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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの
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289.魔導石の恩恵

 マレットの視界に映るのは、静まり返った街の姿だった。

 人の気配を全く感じさせない訳ではない。懸命に息を殺しているが故の静けさ。

 まるで外に出る事が悪いのだと言い聞かせられているようだった。


「これが、マギアの現状さ。軍による徴兵を畏れて、迂闊に外も出歩けない」


 彼女の護衛として行動を共にしているオルガルが、歯痒さを滲ませた。

 活力に満ちた、自分が暮らしてきたマギアとは似ても似つかないもの。

 乱心した王を畏れ、眼に留まらないよう必死に身を隠す者達の姿がそこにはあった。


 こんな事をしても意味がないと解ってはいるが、民も必死だった。

 出来る限り平穏に、目立たぬようにと、息を殺す毎日が続く。


 そんな暴君を前にして立ち上がったのが、解放軍の面々だった。

 彼らは圧政に苦しむ民を護る為に、武力を持って応戦する。


 解放軍の主要なメンバーが、かつて起きた内乱で敗戦した者達となるのも必然だった。

 内乱の発端も、マギア国王であるルプスへの抵抗が切っ掛けなのだから。


 急速に拡大していく領地とは裏腹に、法の整備が間に合っていなかったあの頃。

 不平不満を掲げる南部の者達に対して、マギアは決して首を縦には振らなかった。

 いつしかそれは話し合いの場を飛び越えて、武力による衝突が繰り返されるようになる。

 泥沼化した争いに終止符を打ったのが、魔導石(マナ・ドライヴ)による大量虐殺だった。

 

「……ホント、水と油だな」

 

 マレットがぽつりと呟くが、決してその顔は笑ってはいなかった。

 彼らは大義を得た事で、こうしてまた立ち上がる道を選んだ。

 解放軍にとっては、あの時の怒りは決して燻っていなかったのだろう。

 憎くて堪らないはずの魔導石(マナ・ドライヴ)が生み出した眩い光に、手を伸ばす程には。

 

「それにしても、お前まで解放軍に参加するとはな。

 貴族としての立場もへったくれもねえな」

「何を! 若は、本気でマギアの現状を憂いているからこそだな!」

「やめなよ、じいや」


 小馬鹿にされていると感じたのか、憤慨するオルテールをオルガルが宥める。


「マギアの貴族も、皆がこの状況に賛同しているわけじゃないしね。

 ただ、報復を恐れて表立っての批判が出来ないっていうだけだよ。

 その点は、ほら。僕なんて居ても居なくても変わらない弱小貴族だしさ」

「やっぱり立場もへったくれもないじゃねえか」


 自虐するオルガルを見て、マレットは鼻で笑った。

 変わらず憤り続けるオルテールの姿は、自然体(ありのまま)の彼らでもあった。

 

「僕もこんな状況のマギアに、君を呼び寄せたことは悪いと思っている。

 けれど、どう見ても解放軍に勝ち目はない。君の力が、必要なんだ」


 オルガルも判っている。ベル・マレットがマギアへ戻ってきた事の意味を。

 きっと国王や軍に知られてしまえば、血眼で彼女の身柄を確保しようと企てるだろう。


 オルガルは、幼馴染である彼女を危険に晒してしまった。

 そうまでしないと、決して勝てない戦いだと悟っている。


「気にすんな。どうせ、そのうちマギアの国外でも探し回られていただろうよ。

 権力に怯えたままの腰抜けどもよりは、全然好感が持てるよ。お前らも、ペラティスも」


 咎める者がおらず、暴走を続ける国王。

 報復を恐れて、口を閉ざしたままの貴族。

 いつ魔の手が伸びるのかと、怯え続ける民。

 少しずつ狂い続けていた歯車が、取り返しのつかないところまで来てしまっていた。


「……アタシも、アタシの責任を果たさないとな」

 

 マギアに繁栄を齎した技術の裏側は、真っ黒に染まっていた。

 少なからず、自分も歯車を狂わせるのに助長してしまっている。

 正常へ戻す事は出来なくても、その為の礎を築き上げなくてはならない。

 決意を新たにしたマレットの瞳には、力が宿っていた。

 

 ……*


「すみません。客人に、こんな風に手伝っていただいて……」

「ううん、気にしないでね」


 杖を突きながら覚束ない足取りで歩く老人へ、フェリーは笑顔で返した。

 老人の名はエルガー。彼もまた、過去の内乱で一生に関わる怪我を負った者だった。

 左足を失い、取り付けただけの義足と杖で歩く様は見ているだけでも痛々しかった。


 解放軍の隠れ家となっている遺跡の中には、エルガーのような非戦闘員も多く匿われていた。

 身を寄せ合って暮らす様は、いつしかひとつの村と言っても差支え無い人数が集まっている。


 フェリーはイリシャやギルレッグと共に、そんな彼らの手伝いをしている。

 身体を動かしていないと、言いようのない不安が胸の内を支配しようとするからだった。


 ちらりと送った視線の先には、シンが佇んでいる。

 彼は国王(ルプス)の話を耳にしてからの二日間、ずっと考え込んでいた。

 その理由が自分に直結している事は、流石のフェリーでもすぐに察している。


(……マギアの国王が不老不死?)


 永遠の命を手に入れたと聞いて、真っ先にフェリーの存在が脳裏に浮かんだ。

 国王(ルプス)もまた、彼女と同じ存在に成ったというのだろうか。


 けれど、それは()()()()()

 いや、あり得ないと決めつけるのは早計だが、そうであって欲しくなかった。


(違うはずだ。そうじゃないと……)

 

 シンの右手は、己の顔を覆っていた。爪が食い込む程に掴んでも、気に留めない。

 国王(ルプス)の永遠の命は、フェリーと同等のものであってはならない。

 そうでなければ、シンの思い描いていた者が根本的に覆される。


「シン、ずっと怖い顔しているわよ。フェリーちゃんに心配かけてる自覚は、持ちなさい」

「……イリシャ」


 緩やかな手刀が、シンの頭に乗せられる。

 見上げた先には、銀髪を靡かせた美女が立っていた。


「気にするな……って言う方が、難しいわよね。特に貴方とフェリーちゃんには」


 イリシャはシンの隣へと腰を下ろし、大きく息を吐いた。


「だけど、何もフェリーちゃんと同じって決まったわけじゃないわよね。

 もしかすると、わたしのみたいな体質なのかもしれないし」

「……その可能性も、勿論考えてはいる」


 永遠の命を手に入れたから、跡取りは不要。

 逆に言えば、跡取りが居ようと不老不死であるならば、自分の足元は盤石なのではと勘繰りもした。

 

 浮かび上がったのは、イリシャのような存在である可能性。

 不老ではあるが、決して不死ではない。謀反を、暗殺を恐れる理由としては十分に成り立つ。


 一方で、そうなれば今度はその過程が解らない。

 自己申告ではあるが、イリシャの不老は先天的なものだ。何もきっかけとなるような出来事は起きていない。

 

 現段階で言い切れるのは、国王(ルプス)は間違いなく()()を手にしたという事。

 それが乱心となり、現在の暴走へと繋がっている。

 まさか妻や子まで信用できない人物だとは、思ってもみなかったが。


「どんな形かは、国王に逢ってみないと判らないわよね」

「……ああ、そうだな」


 苦笑するイリシャの隣で、シンが小さく頷いた。

 フェリーの事も、国王(ルプス)の事も。

 全ては自分の頭の中で想像を膨らませている段階に過ぎない。

 この場で考えても答えは出ないのだ。

 

 一方のイリシャは、言質を取ったと言わんばかりにシンの手を取る。

 か細い腕で懸命に持ち上げようとする彼女を見かねて、シンは自らの足で立ち上がった。


「どうしたんだ?」

「答えが出ないなら、身体を動かしましょう。フェリーちゃんもずっとそうしているわ。

 一番不安なのはあの子だもの。そんな顔をしていないで、少しは構ってあげなさい」


 自らの眉間に指を当て、シンの顔を真似するイリシャ。

 心中穏やかではないと察しはするが、それ以上に大切なものがあるだろうと彼女は主張をする。


「そうだな。イリシャ、ありがとう」


 ここでシンは漸く、イリシャが自分の前に現れた理由を悟った。

 気を付けていたつもりではあったが、自分が思っている以上に視野は狭まっていたようだ。

 彼女の言う通り、フェリーを蔑ろにしていい理由にはならない。


「うん、丁度男手も欲しかったしね」


 くすりと笑うイリシャ。

 マレットが遺跡へと戻ってきたのは、まさにその時だった。


「ダンナ。魔導具(アレ)を装着するの、手伝ってくれ」

「やっと決心ついたか。待ちくたびれたぞ、ベル」


 開口一番声を上げるマレットに、周囲が首を傾げる。

 唯一その意味を理解しているギルレッグが、口元の髭を浮かせた。

 

 ……*


 マレットとギルレッグが、妖精族(エルフ)の里から運んできた魔導具。

 それは解放軍の者達を歓喜に震え上がらせていた。

 

「お、おお……! 動く、掴める!」

「歩けるぞ! 思った通りに歩けるんだ!」


 失った手足の先に取り付けられたのは、甲冑と言われれば信じてしまいそうな金属の塊。

 魔術金属(ミスリル)魔硬金属(オリハルコン)を用いて、強度と軽量化のバランスをギリギリまで保った義手や義足だった。

 関節部と接合部に取り付けられた魔導石(マナ・ドライヴ)が、装着者の魔力に反応して駆動をする。

 実際に右腕を失ったテランと共に研究、開発を進めた技術の結晶でもあった。


「マレットにギルレッグさん。たくさん荷物持って来たの、このタメだったんだ」


 驚きのあまり、フェリーが声を漏らす。

 ギルレッグの同行もだが、大量に曳いていた荷物の謎が漸く腑に落ちる。


「シンは知ってたの?」

「いいや」


 イリシャの問いに、シンは首を横に振る。

 南部へ移動すると決めた時点で準備を整えているとは思ったが、まさか義手や義足だとは思ってもみなかった。


「ベルの奴、初めは自分ひとりで調整するとか言ってやがったんだよ。

 一人ずつサイズを調整するだけの加工技術を持っているわけでもないのによ。

 ワシと小人王の神槌(ストラーダー)の力が必要だって、思ったわけよ」


 小人王の神槌(ストラーダー)の柄を肩に乗せ、ギルレッグが豪快に笑い飛ばす。

 隣で「悪かったな」と口を尖らせるマレットは、心なしか気恥ずかしそうにしていた。


 魔導具による義手や義足が取り付けられていく中、装着を手伝えないフェリーとイリシャはサポートへと回る。

 慣れない魔導具の扱いに、上手く手足が動かせない者達。

 彼らが無事に四肢を動かせるようにと、側で支える役目を承った。


「はい、そう。ゆっくり地面を踏んでね。うん、上手上手。

 この調子で、向こうの壁まで歩いてみましょうか。大丈夫、わたしもついて行くからね」


 普段から子供の世話に奔走をしているからだろうか。

 中でもイリシャは、皆を導くのが上手かった。

 いつしかシンやイリシャよりも、圧倒的に彼女の手助けを求める者が増えていく。


「おお、イリシャの奴すげえな……」


 献身的な態度と、その美貌が男達の視線を釘付けにする。

 屈強な男達を手玉に取るイリシャを前に、マレットが思わず称賛の声を漏らした。


「さすがはイリシャさんだけど、ナンパとかされたら助けに行かなきゃ……!

 断るのもタイヘンだし、困っちゃうもんね」

「お前はイリシャの何なんだよ」


 すっかり手持無沙汰となったフェリーが、腕を組んで見守っている。

 真剣な眼差しな彼女を前にして、マレットは呆れ果てていた。


「……これで、清算したつもりか?」


 和やかになりつつあった空気に緊張を齎したのは、隻眼隻腕の男。マクシスだった。

 彼は失った右手を差し出しはしない。ただ、残った右眼でマレットを見下ろす。


「マクシス! マレット博士は、決してそんなつもりでは!」


 また一触即発の空気が生まれると懸念したロインが、彼を嗜めようと駆け寄る。

 それを止めたのは、シンだった。


「マレットなりに考えがあるんだ。そっとしておいてやってくれ」


 非難されると解っていながら、南部へと赴いた。

 その覚悟の形が、この義手と義足であるならば。


 魔導石(マナ・ドライヴ)を、マレットを憎んでいるこの男に響く言葉を投げられるのは彼女しかいない。

 勿論、危険だと判断すればすぐに止める。シンは、ロインと共にマレットの口が開くのを見守った。


「清算とまでは言いきれないけど、罪滅ぼしの気持ちがあるのは認めるよ。

 ただ、同時に知っても欲しかったんだ。魔導石(マナ・ドライヴ)は、決して人を傷付ける目的で創ったわけじゃないってことを。

 ここに居る奴らは魔導石(マナ・ドライヴ)で手足を失ったんだから、自作自演(マッチポンプ)だって言われても否定できないけどな」


 マレットは、自分の評価などはどうでも良かった。

 爆弾のように扱われた魔導石(マナ・ドライヴ)の汚名を雪ぎたかった。

 きちんと扱えば皆に寄り添う事が出来るのだと、この義手や義足を通して伝えたかった。


「それでもアンタがアタシを許せないっていうのなら、ここで脳ミソをぶちまけられたって文句は言わない。

 だけど、義手(コレ)だけは付けさせてもらうぞ。アンタにだって、戦うための腕は必要だろう?

 ……ま、流石に義眼までは造れなかったんだけどな」


 客観的に動いている姿が確認できる義手や義足と違い、本人のどのような映像が映るか判らない義眼の製作は果たせなかった。

 ある意味では、マレットが今後も研究を続けたいという意思表示。それがマクシスに通じるかどうかは、彼女自身は期待していない。

 彼にとっては関係のない話で、決して赦しを請うものではないのだから。


「そうまでして、魔導石(マナ・ドライヴ)の名誉を護りたいのか?」

「当たり前だろ。アタシにとっては、子供みたいなモンなんだよ」


 両者の視線は、沈黙を保ったまま交わり続ける。

 マレットはここまで、一度たりとも自分を赦せとは言わない。


 恨まれている事は百も承知だった。

 危険を冒してまで、マギアに戻ってくる理由は無かった。


 それでも彼女は現れた。それ自体が誠意の現れであるにも関わらず、マクシスは認められなかった。

 認めてしまえば、腕と眼を失った怒りの矛先が消えてしまうから。これから戦い抜くに置いて、牙が抜かれてしまう気がしたから。


 そんなマクシスに彼女が差し出したものは、戦い抜く為の力。

 自分の腕を奪った魔導石(マナ・ドライヴ)が、自分に新たな腕を与えようとしている。


「……分かった。世話になる」

「ああ。生身だって思えるぐらいの義手(モン)、つけてやるよ」


 沈黙を破ったのは、左腕を差し出したマクシスだった。

 彼は魔導石(マナ・ドライヴ)を受け入れる事を選んだ。

 

 製作者であるベル・マレット。彼女がどんな想いを籠めて魔導石(マナ・ドライヴ)を生み出したのか。

 その心を、正しく理解する為に。

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