割り込んで見せた。


「これは……」


 思いもよらぬ防御に、ビルフレストが怪訝な表情を浮かべる。

 まるで自分に喰われる事を拒絶しているかのように、義手の装甲がテランを護る。

 その正体は、義手に取り付けられた『羽・盾型』(シールド・フェザー)。オリヴィアと違う形で、テランにも搭載されたものだった。


「小賢しい真似をするものだな」

「そうしないと、一瞬で殺されてしまうでしょうから」


 左腕は『(フェザー)』を。右腕はテランを斬ろうと力を加える。

 依然として危機に変わりはないが、テランはビルフレストの攻撃に堪えていた。


()()()()()()()()……)

 

 『羽・盾型』(シールド・フェザー)へ魔力を送り続ける事により、吸収(アブソーブ)に耐えている。

 いくら喰われようとも、テランが魔力を送り続ける事でその形を保っている。


(ベルの睨んだ通りか)

 

 眼前で起きている現象は、マレットによって仮説が立てられていた。

 その事実は、テランにとって大きな意味を持つ。


 ……*


「なあ、テラン。お前、ビルフレストってヤツの部下だったんだろ?」


 ある日の妖精族(エルフ)の里での出来事だった。

 脳に糖分を欲したマレットに連れられ、おやつを作っているであろうイリシャの元へと連行をされた日。

 クッキーを齧りながら、彼女は唐突に呟いた。


 自分も同様にクッキーを頬張りながら、テランは頷いた。

 否定する必要もない。今更、この答えが自分の待遇に影響が出る訳でもない。

 そもそも、マレットがそういう人物ではないとテランも知っている。


「イルシオンってヤツの話だと、アイツは邪神の能力で『喰った』んだよな?」

「……恐らくは、そうだね」


 ここで漸く、テランは自分が連れ出された意味を理解した。

 余り他人に聞かせる話ではない。二人で『暴食』について話がしたかったのだと察する。

 

 ビルフレストはクレシアを、そして紅龍王(フィアンマ)の片翼をその左手で喰らい尽くした。

 その瞬間を見ていた者の証言では、彼はこうも言っていた。「()()()()()」と。


「妙だよな? 『消えた』じゃなくて、『ここに居る』だぞ」


 マレットの知りたがっているもの。その正しい答えを、テランは提示できない。

 彼が『暴食』の適合者となったのは自分が世界再生の民(リヴェルト)を離れてからの事だった。

 正確な能力を把握していないが、言わんとしている意味は伝わる。


「彼は左手で捕食した者の能力(ちから)を得る。君は、そう言いたいんだね」

「半分正解だ」


 マレットは半分だと言ったが、恐らくは本題の導入部分に過ぎないだろう。

 彼女が本当に知りたいものは何なのかと、テランは眉を顰める。


「そんな大層な能力なら、とっとと一人で攻めりゃいいじゃないか。

 片っ端から自分の血肉に変えてさ。そのビルフレストってヤツがそうしない理由を、アタシは気にしてる」

「確かに……」


 言われてみればその通りだ。むしろ、ビルフレストの性格を知っている自分が気付くべき案件だった。

 彼にとって部下は駒でしかない。それも、自分が介入しない事により不確定要素が増していく原因となる。

 『暴食』により力を増し、単独で目的を果たせるならば、やらない理由はない。ビルフレスト・エステレラはそういう男だ。


「気になるところは、もうひとつある」


 マレットは続けざまに、伝え聞いた状況からの推察を話し始める。

 それは魔力を纏う事によってビルフレスト及び、『暴食』(ベルゼブブ)の左腕を防御出来るという可能性。


 無論、初めに受けたイルシオンが紅龍王の神剣(インシグニア)を持っていた点は考慮している。

 だが、イルシオン自身が教えてくれた。魔力の()()()感覚がしたと。

 ならばそれは、神器の加護によって護られていた訳ではないと仮説を立てる要因と成り得る。


 極めつけは、魔女と化したフェリーの存在。

 彼女が放つ炎は『暴食』(ベルゼブブ)を包み込んだ。永続的に放たれ続ける、魔力の炎。

 それは邪神の分体さえも、火達磨にしてみせた。()()()()()()()()()()()()


「どう思う?」

「……魔力が供給さえされていれば、防げる?」


 それでは事実を並べただけだと、テランは眉根を寄せる。

 ビルフレストが未だに不確定要素をばら撒いている理由にはならない。

 テランが頭を悩ませていると、ヒントは意外なところから零れ落ちた。


「リントリィさんはいらっしゃいますか!?」


 慌てて台所へ飛び込んでくるのは、ミスリア王女。フローラ。

 妖精族(エルフ)の里に来てからの彼女は、すっかりと家庭的になっていた。

 「王宮よりもずっと楽しそうにしている」とは、オリヴィアの談である。


「いや、ここにはいないぞ」

「ああ、そうなのですか! おやつを食べ過ぎた子が、お腹が痛いと言い出しまして……。

 どうすればいいのでしょうか……」

 

 子供の世話をするのも、フローラにとっては貴重な体験だった。

 毎日起きる違う事件に、四苦八苦していく王女の姿。

 愚痴のひとつも溢さず真摯に向き合おうとする彼女の気持ちが伝わっているのか、子供達も徐々に懐いているとオリヴィアから聞いている。

 

「食い意地張ってんなあ。ま、気持ちは分からんでもないけど」


 イリシャに胃袋を掴まれているマレットは、うんうんと頷きながらクッキーを頬張る。

 対応を自分に任せているのだと察したテランは、椅子から立ち上がる。

 

「食べ過ぎによる消化不良ですから、慌てる必要はありませんよ。

 彼女は普段から胃薬を調合しているでしょうから、薬箱を探しましょうか」

「ええ! 助かります!」


 ガタンと、椅子が大きな音を鳴らす。

 テランの台詞に強い反応を示したのは、マレットだった。


「消化不良……?」


 自分の言葉を繰り返すマレット。続けて、テランもハッと顔を上げる。

 消化不良という単語を聞いた時、全てが腑に落ちた。

 ビルフレストが未だ表立った行動をしない。その理由が、見えた気がした。


 ……*


「まだそんな顔をする余裕があるようだな」


 口元を緩めるテランの姿を見下ろしながら、ビルフレストが力を込める。

 相変わらずジリ貧の膠着状態は続いているが、テランにとってそう悪い状況ではない。


「貴方こそ、いつまでも僕に構っていてもいいのですか?

 お腹いっぱいになってしまいますよ」


 またもビルフレストの眉が動く。

 この時点でマレットの仮説が正しい事をテランは確信をした。


 ビルフレストは吸収(アブソーブ)で喰ったものを()()()()()()()()()()()

 だから無闇矢鱈に喰い続ける訳にはいかない。クレシアやフィアンマの片翼を喰ったのも、魔力で覆われていない瞬間だった。

 

 何より、魔力を纏った防御で『暴食』から身を護る事が出来る。

 行き過ぎた魔力は彼にとって消化不良を起こす原因とも成り得る。


 仮想敵であるミスリアの力を自分のものに取り込もうとした弊害とも言うべきだろうか。

 『暴食』も決して、盤石の能力ではなかった。


「テラン。お前独りで、私の腹が膨れるとでも? 勘違いも甚だしいぞ」


 ビルフレストは左腕の力を込め、『羽・盾型』(シールド・フェザー)から魔力を喰らい尽くそうと試みる。

 的外れの考えだと思い知らせる為の行動。彼の意識は完全に自分へ向けられていると、テランは確信をした。


「まさか。僕もそこまで、自惚れてはいませんよ。

 ただ、()()()()()()()()。魔力を用いて貴方の能力は、防げると」


 刹那、交戦をするテランとビルフレストへ影が迫る。影が振り被るのは大剣と斧。

 視線を左右へ動かし、迎撃は間に合わないと判断。抑え込んでいたテランを放棄し、彼は一度距離を置いた。


「そうか。貴殿らも、この場に現れたか」

 

 左右から高速で迫るふたつの影の正体を、ビルフレストは知っている。

 自分と同じ黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)。ヴァレリア・エトワールと、ライラス・シュテルンだった。


「当たり前だろう! いつも余裕ぶってるけど、アンタはここで倒させてもらうよ!」


 大剣の切っ先を突きつけながら、ヴァレリアは啖呵を切る。

 この男を倒せばすべてが終わると、信じて。

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