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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの
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291.勝利条件

 隠れ家として利用している遺跡の中で、義手や義足が取り付けられてから早数日。

 扱いに慣れて来たのか、四肢を失う前と遜色のない活動が行えるようになってきていた。


 尤も、全員が魔導具を受け入れた訳ではない。

 マレットの真意は理解したものの、魔導石(マナ・ドライヴ)にまだ忌避感を持つ者。

 貴重な魔導具だから、非戦闘員でない自分に取り付けるよりも予備として置いて欲しいと遠慮する者も居た。


「エルガーさんも、付けなくてよかったの?」


 義足を取り付けなかった者の中には、エルガーも居た。

 彼は隙間だらけとなった歯から空気を漏らしながら、フェリーの問いに対してゆっくりと頬を綻ばせる。

 

「ええ、こんな老いぼれには立派すぎる足ですじゃ。

 解放軍が戦うのであれば、きっと壊れることもあるでしょう。

 その時に、少しでも予備は多い方がいいと思いますので……」

「そんなヤワに造ったつもりはないがな。心遣いには、感謝しておくさ」


 自らの真っ白な髭を撫でながら、ギルレッグは白い歯を見せる。

 本日も一仕事終えた彼は、筋肉の鎧の表面に汗を滴らせていた。


「早く戦いが終わったら、エルガーさんの分も付けてもらえると思うよ」

「はい、その時を楽しみにしております」


 ゆったりとした動作で、エルガーは一礼をする。

 遺跡内で漂っていた空気が動いたからか、彼が纏っている香水の匂いがフェリーとギルレッグの鼻腔を擽った。


「ん? 香水か?」

 

 不思議な香りに、首を傾げるギルレッグ。

 自分の背丈が低いからなのか、強い匂いが鼻を刺激している。

 

「エルガーさん、いつもつけてるよね。おじいちゃんなのに。おシャレさんだ」

「こう身体を動かす機会が減ると、娯楽も減りますゆえ……。

 香水(これ)ですと、手ごろに楽しめるのですよ」


 気恥ずかしそうにするエルガーを前にして、フェリーは頷いて賛同を見せる。

 自分も香水は大好きだ。エルガーが放つ匂いは、強い花の香りがするのはすぐに判った。

 けれど、それだけだ。何の花までかは、フェリーには判らない。

 

「でも、何の匂いなの? あたし、知らない香水だなあ」


 もっと強く判別しようと、フェリーが顔を近付ける。

 若い娘が突然寄ってきた事により、エルガーは思わず慄いてしまう。

 

「マギアで採れる花ですよ。戦いが終わったら、探してみてください」

「あ、ビックリさせちゃってごめんなさい。そうさせてもらうね」


 エルガーの反応を見て、フェリーはそれ以上無理に匂いを確かめようとはしなかった。

 戦いが終わった後に、また香水を教えてもらおうと強く頷く。


(香水、かあ……)

 

 その様子を遠くから、イリシャが遠目に眺めていた。

 他の装着者のリハビリを手伝っていた関係から、話に加わる事こそ出来なかったが彼女にとっても興味のある話だった。


 長く生きてきた関係から、彼女は多く香水を身に纏わせてきた。

 マギアから採取できる花で造られた物も、当然所有していた時代がある。

 自分ならばその香水が判るかもしれないと、鼻に全神経を集中させる。


 ほんの僅かではあるが、確かに香水の匂いがする。

 レイバーン程ではないが、イリシャは自身の持つ嗅覚と記憶を最大限に活用をした。


(あれ……?)


 結果、彼女に浮かび上がったのは疑問。

 今までに嗅いだ事のない匂いだった。いや、全く知らないという訳ではないのだが。


(何か、混ぜているのかしら?)


 感じ取ったのは、花の匂いだけではなかった。汗の臭いという訳ではない。

 頭を悩ませるイリシャだが、こんな狭い空間にずっと引きこもっているのだ。

 

 カビや埃の臭いでも移ったのかもしれない。

 もしくは、義手や義足から発せられる金属臭が空気中で混ざったのか。


「リントリィさん! 見てください、こんなに動かせるようになりましたよ!」

「あら、凄いわね。けど、あまり無茶しちゃダメよ」


 不意に自分を呼び留める声がする。イリシャがにこやかに笑みを返すと、呼び止めた張本人は舞い上がっていた。

 リハビリを行う者達の中には、彼女の気を引こうとする者も少なくはない。


(うーん。よく分からなくなっちゃった)


 空気が動いた事により、香水の匂いが霧散していく。

 遠巻きに嗅いでいるからか、イリシャは自分の感覚に確信が持てなくなっていた。

 そもそも、こんな遺跡に籠りっぱなしの生活をしている老人の趣味を奪うつもりもない。


(本当はわたしも話に参加したかったけれど。それどころじゃないものね)

 

 香水トークに参加できなかったのを悔やんでいるイリシャ。

 彼女の元へ、色目を使う男衆から守らねばと息巻くフェリーが近付くのはその直後の事だった。


 ……*


「ところでオルガル。今更なんだけどさ」

「どうかしたのかい?」


 頬杖を突きながら、マレットがオルガルを呼び止める。

 オルテールがいつものように「若に不遜な態度をしおって!」と鼻息を荒くしているが、マレット自身は全く意に介していない。


宝岩王の神槍(オレラリア)ってどの種族が持ってたんだ?

 ミスリアみたいに、同盟を組んでたりするのか?」


 今までは、ただマギアに古くから伝わる古臭い槍だと思って気にも留めていなかった。

 だが、今となっては事情が変わってくる。

 

 ミスリアのように同盟の証としてマギアに託されていたのであれば。

 ずっと護り続けて来たバクレイン家に力を貸してくれるかもしれないという淡い期待を抱く。

 尤も、黄龍族のように敵として現れれば最悪なのだが。


「貴様……ッ。本当に魔導具以外には興味がないのだな」

「いや、アタシだけじゃないだろ。マギアの人間は殆ど、神器に興味持ってなかったじゃんかよ」


 わなわなと震えるオルテールを尻目に、マレットはため息を吐きながら答えた。

 この老人はいつもこうだ。誰よりも神器の大切さを説いているが、あまりにも押しつけがましいので話をきちんと聞いてくれる者が少ない。

 マギアが神器を蔑ろに扱うのは、オルテールにも責任の一端があるのではないかと勘繰ってしまう。


「嘆かわしい! 神から賜りしこの神聖なる槍を、そこいらの道具と同等以下に見ているこの国(マギア)が!」

「ジイさんもマギアの人間だからな。一応言っとくけどさ」


 勝手に憤慨をし始めるオルテールに、マレットは呆れかえっていた。


「この戦いが終わった暁には、小娘の造った魔導具よりもこの宝岩王の神槍(オレラリア)の方が優れていると……。

 待て、確か魔導具の加工に小人族(ドワーフ)が使っている槌も神器だと言ったな。

 やはり、神器の恩恵があってこそだということだ。小娘の魔導具と違って、神器は全てを解決する。ふ、ふふ……」

「ああ、うん。上手く共存してるって発想はないのね」


 どうやらこの老人は、どっちも素晴らしいという答えには辿り着かないらしい。

 リタやギルレッグの話を聞く限り、信仰や祈りは神器の力を引き出すに於いて重要な要素だというのは解る。

 同時に、眼前の老人ほど妄信的である必要はないと思うのだがとも思う。

 

 オルテールからどう見えているかは知らないが、マレットは認めている。

 神器がいかに優れていて、自分の目標とすべき存在なのかを。

 

 魔力とは違う、神の齎した力の発言。

 是非とも解明をしてみたいものだが、オルテールが知れば「不敬だぞ!」と喚き散らすだろう。

 ややこしい事にならないよう、マレットはその考えを伏せている。


「それでだ。もしも宝岩王の神槍(オレラリア)を賜った種族が力を貸してくれるってんなら、大分楽になると思うんだけど」

「残念だけど、それは無理だね」


 考えるまでもないと言わんばかりに、オルガルは眉を下げた。


宝岩王の神槍(オレラリア)を授かった種族……。宝岩族(クリスタ)と言うらしいけれど、僕も実際には逢ったことがない。

 というより、もう居ないんだ。宝岩族(クリスタ)は滅びてしまっている」

「マジか……」


 予想外の答えだった。敵に回っているという理由でなくて安心をしたが、味方にも引き込めない。


「遥か昔、宝岩族(クリスタ)はこのリカミオル大陸で滅びた。

 その際に行動を共にしていた人間へ託されたのが、この宝岩王の神槍(オレラリア)というわけだ。

 ただ、宝岩族(クリスタ)の身体は魔石で出来ていると言われておる。マギアで魔石が多く発掘されるのは、彼らの最後の慈しみかもしれぬな」

「ほう……」


 マレットは珍しく、オルテールの話に興味を持つ事が出来た。

 滅んだという事実は兎も角、魔石が多く発掘できるという経緯は検証をしてみたくなる。

 いつかミスリアや妖精族(エルフ)の里と、見比べてみるのも悪くはない。


「そんな宝岩族(クリスタ)が生み出した結晶を、貴様はこともあろうに改造をして……っ」

「あー、はいはい。結局アタシを糾弾する方向になるのね」

「ま、まあまあ。あくまで逸話だから、ね?」


 力いっぱい拳を握り、オルテールはわなわなと震える。

 オルガルが彼を宥めているが、マレットは茶番を見せられているかのような冷ややかな視線を送り続けていた。


 余談だが、オルテールは魔造巨兵(ゴーレム)宝岩族(クリスタ)を模したものではないかと語る。

 だとすれば、刻と運命の(アイオン)神の遺跡に居たという魔造巨兵(ゴーレム)に似た形なのかもしれない。

 妖精族(エルフ)の里に帰ったら、テランに詳しく形状を教えてもらおうと考えるマレットであった。


 ……*


 マレットは自分達の居る部屋に、ある人物達を呼び寄せた。

 解放軍の御旗であるロイン。リーダーであるマクシス。そして、マレットの要望でシンが招集された。

 

 内容はただひとつ。

 暴走を続けるマギアを、国王(ルプス)を止める為の作戦会議だった。

 

「つうわけで、手を組むっていうのは無理そうだ。

 そもそも、滅亡しているならどうしようもない」

「なら、戦力はこのままで進むしかないな」

 

 マレットの報告を聞き入れたシンが、素っ気なく言い放った。

 目を丸くするロイン。マクシスが拳を机に叩きつけるのはその直後の事だった。


「ま、待ってください! この人数で、マギアと戦うしかないのですか!?」

「ロイン様の言う通りだ! いくら何でも無謀すぎる!

 今の国王に不満を持つ者は多い、王都に行くまでにいくらでもそのような者達を募れば良いではないか!」


 狼狽えるロインと、憤慨するマクシス。

 彼らの反応を予測していたシンは、表情を変える事なく続ける。


「駄目だ。それだと、国王とやっていることが変わらない。

 いくら圧政から救うという大義名分があっても、仲間を募れば強迫観念に囚われる。

 『加わらなければ、救けてもらえない』なんて思われたまま差し出されてみろ、国民にとっては何も変わらないだろう」

「儂も小僧の意見には賛成です。無理矢理募った者の士気が高いはずもないでしょう」

「許容出来て、自分から強い意思で志願する人ってぐらいですかね……」


 シンの意見に同調をしたのは、オルガルとオルテールだった。

 実際に自分をこの遺跡まで護衛してくれていたオルガルの意見を、ロインは無下には出来ない。

 何より、彼自身が納得をした。本当の意味でマギアを救う為には勝つだけではなく、勝ち方にも拘らなくてはならない。

 国王を討つ事を、勝利条件に設定してはならないのだと。


 気が緩んではいけないと敢えて口にしなかったが、シンの中には仲間を募らない理由はもうひとつあった。

 マギアの軍隊に対する答えの提示である。


 無理矢理徴兵されたのであれば、兵士の士気は決して高くはない。

 そんな中、自分達がマギアと真逆の方針で前へ進めば戦闘に於いて逡巡する可能性が高まる。

 兵士を戦うつもりはないと悟らせる事で、用意に前へ進めるはずだという思惑だった。

 

「……分かりました。では、道中で仲間を募るのは無しということで」

「ロイン様! しかし、それでは戦力差が!」

「そこはほら、こいつらが働くだろ」


 仲間の事を考え、戦力は増強したいとマクシスは食い下がる。

 そんな彼を宥めるべく、マレットが親指で差した先にはシン達が居た。


「勿論、出来る限りのことはするつもりだよ」

「若が居る限り、儂は若について行くつもりじゃ」


 オルガルもオルテールも、その覚悟は持っている。

 強く頷く彼らに続くよう、マレットが顎先でシンに促した。


「おら、お前もなんか言え。お前が言い出したんだからよ」

「分かってる。マギアの国王には、俺も逢う必要が出来た。

 何が何でも、たどり着くつもりだ」


 そう語るシンの瞳には、マギアの事情とは別のものが映っていた。

 永遠の命。国王であるルプス・アリウム・マギアが手に入れたとされる力。

 その存在がフェリーのものと同一ではないという確信を、シンは得なくてはならない。

 

(違う。絶対に、違うはずなんだ)

 

 フェリーの中には、不老不死の原因となった『魔女』が居る。

 国王(ルプス)までもそうだとは考え辛かった。

 

 だから、シンは必ず存在しているはずだと考えている。

 永遠の命を手に入れたと豪語する男を、殺す方法は必ずあるのだと。

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