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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの
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322.悪意の閃光

 解放軍にとっては普段と変わらない一日のはずだった。

 国王の待つ中央へ向かう最中、荒れ果てた村を救うべく魔物や破落戸を討伐していく。

 この日、向かおうとした村でも同じように困っている人々を救っていく。

 そうなるはずだった。


 ……*


「順調に中央へ近付いて行っていますね」


 長旅の疲れも感じさせず、ロインは懸命に解放軍の足取りについて行く。


「はい。道中でも、ロイン様の功績を忘れる者はいないでしょう」

「やめてください、マクシス。私はただ、皆について行っているだけなのですから」


 初めは不安もあった。

 暴君ルプスの子供と言う事で、国民からどれだけの反感を買っているか検討もつかなかった。


 ――まだこれ以上、何かを奪おうというのか。

 ――いい加減にしてくれ。

 

 事実、村を訪れた段階ではそう言った心の無い声が飛び交う事もあった。

 その度にマクシスやオルテールが怒りを露わにしてくれるので、ロインは却って冷静で居られた。


 戦い力を持たないからこそ、ロインは自分こそが冷静で居なくてはならないと考えていた。

 ひたすら真摯に、傷付いた者達へ寄り添う毎日。

 今となっては、正当な王家の血筋を引く者として崇められる事が増えて来たのだから解らないものだ。


「ここまでは順調ですけど、国王軍が大人しすぎて不気味ですね」

「まあ、ここまで一度も遭遇していないからな」


 オルガルの懸念も尤もだった。

 村を訪れては即解決。国王軍が現れる前に即退散という電撃作戦が多いとはいえ、ここまで国王軍との邂逅は無かった。

 時折情報を持ってくるペラティスによると、無理矢理徴兵された事もあって兵士の士気は高くない。

 国王軍と敵対する身とはいえ、荒れ果てた村を救ってくれる者達を積極的に鎮圧しようと考える者は居なかったという。


 事実、末端の兵士は国王(ルプス)によって無理矢理徴兵された者で構成されている。

 荒れ果てていく自分の故郷をなんとかしたくとも、出来ないもどかしさ。

 抱え続けている不安を取り除いてくれる解放軍に刃を向けるなど、したいはずが無かった。


「もう少し。あと、ひとつふたつ村を越えれば王都は目の前だ。

 ここから先はバカ国王(ルプス)の支配が強いからな。早々、派手に暴れ回ることも出来ないだろ」


 マレットが遠くを見るかのように、目を細める。

 自分が魔導具によって豊にしてきたはずの国は、たった数ヶ月で変わってしまった。

 

 寄り道をし過ぎたとも思うが、これで良かったとさえ思う。

 マギアへ戻ってきた直後に見た光景が、この国に蔓延っていると確認できたのだから。

 妖精族(エルフ)の里での生活は心地よいが、やはり彼女にとってもマギアは故郷だ。

 このままでいいと思えるはずもない。どうにか、正常な状態に戻してやりたかった。

 

「いよいよ、王都か……」


 それは解放軍にとって、決戦が近付いている事を意味していた。

 どれだけ順調に進んでいても、最後に敗けてしまえば一瞬で水泡に帰すかもしれない。

 そうなってしまえば、自分達を支持してくれた国民も無事では済まないだろう。


「マクシス。無理はしないでくださいね」

「ご心配には及びません。これは恐ろしいのではなく、猛っているのです」


 小刻みに身体を震わせるマクシスの身を、ロインが案じる。

 だがそれは、決して恐怖から来るものではないとマクシスは語った。

 まだ子供で、自分で戦った事のないロインには解らない感覚。

 

 今も昔も、自分達を苦しめた暴君。一度たりともその喉元に刃を突きつける事は叶わなかった。

 内乱で家族を失った怒りと憎しみは収まらず、いつかまた衝動に身を任せ、己を灼こうとしていた。

 

 自分独りでは、確実に死んでいただろう。

 人知れず行動を起こし、そしてただの破落戸として処理される。

 その怒りの本質すら、誰にも伝える事が出来ないまま。


 同じ境遇の仲間が居たからこそ、冷静で居られた。

 再起を誓い、力を蓄えようと思えた。


 貴族であるオルガルと、その従者であるオルテール。

 更には、戦線に立たずとも補助(サポート)をしてくれるペラティス。

 彼らもまた、身分は違えど同じ志を持つ者だった。

 勝手に貴族は体制側に居るとレッテルを貼っていた自分を、恥じた。

 

 この国を変えた張本人であるマレットは、仲間を携えて現れた。

 かつて自分達を敗北へ追い込んだ、諸悪の根源とさえ思えた。


 オルガルが、ペラティスが彼女の人となりを懸命に話しても俄かには信じ難かった。

 けれど、それが真実である事はすぐに理解できた。

 

 敵意に晒されても彼女は己の意思を曲げず、またそんな彼女を護ろうとする者達が居た。

 子供を御旗として担ぎ上げた事へ怒りも露わにした。こればかりは、彼女の言い分が正しいとさえ思う。

 何より彼女は、自分達に立ち上がる。戦う意志という灯をより強くさせた義肢をくれた。


 極めつけは、ロインの存在だ。

 幼い頃より父親を知らされなかった彼は、母親だけが唯一の肉親だった。

 その母親をさえも、父親(ルプス)の手によって命を奪われた。


 保護された今も、解放軍の御旗となって矢面に立っている。

 ただでさえ不幸と言えば誰もが共感するだろうに、彼は気丈に振舞っている。


 母親はさぞかし、素敵な人間だったのだろう。

 自分が痛みを理解しているからこそ、他者の苦しみに寄り添える少年。

 

 同時に彼は、怒りだけで動いてはならないとシンを窘めた。

 本心では彼に治療の時間を与える為とはいえ、全てが嘘で構成された訳ではない。

 幼い子供が必死に考えた上で、己が抱いている復讐心さえも呑み込もうとしている。

 

 何もかも抱擁しようとする仕草は、民草を纏めるに相応しい。

 ルプスを討った後に自分達を先導するのは、ロインであるべきだ。

 少なくともマクシスは、本気でそう思っている。


 一方で、彼はまだ幼い子供だ。

 戦闘で誰かが傷付けば、哀しい顔を見せる。

 小人族(ドワーフ)の王であるギルレッグが、人間とは違う世界を話せば目を輝かせる。


 もしも彼が、何も知らず大人になる事が出来ていれば。

 もしも彼が、王家の血を引いていなければ。

 その仮定が意味を成さなくなった事だけは、居た堪れない。

 未来が失われた自分の家族と、何も変わらないのだから。


 だからこそマクシスは、自分に出来る範疇でこの少年に輝かしい未来を与えたいと思う。

 それが御旗として先頭を歩き続けてくれたロインへの、自分なりの忠義の証明。


 この仲間達となら。暴君を討てる。

 仇敵ではあるが、今は負の感情だけで動いている訳ではない。

 ロインの顔を見る度に、マクシスは自分を取り戻せているような気がした。

 

「さあ、急ぎましょう。いつ最後の補給になるか、解りませんので」

「この先は関所もあるからの。マクシスの言う通りじゃわない」


 白い髭を撫でながら、オルテールが頷く。


「兵士の士気が低いのであれば、上手く戦闘を回避したいのだけれど……」


 オルガルが困り果てたかのように、眉を下げる。

 ルプスに心酔している側近は兎も角、末端の兵士は被害者だ。

 ここから先はそう言った者とも戦わないといけないという事実が、迷いを生じさせる。


「相手次第の出方だろ。相手には死霊魔術師(ネクロマンサー)が居るんだ。

 しかも、そこいらの屍人(ゾンビ)と違って喋ったりできるヤツだ。兵士に混ぜられると、面倒でしかないぞ」

「分かってはいるけど……」


 『憤怒』が生み出す躯は、傍目では普通の人間と変わらない。

 これはクリム達の出現により、解放軍の皆が知る所ではある。

 生身の兵士を混ぜられると厄介極まりない存在だと、マレットは注意を促す。


「その小娘の言う通りですじゃ。ですが、命を奪ってしまっては悔恨が残ってしまう。

 ましてや、そのまま復活する恐れすらあります。戦意だけを奪うというのが、双方にとって一番いいかと」

「それが一番難しいと思うんだけど……」

 

 オルテールが提示したのは、茨の道だった。

 国王による恐怖の支配を上回る何かを与えなくては、兵士の戦意は奪えない。

 

「あー、もう! グダグダ言うな! 圧倒的な力でねじ伏せるなり、説得するなりするしかないだろ!」

「マレットもムチャクチャ言ってる……」

「シンが無茶ばっかりをするから、ベルは感覚がマヒしてるんだな」


 ギルレッグがそう言うと、思わずフェリーが笑みを溢す。

 やがてロインを通じて解放軍へ伝播していき、当たりは笑い声で包まれた。

 ひとしきり笑ったところで、マレットが「お前もそう変わんないからな」とフェリーに釘を刺していた。

 フェリーが眉に縦皺を刻んだところで、また笑い声が周囲を支配する。


 解放軍の雰囲気はこの上なく良かった。

 彼らの表情から笑みが失われるのは、これから数時間後の事だった。


 ……*


「あそこが、次の村かな」


 地図と前方の光景を見比べながら、オルガルが声を漏らす。

 前方に広がる村の名は、ハナニラ。

 マギアの王都へ向かう関所から、そう遠くない位置に存在する村でもあった。


「流石に関所が近いから、荒れてはいないと思うんだが……」


 賞金首の類が暴れようものなら、関所に居る兵士が顔を出すだろう。

 そう考えた上でのマクシスの発言だが、これまでの経緯から、決して断ずる事は出来ない。


「とりあえず、僕とオルテールで先に入ってみるよ。

 問題なさそうだったら解放軍を呼ぶから」

「あたしも行っていいですか?」

「ええ、勿論です」


 オルガルに同行しようと、フェリーが手を挙げる。

 解放軍の中で、潜入に長けた者はそう多くない。


 多くが魔導具による義肢を付けた者である以上、どうしても身分が明るみに出やすい。

 マレットは有名人であるし、彼女を付け狙う者が居た以上は護りを手薄には出来ない。

 ギルレッグに関しても、小人族(ドワーフ)は流石に目立ちすぎる。何なら、ロインに告ぐ解放軍の目印になりかけているぐらいだった。


 よって必然的に、オルガルやオルテール。そして、フェリーが適任となる。

 故に、反対する者も現れなかった。


「国王軍が少ないようだったら、また伝えに来る。

 出来れば、関所の情報も入手したいところだけどね」

「頼みます、オルガル」


 こうしてフェリー達は解放軍から離れ、ハナニラを目指そうとする。

 悲劇が起きたのは、その直後の事だった。



 

「――なんだ!?」


 不意に眩い光が、解放軍の視界を奪っていく。

 決して天から注がれたものではないと初めに気が付いたのは、マレットだった。

 自分も似たような魔導具を造っているからか、その光が魔力の塊である事を即座に見抜いた。


魔導砲(マナ・ブラスタ)? いや、違う。なんなんだ……!?」


 だが、魔導砲(マナ・ブラスタ)とは魔力の出力も光の大きさも桁違いだった。

 脳内で分析をしようと試みるマレットだったが、問題はそこではないと頭の中を切り替える。

 これほどの高出力の魔力を放出して、その程度の疑問で済ませていいはずが無かった。


「……おい、村はどうなった!?」

 

 マレットは身の毛がよだつのを感じた。

 魔力の塊が、光が伸びる先を想像して、顔が青ざめていく。

 

 いつもの彼女とは違う剣幕に、解放軍は反射的に光の行く先を眼で追った。

 一瞬の隙で変わり果てた光景を前に、震えが止まらない。

 

 つい先刻まで目の前に広がっていた光景は、もうどこにも存在していない。

 高濃度の魔力が地面を抉り取っていく。広がっていたはずの緑は、もう存在していない。

 その先に存在していたはずの、ハナニラの村でさえも。

 

「な、んだ……。今の……」


 ぽつりと呟くマクシスに、答えを提示できるものなどいなかった。

 あまりの光景を前に、解放軍が言葉を失う。

 先の内乱で魔導石(マナ・ドライヴ)によって起こした爆発とも、また違う。

 その場に存在する者全てを、高濃度の魔力によって消失させる。神の怒りだと、言わんばかりに。

 

「ベル、あれは――」

「ああ。奴ら、とんでもない魔導具造りやがったな」


 自分達も生み出し続けているからこそ、解る。閃光(アレ)は、魔導具によって放たれたものだと。

 ギルレッグの言葉に、マレットは視線を動かす事なく頷いた。

 彼女が見据える先には、王都へ入る為の関所がある。避けては通れない戦いなのだと、誰もが予感をさせた。

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