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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの
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337.今度こそ、手は届く

 探しているにも関わらず、捕捉ができない。

 コナーが警戒を続けていた男の姿を捕らえたのは、躯の眼を通しての事だった。


 躯の視界から見える世界では、シン・キーランドは銃を構えている。

 それも真正面から、堂々と。躯を通して視線を交わす彼の眼に曇りはない。

 

「なんだと……」


 コナーは思わず声を漏らす。

 彼を発見した躯はバルコニーに居る。魔術大砲(マジック・キャノン)の、砲身を取り換えるべく。

 よもやシンを視界に捉えるとは、夢にも思わなかった。

 

 魔力を帯びた縄に己の身体を預けたシンは、さながら軽業師のようだった。

 バルコニーの更に外から銃口を向け、躯の姿を補足する。


 最優先の目的は魔術大砲(マジック・キャノン)。一瞬で人の命を奪う兵器の破壊。

 その為にここまで、策を練ってきた。


 フェリーが霰神(センコウ)で部屋全体を覆い、オルガルが宝岩王の神槍(オレラリア)で氷を礫を放っただけが布石ではない。

 最初の白色の流星(ヴァイスメテオール)から、全ては繋がっていた。

 

 白色の流星(ヴァイスメテオール)で強引に壁を破壊したのは、同時に西側へと通じる道をオルガルが破壊する音を隠す為。

 煙幕を撒いたのはシンへの警戒心を煽る為だけではなく、シンが通った穴を隠す為のもの。


 オルガルが銃を遠隔で放った際に種明かしをしたのも、シンの存在を意識づける為。

 二度の壁抜きの中、最後の壁から物音がすればコナーは否が応でも反応せざるを得ない。


 結果、振り回され続けたコナーは読み違えた。否、そうせざるを得なかった。

 彼はそれだけ、シン・キーランドを恐れているのだから。

 

「シン・キーランドォォォォォォ!」

「遅い」


 身体中を走る痛みに歯を食い縛りながら、シンは引鉄を引く。選んだ弾丸は赤色の灼熱(ロートヴェルメ)

 自分に魔術大砲(マジック・キャノン)の照準を合わせようとする躯に、灼熱の一撃を放つ。


 連射により残された二発の弾丸が続けざまに、魔術大砲(マジック・キャノン)を貫く。

 同時に、フェリーが張り巡らせた氷から水蒸気による煙が発生する。部屋中が再び、真っ白な世界に覆われた。


「おのれ、よくも!」


 この時点で躯と己の視界を失ったコナーは、シンの姿が視界から消えていく。

 自分の人生を狂わせた憎き相手、シン・キーランド。コナーが彼の姿を見たのは、これが最後だった。




 ――適合者(コナー)は必ず動きを止める。そこを狙ってくれ。

 

 白い世界に覆われていく中。オルガルはシンの言葉を反芻していた。

 今がその時だと確信を持った彼は、宝岩王の神槍(オレラリア)の穂先を突き立てる。

 仮面の男(コナー)が立っているはずの場所へ目掛けて。


「うおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「――っ!」

 

 穂先に肉と触れる感触がする。煙の向こうから、血に塗れた男の手が伸びた。

 同時に嘴状の仮面。その先端が見えた事により、オルガルは一層の力を加えた。


「ま、さか。こ……ん、な……」


 仮面の中からも、コナーの血が零れ落ちる。彼の脳裏に走馬灯が走る。

 その大半は、これまでの人生から大きく変わったこの10年間だった。


 対して価値のない人間を売り、そして自らの懐を肥やす。

 上手く貴族に取り入っていたコナーの人生が、とある天才と一組の少年少女によって変えられた。


 それからは今までの生活が嘘のようだった。

 分岐点となった日は、死体に隠れてやり過ごした。

 砂利の擦れる音が聴こえる度に、気付かれやしないかと身を震わせた。

 

 マレットと手を組んだペラティスが、自分を捕えようとしているのではないかと怯える毎日だった。

 泥水を啜るような生き地獄の中、黒衣の男(ビルフレスト)に見出された。


 身体に魔石を埋め込み、死霊魔術師(ネクロマンサー)となった。

 『憤怒』に適合したと聞かされた時、迷う事なく左足を差し出した。


 ひとつは自分の人生を変えた者達へ復讐をする為に。

 もうひとつは自分がこれだけ苦しい思いをしたのだから、他者にも味わわせたいという思いから。

 怒りよりも、憎悪の面が強い、悪意の塊。酷く自分勝手な存在から、『憤怒』の適合者は生まれた。


 自分の総てを対価にした願い。それすらも志半ばで閉ざされる事となる。

 だが、コナーもまた諦めの悪い男だった。最後の足掻きをするべく、自分を貫いた槍へと手を伸ばす。


「っ!?」


 オルガルは突如、宝岩王の神槍(オレラリア)が重くなるのを感じた。

 この感覚は知っている。認められていない者が神器を扱おうとする拒絶反応。


「なにを……っ」


 支えきれない程の重みを前にしても、オルガルは決して手を離さない。

 万が一でも逃がしてしまえば。ここまで繋いできた全てが水泡と帰す。

 あってはならないと身体全体で宝岩王の神槍(オレラリア)を支え、神槍を突き立てる。


 神槍は重みに従うがまま、深く床へと残巳まれていく。

 それでもコナーは、決して手を離そうとしない。必然的に、コナーとオルガルの距離は手が触れられる程に近付いていた。


「き、さまに……。自分の……怒りを、くれて……やる……」

「どういう――。ぐうっ!?」


 コナーの右手が、オルガルの胸へと触れる。

 言葉の意味を理解するよりも先に、身体の中に言い表しようの無い不快感が走り始めた。


 今際の際にコナーが放ったのは、『憤怒』から授かった能力である共振(レゾナンス)

 コナーが今までに抱いてきた負の感情を、オルガルへと押し付ける。

 彼の身体の中でそれは膨張していき、精神を破壊しようと目論んでいる。


「が、あああああっ!」


 オルガルは悲鳴を上げながら、必死に増幅された悪意へ抵抗をする。

 己とは違う、他者の負の感情が直接脳内へと伝わる。

 

 憤り、妬み、憎しみ。そして、破壊をした際に得られる高揚感。

 脳が掻き乱され、吐き気を催す。それでも決して、彼は神槍から手を離そうとはしない。


「どうだ、どうだ……!? 自分の、これまでの怒り……。お前が、受け継ぐのだ……!」


 自分の死期を悟ったコナーが選んだ最後の手段。

 それは共振(レゾナンス)により、オルガルの精神を破壊する事だった。


 増幅された悪意が、憎悪が彼に伝わって復讐を代行してくれれば。

 よしんば無理だとしても、オルガルが廃人となってしまえば。

 この策を取ったシン・キーランドに癒えない痛みを傷付けられるだろう。


 惜しむ点は自分がその姿を確認できない事だが、仕方がない。

 ただでは終わらないという、コナーの最後の意地だった。


「なにが……怒り……だ!」


 共振(レゾナンス)により増幅された悪意を前にして、オルガルは懸命に抵抗を続ける。

 苦しみ悶えながらも、彼は懸命に言葉を吐いた。


「ただの逆恨みで、大勢の人を巻き込んだだけの人に……っ!

 貴方程度の悪意に、僕は……負けない……っ!」

「な……!」


 呼吸は浅く、ボタボタと鼻血を垂らしながらもオルガルは吠える。

 流れ込んできた悪意は確かに強烈で、身体の中で破裂しそうな程に膨張していく。


 けれど、違う。彼は全てが自分勝手だった。

 そんな人間の感情に、オルガルは決して共感を持たない。他者のものだと、己の精神力で抑え込む。


「僕の知っている人は……! 皆、大切なものを護るために……戦っている!

 貴方とは違う! 僕は貴方を、決して受け入れたりはしない……!」


 自分の家が没落をしても、オルテールは甲斐甲斐しく支えてくれた。いつも護ってくれていた。

 神へ感謝を捧げ、自らの肉体と精神を鍛え。そして、この神器を授けてくれた。


 マレットだってそうだ。彼女はいつも悪戯をする子供のように笑っている。

 その裏側では、自分と同じように笑顔になる人間を増やそうと研究を続けている。


 解放軍だって、先の内乱で大切なものを沢山失った。

 それでもまだ立ち上がったのは、そうしないと護れないものがあると知っているからだ。


 極めつけは、子供の頃に自分を救ってくれた恩人。

 奇妙な縁で自分の方が年上になってしまったけれど、憧れに変わりはない。

 見ず知らずの自分を誘拐犯から救けてくれた。そんな風に誰かに手を差し伸べられる人間に、自分は成りたかった。


 オルガルは自分が恵まれていると知っている。これだけ、目標にするべき人間がいるのだから。

 対極に位置する悪意など、彼が受け入れるはずもなかった。


「貴方はここで、死すべき人だ!」


 一切の迷いを抱かない瞳で、オルガルは力を込める。

 コナーの仮面が割れ、魔石を埋め込んだ顔を覗かせる。

 その奥に潜む男の眼は濁っており、憎悪で顔を引き攣らせていた。


「く。そ……。気に、要らない……」


 『憤怒』の適合者が、死ぬ直前に呟いた言葉だった。

 何もかもが面白くない。最後に見た景色が、澄んだ人間の眼だなんて認めたくはなかった。

 

 自分の人生で、一度でもあんな眼をした事があっただろうか。

 思い返す間もなく、コナー・ガルエイトは絶命をした。



 

「オルガル!」

「オルガルさん、だいじょぶなの!?」


 水蒸気による霧が薄れる中、シンとフェリーはオルガルの姿を確認した。


「はい、この通り……」

 

 彼の傍では、息絶えたコナーが横たわっている。

 これで全てが終わった。ミスリアとの戦争は起きない。ロインの手によって正しい道へと導かれる。

 はずだった。


「アアアアアァァァァァァァァァァッ!」


 鼓膜が破れそうな程の悲鳴を上げるのは、『憤怒』(サタン)

 龍族(ドラゴン)を模した怪物が、その身を凝縮させながらも吠える。


 初めての経験だった。適合者が死んでも、邪神の分体が朽ちる事はない。

 消え入る迄の僅かな時間。己の意思を持って、『憤怒』(サタン)は心のままに動く。


 

「あいつ、まだ!」


 フェリーは咄嗟に霰神(センコウ)を構える。

 その姿を視界に捉えた『憤怒』(サタン)は、駄々をこねる子供のように身体全体を震わせる。

 自分の相手は彼女ではないと、言わんばかりに。


「――っ!」

「シン!」


 フェリーを素通りした『憤怒』(サタン)が求める者。それは、シン・キーランド。

 コナーの共振(レゾナンス)により埋め込まれた憎悪。自身に手を差し伸べたという記憶。

 怒りと願い。相反するふたつの感情が共に、彼を求める。


 凝縮した爪が、シンの首根を捕まえる。

 怒りの化身としての本能が、彼をそのまま力任せに床へと叩きつけた。


「待ってて、シン!」

「大丈夫だ、フェリー。それより、この城から逃げろ」


 シンは今の一撃で気が付いた。

 オルガルが宝岩王の神槍(オレラリア)を強引に突き立てた事により、重力操作で亀裂が入っている。

 更に『憤怒』(サタン)は、身体こそ小さくなっているが力は決して衰えていない。

 二つの力が加わった加わった結果、この階層は間も無く崩落しようとしている。


「……っ! ダメだよ!」

 

 必死な様子から、シンが本気で言っている事は伝わる。

 けれど、素直に頷くフェリーではなかった。傷だらけの彼を放っておけるはずがない。

 霰神(センコウ)から刃を形成しながら、フェリーは『憤怒』(サタン)へと近付いていく。


「シンから離れて!」

「よせ、フェリー!」

 

 自分に近付く敵意を前にして、『憤怒』(サタン)の防衛本能が働く。

 腕を凍らせられながらも強引に手を伸ばした『憤怒』(サタン)は、フェリーの身体をも鷲掴みにした。


「っ!」


 そのままシン同様に、フェリーの身体を床へと叩きつける。

 幾度となく繰り広げられた激しい戦闘。強い衝撃を加えられた王宮は、遂に限界を迎えてしまう。


「シンさん! フェリーさん!」

「っ! オルガル、お前だけでも離れろ!」


 オルガルが手を伸ばすも、間に合わない。

 底が抜け、『憤怒』(サタン)に掴まれたままの二人が落下していく。

 次第に遠くなっていくシンの声を前に、オルガルは奥歯を噛みしめた。


 ……*


 崩落していく王宮に沿っていくようにして、シンとフェリーは『憤怒』(サタン)と共に落下していく。


「はな、して……っ!」


 『憤怒』(サタン)の腕の中で抵抗を試みるフェリーだが、全力が出せる状況ではない。

 この距離で霰神(センコウ)を思い切り使えば、シンを巻き込んでしまう。

 フェリーに出来る事と言えば、落下の衝撃を氷で和らげる事ぐらいだった。


「シン、ごめん……」

「いや、助かった。ただ、この状況は何とかしたいとな」

「うん……」


 このままでは、『憤怒』(サタン)に圧し潰されるままだった。

 そして、今もその状況を回避できたとは言い難い。

 シンとフェリーは早々にこの状況を回避しなくてはならない。


「フェリー、今がすることを手伝ってくれるか?」

「当たり前だよ。シンのこと、信じてるもん」


 何をするのか具体的に言う暇はない。それでもフェリーは、頷いてみせた。

 彼を信頼しているが故の、迷いのない肯定。


「よし……」


 シンは『憤怒』(サタン)の爪が食い込む中、ゆっくりと魔導砲(マナ・ブラスタ)を取り出す。

 フェリーが造った氷に押し当て、魔力を吸着していく。


 シンが造り出したのは、赤色の灼熱(ロートヴェルメ)による刃。

 炎の刃を『憤怒』(サタン)の腹へと押し当て、表面を焼き切っていく。


「シン、それ――」


 彼が採った行動に、フェリーは思わず息を呑んだ。

 裂いた外殻の奥。『憤怒』(サタン)の中に居た、白い子供。


「今、救けてやる」


 シンは震える子供の手を取り、外殻から引き摺りだす。

 無垢なる子供を腕に抱くシン。それでも尚、外殻だけとなった『憤怒』(サタン)が収まる気配はなかった。

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