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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの
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339.祈りの先

 マギアの王宮。結局、その地下にまでシン達は落下をした。

 天まで続く大穴を後にし、巨大な魔石を尻目に彼らは歩みを進めていく。


「シン、だいじょぶ?」

「悪い、助かる」


 度重なる連戦で負傷したシンの身体を、フェリーが支える。

 触れるだけで顔を歪める彼の姿に、彼女も胸を痛めていた。


「シンのあんぽんたん。やっぱりムチャしたじゃん」

「悪かったよ」


 口を尖らせるフェリーに対して、シンは同じ言葉を繰り返す。

 治療の為に戦線離脱をしておいてこの有様なのだから、ぐうの音も出ない。


「でも、来てくれて嬉しかったよ。ありがと」

「……ああ」


 そんな中、彼女がぽつりと漏らした本音。シンもまた、同じ気持ちだった。

 彼女が懸命に戦ってくれたからこそ、解放軍は前へ進む事が出来たのだから。


「でも、ビックリしたよ。シンが邪神を救けようとしてたなんて」

「なんとなく、救けて欲しそうな気がしたんだ。だから、もしかするとって思って。

 ……救けられたのは、俺達の方だったけどな」


 言い淀むように答えるシン。実際のところ、彼にはこの結末が正しかったのか判らない。

 救おうとした純白の子供は腕の中に居ない。霧のように、大気中へと消えていった。

 それどころか、最後に救われたのは自分達だ。あの子供が居なければ、少なくとも自分は死んでいた。


「でも、最後は笑ってたよ。きっと、シンのしたコトは間違ってないよ」


 落ち込むシンのフォローなどではなく、フェリーは本気でそう思っていた。

 滑らかな、一切の凹凸を感じさせない顔。けれども、最後にあの子供は笑みを浮かべた。

 そう感じられるだけの暖かなものが、確かにあったのだ。


「そうだと、いいな」

 

 シンはフェリーの言葉を素直に受け入れる。

 確かにこの腕の中に、純白の子供は収まっていた。

 人の温もりを、あるがままに受け入れていた。


 それがあの子供にとって、少しでも救いになったのであれば。

 少しでも彼が真に欲したものを与えられたのなら、意味はあった。

 シンはそう思わずには居られなかった。


 ……*


「シン! フェリーちゃんっ!」


 地上へ上がると同時にシンとフェリーへ駆け寄ったのは、イリシャだった。

 美しい銀色の髪を揺らしながら、息を切らせている。心なしか、鼻頭も赤くなっているように思えた。


「イリシャさん。えへへ、ただいま」

 

 久しぶりにイリシャの顔を見る事が出来たと安堵したフェリーがはにかむ。

 いつも通りの光景を前に、イリシャはそっと手でフェリーの頬を覆う。

 体温が奪われるかのような、冷え切った掌。彼女が寒空の中、どれだけ心配してくれていたかが伝わってくる。


「わわ、イリシャさんってば。つめたいよ」


 頬の熱が奪われながらも、フェリーは表情を緩める。

 けれど、それも束の間。どこか悪戯っぽさを感じさせるイリシャの仕草だが、いつもと様子が違っているように見えた。

 

「イリシャさん? どうかしたの?」

「ううん。フェリーちゃんは、いつも通りだなって」

「そっかな?」


 目を細めるイリシャに、フェリーは小首を傾げた。

 その答えを知る事なく、イリシャの視線は彼女が支えるシンへと移っていく。

 

「まったく。シンも、本当にいつも通りね」

「……悪い」

「いいわ。いつものことだもの」


 相変わらず傷だらけの彼を見ながら、イリシャはふうと息を吐いた。

 それは決して呆れなどではなく、安堵から来るものだった。

 

 ……*


 イリシャの治療を受けながら、シンとフェリーは事の顛末を話し始める。

 自分が救おうとした邪神の分体が、どういう結末を迎えたのかも含めて。


「そんなことが……」


 皆の気持ちを代弁したのは、ロインだった。

 合流したオルガルの様子から、緊迫した状況だという事は察していた。

 けれども、まさか敵対していたはずの邪神を救おうと考え、あまつさえ救けられていたとは夢にも思わなかった。


 同時に、ロインは感銘を受ける。

 救いを求める者へ手を差し伸べるその姿勢を、自分も見習いたいと強く思った。

 暴君を討っただけではない。ここに居る皆と出逢えた事が、自分にとっての財産だと自信を持って言い切れる。


「しかし、奇跡的にその邪神が護ってくれたからいいとはいえ。

 小僧、無鉄砲にも程があるぞ」


 行いそのものは兎も角、自分の命を省みない姿勢をオルテールは咎める。

 皆が皆が、うんうんと頷く様にシンは口を尖らせながら答えた。


「分かってるよ」

「分かっててやってるから、性質(タチ)が悪いのよ」

「ちげえねえや」


 イリシャが呆れるように呟くと、すかさずギルレッグが同意をする。

 ばつの悪そうな顔をするシンに対して、周囲が皆の笑い声で包まれた。


「まあ、なんだ。もしかしたら分体の形状が良かったのかもな」

「形状?」


 目頭から溢れる涙を拭いながら、マレットは『憤怒』(サタン)の結末について己の見解を述べる。

 言っている意味が全く分からないと、フェリーは小首を傾げた。


「その白い子供とやらに外殻が覆われる形だったってことだよ」

「だから、ゼンゼンわかんないってば」


 捕捉をされても意味が解らないと、フェリーは眉根を寄せる。

 マレットは「今、説明してやるから」と木の枝を取り、地面に自分が考えている絵図を描き始めた。

 あくまで今までの話に基づいての想像だと前置きをした上で、彼女なりの『憤怒』(サタン)の見解を語り始める。


「いいか。今までの邪神の分体にも、子供のような要素はあったんだろ」


 シンをはじめとした、邪神と遭遇した者達が一斉に頷く。

 マレットは『憤怒』(サタン)と、ピースと廃教会で遭遇した『暴食』(ベルゼブブ)の出来損ないしか見た事がない。

 けれども、そのふたつにさえ同様の要素は見受けられた。


「アタシの仮説だが、邪神の分体は皆、シンやフェリーが見たような真っ白な子供の姿をしているんだと思う。

 で、そこから『核』にあるドス黒いものと癒着していていった。結果として、化物の誕生ってわけだ」


 事実、今までに現れた邪神の分体は異形である前に均整の取れていない身体つきをしていた。

 悪意と呪詛によって、純白の子供が濁らされた結果だというのなら頷ける。


「ただ、今回の場合は違う。白い子供が、鎧を纏っているような形だった。

 それが結果として、まっさらな子供としての精神も残したってことじゃないのか?」

 

 マレットの推測を証明できる者はこの場には居ない。けれど、彼女の考えは的を射ていた。

 共振(レゾナンス)と死霊魔術を併用する上で、適合者であるコナーはその身に大量の魔石を埋め込んだ。


 加えて彼は、魔導大国マギアの人間。本質的に魔術を扱うというよりは、魔導具を扱うという感覚に迎合していく。

 自らも仮面を身に着け、外界との壁を作った結果。『憤怒』(サタン)にもその精神性が引き継がれていた。

 それが己の身を変質させていく変化ではなく、外殻を纏うという結果として現れる。

 偶発的ではあるが、純白の子供は邪神の『核』から発せられる悪意や呪詛の影響が小さくなっていたのだった。


「じゃあ、他の邪神はあの子みたいに救けるのはムズかしいってコト?」

「あくまでアタシの仮説が正しければ、だけどな」


 間に緩衝させるものを置くでもなく、マレットはフェリーの問いに対して頷いた。

 もしかすると、邪神の分体とは争わなくてもいいのではないか。

 僅かに見えた光明が消えていくような気がして、フェリーは下唇を噛む。

 同時に誰よりもあの子供を救おうとしたシンに、突き付けるには聊か可哀想な気もした。


「……そうか」


 シンはぽつりと呟く。思いの外冷静ではあるが、どこか悔しそうにもしている。

 彼自身、理解はしている。邪神の分体が持つ能力は強力で、凶悪だ。

 救おうと躍起になるあまり、被害が拡大する恐れすらある。仲間を喪ってしまうのであれば、本末転倒だ。

 実際、今回だってフェリーが居なければ自分は引き寄せるところまでたどり着けなかった。


 恐らくはマレットも、釘を刺したのだろう。「本当に大切なものを見失うな」と。

 彼女の意図が理解できるからこそ、シンは素直に忠告を聞き入れた。


「ただ、まあ。なんだ。最後にお前たちを護ってくれたんだ。

 そのことには、少なからず感謝してるつもりだ」


 言い過ぎたかと思ったマレットは、頭をボリボリと掻いた。

 それに、純粋な興味はある。純白の子供が悪意と呪詛により黒く染まっていくのであれば。

 善意からくる気持ちは、邪神にどういう変化を与えるのかを。


 実際、ピースが試みた事でもある。顕現の儀式を邪魔する際に、彼は祈りを捧げる者達のイメージを疎外した。

 何の因果か、近いのだ。彼がこの世界へ現れる前に見た風景と、邪神の分体が見せた純白の子供という存在は。

 もしもあの時、ピースが邪神に迷いを生じさせる楔を打ち込んでいるのであれば。

 シンとフェリーを護ってくれた邪神へ礼を言うのも、意味がある事ではないかと思えてくる。


「ベルの言う通りかもしれない。過程はどうあれ、シンさんとフェリーさんを護ってくれたのは事実なんだから。

 その点に関しては、僕らも感謝をするべきなのかもしれない」


 オルガルは他の誰よりも近い位置にいたからこそ、マレットの言葉に強く賛同した。

 迷いなく、敵である邪神に手を差し伸べようと考えていたシンも。彼を護ろうと最後の力を振り絞った『憤怒』(サタン)も。

 これからマギアを立て直すには必要な気持ちなのだと。心からそう思えた。


「それはそうかもしれないが……」


 マクシスをはじめとする解放軍は、互いの顔を見合わせる。

 『憤怒』(サタン)に痛めつけられた記憶が蘇るのか、素直に同意は出来なかった。


「ええい! 結果が良かったんじゃ、若の言うことは間違っていないわい!」

「いや。最初に言ったのアタシなんだけどな」


 逡巡する彼らを、オルテールが一喝する。

 呆れるマレットを気にも留めず、オルテールは解放軍へ素直に感謝する事を促した。

 彼もまた、神器を通して知っているからだった。神への祈りが齎す奇跡は確かに存在するのだと。


「……まあ、いいか。ジイさんに何言っても無駄だし。それよりもだ」


 マレットは頭をボリボリを掻きながら、一人で納得をする。

 もともと反りが合わないのだから、無理をして口論に持ち込む必要もない。

 何より、彼女にはもっと重要な話が残っていた。


「おい、シン」

「どうかしたのか?」


 これから何を言われるか判っているにも関わらず。傷だらけのシンは平静を装っている。

 彼はいつもこうだ。自分に対しては、特に遠慮というものが見当たらない。


「お前、転移装置に加えて魔導砲(マナ・ブラスタ)まで壊しやがったな。

 これ、どうすんだよ。アタシやダンナじゃ魔術付与(エンチャント)は直せないんだからな」

「悪いとは思ってる」

「あー! 出た出た! お前、いつもそれだよ!」


 悪びれる様子もなく言い放つシンに、マレットは頭を抱える。

 いや、本当は解っている。悪いとは思っているのだ。ただ、その気持ちよりも優先するべき者がシンには多すぎるだけで。


「第一、魔術金属(ミスリル)を完全に破壊する威力ってどうなってんだよ!?

 城を完全にブッ壊す気だったのか? ああ!?」

「あ、それあたしの魔力を使ったからかも」

「お、ま、え、か!」


 フェリーの一声に、マレットは納得をした。彼女の魔力を使用したのなら、本気で城を破壊しかねなかった。

 魔導接筒(マナ・コネクタ)でふたつの魔導刃・改マナ・エッジ・カスタムを接続した際、灼神(シャッコウ)が出力に耐え切れず破壊された。

 それと全く同じ事を、今度は魔導砲(マナ・ブラスタ)で再現したような形だ。

 

 ただでさえ、魔導刃・改マナ・エッジ・カスタムよりも魔導砲(マナ・ブラスタ)の方が負担は大きい。

 その上、吸着する魔力に限界はないのだから銃身が耐えきれなくなるのも無理はなかった。


 尤も、これは魔導石・輪廻マナ・ドライヴ・メビウスがマレットの想定を上回る出力を発揮している証明でもあった。

 元々彼女は、シンとフェリーが協力して戦闘をする事を念頭に置いて魔導石・輪廻マナ・ドライヴ・メビウスを設計している。


 無尽蔵の魔力を持つフェリーが放出するそれを、シンが余すことなく使い切る。

 今回の運用は、本来であれば彼女の想定した動きだったのだ。


 誤算があるとすれば魔導接筒(マナ・コネクタ)同様、魔導石・輪廻マナ・ドライヴ・メビウスが加速度的に威力を上げていく点。

 己の想像をはるかに超える威力を前にして、自画自賛をしたい気持ちと頭を悩ませる気持ちが半々だった。


「はー……。まあ、壊しちまったモンはしゃーねえ。

 魔術付与(エンチャント)は兎も角、魔硬金属(オリハルコン)で出来るだけ頑丈にするか。

 ダンナ、悪いけどミスリアに行くまでの間に修理をしたい。手伝ってくれ」

「あいよ。こりゃ、忙しくなりそうだな」


 マレットの要請に、ギルレッグは苦笑をする。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 そんな彼女達に異を唱えたのは、ロインだった。

 よもや彼が驚嘆の声を上げるとは思っておらず、マレットとギルレッグは目を見開いた。


「ど、どうしたんだよ?」

「い、いえ。その……。マレット博士、ミスリアへ行かれるのですか?」

「ああ。準備を整えたら、すぐにでも出るつもりだが……」


 ペラティスからの情報では、ミスリアは砂漠の国(デゼーレ)と争いを始めている。

 マギアの侵略こそ防げたが、この戦いでミスリアは更に疲弊するだろう。

 

 世界再生の民(リヴェルト)がその隙を狙わないはずがない。

 むしろ、マギア同様に砂漠の国(デゼーレ)が介入している可能性の方が高い。


 妖精族(エルフ)の里で世話になっている者としては、当然の考えでもあった。

 けれど、ロイン達解放軍にとっては違う。彼女はマギアの人間であり、同時に至宝でもある。

 

「貴女を軍事利用しようとした、国王はもう居ません。

 ですから、マギアに残って……。戻って来ては、頂けないでしょうか!?」


 ロインの切なる願いに、マレットは言葉を失う。

 それはこの戦いで多くの爪痕を残したマギアの民を代表しての言葉だった。

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