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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの
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304.不器用なふたり

 ゆっくりと持ち上がる瞼。ぼやけた視界に光が差し込む。

 眼を擦ると、簡易的に張られた布が天幕の役割を果たしている事に気が付いた。


「俺は……」

「よかった、目が覚めたのね」


 状況の把握もままならない中、鼓膜を揺さぶったのは女性の声だった。

 導かれるがままに頭を向けると、銀髪の女性が安堵の表情を見せていた。


「イリシャ……」


 彼女の顔を見て、シンは徐々に昨夜の記憶を取り戻していく。

 躯となって現れた自分の家族や、フェリーの育ての親だったアンダルとの戦い。

 そして、自分との因縁を持つ男。濁り切った眼を持った、『憤怒』の適合者。


「フェリー!」


 思い出すと同時に、シンは彼女の姿を追い求めた。

 長く美しい金色の髪を持つ少女は、周囲を見渡しても捉えられなかった。

 

「っ……」

「ちょっと、無理はしちゃダメだってば。

 深いものは無かったけど、傷や火傷だらけなんだから」


 起き上がると同時に、身体のあちこちが悲鳴を上げる。

 イリシャが慌てて身体を抑えては、安静になるよう促した。


「……フェリーは?」


 それどころではないと起き上がりたいシンだが、イリシャの形相がそれを許さないと物語っている。

 恐る恐る、フェリーの様子を尋ねる。落ち着いている彼女の様子だけが、希望の糸に等しかった。


「もう、少しは自分の身体を労わりなさい。

 フェリーちゃんなら、皆を埋葬しに行ったわ。

 と言っても、殆ど土の塊みたいなものだったけれど」

「……そうか」


 ため息を吐きながらも、イリシャは教えてくれた。

 躯となって再びこの地に舞い降りた村人(みんな)を、土に還してあげているのだと。

 

「昨日は、色々と驚いたわ。アンダルやカンナさんたちが出て来たこともだけど……。

 まさか、シンまでこの村(カランコエ)に駆け付けるなんて。わたしたちを迎えに来るつもりだったの?」

「いや……」


 シンは二人と別れた後に、何が起きたのかをイリシャへ説明をした。

 かつて自分が命を奪った冒険者達との再会、再戦。そして、彼らがフェリーに危機が迫っていると教えてくれた事を。

 今になって思えば、自分を誘い出す罠だった可能性は大いにあった。

 けれど、確証もなく(ブラフ)だと断ずる事も出来ない。フェリーに関係する話ならば、尚更だった。


「そっか。じゃあ、一応はその先輩たちに感謝をしないといけないのかな」

「……かもな」


 浮かない顔を浮かべるシンを見て、イリシャは自分が失言をしたのだと頭を抱えた。


「ごめん、感謝はないよね。シンにとっては辛いことの連続だったんだもの。

 アンダルや家族と戦うようなことになって……」

「イリシャが謝る必要はないだろう」

 

 クリム達が現れた事により、シン自身も若干は覚悟をしていた。

 そのもしもが、現実に起きてしまっただけの話だ。

 

 アンダルとの戦いは、転移装置の魔導具を設置していたからこそ最後の爆発を避けられた。

 もしもあの時、術者を探す事を念頭に置いていなければ。

 きっと自分は爆発に巻き込まれて死んでいたかもしれない。

 自爆ではあったけれど、自分は敗けていてもおかしくはなかった。

 

(アレ)がじいちゃんだと認めたくはないけど、強かった」

「知ってるわ。冒険している時、何度も救けられたもの」


 聊か軟派な出逢いから始まった、仲間としての関係。

 終盤の僅かな期間は、偶然が重なりシンも加わっていた。

 シンにとっては数ヶ月前だが、イリシャにとっては30年も前の話になる。

 物思いに耽りながらも、イリシャは微笑んで見せた。


「だけどね、シン。もうひとつ大事な話があって……」

「フェリーのことか?」


 真っ先にフェリーの事が出てくるのだから、この男は平常運転だ。

 やや呆れながらも、異常はないのだと安堵する。

 

「ああ、うん。そうと言えばそうなんだけど」


 少しだけ言いにくそうに、イリシャは己の指で頬を掻く。

 躯を通して話が聴こえていた事を話すと、シンは眉に深い縦皺を刻んでいた。


 ……*


「最悪だ……」

(おお、珍しく本気で落ち込んでるわ……)


 未だかつて、この男のこんなに情けない姿を見た事があっただろうか。

 口は半開きで、生気が抜けていくかのように虚ろな視線が天を向いている。


「ま、まあまあ。シンだって、フェリーちゃんのことを思って行動していたわけなんだから。

 今まで以上にそれが判ったっていうか、ね?」

「知られたら、責任を押し付けてるみたいになるだろう……」

(あ、そこなのね)


 決して気恥ずかしいという理由で隠していた訳ではない。

 シン曰く、フェリーは何でも自分の責任に繋げようとするから気付かれたくなかったという。

 解放軍よりもカランコエへ訪れた事もそうだ。結局、この男はどこまで行ってもフェリーを一番大切に想っているだけなのだ。

 

 それだけ大切に想われているのだから、フェリーが嫌な気を持つ訳がないのに。

 本当に二人とも不器用に育ったもんだとイリシャは苦笑をした。


「けど、そこまで考えるならもっと笑ったり泣いたりしたらいいじゃない。

 いつもムスっとしてさ。そりゃ、フェリーちゃんだって色々と考えこんじゃうわよ」


 フェリーの自己否定が強いのは、シンに原因がある。

 そう言わんとするイリシャを前にして、シンは顔を俯かせた。


「……死んでいった皆の命が軽くなるような気がして。それに、殺し屋をやっている時は弱みを握られないようにもしてた。

 そんなことばっかり考えていたら、いつの間にかこうなったんだよ。悪い」

「ごめん。わたしこそ、シンの事情も考えるべきだった」


 思慮が浅かったと、イリシャは再び自分の失言を悔いた。

 彼もこれまでの人生で辛い事を沢山経験している。

 

 鉄仮面を被っていたのは、自分とフェリーを護る為。そして、他人の命を軽んじない為。

 本当は笑いたかった事も、泣きたかった事もあったのだろう。

 まだ少年だった彼は、上手く折り合いをつける事が出来なかったのだろう。


「だけど、フェリーが表情をコロコロと変えてくれる。

 俺の分も笑ったり泣いたりしてくれてるから、それでいいだろ」


 ふと漏らしたシンの言葉に、イリシャは思わず彼の額へ手を当てた。

 自分の体温と比べてみるが、特段大きな変化は見当たらない。


「おい」

「いや、どういう風の吹き回しかと思って……」


 イリシャが困惑をするのも無理はない。

 普段の彼なら、絶対に言わない言葉のオンパレードだ。

 熱で意識が朦朧としているのではないか。怪我が実は重傷なのではないかと勘繰ってしまう。


「昨日の会話を聞かれたんだから、もののついでだ。

 俺だって、話した方が楽になることぐらいは解ってる」

「そっか」


 シンの額から手を離しながら、イリシャは笑みを浮かべた。

 彼からすれば半ばやけくそなのだろうが、気持ちを吐露してもらえるのは嬉しかった。

 

「シン……? だいじょぶなの?」


 天幕に影が差し込んだのは、それからすぐの事だった。

 身体を泥だらけにしたフェリーが声を漏らす。


「ああ、この通りだ。それよりもフェリー、皆を埋葬してくれてたんってな」

「うん。できるだけ、ちゃんとお墓に入れてあげないとって……」


 視線を安定させる事なく、フェリーはたどたどしく言葉を紡いだ。

 シンはそんな彼女の仕草から誤解を重ねるのは、半ば必然でもあった。


「悪い。嫌な役目、押し付けちゃったな」


 苦い表情を見せながら立ち上がったシンの顔を、フェリーはじっと見上げる。

 どうやら、彼は本心から言っているようだ。言葉に言い表せない気持ちを抱えたフェリーは、顔を俯かせた。


「フェリー?」


 俯きながら近付くフェリーを前に、シンはどうしていいのか判らない。

 イリシャに視線を送るが、彼女は首を横に振る。「自分でなんとかしなさい」と言われているようだった。


 そのままフェリーは自分の頭を、シンの胸へと押し当てる。

 完全にくっついた事により、いよいよ表情を覗き見る事すら叶わない。


「なあ、フェリー……」


 たじろぐシンの言葉を無視して、フェリーは頭をぐりぐりと擦りつけていく。

 シンの困った顔を見ると止めてしまいそうだから、フェリーも決して彼の顔を見ようとはしない。


 カランコエの皆が死んだのは、シンのせいではないのに。

 優しい彼に、また辛い思いをさせてしまった。

 それにも関わらず、埋葬を終えた自分をまた気遣っているのだ。

 家族やアンダルを手にかけて本当は誰よりも辛いはずなのに、自分の事ばかり想ってくれている。


 極めつけは、先刻のイリシャとの会話だ。

 偶然とはいえ、耳に入ってしまった。


 シンが笑わなくなったのは、自分の所為だ。

 シンが泣かなくなったのは、自分の為だ。

 なのに、彼は「自分の分まで笑ったり泣いたりしてくれるからいい」なんて宣う。

 どう感情を現わせば良いのか判らず、フェリーはただただシンの胸に頭を擦りつけていた。

 

(あー……。フェリーちゃんに、さっきの話聴こえていたかしら……)


 困惑を続けるシンとは対照的に、イリシャは現状を察しつつあった。

 フェリーは嬉しさと申し訳なさが混同して、上手く表情を作れない状況にあるのだ。

 

 そんな中でシンがまたも自分を気遣うものだから、とうとう顔を隠してしまった。

 あの行動にはきっと、沢山の「ありがとう」と「ごめんなさい」が込められているに違いない。


(それと『好き』かしらね)


 微笑ましい様子を目の前にして、イリシャは肩を竦める。

 どうか収まるべき所に収まって欲しいと、不器用な二人を見守っていた。


 ……*


「もういいの? あまり無茶はしない方がいいわよ」

 

 シンに巻き付けた包帯を変えながら、イリシャが眉を下げる。

 太陽が頂点に昇るよりも早く、カランコエを発とうと提案をしたのはシンだった。

 聊か急ぎ過ぎではないかと、心配になるのも無理はない。


「いや、予想より早く敵と遭遇したんだ。解放軍の方にも、追手が来ていないとは限らない。

 それに、また(ここ)村人(みんな)を呼び起こされてみろ。流石に、俺もどうにかなってしまいそうだ」

「そっか。そうだよね……」


 昨晩は何とか撃退する事が出来たが、シンは傷だらけだ。フェリーも、カランコエの皆とは戦闘をさせたくはない。

 この場を離れるのが一番だというシンの主張に、イリシャは納得をした。


「そうだ。あのね、シン――」

 

 同時に、彼女はある事を思い出す。

 昨晩、シンが現れる直前。フェリーに異変が起きつつあった。

 全てを燃やし尽くそうとする『魔女』が、表に出ようとしていた事をイリシャは話した。


「本当か?」

「ええ。シンが来たから、フェリーちゃんのままだったけれど……」

 

 シンが現れた事で、フェリーは元へと戻った。

 やはり、シンの存在がフェリーにとって精神を安定させる『鍵』だという事は疑いようがない。


「……やっぱり、そうか」

 

 口元を抑えながら、シンはぽつりと呟く。その表情は、少しだけ戸惑いの色を見せていた。

 イリシャの考えとはまた別の意味を持っている事に、今の彼女が知る由は無かった。


 ……*


 カランコエを発ったシン達が解放軍と合流するのは、再び夜が訪れてからとなる。

 ゼラニウムから離れた森で発見した一同へ、近付いていく。そこまでは良かった。


「何が起きたんだ?」


 合流した解放軍には、まるで活気が宿っていなかった。

 王都が近付くにつれ警戒を強めるべく、息を殺していると行った訳ではない。

 ある者は悔しさを滲ませ、ある者は絶望に打ちひしがれている。

 

 それはオルガルやマクシスも例外ではない。

 共通しているのは、ロインを除く誰もが大きく傷ついている事だった。

 

「若。お気を確かに」

「分かっている。分かっているけれど……!」


「ロイン様の責任ではありません。あのような化物が相手では」

「マクシス。ですが……」


 周囲を見渡すと、負傷をしている者があまりにも多い。

 戦闘が行われていた事は明白だった。


「シン、なにがあったのかな……?」


 不安げに顔を見上げるフェリーへ対する回答を、当然ながらシンは持ち合わせていない。

 ただ、この状況でも気を張っているであろう女性の姿がを見つけられない事が不安を掻き立てる。


「マレットはどこだ?」


 シンの言葉にハッとしたフェリーとイリシャが、彼女の姿を探し求めた。

 しかし、見つからない。白衣を着た姿も、栗毛の髪を一本にまとめて尻尾のように跳ねさせる姿も。

 ベル・マレットを現わすものを何ひとつ見つけ出す事が出来なかった。


 代わりに見つけたのは、必死の形相で小人王の神槌(ストラーダー)を振るギルレッグの姿だった。

 手に持っているのは、マレットと共同で作り上げた義肢。捻れ、破損したものを神器の力を用いて修繕している。

 

「ギルレッグ!」

「……シン! って、どうしたんだ、お前。大丈夫なのか!?」


 シンの顔を見て安堵の表情を見せるギルレッグだが、直ぐに彼の様子を見て態度を改めた。

 だが、シンは自分の傷を全く意に介さない。それよりも、この不可解な状況を理解したかった。


「俺はいい。解放軍(そっち)こそ、何があったんだ?

 マレットは何処にいるんだ?」


 マレットの名を出され、小人王の神槌(ストラーダー)を握る力が一層強まった。

 やりきれない顔をしたギルレッグが、歯を食い縛りながら俯いている。


「ベルは、連れ去られちまった……!

 邪神を連れた男に……!」

「邪神……って……」

「分体か」


 カランコエに居たのは、適合者である男だけだった。

 分体が戦力を分散させた解放軍を襲う可能性は、十分にあったはずだ。


(くそ、確実に仕留めておくべきだった)


 シンは自分の選択が誤りだったと、自分に対して怒りが湧き上がる。

 下手に情報を引き出そうとしなければ、マレットをみすみす連れていかれるような事態は防げたかもしれない。


「……ギルレッグ。何があったか、詳しく教えてくれ」


 マレットは自分にとって、大切な親友であり恩人だ。

 何としても取り戻さなくてはならない。


 シンにとって、絶対に引き下がれない戦いが再び幕を開ける。

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