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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの
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290.永遠の命

 マギアの王宮には、大量の兵器が保有されている。

 武器庫にはマレットが以前作った魔導具もあれば、重火器までもが並べられている。

 新たに供給されなくなったとはいえ、魔導石(マナ・ドライヴ)搭載型の物もあり、王宮の護りをより強固なものとしていた。

 

 不幸中の幸いなのは、魔導刃(マナ・エッジ)魔導弾(マナ・バレット)と言った類のものが配備されていない事だろうか。

 このふたつはマレットが特別に造り上げた魔導具であり、一般には流通していない。


「王宮にならばあると思ったのだけれど。

 逃げだされた通り、信用されていなかったというわけだ」


 嘲笑するかの如く呟いたのは、世界再生の民(リヴェルト)に置いて邪神の研究を行っている男。マーカス。

 魔導大国マギアの武器庫でならばあるいはと淡い期待を抱いていたが、肩透かしを喰らった気分だった。


 ピアリーでの戦闘や、これまでの報告からマレットが独自に製作した魔導具は流通しているそれらを遥かに上回る出力を弾き出していた。

 魔導石(マナ・ドライヴ)搭載型の船や、マナ・ライドでさえもあの魔導具の前では霞むだろう。


 これは魔導石(マナ・ドライヴ)を爆弾として扱われた事により、マレットが魔導石(マナ・ドライヴ)の出力に制限を施した事に由来する。

 出力こそ落ちるが、正しく使うに於いては何ら問題が起きない。

 故に、殆どの者は魔導石(マナ・ドライヴ)の出力が落ちている事にさえ気付いていない。

 出力を落とした結果、材料となる魔石に余裕が生まれ、マレットが更に巨額の富を築いたのは別の話である。


「あれほどの魔導具を造る人間だ。是非とも、世界再生の民(リヴェルト)に迎え入れたいが……」


 マギアの誇る天才であるベル・マレットを仲間に加えたいというのは、ビルフレストの意向でもあった。

 邪神の研究を続けて十数年。不完全であるが、漸く顕現にまで至った。

 だが、その邪神も魔女との戦闘で消耗している。力を蓄える為に日々呪詛や魔力を送ってはいるが、未だ目覚める気配はない。


 各国から優秀な者を集めては、日々研究を重ねている。

 それでもまだ足りない。自分に劣る者達では、自分の理解が及ばない領域にまでは手が届かない。

 マーカスがマレットへ興味を持つのは、半ば必然だった。


 たった一人でマギアを魔導大国と呼ばれるまでに押し上げた、稀代の天才。

 魔術的な分野では自分が上だと自負しているが、同時に彼女が居れば邪神の『核』ももっと早く完成出来たのではないかと考えている。

 ビルフレストは、マーカスは、彼女の能力が欲しかった。

 

 マギアの国王であるルプスから、彼女がどのような人間であるかを聞かされた。

 どんな待遇を差し出しても、彼女は決して首を縦には振らなかったという。

 誰にも靡かない、高飛車な女なのだと。


 その話を聞いて、同じ研究者としてマーカスは共感した。

 かつて、ピアリーの屋敷で研究を行っていた時。

 作戦上、田舎に引っ込んだ形ではあるがマーカスはこれ以上ない解放感を得ていた。


 周囲に自分以下の人間しか居ないのに、わざわざ出向く必要がどこにあるのかと。

 ならば、身軽に動ける場所の方が研究も捗るに違いない。

 

「安心してくれ、ベル・マレット。私は路傍の石(バカども)とはまるで違う。

 君と対等な立場で、きっと互いを高め合うことが出来るさ。

 ミスリアに付くよりも余程刺激的な毎日を、共に送ろう」


 研究者というのは、高みに到達してくると似通ってくるものなのか。

 マーカスは確信からか、うっすらと笑みを浮かべた。

 

 彼女は自分の勧誘には乗ってくるはずだと。

 邂逅を果たした際に、存分に語り合えばいい。聞くところによると、彼女は大層美人だと言う。

 それもまた、楽しみで仕方がない。思わず舌なめずりをしてしまう程に。


 ただ、マーカスは完全なる誤解をしていた。

 マギア国王であるルプスの、マレットの評はあくまで彼から見たものである。

 実際のベル・マレットがどのような人物であるかを、マーカスはまるで知らない。


「先刻から、武器庫(こんなところ)でなにをブツブツと……」

「聞かれていましたか」


 呆れた声は、嘴状の仮面によって顔を覆った男から発せられたものだった。

 左右違うテンポで歩く男は、左足による足音を空間内に何度も轟かせる。


「きちんと移植をしたはずですが、まだ歩くのに慣れていないようですね」


 彼の歩様から、マーカスはまだ身体に馴染んでいないのだと感じ取った。

 男の左足は足首から先がバッサリと斬り落とされている。

 代わりに取り付けられたのは、血潮のように真っ赤な義足。邪神の分体である『憤怒』の適合者である証だった。


「なに、気にすることはない。自分の中では違和感はない。

 むしろ、こんな能力をくれたことに感謝する一方さ」

「お互い様というやつです。こちらとしても、適合者が見つかったことは僥倖ですから。

 私としましても、貴方が色々と受け入れてくださることに感謝しています」

「ふ、利害関係の一致というやつだ」


 仮面越しでは男の表情が確認は出来ないが、僅かに振るえる肩は笑っているようでもあった。


「それよりも、国王に異を唱える奴が現れたぞ。

 兵に任せればいいのに、自分で相手をするようだ」

「全く……。余程気に入ったんですね、死から解放された身体が」

「ベル・マレットが居なくなって久しい。新しい玩具を手に入れて、機嫌が良いのだろう」

 

 呆れる素振りを見せるマーカスに、『憤怒』の男は国王(ルプス)の気持ちを代弁する。

 一層理解が出来ないと、マーカスは両手を広げた。


 ……*


 王宮の広間で、銃を構える一人の兵士。

 半ば無理矢理に徴兵をされ、火器の扱いを徹底的に訓練させられた青年だった。


 何度も村へ赴いては、引鉄を引かされた。自分の持つ一本の指によって、罪のない人々が倒れていく。

 手に何も感触が残らないまま、命を次々と奪っていく。

 望んで兵士になった訳ではない青年の精神は、とうに限界を超えていた。


 青年は決心をした。諸悪の根源を討てば、せめてもの罪滅ぼしになるだろうと。

 最後にしよう。あと一人殺せば、自らの命を断とう。

 彼は今、乱心の国王へ銃口を向けている。一般人を殺した時とは違い、不思議と震えは起きなかった。


「国王陛下。貴方は間違っています……。

 僕のようにこんな……。無理矢理に徴兵をして、意にそぐわない村人たちを殺させるなんて!

 死ぬべきは、貴方のほうだ!」


 国王(ルプス)は玉座に座ったまま、無言で青年を見下ろす。

 周囲の兵士が彼へ銃口や槍の穂先を向けてはいるが、王自らそれを制した。

 その所作に一切の動揺はない。堂々とした振舞いだった。

 

 決意を以て臨んだはずの青年は、固唾を呑み込んだ。

 永遠の命を手に入れたと主張しているが、そんなものが存在するはずもない。

 王子を殺す為の方便だと青年は考えている。予測ではなく、願望となってしまっているとも気付かずに。



 

「国王に銃口を向けるのは、中々勇気がいるだろうに。よくやるね」


 見下ろすように眺めているマーカスが、感心と呆れを交えた声色で呟いた。

 仮面の男は表情を読み取らせないまま、返答をする。


「人の生き死にというのは、強く感情を左右させる。

 気持ちは理解できないではない。無駄な行動だというのは、哀れだが」

「流石というべきかな。君が言うと、説得力があるよ」


 相変わらず表情は読み取らせてくれないが、青年に共感する部分はあったようだ。

 マーカスは感心をしたように、肩を竦めた。


 仮面の男が語る通り、青年の行動に意味はない。

 ただ、自分の死期を早めただけの愚かな行動だった。


 

 

「近々、ミスリアへ打って出るというのだ。情け容赦が通じる相手ではない。

 圧倒的な力でねじ伏せ、蹂躙をする為には仕方のないことだ。

 あの程度で狼狽えるような兵士が、戦場で戦えるはずもない」

「それは全て、貴方の勝手な都合ではないか!」


 青年の主張を、ルプスは一蹴する。青年の胸中に残っていた最後の枷が、外れる。

 我欲を他人にまで強要するこの男を、青年は純然たる悪だと断じた。

 最早、引鉄を引く事に躊躇いは無い。一発、二発と、鉛玉は確実に国王を貫いた。


「満足をしたか?」

「な、んで……」


 全く変わらない声色を前にして、青年の顔が青ざめる。

 額と心臓に銃弾を放ったというのに。全く動かない国王(ルプス)は、例えるなら訓練用の的だった。

 避けたなんて事はあり得ない。額に残る弾痕が、確かに命中をしたと報せてくれる。

 しかしそれも、一滴の雫すら流れる事なく瞬く間に消え去ってしまう。


「貴様は馬鹿にも程があるな。言ったであろう、永遠の命を手に入れたと」


 青年の手から銃が滑り落ちる。虚言や妄言の類ではなかった。

 マギアの暴君たるルプス・アリウム・マギアを止められる者は居ないのだと、思い知らされた。


「もう良いな? ならば、貴様は死ね。異を唱えたのだ、覚悟はしていただろう」


 刹那、無数の銃弾が青年の身体を貫く。

 一瞬にして身体は紅く染まり、反動によって糸の切れた操り人形のように震える。

 力なく倒れた彼を、兵士達は槍で次々とその身体を貫いた。


 

 

「全く、滑稽なものだね。こうやって自らの存在を誇示させないといけないなんて」


 頬杖を突きながら眺めていたマーカスが、つまらなさそうに呟く。

 上からだとよく分かる。青年を殺した兵士達の手が震えていた事も。

 無数の銃弾を撃ち込んだのも、殺した人間が判らないようにする為だ。

 即座に槍を突き刺したのも、一刻も早くこの場から解放されたいが故だ。


 ルプスに賛同する者もいるだろうに、敢えてこの場にそのような兵士を集めた理由はひとつしかない。

 心から心酔、あるいは屈服させる為だ。自分にとって都合のいい駒を創り上げる為に、自ら相手取ったのだ。

 

「元々、他国からもベル・マレットありきの国だと思われているからだろう。

 得た力を振り回すのが楽しくて堪らない、ただの子供だ」

「言えてるね」


 仮面の男の主張に、マーカスは納得をした。

 確かに、自分も魔導大国マギアは魔導具とそれを生み出すベル・マレットありきで見ている。

 国王が野心家なのは知っていたが、思った以上の暴君で驚いたぐらいだ。


 尤も、悪意を振りまくという一点では彼以上の適任者は居ないのかもしれない。

 彼自身もさることながら、周囲に圧政を振りまく事で恐怖を生み出す。

 それはいつしか呪詛となり、邪神にとって極上の餌となるだろう。

 『強欲』がどのような成長を遂げるのか、マーカスは楽しみで仕方が無かった。


 ……*


「やはり、この身体は素晴らしいな!」


 新たに手に入れた玩具を愉しんだルプスは、随分と高揚している。

 銃弾を撃たれようが、血の一滴も出ない。まさに無敵と呼ぶに相応しい代物だった。


「感謝するぞ、邪神とやらの遣いよ」

「いえ、お気に召されたようでなによりです」


 内心、小馬鹿にしながらもマーカスは一礼をする。

 送り込んだ『強欲』もさることながら、ビルフレストの立場もある。

 あまり事を荒立てたくはなかった。


「しかし、本当に良いのだな? ミスリアへ攻撃を開始をしても」


 マーカスは眉を顰める。暴君と言えど、最低限の配慮はあるようだった。

 邪神に携わる者は、その多くがミスリアの出身だ。侵略をする前に、言質を取りたいという魂胆が見えた。


「構いません。私はミスリアでは罪人ですので。

 むしろ、ルプス様の統治下となった暁には是非とも――」

「無論だ、貴殿らの働きはマギアに於いて他に類を見ないものだ。

 そのような者を裁くなど、出来るはずもなかろう」

「寛大なお心、至極恐悦に存じます」


 深く頭を下げるマーカスだが、内心ではほくそ笑んでいた。

 あくまでマギアはミスリアを疲弊させるための駒。

 起こり得ない未来を手にしようとするルプスが、滑稽で堪らなかった。


 それでも彼が機嫌の良いルプスの前に現れたのには、理由がある。

 彼もまた、言質を取らなくてはならなかったからだ。

 

「して、ルプス様。出来ることならもうひとつ私の我儘を聞いては頂けないでしょうか?」

「言ってみろ」

「ベル・マレットがマギアへ戻ったという情報を入手しました。

 マギアにとっても重要な人物だと存じてはおりますが、その身柄を私どもに預けては頂けないでしょうか。

 ルプス様の満足がいく結果に、してみせますので」


 世界再生の民(リヴェルト)にとって、マギアがミスリアを疲弊させる以上に重要な事でもあった。

 マレットを手中に収めれば、邪神の研究は進む。そうなれば、マギアは不要だった。


「なんだ、誰かと思えばベル・マレットの話か。

 構わん。あの女の考えていることは判らぬ。永遠の命を手に入れた余にとっては異物でしかない。

 貴様が好き使い潰しても構わん、くれてやる」

「有難きお言葉。必ずや、ルプス様のお役に立てて見せましょう」


 ルプス・アリウム・マギアは本当に愚かな男だった。

 自分の顔を立てないという理由だけで、あの稀代の天才を投げ棄てるのだから。


(これで、目的の殆どは果たせるということか。

 こちらとしては、あとひとつあるがな……)


 仮面の男は、マーカスの茶番に反応するまでもないと別の事に思いを馳せていた。

 自分自身の目的を達成する為の策を組み立てている。


 悪意は確実にその勢力を拡大している。矛先はベル・マレット。

 その事実を知らないまま、シン達は王都を目指していた。

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