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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの
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324.御旗の少年

 フェリー・ハートニアは知っている。

 ベル・マレットがどんな想いを込めて、魔導具を生み出してきたかを。

 彼女はいつも、誰かを支える為に。誰かの背中を押す為に研究を重ねて来た。

 強力すぎる武器でさえも、ただ人を殺める為の者には授けたりしない事を。


 だから、止めなくてはいけない。

 そんな彼女の気持ちを無視して、命を勝手に棄てようとする者達を。

 

「マレットは、皆がまたふつうに暮らせるように手とか足を造ったんだよ。

 そのために造ったのに、魔導石(マナ・ドライヴ)を爆発させるなんてゼッタイにダメだよ」


 解放軍とフェリーとの間に、明確な違いなど無かった。

 彼女もまた、マレットに立ち上がる力を与えてもらった一人なのだから。


「だったら、あの大砲をどうするつもりなんだ!?」

「それは、その。わかんないけど……」


 声を荒げるマクシスの剣幕を前にして、フェリーは思わず顔を逸らした。

 衝動的に止めたものの、フェリーに妙案など浮かんではいない。

 目の前で起きようとしている悲劇を、感情に従って止めようとしたに過ぎない。

 

「それ見たことか! 他に手段がないから、こうやって突破口を開こうとしているんだろう!」

「でも、でも! 死んでいいわけないよ!

 マレットの気持ちも、ロインくんの気持ちも考えてよ!」

「全滅するよりは、いいだろう!」


 フェリーとマクシスは己の主張を曲げようとはしない。

 平行線のまま、ただ時間だけが過ぎていく。


「マレットはアタマいいんだから、ゼッタイになにか思いつくから!

 もう少しだけ、待ってよ!」

「次に発射されるのがいつか判らない状態で、待っていられるわけがないだろう!

 今この瞬間だって、あの大砲が我々を撃つかもしれないんだぞ!」


 言葉を重ねても意味はない。マクシスだって、フェリーの言っている事が理解できない程愚かではない。

 けれども、誰かがやらなくてはならない。命の価値を考えた時に、自分達に白羽の矢が立つのは必然だとマクシスは考えている。


「おい、お前ら――」

「ベル、よそう」


 言い争いの発端は自分への配慮だ。

 収めるには自分しかいないと、マレットが声を上げるがオルガルによって遮られる。


「なんでだよ!?」

「君が何を言っても、解放軍は納得しないよ。だから、君は君に出来ることをするべきだ。

 考えが纏まるまでの時間を稼ぐのが、僕らの役目だ」


 オルガルはそれだけ言い残すと、オルテールを連れてフェリーへと加勢をする。

 既に加わっているロインも含めて解放軍の説得を試みるが、マクシス達は決して折れようとはしない。


「出来ることつったって……」


 マレットは己の髪を掻き毟った。今一度、頭の中を整理する。

 魔術大砲(マジック・キャノン)が連射出来ないのは、現状を鑑みれば明らかだ。

 だからこそ、沈黙を貫いている今の内に突破をしなくてはならない。

 相手も弱点(それ)を理解しているからこそ、護りを固めている。時間の経過は、国王軍の勝利へのカウントダウンへと変わっていた。


「ベル、何か必要なものがあったらすぐに言え」


 ギルレッグはいつでも準備が出来るようにと、小人王の神槌(ストラーダー)を構えている。

 けれど、そもそもの素材が少ない。短時間で関所の護りを突破するだけの魔導具を生み出すのは、不可能に近い。


(クソ、何かないのか。何か――)


 己の無力さを噛みしめるマレット。

 そんな彼女に閃きを与えたのは、金色の髪を揺らす少女だった。


「その義肢(てあし)だって、この灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)だって、マレットが造ったんだよ!

 みんなのタメに造ってくれたのに、そのせいで死ぬのなんてダメだよ!」

「何度言われても、状況が好転するわけではないだろう! いい加減、理解するんだ!」

「しないよ! あたしもロインくんも、ゼッタイにしないから!」

(――!)


 マクシスを初めとする解放軍からすれば、同じ言葉の繰り返しだった。

 けれど、マレットにとっては金言にも等しい言葉。

 

(そうだ、アタシは馬鹿だ。焦って、完全に見落としてた)

 

 マレットはフェリーと交わした会話を思いだす。

 あの時、彼女は新たな力を求めた。自分も彼女の要望に頷いた。

 不器用な彼女が使いこなせるような魔導具を、ひとつだけ思いついていた。


 無尽蔵の魔力を持つフェリーの能力を、最大限活かせる魔導具。

 だが、あくまでマレットの想像の中の話。上手く行く保証は、どこにもない。

 

「ダンナ、ひとつだけ造って欲しいモンが出来た」

「おう、言ってくれ」


 実験すらしていない魔導具を使うなど、マレットはしたくなかった。

 本来であれば、暴発する危険性すら孕んでいる。

 まずはフェリーへ確認をしなくてはならない。その覚悟が、彼女にあるのかを。


 ……*


「わかった! ぶっつけホンバンだね!」

「いや、お前のことだからそう言うとは思ったけどよ。

 失敗をすれば、お前がただじゃ済まないんだぞ」


 あまりにも明快な返答を前にして、マレットの気が抜けそうになる。

 ただ、フェリーもその場の流れで頷いている訳ではない。彼女なりの答えは、ちゃんと持っていた。


「だって、マレットが造る魔導具でしょ? あたし、信じてるよ。

 それにみんなが死ぬかもしれないのと、あたしが危ないかもだったら、危ないほうを選ぶよ」


 提案した手前、マレットは何も言い返す事が出来なかった。

 フェリー自身に覚悟は出来ている。万が一があれば、怒り狂うのは彼女ではなくてシンだろう。


「調整も、何もできてないシロモノだ。

 アタシから言えることはひとつ。絶対に、魔力を止めるな」

「分かった」


 マレットに促されたギルレッグが、彼女に頼まれたて造った魔導具を手渡す。

 到底武器とは思えないその姿に、フェリーは小首を傾げていた。


「うでわ……?」


 手渡されたのは、腕輪のようにも見える筒だった。

 よく見ると二重に重ねられており、所々が通路と見間違うように孔が空いている。

 魔導石(マナ・ドライヴ)が設置されているようにも見えない筒を前にして、フェリーは用途が全く想像できなかった。


「いや、腕輪じゃない」


 マレットはフェリーへ、託した魔導具の説明を始める。

 この筒の役割を、そして何が起きるかを。

 フェリーは驚きで目を見開いていたが、やがて力強く頷いていた。



 

「ただ、フェリー独りで無傷のまま辿り着くのは――」

 

 新たな魔導具を用意したとはいえ、この距離から狙撃が出来るような代物ではない。

 魔導具の説明を終えたマレットは、本格的に関所へ近付く事を画策する。

 上空から放たれる銃弾に、地上を這う躯はただでさえ厄介だった。


「露払いなら、僕たちが引き受けるよ」

「オルガル。ジイさんまで」


 マレットの眼前に現れたのは、宝岩王の神槍(オレラリア)を手にした男。

 幼馴染のオルガルと、その従者であるオルテール。フェリーと共に、解放軍の自爆を止めようとした者達。


「マクシスさんたちは、特攻するかもしれないって不安だろう?

 僕らなら、その心配はしなくてもいいよ」

「フン、バクレイン家を再興するまでは死んでも死に切れんからな」

「お前ら……」


 熱いものが込み上げてくるのを、マレットはぐっと堪えた。

 彼らなら、命を粗末にはしない。フェリーが関所に辿り着くのを、間違いなく助けてくれる。


「それに、神器だって魔導具に負けていないことを証明しておかないとね。

 あまりに魔導具ばかりが好き勝手してるんじゃ、じいやの機嫌も悪くなってしまうよ」

「若こそ、何を仰いますか。まだまだこんな小娘の魔導具が、神器の域に達しているわけがないでしょう」

「そんなコトないよ、マレットの魔導具はスッゴイもん」


 言い争う三人を前にして、マレットは思わず笑みを溢した。

 心中を察したギルレッグが、彼女の背中をポンと叩く。


「良かったな、ベル。アイツらなら、任せても大丈夫だろう」

「……ああ。ダンナも、無理を言って悪かったな」

「なに、お前さんの要望に応えるのは嫌いじゃねえよ。

 これからも、色んなモン造ろうや」

「ああ、ありがとな」


 ギルレッグの気遣いに、マレットは改めて感謝をした。

 ここから先。この関所を突破できるかどうかは運の要素が大きい。

 最後の希望はフェリーと、自らが生み出した新たな魔導具へと託された。


 ……*


「どういうつもりだ?」


 躯越しに伝わる光景を前にして、『憤怒』の適合者であるコナーは眉を顰めた。

 大勢の敵が待ち構えている関所へ向かってくるのは、たった三人の男女。

 不老不死に魔女に、神器の継承者がいるとはいえ駒が足りないのではないかと訝しむ。


(何を企んでいる?)


 コナーにとって、解放軍の姿が見えないのは聊か不気味ではあった。

 ただでさえ、彼らの進軍でシン・キーランドの姿を一度も確認できていない。

 何かを企てていると警戒するのは、半ば必然でもあった。

 

(だが、奴らが解放軍の主戦力であることも事実。

 フェリー・ハートニアは兎も角、神器の継承者(オルガル)とその従者はここで討つべきだ)


 コナーの考えに、ルプスも概ね賛同をしているようだった。

 もうじき魔術大砲(マジック・キャノン)の砲身も取り換える事が出来る。

 足止めさえ出来れば、それでいい。時が来れば解放軍諸共、この世から消滅をさせてやればいいと考えている。


 マーカスやコナーにとっても興味深い内容だった。

 不老不死の少女(フェリー)は、その身を消失しても決して死なないのか。

 ひとつの謎を解明する絶好の機会が、訪れようとしていた。


 ……*


「小娘、大砲はいつ撃たれるか判らんのじゃ。貴様は、前に進むことだけを考えていろ!」

「うん! それよりも、ちゃんとマレットの言ったコト忘れないでね!」

「分かっているさ。ベルの忠告を無視すると、大抵酷い目に遭うからね」


 関所に聳え立つ砦を目指して、三人は再び戦場を駆け抜ける。

 地を這う躯はオルテールが自慢の槍術で薙ぎ払う。

 砦から放たれる銃弾は、オルガルが宝岩王の神槍(オレラリア)による重力操作によって巻き上げた砂で軌道を逸らしていた。


 巻き上がった砂により生まれた影の下を、フェリーが全力で駆け抜ける。

 戦闘は最低限に。迫りくる躯だけを斬り払い、ただひたすらに前を目指した。


 ……*

 

「ロイン様! 我々も行きます! 止めないでください!」


 奮闘する彼らの様子に当てられたマクシスが、声を荒げる。

 とうに覚悟が出来ているという本人達とは裏腹に、他の誰もが戦場へ向かう事を許可しなかった。

 

 せめて未来の為に、無駄死にではない方法で命を使いたいというのに。

 使うと決めた命を、きちんと使いきれない。

 戦いを始めた者としては、もどかしい状況が続いている。


「マクシス! いい加減にしてください!」


 我慢の限界が訪れようという時に響いたのは、御旗として掲げられた少年の声だった。

 顔を紅潮させ、肩を上下させている。溜め込んでいた感情を、全て爆発させていると想像するのは容易だった。


「ボクたちは国王(ちちうえ)から平穏な暮らしを取り返そうと戦っているのでしょう!?

 それなのに、自らその暮らしを棄てようとするなんで馬鹿げているじゃないですか!

 今の貴方たちは、国王(ちちうえ)よりもよっぽど愚かです!」


 あまりの剣幕に、残された解放軍は息を呑む。

 僅か10歳にも満たない少年の姿だとは、とても思えなかった。


国王(ちちうえ)この国(マギア)から、たくさんのものを奪いました。

 そして、他の国からも奪おうとしている。ボクだって、二度と奪われたくありません。

 母上だけではなく、共にいてくれたマクシスたちまで、いなくならないでください……」

「ロイン様……」


 ロインの溢す大粒の涙を前にして、マクシス達は漸く頭が冷えた。

 肉親を奪われた少年が、自分達を家族のように思っていてくれてた。

 気付いていたはずなのに、目を逸らしていた。本当に大切なものと、向き合おうとしなかった。


「みんなは、最低です……。シンさんのように、誰かのために怒ってくれるほうが、まだ分かりやすいです……」


 マクシスを含む解放軍は、返す言葉も無かった。

 ロインは怒りに身を任せるシンに、頭を冷やすように伝えた。

 他にも理由があったとはいえ、自分達も賛同をした。


 他人を非難しておきながら、自分達がしようとした事はそれを更に下回る。

 弁明の余地すら残されていなかった。


「申しわけございません。もう二度と、このような真似はしません。

 皆で生き残って、この戦いを勝ち取ります」

「……約束ですよ」


 目元を腫らすロインの前に、解放軍が跪く。

 これは奪われたものを取り返す戦い。もう奪われないようにする戦い。

 何より、この国(マギア)の未来を担う少年を護る為の戦い。

 

 マクシスはこの時に初めて、本当の意味でこの戦いと向き合う事が出来た。

 導いてくれた少年に、心からの感謝をしながら。


 そして、もうひとり。

 暴走をする男達を止めようとした少年に、感謝をする者がいた。


「ロイン。ありがとな」


 ロインの頭に手を乗せたマレットが、安堵の顔を浮かべる。

 彼女もまた、少年の言葉によって救われた。自分の魔導具で誰かを不幸にする事態を、避けられた。


「そんな! マレット博士が居なければ、ここまで来られなかったんですから!」

「それでもだよ。……ありがとな」

「ロイン坊。こういう時は、素直に受け取っておくもんだ」

「ギルレッグさん……。わ、わかりました」

 

 ニカッと白い歯を見せるギルレッグを前にして、ロインは頷く。

 彼らの選択が正しいかどうかは、まだ解らない。

 全ては戦場に立つ一人の少女に託されていた。




「……ついたっ!」


 運命の鍵を握る少女。フェリー・ハートニア。

 砦の前にまでたどり着いた彼女は、マレットから託された腕輪を取り出していた。

 

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