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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの
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333.裸の王様

 国王軍の兵士。敵ですら救って見せると宣言をしたシンの言葉。

 それはまさしくロインが関所で為した事と同一のものだった。


 兵士達は、内心では関所にいた者達を羨ましいと思っていた。

 当たり前だった。死地に送られた、国王から捨て駒にされたと思った者達はむしろ解放されたのだから。


 自分達もそうなりたかった。けれど、無理だと諦めていた。

 あれはたった一度の奇跡なのだと、国王に手駒として扱われる日々の中で己へ言い聞かせていた。


 けれど、奇跡は一度だけでは無かった。

 眼前に立つ青年は自ら死地へ乗り込み、欲していたものを与えてくれた。

 自然と手に持つ銃口の角度が下がっていく。


「あの男……」


 シンの言葉に呑まれたのは、ロインやマクシスも同様だった。

 或いはと願っていた事を、彼がはっきりと口にしてくれたのは感無量だった。


 だが、この状況で独り。面白くないと感じる者が残っている。

 マギア暴走の諸悪の根源。ルプス・アリウム・マギアは怒りで声を荒げた。

 

「何をしている! その小僧を撃ち殺せ!

 撃たぬのならば、貴様等も逃げ出した者や歯向かった者と同様の罰を与えるぞ!」


 ルプスの怒号に兵士達の身体が強張る。

 意図せぬ形で、彼らは選択を迫られた。


 ここでもしも銃を棄てれば、国王により一族郎党皆殺しにされてしまうだろう。

 だが、シンを。解放軍を撃ってしまえば、この先に待ち受けているのは永遠に国王の駒となることは免れない。

 死んで解放されるならまだ幸福だ。躯の兵士のように死して尚、手駒として弄ばれるかもしれない。


「お前は、そうやって脅すことでしか繋ぎ止められないんだな。

 棄てて、逃げられて。お前の手には永遠の命とやらしか残らないから」

「黙れ!」


 銃口と同じように、シンは言葉の矛先をルプスへと向ける。

 挑発だと受け取ったルプスは、怒りで身を震わせる。


「誰にも言ってもらえないのなら、俺が言ってやる。

 お前には何もない。ただ威張り散らすだけの、裸の王様だ」

「黙れと言っている!」


 裸の王様。その一言が、ルプスにとって最後の一線を越えた。

 どこの馬の骨かもわからない小僧に、空虚だと断言された。

 魔導大国マギアを統べる者として、赦せるはずもない。


 怒りのままにルプスは剣を水平に振る。

 埋め込まれた魔導石(マナ・ドライヴ)が、魔力の塊による衝撃波を生み出した。


「図星だったみたいだな」


 余程、受け入れられない事実だったらしい。

 シンは迎撃するべく、銃口から凍結弾(フロスト・バレット)を放つ。


 凍結弾(フロスト・バレット)がルプスの放った衝撃波と触れ、周囲に冷気が迸る。

 創り出された氷は一瞬にして砕け、氷の結晶が部屋の中を舞う。


「そのような銃弾など!」


 尚もルプスは剣を振り被る。今度は縦に振られた刃から、衝撃波がシンへと襲い掛かる。

 対してシンは、これも同様に凍結弾(フロスト・バレット)で対処をした。


「マクシス、この場に居てはシンさんの邪魔に」

「ええ」


 二度の銃撃から、ロインは自分達がシンの足手まといとなっている事に気が付いた。

 はじめは、国王軍の兵士諸共巻き込みかねない一撃。

 次は、明らかに後方に自分達が居る事を把握した上での一撃。


「何をしている!」


 ルプス自身がその考えを持っているからこそ、誰よりも逃がすまいと彼は口を開く。

 「救う」と明言したシンを撃つのに躊躇うならば、反逆者の象徴であるロインを討てばいい。

 たったそれだけで、解放軍は御旗を失う。


「ロイ――」

「させるか」

 

 彼が続けようとしている言葉を、シンがむざむざと見過ごすはずが無かった。

 もし口にしてしまえば、兵士達がロインを狙う可能性はゼロではない。

 ルプスを相手取りながらロインを庇うのは、不可能だった。


 ならば、ルプスの言葉を掻き消せばいい。

 シンは彼の開いた口へ目掛けて、爆裂弾(ブレイズ・バレット)を撃ち込む。

 ルプスが言葉を紡ぐよりも早く、彼の頭部が弾け飛ぶ。

 焦げ付いた肉片が、周囲へと飛び散っていく。

 

「おおっ!」

 

 今まで、どれだけ銃弾を浴びようともルプスが息絶える事は無かった。

 それでも兵士達は、どうしても期待をしてしまう。今度は頭部全てが爆ぜたのだ。

 希望を抱くのは、半ば必然でもあった。


「言っているだろう。永遠の命を手に入れたと」


 兵士達の淡い期待は、一瞬で打ち砕かれる。

 瞬く間に再生されていくルプスの頭部を前にして、歓喜の声を上げる事は許されなかった。


「シン・キーランド! その程度では!」

「分かっている」


 意味がないと叫ぶマクシスだったが、シンが理解をしていないはずがない。

 彼は誰よりも、死ぬ事がない人間を殺し続けて来た。この程度の出来事で、気を緩めるはずもない。

 

 ルプスの頭部が破壊され、彼の視界が奪われた瞬間にはシンは動き始めている。

 彼の懐へ潜るべく、ただ前だけを見据えて。


「本当に死なないかどうかは、自分で判断する」

「無駄な足掻きを!」


 銃を持ちながら、自ら近付いてくるシン。

 ルプスはそんな彼を疎ましいと感じたのか、剣を再び振り下ろす。

 

 魔導石(マナ・ドライヴ)を搭載した剣ではあるが、所詮は無理矢理取り付けたもの。マレットが生み出す魔導具には程遠い。

 加えて、お世辞にもルプスは剣術に長けた人間とは言い難い。

 彼はあくまで、永遠の命とやらに胡坐をかいている人間だというのが明らかだった。


 今度の一振りは、延長線上に何も巻き込む心配がない。

 シンは魔導砲(マナ・ブラスタ)弾倉(シリンダー)を、刃の腹へと添わせる。

 床へと打ち付けられた刃は、その動きで魔導砲(マナ・ブラスタ)充填(チャージ)を施していく。

 

 ただ、ここでひとつシンにとって想定外の出来事が起きた。

 魔導砲(マナ・ブラスタ)が、自分の思っていた()()充填(チャージ)されていた。


「馬鹿め。これだけ近付けば逃げられまい」


 ルプスの口角が厭らしく上がる。彼はまだ、魔導石(マナ・ドライヴ)の魔力を解放していなかった。

 シンが紙一重で躱す瞬間。避けられないと確信を得た時にその魔力を放出した。

 それは、魔導砲(マナ・ブラスタ)と彼の刃が触れた瞬間でもあった。

 

 放出された強力な魔力が、その場で弾ける。

 添わせていた右手は勿論、シンの全身に強い衝撃が襲い掛かる。


「――ッ」

 

 押し出されるように弾き飛ばされながらも、シンは歯を食い縛る。

 剣の性能を見誤った自分の失策(ミス)だった。けれど、この程度の痛みでシンが止まるはずもない。

 

 シンは充填(チャージ)した魔導砲(マナ・ブラスタ)を構えた。

 痛みを代償に充填(チャージ)されたありったけの魔力を、緑色の暴風(グリュンヴィント)の一撃として放つ。


 凝縮された風がルプスの胸へと当たる。同時に、彼の表情に焦りの色が映し出された。

 頭部を失った時でさえ余裕を崩さなかった男に起きた、異変だった。


「ぐ、おおおおおお!」


 緑色の暴風(グリュンヴィント)はそのまま、ルプスの身体を抉りながら後方へと弾き飛ばす。

 起き上がった彼の胸はぐちゃぐちゃに抉れていた。


「父上、その身体は……」


 ロインがどう表現すればいいのか判らないまま、ぽつりと声を漏らした。

 うっすらと見える骨や筋肉を象ってはいるものの、人間とはまるで違う構造へと変貌していた。

 

 臓器がひとつも存在しているとは思えない。肉を詰め込まれたような、異形の身体。

 唯一、臓器と呼べるようなものがあるとするならば。心臓の位置に禍々しく輝く黒い塊こそが、そうなのだろう。


「き、さ、ま……! よくも、よくも!!」


 怒り狂うルプスは、明らかに違う様相を見せていた。

 これまでとは比にならない怒りの中に、一筋の影が混じりこんでいる。

 知られてはいけないモノを見られてしまった子供のように、ルプスは本能的に胸部の黒い塊を手で覆う。


「それが、お前の『核』か」


 ルプスは口を閉ざすが、構わなかった。真偽はどうであれ、シンは破壊するつもりなのだから。

 シンの言葉は、決してルプスへ向けられたものではない。

 本当の狙いは背後に居るロインやマクシス。そして国王軍へ向けられる、救いの言葉。


「っ! あれを、あれを破壊すれば!」

「撃て、撃つんだ!」


 自らも銃を放ちながら、マクシスは声を荒げる。

 国王軍の兵士に、自由になる術を伝えるかの如く。


「お、オレたちも……」

「ああ!」

 

 兵士達は互いの顔を見合わせ、次々と銃を手に取る。

 欲しているものを、与えてもらうのを待つだけではいけないと。

 自らで勝ち取る為にと、彼らは銃を放つ。己の主君だった男へ。


 だが、数多の銃撃の虚しくルプスの『核』へは届かない。

 覆いかぶさった腕を貫く事すら叶わず、ルプスの再生速度が勝ってしまう。

 

「貴様ら、覚悟は出来ているのだろうな……!」


 眼前に映る者全てを敵だと認識したルプスに、最早遠慮など無かった。

 剣を手に取り、魔導石(マナ・ドライヴ)から次々と魔力の塊を放出する。

 至近距離に居たシンは勿論、怒りの矛先を向けられた兵士やマクシス達が王の怒りをその身に浴びていく。

 

「撃て、撃て! 国王は焦っているぞ!」

 

 国王の逆鱗に触れた兵士達だったが、もう迷いはなかった。

 これだけ怒り狂うという事は、国王(ルプス)にとって急所なのは疑いようもない。

 自分を手にするべく、皆がルプスの心臓へ目掛けて銃を撃ち続けた。

 

「無駄だと言っている!」


 収まるどころか激化する銃撃を前に、ルプスは更に怒りを爆発させる。

 剣から迸る衝撃を何度も重ね、王宮が激しく揺さぶられる。

 衝撃に耐え切れず、シンが侵入の際に錨として刺した氷柱が、床へと突き刺さろうとしている。


「皆さん、離れてください!」


 氷柱から逃げるようにロインが促すと、兵士達は蜘蛛の子を散らすようにしてその場から離れていく。

 強い衝撃と砕ける氷の塊で銃撃が止む一瞬。シンは、再びルプスとの距離を詰める。


「貴様が、貴様が居なければ!」


 ルプスの死角へと回り込もうとするシンを追ったのは、彼の持つ剣だった。

 腕を目一杯に伸ばし、魔導石(マナ・ドライヴ)の魔力を纏わせ。

 どうせ戻るだろうと高を括った腕は人間の可動域を越えてシンへと襲い掛かる。


「お前にそう言いたい人間が、何倍も居るだろうに」

「黙れ! 国王である我輩に従うのは、義務だ!」


 迫りくる刃を、魔力の塊を。受けるのは既に織り込んでいた。

 そうしなければ得られないものもある。魔導石(マナ・ドライヴ)の持つ、強力な魔力だった。

 魔導砲(マナ・ブラスタ)にどうしても充填(チャージ)をしたいシンは再び、弾倉(シリンダー)をルプスの剣へと押し当てた。


「ッ……」


 先刻よりも激しい痛みが、シンに襲い掛かる。

 それでも彼は一歩も退かない。せめて刃は食い込まないようにと、魔術付与(エンチャント)された(ロープ)を絡ませ無理矢理食い止めた。

 

「これで、終わり……だッ!」


 右半身が消し飛んだのかと錯覚するほどの激痛に耐えながら、シンは魔導砲(マナ・ブラスタ)を構える。

 刹那、再び放たれた緑色の暴風(グリュンヴィント)が、ルプスの背中から上半身を吹き飛ばす。


 シンが反動で弾き飛ばされると同時に、再び剥き出しになる『核』。

 銃を構える国王軍とマクシスだったが、引鉄を引くのをロインが懸命に止めようとする。

 

「待ってください! あのままでは、シンさんが!」


 完全に上半身を吹き飛ばした弊害からか、『核』の向こう側にはシンが居た。

 自分達を「救う」と宣言した彼を、撃てるはずがない。皆の手が止まる。


 シンも立ち上がってその場を離れようとするが、既にルプスの身体は再生を始めている。

 このままでは徒労に終わってしまう。皆の希望を失う為に、シンはルプスの身体へとある物を投げ入れた。


 ルプスの身体が再生されていくと同時に、それは彼の身体へと呑み込まれていく。

 一体何を投げ入れたのか、対面に居る彼らには伝わらない。

 

「千載一遇の好機を逃したな」


 再生した身体で、ルプスは再び剣を取る。何度か肝を冷やしたが、これで終わる。

 自分の『核』を露出できる破壊力を持つ人間は、この場にはこの男しかいない。

 ここで殺してしまえば、後の雑兵共はどうにでもなる。


「そうでもない。お前を斃すのは、マレットだ」

「ほざけ!」


 ルプスは魔導石(マナ・ドライヴ)の魔力を剣へと伝わらせる。

 シンも二度、充填(チャージ)へと利用をした。けれど、代償に自分の身を痛めつけている。

 三度目は無事では済まないだろう。だからこそ、手を打った。


「撃て! ありったけを、こいつにぶつけろ!」


 シンの叫びが通じ、兵士達は再び銃を放ち始める。

 今度はルプスの身体が遮蔽物となり、シンへ命中する心配は無くなっている。

 一方で、先刻までと違って望みは薄い。露出していない『核』を狙い撃つ等、不可能だからだ。


「今更あんな弾幕が役に立つと思うのか?」


 弾薬の無駄遣いだと、ルプスは不敵な笑みを浮かべる。


「役に立つから、言ってるんだ」


 けれど、シンは意に介さない。彼は本気で、そう思っている。

 暴君の身体が弾けたのは、それから僅か数秒後の事だった。


 爆発は身体の内部から起きた。身体の中にある『核』を巻き込んで。

 胸部が爆ぜ、ぱっくりと大穴の空いたルプスはその身が床へと崩れ落ちていく。

 

「な、ぜ……。だ……」


 信じられないと声を漏らすルプスは、ゆっくりと視線を上へ向ける。

 全てを見透かしたような発言をしたシンに、答えを求めた。


魔導弾(マナ・バレット)を、アンタの身体に投げ込ませてもらった」


 ルプスには意味が解らなかった。

 それがどうして、自分の身体で爆ぜるのかというのを。


「弾頭には、魔導石(マナ・ドライヴ)が使われている」


 続く言葉で、ルプスは全てを察した。

 魔導弾(マナ・バレット)の弾頭は、魔導石(マナ・ドライヴ)で構成されている。

 兵士達の放った銃弾が埋め込まれた魔導石(マナ・ドライヴ)に触れ、『核』の近くで爆発を起こしたのだと。


 魔導石(マナ・ドライヴ)を爆発させ、命を奪う。

 かつて自分が、内乱を収める為に取った戦術と同様の物だった。

 永遠の命を手に入れたと思っていた国王は、よもや自分がこの手段で朽ちていくとは思ってもみなかった。


 朽ちていく身体を前にしても、国王へ寄り添う者は誰も居ない。

 言葉を交わそうとする者すら、誰も居ない。


 欲望に塗れた裸の王は、全てを失ったまま散っていく。

 自らの圧政の報いを一身で受けながらただの肉塊へと、変わっていく。

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