幕間.ピースの魔術教室
一緒に旅を出来ないと言われた時、正直に言うと色んな理由が脳裏をよぎった。
足手纏いだとか、二人でイチャつきたいのじゃ無いのかとか。
ただ、彼らからすれば自分がイレギュラーな存在である事は理解している。
どんな理由でも、きちんと受け止めるべきだと頭では解っていた。
それでも伝えられる直前まで、当たり前のように一緒に居られると思ってしまっていた。
頼れる人物が他に居ないという事よりも、単に居心地が良かったのだ。
だからこそ、シンの判断は正しいと思う。
お互いが納得していても、どんな理由があってもおれは耐えられないと思う。
――仲間が殺される事も、仲間を殺す事も。
……*
「はい、今回の依頼の報酬です。お疲れ様でした」
今日もおれはフェリーと一緒にギルドで依頼をこなしている。
受付のセレンさんから報酬を受け取り、金額が合っている事を確認する。
いつもと同じようにケレナ草の採取にトレントの討伐。
ついでに現れた猪の魔物を討伐したので肉と皮を買い取ってもらった。
合わせて銀貨10枚。中々美味しい稼ぎだと思う。
「ピースくん、冒険者の姿が馴染んできたみたいですね」
「えっ、そうですか?」
セレンさんに言われて、自分の恰好をまじまじと見る。
自分ではよく判らない変化だ。
おれの様子がおかしかったのか、セレンさんはくすくすと笑っていた。
「見た目の話じゃなくて、なんて言えばいいのかな?
ちょっと逞しく見えるようになりましたよ」
「なんだか照れますね」
やっぱり自分では判らない変化だったけれど、そう言われると悪い気はしない。
初めて依頼を受けた時もセレンさんが受付をしてくれたし、右も左も判らないおれに彼女は色々教えてくれた。
シンやフェリー、アメリアだけではない。色んな人に支えられている事を再認識する。
「ピースくん、おかえり!」
「はい。戻りました」
いつものようにロビーで待っているフェリーと合流し、報酬を分け合う。
「いやぁ、もうあたしが教えるコトは何もないね!」
フェリーは「あたしの教育が良かったのかな?」と自画自賛している。
実際、ギルド内で色々教えてくれたのがセレンさんなら、冒険の心得を教えてくれたのは彼女だ。
説明は感覚的だったし、結構無茶もしたけれどきちんとサポートはしてくれる。
無茶ぶりのお陰で魔物と戦う際の度胸もついたし、結果オーライだ。
「それで、今日はアメリアさんが来るんだっけ?」
「はい。魔術を教わる予定です」
アメリアの授業は真面目な彼女らしく、きちっと基礎から教えてくれる。
「エラいなぁ。あたしもおじいちゃんに教わったケド、ぜんぜんウマくいかないんだよねえ」
フェリーが腕を組みながら天を仰ぐ。
その腕へ乗る双丘に思わず視線が思わず誘導されたと言ったら、後でシンに撃たれそうだ。
それに、昔は魔術の制御もそれなりに上手く言っていたとシンが言っていた。
不老不死になって以降、暴発する事が多くて魔術を使いたがらないらしい。
普段は明るく振舞っていても、思うところがあるのだろう。
実際問題として炎の魔術は危ないので、制御できないのであれば使わないほうが賢明だと師匠も言っていた。
「でも、アメリアさんが来るなら、ちゃんとおもてなししないと失礼だよね。
いっつもシンがお世話になっているし」
「どうしたんですか、急に」
あまりにも唐突なフェリーの発言に訝しむ。
いや、ある意味では普段通りなのだ。
彼女は何かあるとすぐにシンの名前を出す。離れていても気になって仕方がないのだ。
だからこそ、シンとアメリアのやり取りで冷や汗をかいたりもしたのだが……。
「あたし、お茶菓子とか買ってくる!
ピースくんは先に帰ってて!」
そう言うと彼女は露店街に姿を消していく。
きちんと人込みの中に紛れて、おれに追跡をさせないように。
「ちょっと! フェリーさん!?」
シンが聞いたら渋い顔をしそうだが、おれにはどうしようもない。
ため息を吐いて、先に宿へ戻る事にした。
……*
掌に意識を集中させ、ゆっくりと教本に書かれている言葉を復唱する。
「風よ。刃となりて、敵を切り裂け。風刃」
風魔術の基礎呪文『風刃』の詠唱を唱え、掌から魔術が飛び出る。
おれの魔導刃より幾分か小さい風の刃が、的として置いた木の棒を切り裂く。
魔術師から見れば、何でもない光景。
しかし、おれは感動をしていた。
魔術である。魔法である。手から風が出るのである。
この世界に来て早々、死線をくぐるハメにはなったけれど魔導刃に助けられた。
それでもあれは道具を使っているわけだし、やっぱり自分の手から魔術が飛び出るというのは気分がいい。
「もう風刃は出すのに大分慣れてきましたね」
師匠が手をぱちぱちと鳴らす。
「はい、ありがとうございます!」
「その教本とピースさんのセンスならば、各属性の基礎魔術はすぐ使えるようになると思いますよ」
彼女の言う通り、渡された魔術教本は丁寧なものだった。
詠唱は勿論、どんな魔術が出てくるかを挿絵付きで解説しているのだ。
でも、詠唱自体がどのような意味を持っているのかは記されていない。
初心者には難しいとかそういう理由なのかもしれないが、おれは知っておきたかった。
「ところで、詠唱ってなんの為にあるんですか?」
そういう時の師匠だと思い、おれは尋ねる。
「いい質問ですね。実は、詠唱の言葉自体に魔術を生成する役割はありません」
「え?」
返ってきたのは、意外な回答だった。
それならば、魔術の詠唱は何故しないといけないのだろうか……。
「魔術というのは基本的に、体内の魔力を練りこんでイメージから発現させるものです。
詠唱を唱えるというのは、唱えている間にそのイメージを創り上げていると思ってください」
そう言うと、アメリアは詠唱を破棄して水を発生させる。
「なので、慣れてくると詠唱を破棄して発生させる事が出来ます。
尤も、戦闘中に他の事を考えていたり、自分でも威力や生成のイメージがはっきりしていないものはきちんと創り上げる事が出来ません」
なるほど、イメージが大切なのか。
「魔力を消費しすぎた時も同様ですね。自分では10の魔術を使おうとイメージしているのに、魔力が1しか残っていなければ生成が出来ません。
その点、詠唱をしていると無意識に今の魔力に沿った威力がイメージされ易いんですよ。
人は考えずにいられない生き物と言われていますしね。詠唱をする事で無意識に最適化されるんです」
詠唱は無意識に今の自分に沿った魔力で魔術を創り上げてくれる。
慣れてくれば詠唱も破棄が出来る。
どっちにしろ、元となるイメージが重要なのか……。
「逆に言えば、教本に書いている詠唱をアレンジする事も簡単ですよ。
ピースくん、風刃の詠唱で何か言葉を足してみてください」
「え? えーっと……」
おれは、風の刃が二枚出るようなイメージで詠唱を考えた。
「風よ。『ふたつの』刃となりて、敵を切り裂け。風刃」
簡単だが、文言を足してみた。すると、二枚の刃が的を切り裂く。
「おお!」
「ほら、簡単だったでしょう。イメージに沿った言葉を選ぶ事は重要ですが、予めいくつか考えておくと便利ですよ」
コマンドを登録するようなものか。意外と自由度が高そうで、わくわくする。
言霊って、こういう事を言うんだな。
同時に新たな疑問が浮かび上がる。こういう時の師匠だ。
「それじゃあ、魔導刃はどういう原理なんですか?」
アメリアは少し考えた後、答えた。
「そうですね……。ちょっと魔導刃を借りてもいいですか?」
おれから魔導刃を受け取ると、アメリアは「なるほど」と呟いた。
「これは埋め込まれた魔導石が詠唱とイメージを受け持ってくれているようですね。
使用者の魔力属性に沿って出力に応じた刃が出るので、自分の魔力を容易に武器として転換してくれると言ったところでしょうか」
そう言うと、彼女は魔導刃を起動させた。
透き通るような水色の、細身剣が瞬く間に形成された。
「はー。なるほど……」
魔力を注ぐだけに専念できる仕組みか。
それだと、詠唱したりイメージが必要な風刃より強い風の刃が出るのも納得できる。
「魔導刃はいい武器ですね。持ち運びも楽ですし」
色々な魔導刃の使い方を二人で考えて、今日の授業は終わりを告げる。
アメリアが細身剣を伸ばしたり縮めたりしたのには驚いた。
おれも慣れてきたら魔導刃のアレンジを考えようと思う。
最後の方は、おれの魔力が尽き掛けた事もあって談笑をしていた。
「ところで、ピースさん。シンさんはフェリーさんみたいな恰好の女性が好みなんでしょうか?
いえ、その。真似をしようとしているわけではなくて――」
解っていたけど、この人も結構頭の中が「シンさん」で埋め尽くされている。
この間なんて、寝ているシンをずっと眺めていたし。
「えと、太ももとかを良く出しているのは動きやすそうですし、健康的でいいんですが……。
やっぱり、恥ずかしいといいますか……」
ここでおれが頷くだけで、アメリアはフェリーの真似をするかもしれない。
しかし、後でシンにバレるのが怖いので正直に答える事にする。
「フェリーさんは動きやすい恰好をしているだけで、シンさんは関係ないと思いますよ」
「そ、そうですか!」
アメリアの顔がぱあっと明るくなる。
今まで通りでいいと判って、安心をしたようだ。
うーむ……。シンが絡むと途端にポンコツだなこの人。
先生をやってくれている時や、騎士として活動している時は格好いいのだけれど。
……*
それから、あっという間に時間は過ぎていく。
出発を次の日に迎えたおれは、宿で荷造りを進める。
ギルドでセレンさんにはきちんとお礼を言った。
次にいつ逢えるかは分からないけれど、近くに来ることがあればまた必ず挨拶をしよう。
フェリーにも、アメリアにも本当に助けてもらった。
そして――。
「悪いな、ピース」
当然、シンにも。
ギルドでの仕事や、魔術の勉強も大切だけど文字を読めるのが一番大事だった。
暇さえあれば丁寧に教えてくれたシンには本当に感謝している。
余談だが、シンのリハビリで剣術の手合わせをしたけど一瞬で倒されてしまった。
次に逢う時までにもっと強くなって、リベンジをしたいと思う。
「おれの事を考えてくれていたのはちゃんと伝わりましたから。
みんなには感謝してもしきれません」
おれは「ただ……」と続けたが、その先を言うのは止めた。
フェリーとの関係は、無神経に割って入っていいものではない。
言ってはいけないからこそ、おれは二人とは一緒に行けないのだから。
野良の子供なんて放っておいてもおかしくないのに、優しい人達に巡り合えたのは本当に幸運だった。
あの不思議な空間ですれ違った人達のいう事も、あながち間違っていなかった。
受けた恩はきっちり返すのが、おれの流儀。
いつか必ず、みんなに返そう。
そして切に願う。どうか二人とも、死なないで欲しいと。