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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第四章 ふたりの想い
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34.背中合わせの夜

 灯心が放つ小さな光。

 フェリーは机に置かれたそれを、シーツに包まりながら眺めていた。


 爪の先ほどの大きさしかない灯りだが、懸命に周囲を照らす。

 儚くも煌めくそれが、まどろむフェリーを眠りへと誘おうとしていた。


 今日はお茶会をして、温泉に浸かって、暖かい布団で眠れる。

 遭難していた昨日よりずっと良い環境のはずなのに、なんだか疲れた。


 イリシャがシンを知っている事に嫉妬したからだろうか。

 それとも、何故かイリシャに懐かしさを覚えたからだろうか。

 あるいは、ずっと吐き出せなかった物を吐き出してしまったからだろうか。


 まさか、嗚咽混じりにあんな事を口走ってしまうとは思ってもみなかった。

 懐かしさは感じたが、間違いなく初対面の相手に話すなんて思ってもみなかった。

 

 ピースやアメリアにも不老不死だという事や故郷を燃やしてしまった事は話したが、本心までは語れなかった。

 特に、アメリアには話してはいけないような気がしていた。


 シンと話している時の彼女は、とても可愛らしいのだ。

 初めて逢った時や、ウェルカで再開した時はとても凛としていた。

 それが、時間が経つにつれて色んな表情を見せていた。


 頬を赤らめたり、必死に名前を呼んでもらおうとしたり。

 その懸命な姿に、一緒に冒険へ連れて行ってもらおうとした自分を重ねた。

 助け船を出すつもりで、自分が名前を呼んでみた。


 そうすればきっと、シンも呼ぶだろうと思っていたからだ。

 シンには、ああいう甲斐甲斐しい娘が傍にいてくれた方がいいのかな? とも思った。


 同時に、やっぱり自分は気持ちを伝えちゃいけないと思った。

 自分はシンの仇でもあるのだから。

 フェリーはずっと心の内に留めておくつもりだった。


 それでも別々に旅をしようとは言わなかった。言えなかった。

 アメリアの気持ちをうっすらと察していながら、卑怯な事をしているとフェリーは自覚している。

 承知の上で、傍にシンが居る日々を失いたくなかったのだ。


 こんな事を考えてしまうのも、今日の出来事のせいだと思う。

 明日になればリセットされている事を願いながら、フェリーは瞼を閉じていく。

 

「ほんとに……どうして、あんなコト言っちゃったんだろ……」


 夢の世界へ潜ろうとしていたフェリーの頭が、突然回転を始める。


 ――え? あたし、なんて言ったっけ?


 嗚咽混じりで言ったせいなのか、眠ろうとして頭が回っていないのか、はっきりとは覚えていない。

 だけど、これだけは間違いなく言った。


 シンが、好きだと。


「……うぅぅ」

 

 不意に思い出してしまい、恥ずかしくなる。

 今の自分の顔は間違いなく、机の上から発せられている灯りよりも紅くなっているだろう。


 それを願っちゃいけないと解っているのに、口に出してしまった。

 明日になったらイリシャに絶対口止めをしようと、フェリーは堅く誓う。


 それとほぼ同時に、部屋の扉が開いた。

 部屋に流れ込む冷たい空気から身を守るように、フェリーはシーツへ身体を埋める。

 もうひとつ、扉を開けた張本人から目を逸らすためでもあった。


 その張本人であるシンは、言葉を失っていた。

 フェリーと同部屋と知らされたのは、ついさっきの事だったからだ。

 

 野営の時はともかく、きちんとベッドがある状況で同じ部屋に泊まる事を二人は避けていた。

 フェリーが「シンがいると、ぐっすり眠れない!」と主張するからではあるが、それはお互い様だった。


 さっき、あんな事をイリシャに言ってしまった手前、シンも気まずい。

 包まって息を潜めているフェリーも、同様に恥ずかしい。


 お互いが、自分の心臓が激しく鼓動させている事を認識する。

 本人に言った訳ではないという事実が、二人が冷静でいるための生命線でもあった。


「フェリー、起きてるか?」


 シンが小さな、しかし確実にフェリーには聞こえるであろう声量で呟いた。


(え? え?? これ、どうしたらいいの!?)


 まさか声を掛けられるとは思っていまかったフェリーが、息を呑む。

 正しい反応が判らない。どうすればいいのか、落ちかけた頭脳を再起動させる。


(返事したら、お話しちゃうよね? お話自体はいいケド、今はちゃんと話せる気がしないよ)


 ましてや顔が赤い事を指摘された日には、何も言えなくなる。

 熱を持った耳がそれを証明している。顔は絶対に見られるわけにはいかない。


(でも、息止めてたら起きてるのバレるだろうし。

 えっと、ええっと――)


 短い時間で必死に考えた結果、フェリーが出した結論は。


「すぅ……。すぅ……」


 寝息を立てる事だった。

 狸寝入りで、この場をやり過ごそうとする。


(……起きてるな)


 無論、シンは彼女が起きている事は見抜いていた。

 こんな都合のいいタイミングで寝息が聞こえ始めるはずもない。


 尤も、シンとしてもその方がありがたかった。

 声こそ掛けたが、何を話せばいいのか自分自身で整理できていなかった。


 二人のベッドを挟んでいる灯りを消し、シンは言った。


「明日、イリシャに案内してもらって山を下りる。……おやすみ」


 返事をするわけに行かないフェリーは、寝返りを打って応えた。

 

 夜は更けていくにつれて、二人は段々と闇へ落ちていく。

 合わせられた背中が、すれ違いを現しているようだった。


 ……* 

 

 一人残ったイリシャは、窓から星空を眺めていた。

 正直に言うと、驚いている。


 フェリーの想いも、シンの想いも勘付いてはいた。

 しかし、まさかはっきり「好き」と口にするとは思っていなかった。


 特にシンだ。

 そういう事を一切言わなさそうなので、驚いた。


 だからこそ、この歪んだ状況がやるせなくて堪らなかった。


 二人が気持ちを伝えるだけで、簡単に解決する問題でもない。

 勿論、シンとフェリーがお互いの気持ちを知る事が悪いとは思わない。

 ただ、イリシャの脳裏にはある懸念が浮かぶ。

 

 きっとフェリーが不老不死でなくなったなら、シンは迷う事なく自らの『死』を選ぶだろう。

 自分の愛した女性(ひと)を何度も、何度も殺したその『罪』を償うために。

 その行動がフェリーの望む物と正反対に位置するというのに。


 一縷の望みは、最後に言った内容。

 仮に彼女への『呪い』が解けたとする。

 シンはそれが彼女を『殺す』事だと言った。

 その場合、シンはいつ自らの『死』を選ぶのだろうか。


「……すぐにでも、死にそうね」


 きちんとフェリーの『死』を見届けるなんて事はしそうにもない。

 シンはすぐに『死』を選ぶだろう。

 どっちにしてもフェリーを悲しませる、酷い男だ。


 一方のフェリーも、シンへ気持ちを伝えようとはしないだろう。

 彼女は故郷を、シンの家族を奪った事を後悔している。


 その負い目が、彼女に一歩を踏み出させない。

 ずっと一緒に居たいと強く願うほど、好きな男性(ひと)を不幸にした張本人だと自らを卑下している。


 シンは怨んでいない事を伝えてあげたい。

 ただ、それはあくまで彼女が()()()()()()()()場合なのだ。

 本当にフェリーが故郷を燃やしていた場合は、シンがどういう行動に出るのか想像もつかない。


「本当に、どうすればいいのよ……」


 不意に、夫と息子の姿が描かれた肖像画を思い出す。

 どの絵も笑顔で、自分は本当に恵まれていたのだと実感する。


 不老と言えど、死ぬのは怖い。

 だからまだ逢いには行けないけれど、本当に素敵な時間をくれた事を夫と息子には感謝してもしきれない。


 感謝という点では、シンに対しても同様だった。

 彼はまだ知らないだろうが、あの『出逢い』もきっと必然だったのだ。

 

 彼らは明日から山を下る。

 自分はその案内人を買って出た。

 

 そうなれば数日で向こう側に到着してしまう。そこでお別れをすると、きっとしばらくは会えない。

 このままだと、二人の旅は辛い事が沢山あるだろう。自分のせいでぎこちなさが残るかもしれない。

 

 二人の間で複雑に絡んだ糸を解く事は出来ないけれど、手助けはしてあげたい。

 イリシャは自分に出来る事を、精一杯考える。


「……あ」


 脳裏を過ったのは、妖精族(エルフ)の女の子。

 女の子と言っても、年齢は自分より30歳ほどしか変わらない。

 シンやフェリーからすれば、ずっと年上の彼女。


 それでも、逢わせてみる価値はあると思った。

 どんな化学反応が起きるのか、純粋に興味もあった。

 シンもフェリーも優しい子だ。きっと悪いようにはならないだろう。


 彼女を通して、二人の心境に変化があればいい。


「よし! 決めた!」


 連れて行こう、アルフヘイムの森へ。

 そこに、二人の未来に繋がる何かが生まれると信じて。

 

 特に、シンには命を救ってもらった恩がある。

 言っても伝わらないだろうから、今は黙っている。

 彼が理解した時に、もう一度お茶会でも開いて語り合おう。

 その時は、フェリーも一緒だ。


 ……*


「そんなわけで、アルフヘイムの森へ行きます」


 何が「そんなわけ」なのか、寝ぼけ眼で聞いていたシンとフェリーは理解が出来なかった。

 昨日の今日でお互いが気まずいのか、二人の間には僅かな隙間があった。


「イリシャさん……」

「なぁに、フェリーちゃん。いい? アルフヘイムの森って言うのはね――」

「あたしたち、ドコに行くかって言ってたっけ?」

「……え?」


 イリシャが硬直する。

 まさか、二人の目的地がアルフヘイムの森だとは思ってもいなかった。

 

「俺達もアルフヘイムの森を目指していたんだ」

「そ、そう……」


 イリシャからすれば、意識の外から殴られた気分だった。

 もしかすると本当に山を下るだけで良くて、後は二人きりの邪魔をするのではと考えを改める。

 深夜に思いついた事だから、ちゃんと作戦が練られているわけでもないのだ。

 

 いや、待とう。確かに不意を衝かれた形ではあるが、妖精族(エルフ)は他種族に対して排他的だ。

 二人がコネクションを持っていないのであれば、自分の力は必要になるはずだ。


「……二人はさ、妖精族(エルフ)に知り合いでもいるの?」

「ううん。いないよ」


 シンも、フェリーの言葉を肯定するように頷いた。


「じゃあ、なんでアルフヘイムの森に?」

「フェリーを殺す手掛かりが、他の種族から得られないかと思ったんだ」

「あたしは妖精族(エルフ)に会ってみたいから!」


 イリシャは口元を緩めた。どうやら知り合いに会うという訳でもなさそうだ。

 これなら、自分が力になれる事は山ほどある。


「二人とも、妖精族(エルフ)がどうして他所であまり見かけないか解っているの?

 彼らは排他的なの。人間が突然訪れても警戒されるだけだわ」

「……まぁ、それはそうか」


 重要な部分なのに、シンがそこを考慮していなかった。

 イリシャは、フェリー主体で決まった行き先だと当たりをつける。


 つまり、実態は無計画(ノープラン)なのだろう。

 

「えーっ!? 妖精族(エルフ)に会えないの?」


 落胆するフェリーに、イリシャは前へ出した人差し指を左右に揺らす。


「ちっちっちっ。フェリーちゃん、安心なさい。

 排他的なのは知らないからよ。わたしは妖精族(エルフ)に知り合いも居るわ」

「えっ、じゃあ……!」

「ええ、わたしが案内してあげるわ」

「やったー! イリシャさん、ありがとう!」

 

 まだボサボサの髪を宙に浮かばせながら、フェリーが飛び跳ねる。

 そこまで喜ばれるのであれば、是非とも妖精族(エルフ)とご対面させたくもなる。


 イリシャは頭の中で思い描いた計画(プラン)を具体化していく。

 まずはアルフヘイムの森まで案内して、それから()()に逢わせて――。


(上手くいけば、()()()の問題も解決するかしら?)


 永い人生で培ったコネクションを、最大限生かす時が来た。

 勿論、それで知り合った人達は幸せになって欲しいとイリシャは願う。

 みんな気のいい人なのだ。夫ほどではないけれど。


「イリシャ、本当にいいのか?」


 遠慮気味にシンが尋ねる。

 彼の性格なら、そうなるだろう。


「いいのよ。このイリシャさんに任せなさい!」


 心配しなくてもいいと、イリシャはシンにウインクを送る。

 シンは何ひとつ気にしなくてもいい。これは自分がやりたい事なのだ。


 自分が与えられるのは切っ掛けに過ぎない。

 それでも、良い方向に転がると信じている。

 行動しなければ、何も変わらない。

 

 イリシャ・リントリィの計画(プラン)が今、動き始める。

 シンの背後で、ウインクの練習をするものの上手くいかないフェリーの姿があった。

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