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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの
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323.未来の為に差し出せるもの

「『素晴らしい。褒めて遣わそう』と、陛下は仰っておられる」


 土塊から生み出された躯が、目の前の出来事に対して賛辞を贈る。

 一方で、悪魔の囁きを前にして全ての業を背負った男は膝から崩れ落ちた。


 解放軍が近付いている事は判っていた。

 敵対する立場であれど、彼らの存在には感謝していた。

 荒れ果てた故郷を、自分達に代わって脅威から護ってくれていたのだから。

 

 ただ、マギアの王都へ向かうには関所を突破する必要がある。

 自分が何れ解放軍とぶつかる事は必至だった。


 無理矢理徴兵された身とはいえ自分達は国王軍に属している。

 命令に逆らえば、背後に待ち受けているのは大切な者の不幸。

 

 ならば解放軍に討たれる事こそが、自分達の為すべき選択ではないか。

 そう考えていた矢先だった。


 新たな魔導具。その試射場としてこの関所が選ばれたのは。

 魔術金属(ミスリル)によって象られた厳つい魔導具は、魔術大砲(マジック・キャノン)と名付けられていた。


 王都で保管されている魔導具のノウハウと、マギアの研究者が齎した知識。

 それらを組み合わせた大砲は、マギアで採掘された巨大な魔石から全ての魔力を高密度に圧縮し、放たれる。

 

 男は試射であり、威嚇でもあるという言葉を鵜呑みにした。

 遠く離れたハナニラの村が消え去る程の魔力が、放出されるとは思ってもみなかった。

 

 誰かにとっての故郷を、誰かにとっての拠り所を、自分が消滅させてしまった。

 何もかも消し去る悪意の閃光が、人間の指一本で放たれる事が信じられなかった。


 高濃度の魔力に耐え切れず、魔術金属(ミスリル)で造られた砲身がドロドロに溶ける。

 入れ替えようにも、灼熱の砂漠と見間違う程の蒸気が魔術大砲(マジック・キャノン)の周囲に立ち昇っている。


 向こう側の景色が陽炎のように揺らぐのが、現実のものなのか。

 それとも、著しく精神を病んだ自分が見せる幻覚であるのか。

 男には解らなかった。ただ、ひたすらに後悔だけをし続けていた。


 ……*


「いかがですか、ルプス陛下」

「うむ。素晴らしいではないか!」

 

 躯を通した映像を共有されたルプスは、魔術大砲(マジック・キャノン)の威力を前にして上機嫌だった。

 ミスリアから訪れた研究者であるマーカスの協力もあり、素晴らしいの魔導具を手に入れる事が出来た。

 これならば、兵器として扱われる事を良しとしないベル・マレットなど必要ない。

 そう思わせるだけの逸品が、マギアの手に渡った事となる。

 

 砂漠の国(デゼーレ)がミスリアへ宣戦布告をしたという情報を入手した時は、先を越されたと焦りを見せた。

 一刻も早く反乱を試みる解放軍を鎮圧し、自分達もミスリアへ侵攻をしなくてはならない。

 その足掛かりとして、永遠の命を持つ自分と魔術大砲(マジック・キャノン)の存在は欠かせない。

 

「ただ、やはり高濃度の魔力を放ちますが故に連射は出来ません。

 その点だけは、ご了承ください」

「構わぬ。この威力を前にして、歯向かおうなどと言う阿呆は存在するまい」


 事実、それだけの威力を魔術大砲(マジック・キャノン)は秘めていた。

 一方で、砲身に使用している魔術金属(ミスリル)や使用する魔石の大きさから莫大な費用(コスト)が掛かるのも事実だった。


 費用(コスト)に見合っただけの成果を得なくては、国は滅んでしまう。

 ルプスが見据える者は、制圧したミスリアからの略奪。


「まずは反乱軍を一網打尽にする。その後はミスリアだ。

 直ぐに出られるよう、準備をしておけ」

「ハッ」


 国内での戦いはもう決着がついたと言わんばかりのルプスだが、マーカスの見解は違っていた。

 魔術大砲(マジック・キャノン)の完成度について、思うところがあったからだ。


(やはり、ベル・マレットは異常だ)


 自分は高密度の、巨大な魔石を出して魔術大砲(マジック・キャノン)の威力を実現した。

 質量に見合っただけの威力を、使い捨てで捻りだしているに過ぎない。


 だが、魔導石(マナ・ドライヴ)は違う。

 小型化は勿論の事、不老不死の魔女(フェリー)の魔力にも耐え得る耐久性を得ている。

 邪神の『核』のように呪詛や悪意と言った術式の類を持ち込んでいないにも関わらず。

 

 流通している物から模倣を試みても、不透明な部分(ブラックボックス)が多すぎて再現には至らなかった。

 改めて彼女の異常性が、浮き彫りとなる。


 ルプスが絶賛をしている魔術大砲(マジック・キャノン)だが、実際には高濃度の魔力を大砲として放っているに過ぎない。

 極端な形を言えば、膨大な魔力を持った魔術師が長い詠唱を経て全ての魔力を放出すれば同じ現象は再現できるだろう。

 詠唱を不要としている点だけが、魔術大砲(マジック・キャノン)が勝っているとも言える。


 目先の威力にばかり惑わされているが、マーカスからすれば大したことをしている気はない。

 魔導大国マギアの魔導具。そのノウハウを吸収した彼が、見様見真似で兵器を造ったに過ぎない。

 使う者ではなく、造る者としてはある意味では退屈な仕事でもあった。


(彼女が欲しかった。無念ではあるが)


 『憤怒』(サタン)によって連れ去った際に、勧誘が成功していれば。

 シン・キーランドが乱入してこなければ。

 残念で仕方がないと、マーカスは息を吐いた。


「それで、解放軍(やつら)は来ると思うか」


 上機嫌のルプスを他所に、コナーが尋ねる。

 監視として関所に躯を設置こそしているが、まだ姿は見せていない。


「来るだろうね。だからこそ、次の一撃で仕留めなくてはならない」


 マーカスは確信を持った上で、肯定をする。

 邪神を前に立ち向かう者達が、この程度で引き下がるとは思えない。

 必ずしも魔術大砲(マジック・キャノン)を突破するべく、関所へ攻めるだろう。


 砲身が、抽出するべき魔石が入れ替えられるようになるまで、半日は要する。

 その間を護りきれば、解放軍に成す術はない。

 解放軍と国王軍。時間との勝負は、既に始まっている。


 ……*


「……二発目は撃ってこないね」


 固唾を呑み込みながら、オルガルが呟いた。

 まだ関所までは距離がある。察知され、照準を向けられれば成す術はない。

 魔術大砲(マジック・キャノン)の威力を前に、解放軍は息を潜めていた。


「アレだけの威力だ。そうホイホイ連射されてたまるか」


 減らず口を叩くマレットだが、魔術大砲(マジック・キャノン)の脅威を一番理解しているのも彼女だった。

 単純な威力だけでは自分の造った魔導具を遥かに凌いでいる。


魔導石(マナ・ドライヴ)を造った? いや、それなら発射の間隔はもう少し短いはずだ。

 撃たれた魔力は段々と減衰していた。魔力が圧縮しきれず、周りに霧散していったんだ。

 なら魔導石(マナ・ドライヴ)は使っていない。純粋な魔石で――ああ! クソ!」


 状況から魔導具の形を推測するが、考えれば考える程嫌になる。

 魔硬金属(オリハルコン)でも無ければ、あれだけの魔力に砲身が耐えられるはずもない。

 第二射まで時間はあるが、正確な時間が読み切れない。


「兎に角、あんなモンを放っておいていいはずがねえ」


 魔術大砲(マジック・キャノン)は反逆者である自分達だけではなく、国内全てへの威嚇も兼ねていた。

 国王に逆らえば、ハナニラと同じ運命を辿るだろうという見せしめ。

 たったそれだけの為に、ひとつの村が消滅をさせられた。言葉すらも、交わす事なく。


「……ええ、そうですね」


 マレットの言葉を前に、ロインが小さな身を震わせる。

 自分の父は、いともたやすく他人の命を奪っていく。


「大丈夫です、ロイン様。国王(ルプス)の好きにはさせません」

「……マクシス、ありがとう」


 根拠は無くても、マクシスには口に出す外なかった。

 放っておいても何れ、ルプスはこの兵器を手にしていただろう。

 決して自分達が立ち上がったからではない。責任を感じる必要はないと、幼い子供に伝えなくてはならなかった。


「兎に角、あの物騒な魔導具を破壊せねば話にならぬな」


 武人であるオルテールからしても、魔術大砲(マジック・キャノン)は受け入れ難い物だった。

 いともたやすく。命の重みすら理解せぬまま奪う事が出来るそれを、見逃せるはずもない。


「ジイさんの言う通りだ。いつ、第二射が来るか判らねえ。こうなったら、関所を制圧するしかないんだ」

「貴様のような小娘に、言われるまでもない」


 全員の意見が一致するまでに、時間は要さなかった。

 誰が相手でも力で上からねじ伏せられる、暴力の象徴を見逃す訳には行かない。


 ……*


 関所に辿り着いた解放軍が、国王軍と交戦を始める。

 元々が重要拠点であり、加えて魔術大砲(マジック・キャノン)まで配備された。

 解放軍が焦って顔を出す事は織り込み済みであり、故に突破されないように護りを固めている。


「これじゃ、迂闊に近付けないじゃないか!」


 温厚なオルガルでさえも、今の状況には声を荒げる外なかった。

 強固な護りを突破する手立てが、一切見えてこない。

 

 砦の上から放たれる銃弾は弓矢よりも早く、そしてより高い殺傷能力を持っている。

 頭上を気にしていては、地上で這う兵士や魔物の相手もままならない。

 

 厄介なのは、地面で襲い掛かってくる敵は『憤怒』の男によって造られた躯だという点だった。

 故に砦の兵士達は、誤射を全く恐れてはいない。手が震え、照準が合わなくても構わない。

 ただ闇雲に弾幕を張るだけで、解放軍の進軍を許さない。


 極めつけは、砦そのものだった。

 これもミスリアから来た物の入れ知恵なのだろう。魔力による防壁が張られている。

 万が一壁際まで取りつかれても、容易に侵入が出来ない。

 悪戯に過ぎていく時間を前にして、解放軍に焦りの色が濃くなっていく。


「マレット、どうしよう!?」

「待て、今考えてる。ちょっとだけ、待ってくれ」


 マレットの剣幕に、フェリーは息を呑んだ。ここまで余裕のない彼女を見た事が無い。

 自分が世界再生の民(リヴェルト)に連れ去られても、余裕の態度は決して崩そうとはしなかった。

 だからこそ、刻一刻と追い詰められている気がして仕方が無かった。


魔導弾(マナ・バレット)の一発二発で突破できるか?

 いや、無理だ。地面をうろついている奴が邪魔でしょうがねえ。

 クソ、シンがいれば魔導砲(マナ・ブラスタ)で――。って、違うだろ!)


 いない奴の事を気にしても仕方がないと、ぐしゃぐしゃと前髪を掻き毟る。

 むしろ、この状況にシンが居てはいけない。この場に居れば、自分を省みないのは明らかだ。


 既に国王軍に姿を晒してしまった。

 潜伏場所に魔術大砲(マジック・キャノン)を撃たれてしまえば、全てが終わる。

 

(肝心な時に、役に立たなくてどうするんだよ!

 なんのために、アタシがマギア(ここ)に呼ばれたと思ってるんだ!)

 

 突破する為に新たな魔導具を造る時間も、材料も残されてはいない。

 未だかつてない状況を前にして、マレットは己の無力さを実感した。

 自分をじっと見つめる男達が居る事に、気付く余裕すらなかった。


「いいな?」


 マクシスの一声に頷いたのは、解放軍の男達だった。

 彼らの瞳には決意と覚悟が宿っている。


「……マクシス?」


 ロインはそれが何を意味しているか解らず、彼の名を呟いた。

 言いようのない不安が胸を締め付ける。少年の瞳に宿る不安を察したのか、マクシスはロインの頭に手を乗せた。

 それが益々、ロインに不安を掻き立てる。


「失礼な真似をして、申し訳ありません」

「……マクシス、何を考えているのですか?」


 ロインの問いに、マクシスは笑みを浮かべるしかなかった。

 優しいが、どこか哀愁の漂う笑み。よくない事が起きる前触れだと理解するには、十分だった。


「オルガル殿、オルテール殿。それに、フェリー・ハートニア。

 我々が突破口を開きます。ですから、兵器の破壊と制圧はお任せします」

「一体、どうするつもりだ?」


 マクシスを初めとした、解放軍の雄達が徐に立ち上がる。

 考えがまるで読めないと、オルテールが眉を顰めた。


「ベル・マレット」

「……なんだよ」


 掻き毟り過ぎて、乱れた髪のままマレットは顔を上げた。

 彼女は悩んでいる。苦しんでいる。


 打破できない現状を憂いているのも勿論だろう。

 だが、魔導具によって、大量の命が奪われた事を哀しんでいるようにも見えた。


 きっと先の内乱でも同じだったのだ。

 恨みを抱き続けていた事を、マクシスは深く反省した。


「恩は返させてもらう。貴様達に貰ったこの手足で、突破口を開いてみせる」


 彼女の前に差し出したのは、新たな手足となった義肢。

 関節の動力には、魔導石(マナ・ドライヴ)が搭載されている。


「……おい、ちょっと待て。ふざけんな、アタシは認めねえぞ!」

 

 マクシス達の口振りから、何をしようとしているかは明白だった。

 かつて内乱を鎮圧する為に、国王軍が採った手段。

 魔導石(マナ・ドライヴ)を爆弾として扱うという、マレットの意図せぬものだった。


「マレット?」

 

 怒りを露わにするマレットを前に、フェリーがたじろぐ。

 彼女が何に対して感情を爆発させているのか知るまでに、そう時間を要さなかった。


「アタシはそんなことのために、義肢(てあし)を与えたわけじゃねえぞ!」


 魔導石(マナ・ドライヴ)を用いた爆発。ましてや、内乱とは違う。

 取り付けた義肢を外す訳には行かない。特攻による自爆を、彼らは行おうとしている。


「マクシス、それは!」


 決して許されないと、ロインも声を荒げた。

 だが、マクシスの右手が幼い子供を抑えつける。

 皮肉にも自ら消えようとする温もりが、少年へと伝わっていく。

 

「では、他に手段があるのか!?」

「今、考えてる最中だ!」

「その猶予が無いのは、貴様を見ていれば判る!」

「……ッ!」


 マレットは何も言い返せない。マクシスの指摘は尤もだった。

 このままでは全滅は必至。犠牲無しに切り抜ける手段が、思いつかない。


「これはおれ達が始めた戦いだ! ロイン様の、この国の未来のために始めている!

 未来のために差し出せるものが命しかないなら、それもまた本望だ!」


 マクシスだけではない。解放軍の皆が、彼と同じ気持ちだった。


「貴様が無力なのではない。むしろ、感謝すらしている。

 この義肢が無ければ、ここで手詰まりだったのだから」

「だから、そのために与えたわけじゃねえって言ってるだろ……」


 解っている。こんな言葉では、彼らの意思を変える事など出来ないと。

 それでもマレットは、言わずには居られなかった。訴えるしか、止める手段を持ち得なかった。


「――ダメだよ」

 

 ひとりの少女が立ち上がったのは、そんな中だった。

 

「そんなのは、ゼッタイにダメ。ナットクしてるの、オジさんたちだけだよ」

「フェリー……」


 両手を広げ、彼らを止めようとするのはフェリー・ハートニア。

 大好きなおじいちゃんに、『命』の大切さを教わった少女。

 そして、同じぐらい大切な男性(シン)に皆を護るように頼まれた少女。


 フェリーは決意のマクシス達に負けない程、力強い瞳で暴走を止めようとしていた。

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