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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの
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320.強くなる為に

 解放軍はゼラニウムを離れ、王都を目指して進んでいく。

 方針を修正した彼らは、道中の冒険者ギルドで魔物や賞金首を討伐していく。

 徴兵により疲弊し、荒れ果てていく一方だった民草は解放軍に感謝を示す。

 確実に国王へ対する不満が募っていく中、残された希望として支持する者が増えていく。

 

 解放軍にとっても補給や休息が容易になった事は有難かった。

 マレット達の参戦や、周囲の理解が後押しとなって確実にモチベーションが上がっている。


 ……はずだった。


「これは由々しき事態だな……」


 いつになく神妙な顔つきで、マレットが呟いた。

 大抵の事はケタケタ笑ったり、感情を露わにする彼女の顔に生気が宿っていない。


「むぅ……」


 同様の顔つきは、マレットだけに留まらない。

 フェリーやギルレッグは勿論、解放軍の誰もが渋い顔をしていた。

 理由は単純でありながら、解決が困難なもの。だからこそ、尚更深刻な問題となる。


「どうやったら、こんな不味い飯が出来上がるんだよ」


 器に入った謎の煮汁を眺めながら、マレットが訝しむ。

 何を煮たのか判らない程に濁った汁と、大雑把に切られた食材。

 恐る恐る具材を口に含みながら、ゆっくりと噛みしめていく。

 噛むまでそれが肉なのか、芋なのかすらも判らない。

 

 補給が容易になったからこそ浮かび上がる問題。

 それが食事の拙さだった。


「文句を言うなら喰わんでもいい」

「まあまあ、じいや……」


 フンと鼻息を荒くするオルテールを、オルガルが宥める。

 確かに今日の食事はオルテールが担当をしていたが、この問題は彼だけが原因ではない。

 

 ここまでの道のりで、食事は主にイリシャが担当をしていた。

 時折シンが作る事もあったが、この二人は料理歴が長い。

 共に冒険者の経験があったという事で、あり合わせのものでも食べられる物を作り続けていた。


 だが、今は違う。

 シンは頭を冷やすという名目で傷を癒している。

 イリシャは彼を治療する役割で、戦列を離れた。

 解放軍に於いて数少ない、料理が出来る人間を同時に失ってしまっていた。


「つーか、今まではどうやってたんだよ」


 マレットの疑問も尤もである。

 いくら粗暴な男が集まっていたとしても、食事をしないといけない事には変わりない。

 

 シンやイリシャは自分と共に妖精族(エルフ)の里から現れた。

 合流するまでの間、料理の出来る人間が居なかったとでも言うのだろうか。


「いえ、今までは物資に余裕がありませんでしたし……」

「適当に焼いて、塩でもかけていればなんとかなっていた」


 完食をしながらも鍋の残りを直視しないようにしながら、ロインが言った。

 捕捉をするマクシスも同様に、まだ器に謎の具が残っているにも関わらずその手を止めている。


「ああ、そうか……」


 合点が行ったと、マレットは後頭部をポリポリと掻いた。

 要するに、今までは我慢をする立場だという認識があった。

 だからこそ、質素な食事でも全員が身を寄せ合って暮らせていたのだ。


 そこへ放り込まれたのが、文化の象徴とも言うべき存在のイリシャ。

 彼女は解放軍に、食の愉しみを与えてしまった。

 

 肥えてしまった舌はそう簡単には戻らない。

 図らずとも、妖精族(エルフ)の里で彼女の元へ入り浸っている自分が証明をしている事だった。


「そんなに文句があるのなら、お前が作ればいいだろう」

「大丈夫だよ、じいや。誰も君を責めているわけじゃないんだし」

「いい年齢(トシ)してスネんなよ、ジイさん」


 腕を組んでそっぽを向くオルテールに、マレットが呆れ果ててため息を吐く。

 オルガルが言ったように、決して彼が悪い訳ではない。解放軍全体での問題なのだから。


「こうなったら、そのまま食べられる保存食を補給していくしかないんじゃないのか?」

「……ですね」


 ギルレッグの提案に、ロインを初めとする解放軍が同意をする。

 調理の不要な物のみを調達をすれば、今のような事態は防げるだろう。

 余裕がないにも関わらず、誠意で譲ってもらった食料を無駄に使うのは忍びない。


「合流したら、イリシャさんにメシを作ってもらおう」

「ああ、絶対にだ」


 解放軍の男衆は互いの顔を見合わせ、意思の疎通を現わすかのように頷く。

 またひとつイリシャへ好意を寄せる理由が増えてしまっていた。


 ……*


 その夜。解放軍は野営にて夜を過ごす。

 フェリーは視界と風避けの幕が張られた中で、マレットと共に夜を過ごす。


「さむいね」


 手を擦り合わせ、フェリーは白い吐息を吐いて少しでも熱を送る。

 幕が張られた際に一度灼神(シャッコウ)で空気を熱したにも関わらず、もう入れ替わっている。

 何度やっても結果は変わらないだろうと、マレットに言われてしまう始末だった。


「シンとイリシャさんは、だいじょぶかな」


 別行動を取りだしてからの日数を数えていたフェリーだが、両手の指では足りなくなっていた。

 必ず合流をすると約束をしたものの、やはり気持ちとしては落ち着かない。


 怪我は順調に治っているだろうか。

 街に居て、国王軍に見つかってはいないだろうか。

 シンはちゃんと、イリシャの事を護れているだろうか。

 不安を挙げればキリがない。信じているのに、どうしても胸の中がざわついてしまう。


「大丈夫だろ、シンだし。フェリーが思ってるようなことは起きないだろ」

「当たり前だよ! 約束もちゃんとしてるし! ヘンなコトしたら、あたしが怒るもん!」


 シンに限って。イリシャに限って。あり得ない。

 反射的に憤慨してしまうフェリーだったが、直後に苦虫を噛み潰したような顔に代わる。

 瞳に映るマレットが、揶揄うようにケタケタと笑っているからだ。


「んー? アタシはシンがいるから、多少追手が来ても返り討ちに出来るって意味で言ったつもりなんだが?

 フェリーちゃんは、一体どんなことを考えていたのかなあ?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、マレットは右へ左へと移動していく。

 あらゆる角度から自分の顔を覗き見ようとする彼女に、フェリーが眉根を寄せていく。


「もう、マレットのバカ!」


 不貞腐れながらフェリーは毛布に潜り込む。

 頭まですっぽり覆いかぶさった彼女に、マレットは身を寄せるようにして同じ毛布へ潜り込もうとする。


「……なんで、マレットが入ってくるの?」

「こうやった方が温かいからだよ。我慢しろ」


 口を尖らせているフェリーだが、マレットの言う通りでもあった。

 身体を密着させ、互いの体温を交換する。それは、独りで毛布に包まるよりも心地が良い。


「本当はシンが良かったんだろうけどな。とりあえず、アタシで我慢しとけ」


 今度は揶揄われるもんかと、フェリーは言い返したりはしない。

 ただ、背中越しに彼女の息遣いが、心臓の鼓動が聴こえる。

 一定のリズムを刻むそれは、心の中を曝け出しているようにも思えた。


「ねえ、マレット」

「どうした?」

 

 マレットが連れ去られたと聞いた時。シンはすぐに救出へ動く事を決めた。

 カランコエに来たのも、きっとそうだったのだろう。

 彼はいつだって自分の身を省みない。無理をして、無茶をする。


「あたし、カランコエでね。おじいちゃんやおじさんやおばさん。リンちゃんもいて。

 それで……。何もできなかったんだ」

「聞いてるよ。大変だったな」


 背中から腕を回すマレットが、僅かに力を強めた。

 彼女は狡いとさえ思う。こんな時は、茶化したりしないのだから。


「ニセモノだってわかってても、斬れなかった」

「シンだって、お前に斬って欲しいなんて思ってなかっただろ」

「でも、あたしのせいで……。シンにヤなコトさせちゃった」

「アイツが選んだんだ。フェリーがどうこう言えることじゃない」


 それで良かったのだと、マレットはフェリーを諭す。

 シンはフェリーが大切な人達を傷付ければ、深い後悔に囚われると理解している。

 そうならないように、彼は自分の手で討ったのだ。大切な人達を。


「でもっ! あたしのせいで、シンがツラい目に遭って。

 たくさんケガもさせちゃった」

「怪我の半分はアタシのせいだ。あんまり考えすぎんな」


 ポンポンと、マレットはフェリーの頭を軽く叩く。

 実際問題、マレットはシンが自分の救出に来る事を予言していた。

 相手が邪神であろうとも、必ず訪れると。彼が無事で済むかどうかは、度外視してしまっていた。


「シンがどういうヤツかは、お前もよく知ってるだろ?」


 フェリーの首が微かに上下する。

 知っている。誰よりも知っている。

 シンがどれだけ優しいかなんて、何回目の当たりにしてきたか数えきれないぐらいだ。


「でも、あたしもちゃんとシンの力になりたい。

 色んなひとを護れるように、もっと強くなりたい。

 あたしが強くなる方法、なにかないの?」


 それが、フェリーがシンとの別行動を受け入れた理由だった。

 彼に託されたものを、無下には扱いたくない。

 確かに離れ離れで胸が痛むけれど、期待に応えたかった。


「そうは言ってもな。灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)は十分な火力を出してるからな。

 そもそも、フェリーが戦えなかったのは精神的なもんだろ? 単純に戦力を強化するのとは……」

「今度はおじいちゃんでも、ちゃんとあたしが戦うよ。

 だから、みんなを護れるぐらいの力が欲しいの」


 声を震わせながらも、フェリーははっきりと口にした。

 シンは己の心を痛めながらも、自分を護る為に戦ってくれた。

 彼だって傷付けたいと思っているはずがないのに。

 

 あの夜。躯を通して伝わった、シンの言葉が耳から離れない。

 自分が傷付かないように、彼は決して俯かないようにしてくれている。

 

 きっと「もう、だいじょぶ」だと言っても、意味を成さないのだろう。

 ならば、自分も強くなるしかないと思った。心も、武力も。


「本当にやれんのか?」

「……うん」


 マレットの問いに、フェリーは再び首を動かす。

 彼女は本気だ。戦力の強化を望んでいるのも、きっとその気持ちを忘れないようにする為だろう。

 期待に応えてやりたいのは山々だが、問題を抱えているのも事実だった。


 魔導刃・改マナ・エッジ・カスタムは、フェリー以外にはまず起動すら出来ない程の魔力を要求されている。

 実質的にはフェリー専用の魔導具であり、限界まで突き詰めたつもりで設計を施した。


 彼女は10年間もの間、姿は勿論だが身体能力にも変わりがない。言わば、頭打ちの状態。

 勿論、戦闘経験やアメリアとの訓練で感覚的に上昇している部分はある。

 けれど、それは自分の守備範囲ではない。戦闘技術や勘を養えるのは、あくまで彼女の感覚内での話。


 それでも、フェリーは自分に力を求めた。

 頼っているのだ。魔導具で、自身の能力を底上げできる可能性を求めて。


(つってもなあ。『(フェザー)』は操れないし、他に手段は……)


 灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)は、フェリーが魔力の制御を苦手としているからこそ生まれた。

 ただ魔力を限界まで注ぎ込むだけの、簡単な設計。故に、他の魔導具では得られない出力を可能としている。

 それ以上の武器を造れと言われても、中々思いつかない。強いて言えば魔導砲(マナ・ブラスタ)だが、アレは威力を求めると充填(チャージ)に時間が掛かり過ぎる。


「ちょっと、マレット。くっつきすぎだよ」

「ん? ああ、悪い」


 苦しそうにするフェリーの声で、マレットは無意識に力を込めている事に気付いた。

 先刻よりも密着し、フェリーの体温を一層強く感じている。


(いや、これなら)


 その時だった。フェリーの要望を満たす魔導具を、マレットが思い浮かべたのは。

 上手く行く保証はない。けれど、やってみるだけの価値はあると感じた。


「分かった。魔導具を造ってやる」

「ホント!?」


 思わず振り向きそうになるフェリーだが、密着しているせいで顔が回らない。

 高い声だけが、マレットに向かって送られる。

 

「ただし、突貫で作るからな。上手く行く保証はない」

「それでもいいよ! ありがと、マレット!」


 可能性が示されただけでも、十分だった。

 シンが傷付く事がひとつでも減るようになればいい。


「あと、ひとつ。条件がある」

「うん?」


 いつになく神妙な声を漏らすマレットに、フェリーが小首を傾げようとした時だった。

 マレットの腕は緩まるどころか、思い切り彼女を抱きしめていた。


「ま、マレット!?」

「今日は寒いから、このままで居させてくれ」


 暖かい空気が逃げないようにと、マレットはフェリーに密着をし続ける。

 先日、薄着で寒空の下に晒されていたからだろうか。彼女の身体は、温もりを求めていた。


「……もう、トクベツだからね」

「因みに、シンならいつでもいいのか?」


 少しだけ照れくさそうにするフェリーを見て、マレットはケタケタと笑う。


「マレットのバカ! そんなイジワル言うなら、やっぱダメ!!」

「待て待て、アタシが悪かった」


 振りほどこうとするフェリーを、マレットががっちりとホールドする。

 解放軍の夜はこうして過ぎていく。確実に、国王(ルプス)との距離を詰めながら。

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