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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第六章 芽吹く悪意
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354.悪意は王都へ忍び寄る

「アンタたち! 悪いね、助かったよ!」


 戦いを終えたシンとフェリーの元へ駆け寄るのは、人虎(ワータイガー)のベリア。

 人懐っこい彼女は、初対面にも関わらず両の腕で二人を抱き抱えるようとする。

 本能的に避けたシンとは対照的に、フェリーはその整った毛並みの暖かさへ包まれた。


「なんだい? 照れちゃってんのか?」

「照れてない」


 豪快に笑うベリアに対して、シンは無表情で答える。


「え? シン、照れてるよ!?」

「だよなあ?」

「照れてない」


 フェリーとベリアは顔を見合わせながら、二人で勝手に納得をしている。

 人懐っこい二人が打ち解ける様を見せつけられながら、シンは同じ言葉を続けた。


 異常発達した魔物から始まった港町の異変は、一先ずの区切りを迎える。

 シン達が戦闘を繰り広げている間、イリシャ達が獣人と話をつけていたおかげでその後は簡単に受け入れて貰える事ができた。

 

 どうやら彼女も、小人族(ドワーフ)であるギルレッグが同行している事を不思議に思っていたらしい。

 妖精族(エルフ)の里で共に暮らす者達の話をすると、大層興味深く頷いていたという。

 

 マレットに至っては、魔導石(マナ・ドライヴ)搭載型の船であるネクトリア号の手入れが行き届いている件に対して歓喜すらしていた。

 皆のお陰で、シン達は港町(ポレダ)やネクトリア号の乗組員から容易に受け入れられていた。


 ……*


「うお! ピースの姉さんじゃねぇかァ!」


 町の中へと入ったシン達を待ち構えていたのは頭を丸めた海の男、ゴーラだった。

 彼はベリア同様に両腕を広げてみせるが、ひらりとマレットに躱されてしまった。


「よう、久しぶりだな。元気してたか?」

「この通りだァ! ……ところで、ピースはどうしたんだァ?」

「ああ、アイツは別行動だ。今から合流する予定だけどな」

「おねえさん……?」

 

 ゴーラと親しげに話すマレットだが、会話の内容に違和感を抱いたフェリーが小首を傾げる。

 面倒だからと否定をしなかったが故に、彼女の混乱を招いていた。


「多分、説明するのが面倒なだけだと思うぞ」

「あ、そっか。ピースくん、マレット――」

「フェリーちゃん、そこまでにしておきましょう」


 そっと肩に手を置くイリシャの顔を見て、フェリーはコクコクと首を縦に振った。

 マレット本人がいる前であまり話す事ではないと、流石に気がついたようだった。


「――それで、アンタに頼みたいことがあるんだよ」

「オォ! 町を護ってくれたんだ、なんでも言ってくれェ!」

 

 そんなフェリーの様子を気にするまでもなく、マレットはゴーラとの交渉を続ける。

 具体的にはギルレッグが作業をする場所を貸して欲しいという点と、足りない材料を分けて欲しいという点。

 ゴーラは悩むまでもなく、マレットの頼みにふたつ返事で了承をした。


「シン、フェリー。今からアタシとギルレッグのダンナは船の魔導石(マナ・ドライヴ)をマナ・ライドに取り付ける。

 お前らはそれに乗って、先に王都へ向かえ」

「え? でも、そしたらみんなは……」


 反応を待つまでもなく、マレットとギルレッグは作業へと取り掛かる。

 マナ・ライドはマギアで借りた一台しか船に搭載していない。

 取り残される三人はどうするつもりなのかと、フェリーは困惑の表情を浮かべる。


「大丈夫よ、フェリーちゃん。騎士団の人もいるし、ベリアちゃんたちがこの町を護るらしいから。

 わたしたちも、出来るだけのお手伝いをしようかなって」


 フェリーの不安を解消するかのように、イリシャがポンと背中を押した。

 今までのやり口を考えると、異常発達した魔物は陽動である可能性が高い。

 全員で速度を落として向かうよりは、戦力となるシンとフェリーが先行をするべきだという判断だった。


「ああ、アタイらが必ずアンタらの仲間を護って見せる」


 握られた拳は真っ白な雪玉のようで、ベリアはそれを自分の胸へと押し当てる。

 鍛えられた二の腕からは、自身の程が窺える。何より、言葉とは裏腹に彼女の表情は完全に明るいものではなかった。


「ただ、その代わりと言ってはなんだが……」

「どうかしたの?」


 今までのカラッとした態度から一転。言い淀むベリアの姿にフェリーは小首を傾げた。

 ベリアは心配をしている。自分達と共にミスリアへ訪れた、魔術師の少女の存在を。


「その、トリス。トリス・ステラリードって娘が王都へ向かったんだ」


 聞き覚えのある名前に、シンの眉が微かに動く。

 確か、王都で魔物を召喚しようとした魔術師の名前がそうだった。

 アメリアやピースの話では浮遊島で交戦をしたものの、戦線から逃がされたと聞いている。

 その後、刺客として黄龍が放たれたとも。


「生きていたのか」


 シンの言葉に、含みはない。言葉通りの意味だった。

 けれど、ベリアにとってはそうではない。トリスの過去を聞かされているからこそ、きっちりと頼んでおく必要があった。


「あの娘がミスリアに逆らったのは聞いている。

 だけど、今は違うんだ! アタイらを、ティーマ公国を護ってくれた!

 今だって、罰を受ける覚悟でアタイらのためにミスリアへ戻ったんだ!

 だから、見かけても討たないでやって欲しい。この通りだ……!」


 ベリアのみに留まらず、気付けば彼女の後ろに並ぶ獣人達も深々と頭を下げている。

 ネクトリア号の乗組員だけではない。港町の民も温情を求めていた。

 彼女はこの町で暴れる魔物から自分達を護ってくれたと、皆が口々に揃えて言う。

 かつて魔物を召喚し、混乱を引き起こそうとした彼女の面影は感じられない。


 どうするべきなのか、判断がつかない。フェリーは困った顔で、シンの裾を摘まんでいる。

 イリシャやマレット、ギルレッグと言った面々も判断は任せると言った様子だった。

 

「俺たちは、トリス・ステラリードのことを詳しくは知らない。

 だけど、ミスリアに事実は伝えさせてもらう。この町と、アンタらを護るために全力を尽くしたことだけは」


 やや無責任に思われるかもしれないが、シンにとってはそのラインが限界だった。

 ミスリアの人間ではないシンが、一度はミスリアに牙を剥いた彼女を裁けるはずもない。

 

 ただ、リシュアンやテランのように離反しながらも、再び受け入れられた者がいる。

 少なくとも、ピースの話を聞く限りトリスも世界再生の民(リヴェルト)に居場所は残っていないだろう。

 今の彼女の在り方を伝えてやれば、少しはベリア達の望む結果に近付くかもしれないと考えての発現だった。

 

「……ああ。ああ! それでいい! どうか、トリスを頼むよ……!」


 気休め程度の言葉だが、欲しかった言葉でもあるのだろう。

 顔を上げたベリアの顔が、険しいものから安堵へと移り変わっていく。

 余程、トリスを大切に想っているのが窺える。彼女はきっと、いい出会いをしたのだ。

 それだけは間違いないのだと、シンは感じ取っていた。


 ……*

 

 マレットとギルレッグがマナ・ライドの改造を終えたのは、日を跨いだ後の話となる。

 まだ朝日が昇りきっていない中で、マナ・ライドから強力な魔力が発せられる。


「いいか、突貫工事で魔導石(マナ・ドライヴ)を付け加えただけだからな。

 はっきり言って、かなりの暴れ馬だ。速度を出し過ぎて、曲がり切れないなんてことはないようにしろよ」


 その時点で、相当の無茶をしたのだとシンは察した。

 自分達が旅に使っていたマナ・ライドですら相当な出力を誇る。だが、魔導石(マナ・ドライヴ)はひとつしか取り付けられていなかった。

 今回は流通品とはいえ、ふたつの魔導石(マナ・ドライヴ)を無理矢理取り付けている。

 マレットに言われるまでもなく、バランスの調整にまで手が回っていないのは明白だった。


「それと、シン。また暴れ回ると傷口が開いちゃうんだから。

 ちゃんと傷薬(これ)を持って行ってよね」


 イリシャは半ば強引に、荷物の中へ傷薬を押し込む。

 治療を施している彼女だからこそ、シンがずっと痛みに堪えているとよく解る。

 フェリーに心配を掛けまいとしているのだろうが、せめて自分にぐらいはきちんと言って欲しかった。


「シン、まだキズがイタいの? だったら、あたしが運転しようか?」

「いや、大丈夫だ。俺がやる」

「むう。エンリョしなくてもいいのに」


 間髪入れず断られた事に頬を膨らませるフェリーだが、理由は遠慮とは全く別のものだった。

 彼女の運転の粗さをシンは知っている。制御が覚束ないマナ・ライドを運転させる方が余程危険だと感じていた。

 

「フェリーは後ろで、シンにしっかり掴まってればいいんだよ」


 やや含みのある言い方で、マレットがケタケタと笑っている。

 シンが何か言いたそうな顔をしているが、堂々巡りになるのは目に見えているので追及はしなかった。


「……じゃあ、シン。イタかったら言ってね?」

「大丈夫だ」


 なるべく痛みを感じないように、フェリーはゆっくりとシンの腰に腕を潜らせる。

 降り落されないように、徐々に力を込めるフェリー。自然と、二人の身体は密着をしていく。

 防寒具を着込んだ先でも、シンの温もりを感じているような気がしていた。


「それじゃあ、行ってくる」

「みんなも、気を付けてね」


 フェリーの身体が固定をされたと判断したシンは、マナ・ライドを起動する。

 明らかに歪で不自然な加速を前に歯を食い縛りながらも、二人は王都へ向かって走り始めた。


 ……*


 一方、妖精族(エルフ)によって結界が張られた王都の中は静かなものだった。

 王宮に陣取ったリタが感じる範囲に、敵の気配はない。

 そもそも、敵が現れるという事は結界が破られるのと同義だ。リタでなくとも、気付かないはずが無かった。


「レイバーンの方は、なにか判る?」

「いや、どうも人間の世界は色んな臭いが混じっていてな。

 余の鼻では、とても追いきれんのだ」


 王宮で待機をしているリタが、レイバーンへと尋ねる。

 だが、彼の反応は決して芳しくない。魔獣族にとって慣れない臭いが充満しているこの世界では、警戒すべき臭いがどうしてもブレてしまう。


「結界は張っているし、まだ砂漠の国(デゼーレ)はカッソ砦が抑えてはいるけど……」


 通常であれば、王都まで攻め入られる様な状況ではない。

 要所で警戒はしているし、異常発達した魔物が暴れる地域も制圧に当たっている。

 一方で争いが繰り広げられる中、王宮でのうのうと待機している自分がもどかしいと思う面もあった。


「ええ、まだミスリアの防衛線は働いていますから。

 王都はまだ大丈夫ですよ」

「フローラちゃん……」


 言いようの無い不安を抱えるリタの元へ、フローラが寄り添う。

 彼女が一番、この戦いに不安を抱いているはずなのに。気を遣わせてしまったと、リタは反省をした。


 けれど、リタが抱いている不安は決して杞憂などではない。

 彼女達が忍び寄る悪意と邂逅するのは、もう間もなくの事だった。


 ……*


 黒衣の男が感じ取ったのは、幾重にも張り巡らされた魔力の層。

 ゆっくりと手を伸ばすと、それは彼を拒絶するかのように強い魔力を放出した。

 

「結界か」


 自分を拒絶するものを前にして、男はぽつりと呟く。

 ミスリアの、少なくとも人間の術式ではない結界魔術が、王都に張り巡らされている。

 

「意味のないことだ」


 しかし、ビルフレスト・エステレラは動じない。

 『暴食』に結界そのものを喰わせようと、左手を翳した瞬間だった。


 無数の影の矢が、自分目掛けて襲い掛かる。

 咄嗟に翳した左手が、影の矢を受け止める。


「外に意識を集中させて、自分は王女の暗殺を目論む。

 貴方らしいやり口だ。必ずそうすると思っていましたよ」


 王都への侵入を試みるビルフレストを妨害する者。

 それは右腕に魔硬金属(オリハルコン)の義手を携えた、魔術師の男だった。


「――テランか」

「お久しぶりです、ビルフレスト様」


 魔術師の名を、ビルフレストは呟く。

 知らないはずはない。彼を一流の魔術師に育て上げたのは、自分でもあるのだから。

 

 テラン・エステレラ。

 かつての部下であり、誰よりも自分のやり口を知っている男。

 自分の右腕だと認識をしていた男と、ビルフレストは敵として邂逅を果たしていた。

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