325.コネクト
マレットが新たに生み出した魔導具に、まだ呼称はない。
そもそも、彼女としては魔導具と定義していいかすらも曖昧だった。
他者から見れば、ただの筒に等しい。
強いて言えば材質が魔硬金属である為、金属自体に価値があるぐらいだろうか。
ならば他の付加価値は、誰が生み出すものなのだろうか。
それは、フェリー・ハートニアでしか生み出せないものだった。
仮にマレットが今後この筒に名前を付けるとすればこう呼ぶだろう。
魔導接筒と。
「えっと、灼神と霰神をこれでくっつければいいんだよね」
魔導接筒の使用方法は非常に単純だった。
二本の魔導刃・改を、魔硬金属の筒で連結をする。
筒の内側に彫られた溝から効率的に二基の魔導石・輪廻へと伝えられていく。
フェリーの魔力を最大限活かす為に造られた魔導刃・改。
その出力を更に一段階押し上げる為の、補助を務める為の魔導具だった。
「っ……」
灼神や霰神を単独で使った場合の比では無い脱力感が、フェリーを襲う。
連結された魔導刃・改に変化はない。
本当に魔力の刃は形成されるのかという不安に苛まれるが、フェリーは魔力を注ぎ続けた。
ここで自分が折れては、全員の期待を裏切る事となる。
命を無用に散らせない為にも、シンとの約束を守る為にも。
必ず刃を形成させてみせると、フェリーは魔導刃・改を天へ掲げた。
「でええええぇぇぇぇぇぇぇいっ!」
精一杯の魔力が込められた魔導刃・改は、燃え盛る炎のような輝きを放つ。
立っているだけで灼かれてしまうと錯覚するだけの熱が、天に向かって放たれる。
「って、ちょっと。ええっ!?」
連結された魔導刃・改が生み出した刃。
その風貌に驚きの声を漏らしたのは他の誰でもないフェリー自身だった。
まるで天へ上る柱のように、炎が立ち昇っている。
先端の形は朧気で、とても剣の形を成しているとは言い難い。
「あの女狐。何を造ったんじゃ……」
「いやあ、これは流石に……。前に出るなっていうはずだよ……」
神の怒りを模しているのかと言わんばかりの炎柱を前に、オルテールは呆気に取られた。
マレットの造る魔導具を散々見て来たはずのオルガルも、驚嘆の声を漏らす外なかった。
「ベル、あれがあの筒の効果なのか?」
言われるがままに魔導接筒を突貫作業で造ったギルレッグは、その効果に驚き慄く。
禍々しさすら感じさせる炎の柱を、ぽかんと口を広げて眺めていた。
「いや……。思ってたのと違う」
だが、設計した張本人であるマレットは、自分の予想とは違う結果を前にして顔を強張らせた。
二本の魔導刃・改を連結して、出力をひとつに纏めるという単純な構造。
故に、マレットもなるべく簡素な構造で作り上げていた。
彼女の予想ではもう少し、というよりもきちんと刃の形を保っているはずだった。
精々、両手で持つ大剣レベルの大きさを想定していたのだ。
奇しくも魔術大砲同様、フェリーの手元から離れるにつれて魔力が大気へと霧散している。
出力元となっている灼神の、圧縮限界を超えた結果だった。
自分の予測が外れた反面、現状に当て嵌めて限定すれば嬉しい誤算でもある。
状況を打破するには持ってこいだと言わんばかりに、マレットはフェリーへと叫んだ。
「フェリー! そいつをそのまま、打ち付けろ!!」
「う、うん!」
一方で、関所を防衛する国王軍はフェリーが生み出す火柱に圧倒されていた。
辛うじて正気を取り戻した指揮官が彼女へ銃口を向け、声を荒げる。
「な、なにをしている! 早くあの小娘を仕留めろ!」
躊躇いつつも、国王軍の兵士は言われるがままに引鉄を引く。
オルガルが巻き上げた砂は、とうに炎に呑み込まれている。
両手を天に掲げたフェリーは、無防備そのものだった。
「フェリーさん!」
だが、オルガルの心配を他所に銃弾がフェリーの元へ届く事は無かったら。
彼女が生み出した火柱により乱れた気流が、銃弾の軌道を逸らしていく。
最終的には羽虫が燃え尽きるかのように、鉛の弾は炎の中へと消えていく。
「砦のひとたち、キケンだから逃げてよね!」
両手で持った火柱を振り下ろす直前。フェリーは、国王軍へ最後の通達を送った。
威力は想像するまでもない。触れなくても、近く居るだけでもその身を焦がす。
フェリーの脳裏に過ったのは、故郷での出来事。
無理矢理徴兵された者達の命を悪戯に奪いたくはないと願いつつ、フェリーは火柱を砦へと叩きつけた。
刹那、炎を纏った膨大な魔力が砦へと打ち付けられる。
凡ゆるモノを焼き尽くし、ほんの僅かな水分ですら存在を許さない枯渇した空間が出来上がる。
金属はドロドロに溶け、石の壁はまるで溶岩のように赤熱している。
「ひっ……」
蒸気の向こう側で立つ少女を、兵達は恐れた。
もしもあの少女が有無を言わさず振り下ろしていたならば、灰すらも残っていないだろう。
そこに存在しているのは、覆しようのない圧倒的な力の差。
元より強制的に徴兵をされた身である彼らの戦意を根刮ぎ刈り取るには、十分過ぎる一撃だった。
「……はあ、はあ」
肩で息をしながら、フェリーが炎の柱を消失させていく。
これだけの質量を生み出した疲労感がないと言えば嘘になる。
だが、彼女は突破口を切り拓いてみせた。
この瞬間を逃してはならないと動いたのは、オルガルとオルテールだった。
「若!」
「分かってるよ!」
オルテールの指示を待たずとも、二人の意見は一致していた。
オルガルの全力を以て、宝岩王の神槍は砦へと投げられる。
壁に突き刺さると同時に、宝岩王の神槍の効果によって重力の方向が変えられた。
「わわっ! こうするなら、ちゃんとあたしにも言って!」
慌てて体勢を立て直そうとするフェリーに対して、オルガルは苦笑いで返した。
三人は吸い込まれていくようにして、壁へと落ちていく。
同様に地面を這う躯も後を追うが、突然の出来事に対応が出来ていない。
厄介な躯を一網打尽とするまたとない好機が訪れた。
「小娘! さっきの火柱を、もう一度出すんじゃ!」
「えっ!? イキナリ言わないでよ!」
オルテールの指示に戸惑いながらも、フェリーは言われるがままに魔導刃・改を構える。
全力の魔力が魔導石・輪廻によって増幅され、再び灼熱の柱が地面と平行に伸びていく。
その熱量を前にして、土塊で出来た躯は身体を維持できずにボロボロを崩れていく。
「そのまま、また壁を!」
「ふたりとも、人使いが荒いよ……っ!」
ぶつくさと文句を言いながらも、フェリーは火柱の角度を変更していく。
既に大きなダメージを追っていた壁は、瞬く間に破壊の範囲を広げていく。
最早砦としての機能は保てておらず、溶岩のように熱された瓦礫が事の凄惨さを無言で伝えていた。
「もう、こうなったらゼンブっ!」
このまま砦を完全に破壊しようと、フェリーが魔導刃・改を持ち上げようとした時だった。
通常を遥かに超えた出力を放出し続けた灼神の先端が、フェリーの出力に耐え切れなくなる。
「えっ!? ちょ、ちょっと!?」
慌てて魔力を抑えようとするフェリーだが、時すでに遅し。
限界を超えた灼神の先端が、割れるようにして崩れ落ちた。
魔導接筒は接続先を失い、魔力の供給を失った火柱も大気へと霧散していく。
「灼神が壊れちゃった……」
フェリーは魔導接筒から灼神の残骸と、霰神を分離させる。
魔力を込めてみると幸い、霰神はまだ刃が形成できる事に胸を撫で下ろした。
「まだだ、僕らは止まるわけにはいかない! この関所を、制圧するんだ!」
オルガルの号令を合図に、フェリーは霰神を起動する。
灼神こそ失ってしまったが、既に国王軍の戦意は失われつつある。
千載一遇の好機を逃す訳には行かないと、透明の刃が赤熱の岩から熱を奪っていく。
シンが得意とする、水蒸気を利用した目眩まし。アンダルにこそ通用しなかったが、狙いは身を隠す事では無かった。
自分は勿論、オルガルやオルテールが通過できる程に足場を冷やす事が目的。
先ほどまでの肌すら焦がすような臭いが鳴りを潜める。同時にオルガルが宝岩王の神槍を利用して、砦の上へと三人を運んだ。
「これが――」
周囲を破壊し尽すべく設置された、巨大な大砲。
件の魔導具だと判断をしたオルガルが、瞬く間に破壊をする。
その間、国王軍の兵士は彼らに抵抗しようとは考えなかった。
国王軍の兵士にとって、彼らはどう映ったのだろうか。
村一帯を消滅させる魔術大砲を見ても、決して怯まない。
それどころか、たった三人で制圧すらしてみせた。
「……私たちは投降する」
本来ならば、化物のように見えても致し方ない。
けれど、彼らは違った。どんな形であれ、罪のない国民の命を奪った自分達を正しく裁いてくれるに違いない。
一縷の望みを掛けて、兵士達は投降を宣言した。
オルガルは口元を引き締め、オルテールとフェリーの顔を見渡す。言葉は不要だった。
強制的に徴兵された者に、これ以上の責務を負わせようとは考えていない。
無闇に命を奪いたくないのは、お互い様なのだから。
「分かりました」
代表をしてオルガルが、国王軍の投降を聞き入れる。
その様子を、僅かに残った躯の残骸から覗き込む者がいた。
……*
「ふざけるな! なんだ、なんなんだ、アレは!?」
ルプスは怒りのあまり、自らが腰掛けている玉座を拳で強く打ち付けた。
手摺が荒々しく破壊されるにも関わらず、ルプス本人には傷ひとつついていない。
永遠の命が齎す異様な光景と、憤るルプスを前にして兵士達は慄いていた。
「まさか、魔術大砲まで突破しようとは」
コナーも、マーカスも盤石の布陣だとさえ思っていた。
一騎当千の者が居なくても、有象無象でも脅威となる魔導具の存在。
相手を圧倒させ、屈服させる為のそれが突破された事は少なからず彼らにも衝撃を与える。
「お、のれ……ッ」
自らの力で割れてしまいそうなほどに、ルプスは奥歯を強く噛みしめる。
最早自分の待つこの城まで、解放軍を止める手立ては存在していない。
ただでさえミスリアの侵攻が砂漠の国に遅れを取っている。
ルプスにとって受け入れ難い事の連続。解放軍は、暴君の逆鱗に触れてしまった。
「ミスリアへ持っていく予定だった魔術大砲を、解放軍に向かって放て」
兵士達の間にどよめきが起きる。
彼の選択は即ち、関所を護る兵士を含めて皆殺しをしろという意味だった。
「し、しかし!」
「構わぬ、撃て! 撃たぬか! 雑兵が消し飛んだ所で、誰が困るというのだ!?
それよりも今するべきことは反乱分子の殲滅だ! そうしなければ、ミスリアを手中に収めることも叶わぬのだぞ!」
ルプスの剣幕を前に、兵士は言葉を失う。
ミスリアが欲しいのは、マギアの中ではルプスただ一人。
それでも彼は、永遠の命という絶大な力を持っている。
自分が逆らおうとも、他の誰かがやるまで繰り返される事は明白だった。
「おやおや、これはこれは」
「焦ったか」
冷静に事が運べていないと、流石のマーカスも肩を竦めて見せた。
コナーでさえも、ルプスの乱心ぶりに辟易している。
だが、二人にとっては好都合だった。解放軍に消えて欲しいという点では、同意見なのだから。
世界再生の民の脅威を消し去ってくれようとする者を、わざわざ止める理由など存在しない。
「だが、私の役割はここまでだな。コナー、先にミスリアへ向かわせてもらうよ。
砂漠の国が動いているのであれば、ビルフレスト様も再びミスリアへ向かっているだろう。
『傲慢』の迎えにも行かないといけないだろうしね」
「分かった。自分も復讐を終わらせ次第、追わせてもらおう」
永遠の命を与える『憤怒』をルプスへ紹介した。
魔導具のノウハウも、それを利用した魔術大砲の開発にも成功をした。
これ以上この国でするべき事はないと、マーカスはマギアを後にする。
シンやフェリー。そしてマレットへの復讐を終えていないコナーは、マギアへ留まる事を選択した。
元より彼は、世界再生の民の考えよりも復讐を優先している。
「撃て、殺せ! 髪の毛の一本たりとも、存在を許すな!」
(さて、復讐が済み次第この男をどうするべきか)
それでも、ルプスの姿を前にして思うところはある。
この暴君をこのままのさばらせておいていいものかと。
ルプスに永遠の命を与えるのであれば、彼の側近となる必要がある。
王宮を離れる際、ルプスは明らかに身の危険に怯えていた。
恐怖のあまりしおらしくなるのであれば可愛いものだが、即座に頭へ血が上る事を考えると期待は出来ないだろう。
(……今は考えることではないか)
ただ、現状ではマギアの戦力を扱う為に必要な手駒である事には違いない。
彼の処遇を考えるのは、全てを終えてからにしよう。
コナーにとっても、優先するべき存在は決してルプスなどではないのだから。
それぞれの思惑が交錯する中。
魔術大砲による全てを破壊する魔力の塊が、再び解放軍へ襲い掛かろうとしていた。