326.宝岩族の奇跡
魔導接筒の戦果はマレットが想像したよりも、遥かに高いパフォーマンスを発揮した。
嬉しい誤算ではあるが、武器が壊れてしまっては元も子もない。
「マレットぉ、灼神コワれちゃった……」
破損した灼神をマレットへと差し出す。
制圧した砦の中で、フェリーは申し訳なさそうな表情を見せていた。
「どっちかっつうと、アタシの見立てが甘かったな」
頭をボリボリを掻きながら、マレットは灼神を受け取る。
増幅した巨大な魔力を受け止めきれず、放出先となった出口が受け止められず破損した形だった。
状況としては、魔導砲を初めて撃った時のシンに近い。
あれも吸着しすぎた魔力を銃身が受け止めきれず、破損してしまった。
機能として疑似魔術の切り替えを用意していた為、魔導砲の場合は銃身に負担が掛かるのは覚悟の上だった。
まさか一発目で壊すとは思ってもみなかったが、彼の戦い方に合わせて交換するつもりではあったのだ。
だが、魔導刃・改に関しては違う。
放出が即、刃となるように設計されている。魔力の使用者も本人のものである為、恙なく流れ出るはずだった。
何より、魔導砲のように魔力による負荷が掛かる部分は極力抑えられている。
(考えられるとすれば――)
先端が揺らめくような業火は、先端が揺らめいている。刃として形成しきれなかった証であると同時に、想定以上の魔力が放出された証でもある。
ひとつに魔導具に対してふたつの魔導石・輪廻を掛け合わせたのは、今回が初めてだった。
単純に必要な魔力が倍化し、出力も倍化しただけとは思えない。例えるならば、掛け合わせたようなものだった。
(アタシもまだまだが甘かったな)
ふう。とマレットは一息吐く。
幸い、魔導石・輪廻に損傷は見られない。
動力源が無事であるなら、修復自体は比較的容易だった。
「安心しろ、これなら修理は出来る。ただ、毎度毎度壊すわけにもいかないからな。
ギルレッグのダンナに頼んで、魔硬金属辺りで造ってもらうか」
「ホント? よかったあ、灼神がコワれたままだったらどうしようって思っちゃったよ~……」
その言葉を受け、安心したフェリーがその場へと座り込む。
マレット謹製の魔導具。それも自分専用のものを壊してしまったとなれば、後が怖い。
ただでさえ彼女は自分を様々な方法で揶揄ったりしてくるのだから、何をされるか分かったものではない。
「それよりも、オルガルとジイさんは何してんだ?」
訝しみながらも、マレットがフェリーの後ろを覗き込む。
そこには破壊された魔術大砲の傍に屯するオルガルとオルテールの姿があった。
「えとね、お祈りをしてるみたい。これだけ大きな魔石だからきっと宝岩族がなんとかかんとかって言ってたような」
「重要なところがうろ覚えじゃ意味ないだろ」
「だ、だって。ムズかしい話わかんないもん」
フェリーは難しい話だと言っているが、恐らくは祈りの部分しか覚えていなかったのだろう。
マギアに来た当初、彼らが話した御伽噺に準ずるものだろうと想像するのは難くなかった。
マレットにはよく分からない感覚ではあるが、特段止めようとは思わない。
大勢の命を奪う兵器に転用されたとあれば、人間にこの地を託した宝岩族が浮かばれない。その気持ちは、理解できる。
(あとは……。ロインか)
残す問題はあとひとつ。投降した兵士を捕らえた、解放軍だった。
彼らの先頭に立つロインがどのような判断を下すのかは、まだ誰も聞かされていない。
……*
身を屈め、少年は捕らえられた兵士と目線を合わせる。
あどけない顔をした解放軍の御旗と、争いとは無縁の世界で暮らしてきた男達。
凡そ戦いに似つかわしくないのは、お互い様だった。
(こんな子供が……)
強制的に徴兵をさせられた兵士達がこぞって、ロインの顔をまじまじと見つめる。
声に出さなかったのは自分が捕虜という立場である事と、彼の後方に立つ義肢を携えた屈強な男達からは確かな威圧感があったからだった。
「みなさんは――」
そんな中、ロインがゆっくりと口を開いていく。
自然と捕虜が身構えてしまう。徴兵されたと思えば、今は捕虜の身。
解放軍を名乗ってはいるが、相手は国に対する反逆者。体制側の自分達がどのような扱いを受けるのかを想像したくはなかった。
ただ、一人の男を除いて。
「好きに……してくれ。少なくともおれには、生きる価値なんてない」
投げやりに言葉を放ったのは、魔術大砲の引鉄を引いた男だった。
自らの指が大量の命を奪った。男はもう、罪の意識に耐え切れない。
解放軍の手によって殺されるのであればむしろ本望でさえあった。
「そういったつもりで話を訊こうとしたわけではありませんよ。
みなさんは、どちらの出身の方なのですか?」
「……は?」
突拍子の無い質問に、捕虜達が眉を顰める。ロインが何を企てているのか、一切読めない。
故郷を思い出させる事で、罪悪感を煽ろうとしているのかと勘繰る者までいた。
「我々を、故郷で晒し者にするつもりなのか!? それとも、我々の村に報復を与えるつもりか!?」
「えっ!? い、いえ! そんなつもりでは!」
邪推をした捕虜の一人が声を荒げる。故郷に迷惑を掛けてはならないという、最後の抵抗ですらあった。
思ってもみなかった反応を前にして、ロインの方が逆に焦ってしまう始末だった。
「私はただ、単純に知りたいだけです。約束します、貴方たちの故郷に危害は加えません。
証明できるもの……は、これぐらいしかないんですけどね」
そう言ってロインが取り出したのは、解放軍が立ち寄った街や村の冒険者ギルドに貼られていた手配書だった。
脅威が去った事を伝える為に、解放軍は魔物や賞金首の手配書を剥がしていた。
捕虜達は言葉を失う。故郷の治安が悪い事は耳にしていた。
けれど、持ち場を離れる訳には行かない。せめて近しい者は無事であってくれと、祈る事しか出来なかった。
まさか、解放軍が脅威を取り除いてくれているとは夢にも思ってみなかった。
「もう一度言います。私たちは、みなさんに危害を加えるつもりはありませんよ。
ただ、どんな方々がこの場に居るのか。それを知りたいだけです」
少年の言葉に偽りはないと感じた捕虜達は、それぞれの故郷を口にする。
「……サルビア」「おれはモクレンだ」「ボロニアから、連れて来られた」
時には故郷への未練を思い出し、嘆く様に嗚咽を漏らす者もいた。
彼らの話を、ロインは頷きながら聞いていく。全員の話を訊き終えた少年は、解放軍へひとつの指示を出す。
「彼らを解放してあげましょう」
「ロイン様、本気ですか!?」
驚嘆の声を上げたのは、マクシスだった。
ロインはにこやかに笑みを浮かべながら、もう一度肯定をする。
「はい。この方たちは、国王に無理矢理徴兵された人々です。
故郷が心配な方もいるでしょう。解放軍だって、国王の手から全て護れるわけではありません。
国民にも、彼らにも安心をしてもらって。それで、お互いを支え合ってもらった方が良いではないですか」
「ですが……」
戸惑うマクシスを前に、ロインは強い眼差しで彼を見上げた。
絶対に意志を曲げないと、瞳で訴えてきている。
「マクシス。私たちは何者ですか?」
「解放軍……ですが……」
「そうです。彼らもまた、国王の被害者ではないですか。
ならば、皆を救うのが解放軍の役目ではないのですか?
大義を掲げるのであれば、迷う余地などないはずです」
瞳にも、言葉にも力が宿っていた。
少年はシンへ言った。怒りのままに戦ってはいけないと。
それはより大きな力となって、いつか自分達へと跳ね返る。
更に少年は、マクシス達解放軍にも言った。
もう、何も奪われたくないと。それは、他者も同じ気持ちのはずだった。
だから、迷わない。何が何でも、貫き通すと彼は決めた。
マクシスは子供であるロインに気圧されている。
ただの御旗だった少年は、強くなった。自分達の想像よりも、遥かに。
気付けばマクシスも、強張った顔を緩ませていた。
「はい、仰る通りです。ロイン様」
「今度はちゃんと分かってくれると思いましたよ」
「はは、これは手厳しい」
マクシスの表情を見て、ロインもまた頬を緩ませる。
ちくりと刺すような一言を前にして、マクシスは苦笑いをしていた。
……*
破壊された魔術大砲。
傍に転がっている巨大な魔石に、魔力は殆ど残っていない。
これだけの質量に蓄えられた魔力を一瞬で放出していたというのだから、とても良識のある人間が造ったものとは思えない。
「全く。宝岩族に敬意も払わず、こんなモノを作りおって……」
オルテールは憤っている。自身が直接宝岩族と逢った事は無いが、宝岩王の神槍を通して長年、感謝を送り続けていた。
宝岩族の存在がマギアの繁栄に深く関与しているというのに、誰も感謝をしない。
それどころか、悪用ばかり考えているのだから憂いてしまうのも当然だった。
「そうだね。こんな風に大勢の命を奪うなんて、きっと望んでいなかったはずだ」
オルガルもまた、オルテールの意見に同意をした。
人々の暮らしを少しでも豊かにしようとしていたマレットとは、明らかに違う。
平然と力で屈服させようとするやり方は、受け入れ難い。
またひとつ、国王を討つ理由が増えてしまった。
「宝岩族。こんなことに貴方たちの命を使ってしまって、申し訳ありません」
オルガルとオルテールが、魔石に鎮魂の祈りを捧げた矢先だった。
「若! これは!」
「さっきと同じ大砲……!」
再び魔術大砲による閃光が、視界を白く照らす。
強大な魔力の塊は、周囲を消し去りながら解放軍と捕虜達との距離を詰めていく。
「クソッ!」
今からでは打つ手がないと、マレットが舌打ちをする。
これだけの兵器を国王が一基で留めておくはずがないとは考えていた。
だが、国王軍にとっても重要な拠点であるこの場所を。しかも兵士諸共撃つとは思ってみなかった。
「せっ、霰神で!」
フェリーが霰神から透明な刃を形成するが、何の役にも立たない。
魔導接筒で接続する、対となる灼神は破損している。
霰神が生み出す氷壁で受け止めるには、無理がある。
「あの外道が……!」
自分以外は、どうなってもいい。そんな意思がはっきりと感じられる一射を前にオルテールの怒りは頂点に達した。
弟子であるオルガルもその気持ちは変わらない。せめてもの抵抗だと、彼らはフェリー同様に閃光の前に立ちはだかる。
「何やってんだ、馬鹿!」
声を荒げるマレットだったが、直ぐにその考えを改める。
砦に存在する魔術大砲。その傍らの魔石が、微かに。まるで呼吸をするかのようにゆっくりと。
目を凝らさなくては気付かない程に淡く輝いているのを目にしたからだった。
そして、解放軍には知る由もない。
王宮に存在する魔石もまた、連動するかのように淡く輝いていた事を。
オルガルとオルテールはリタ同様に、毎日自身が信仰を捧げるべき神へ祈りを捧げている。
武と大地の神はその誠実な想いを汲み取り、魔石となった宝岩族へと伝えていた。
宝岩族は感謝をすると同時に、憂いていた。
彼らがこと切れれば、自分達が紡いできた思いさえも途絶えてしまうと。
リカミオル大陸を見守り続けた宝岩族の憂いを帯びた行動が起こす奇跡を、彼らは体験する事となる。
オルガルは本能的に、宝岩王の神槍を突き出していた。
出来ると確信していた訳ではない。けれど、可能性があるならばこれしかないと考えていた。
狙いは宝岩王の神槍による重力操作を利用して、閃光の向きをズラすというもの。
「若! 不肖ながら、このオルテールも力添えをさせて頂きます!」
「ありがとう、じいや!」
宝岩王の神槍の柄に、そっとオルテールの手が添えられる。
槍を教えてもらう時に、いつも彼はこうやって手を添えてくれた。
日を追うごとに皺は増えていくけれど、頼もしさに一切陰りは見えない。
今も昔も変わらず、頼もしいとしか思えない手だった。
「うっ、おおおおおおおお!」
槍の先端が閃光に触れる。光が全身を覆いそうで、恐怖に慄く。
だが、二人は決して逃げない。最後の最後まで、足掻くと決めた。
決して退かない気持ちに武と大地の神が、宝岩族が応える。
放たれた閃光は向きを変えるでもなく、音もなく大気中へと霧散していった。
「きえ、た……?」
魔石となった宝岩族が、彼らを消す事を良しとしなかった。
魔力の供給を拒絶した魔石が、魔術大砲による魔力の放出から自らを断ち切っていた。