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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第五章 大切なもの

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284.救援要請

 魔石から発せられる光が、二人の人影を壁へ映し出す。

 仄かな灯りの元で、オルガルとオルテールは互いの意見をぶつけ合っていた。

 

「若、本気で言っておられるのですか!?」

 

 老人は机を挟んだ先に居る主へと異を唱える。

 主はというと、神妙な顔つきで頷くだけだった。


「じいや、君がベルを快く思っていないのは知っているけど……。

 僕らだけではどうしようもないのは事実だろう?」


 主人であるオルガルも、従者のオルテールが止めようとする理由は解っている。

 確かに彼は、マレットの造る魔導具を快く思っていない。

 

 反応が鈍いというべきだろうか。元々マギアでは、神器に対する扱いが良くなかった。

 それは単に、継承者でしか扱えないという点に尽きる。

 高名な魔術師の存在しないマギアでは、選ばれし者のみが所有する神器よりも魔導具が優先されるのも必然だった。

 

 この点が同じ広大な領地を持つミスリアとは決定的に違う部分でもあった。

 国の方針により、彼らは教育過程においても魔術の基礎に触れる機会が設けられている。

 

 神器に対する認識についても、秘密裏に本来託された種族である龍族(ドラゴン)と同盟を結んでいた。

 三本の神剣の存在自体が、両者間の信頼の証となる。神器の持つ意味合い自体が、両国では違っていたのだ。

 

 更に近年のマギアでは、ベル・マレットにより多くの魔導具が開発された。

 マギアにとって神器は、過去の遺物でしかない。オルガル率いるバクレイン家が管理していたからといって、気に留める者は居なくなっていた。

 長きに渡って宝岩王の神槍(オレラリア)の継承者を務めていたオルテールとしては、非常に面白くない。

 一方的にマレットをライバル視していたのを、当然ながらオルガルも把握している。


「若こそ、お分かりでしょう? この場にあの女を呼び寄せる意味が」

 

 尤も、今回の件についてはオルテールの私情は関係がない。

 気に喰わないが、主人の友人には変わりがない。加えて、彼女が自分以上にマギアへ貢献している事を否定するつもりもなかった。

 むしろ、主人であるオルガルに異を唱えたのは彼女の為でもあった。

 

「勿論、解ってはいるけれど……」


 90を越えた老人とは思えない眼力を前にして、主人であるはずのオルガルが気圧された。

 オルテールですら危惧するぐらいなのだから、彼が気付いていないはずがない。

 自分達の元へ、ベル・マレットを呼び寄せる事の危険性が。


「ベルのフォローは、必ず僕がする。彼女を危険な目には遭わせない」

「若……」

 

 だが、現状を打破するにはマレットの手助け(ちから)は欠かせない。

 悔しいが、神器の力だけではどうにもならないのだ。

 

「僕は彼らを見殺しには出来ない。オルテールだって、そうだろう?」


 オルガルにとっても、苦汁の決断だった。

 それでも、彼は選択をした。彼女なら自分達の期待に応えてくれるという確信が、そうさせた。


「……分かりました。儂も出来る限りの手伝いは、致します故」

「ありがとう、じいや。我儘を言って、すまなかった」


 渋々と頷くオルテールを前に、オルガルは胸を撫で下ろした。

 このまま彼と意見を違えた状態で事を進めるのは、危険だったからだ。


「じゃあ、早速これを……。って、じいや。どうすればいいか、解るかい?」

「あの女が造ったものなど、儂が解かるはずありませぬ。説明を聞いておられたのは、若でしょう?」

「手厳しいな、じいやは……」


 解らないのは事実だろうが、オルテールは若干機嫌を損ねているようにも見える。

 魔導具の部品を両手に抱えながら、オルガルは苦笑いをした。


 ……*


 微かに湿った大地は、夜中に降った雪が融けた跡。

 妖精族(エルフ)の里でも、冬の訪れを感じさせるようになってきていた。


「へぇ~。シンくん、そんなことしてくれたんだ」


 アルフヘイムの森にある泉で、輪を囲む少女達。

 いつものように愛と豊穣の(レフライア)神への祈りを捧げたリタと共に、フェリーはイリシャの作った朝食を頬張っていた。

 

「うん! シンといっしょに水やりとかしてね、ちゃんと咲いてくれたんだ!」

「ふふ、子供のころから本当に仲良しだったのね」

 

 満面の笑みを浮かべるフェリーを前に、リタとイリシャが釣られて頬を緩める。

 雪を融かしたのは自分の笑顔だと言わんばかりに、彼女の顔は明るかった。


「でも、アンダルは本当に子育て頑張ってたのね。意外と子煩悩だったのかしら……」


 フェリーから度々聞かされてはいるが、その度にイリシャは感嘆の声を漏らす。

 頬を当て、自分の中にあるアンダル像と重ね合わせてみては、眉を顰める。


「おじいちゃん、いつも優しかったよ」


 記憶にあるアンダルの姿は、いつも笑顔だった。

 眠ったように逝ってしまったその日でも、やはり彼は笑っていた。

 自分が笑うとそれ以上の笑顔を見せてくれるのが、フェリーは堪らなく好きだった。

 

 皺の刻まれた大きな手は、頭へ優しく乗せてゆっくりと撫でてくれる。

 くすぐったいけれど、温かい。時々髪の毛がボサボサになるぐらい撫でてくれるけど、それも大好きだった。

 無理だと解っていても、もう一度撫でてもらいたい。気が付けばフェリーは、自らの頭を撫でていた。


「フェリーちゃん、なにしてるの?」


 彼女の様子を見ていたリタが、小首を傾げる。

 自分の頭を撫でてはにかんでいるのだから、不思議でしょうがなかった。

 

「ええっと、その。おじいちゃんが撫でてくれるの、好きだったなって思い出して……」


 しどろもどろになりながら、フェリーは頭から手を離す。

 やはり、アンダルに撫でてもらった時のようにはいかない。


「でも、やっぱり自分でするのとは違うね。どうしてかなあ?」

「シンに撫でてもらったらどうかしら? アンダルや自分との違いが解るかもしれないわよ?」

「撫でてもらったコト、あったような……」


 いたずらっぽく笑みを浮かべながら、イリシャが提案をした。

 フェリーは真剣な顔つきで、シンに撫でてもらった記憶を蘇らせる。

 

「覚えてないの?」

「ある、あるよ、ゼッタイに。あるハズなんだけど……」


 勿体ないと言わんばかりに、リタが眉を下げる。フェリーは両手を顔に合わせ、自分の記憶を掘り返そうとする。

 子供の頃は、何も考えずに撫でてくれた時もあったような気がする。

 シンの手はアンダルよりも小さかったけれど、同じように優しかったはず。

 

 惜しむべくは、じゃれ合いの面が大きいが故にイマイチ記憶がはっきりしない事だった。

 正確には、アンダルが亡くなった時にずっと手を握ってくれた記憶の方がどうしても蘇る。

 どちらにせよ、フェリーにとってシンとアンダルの手は忘れられないものには違いない。

 

「まあ別に、お互い好き同士なんだから撫でて欲しいってお願いするだけでいいじゃない」

「そっかあ。確かに、その通りかも」


 あっけらかんと言い放つイリシャを前に、同意をしたのはリタの方だった。

 リタもまた、レイバーンに甘えたい。

 意図まではっきり伝わるかどうかは別として、彼ならばリタがお願いをすればあっさりと承諾してくれそうではあった。


「シンも、フェリーちゃんのお願いならしてくれると思うわよ?」

「そうかも、だけど……」


 フェリーが不老不死になってからの10年間。

 時間の流れに取り残された自分と違って、彼だけが大人へと成長していった。

 そんな彼に子供っぽいお願いをするのは、なんだか気恥ずかしさが勝る。

 

「いつか、そのウチ。そのウチ、お願いしてみるね」


 してもらいたいが、いつものようにしかめっ面をされたくはない。

 どっちに転ぶか判らないと、今はただお茶を濁す事しか出来なかった。


「ところで、シンはどうかしたの?」

「ふぇ?」


 照れくさそうにもじもじと身体を動かしていたフェリーの動きが止まった。

 シンには予め、二人と朝食を摂ると伝えてある。彼も了承をしていたが、何か問題でもあったのだろうか。


「こっちへ来る前に、研究所へ行ってたから。何かあったのかしらって」

「むう……」


 思い返してみるものの、フェリーに心当たりはない。

 強いて言えば昨日、香水の匂いにケチを付けられたぐらいだが、自分の話であってシンとは関係ない。

 

「シンはマレットと仲良しだから、お手伝いに行ってるんじゃない?」


 シンは暇さえあれば研究所へ顔を出している。

 魔導砲(マナ・ブラスタ)の改造とか、魔導具の実験とか、材料の採取とか、色々とする事があるのは百も承知だ。

 フェリーはただ、自発的にシンが顔を出してくれる状況が羨ましいに過ぎなかった。


 自然と食事を口へ運ぶ速度が上がっていくフェリー。マレットに妬いているのは明白だった。

 その様子を眺めていたリタとイリシャは、顔を見合わせて苦笑していた。


 ……*


 妖精族(エルフ)の里の外れにある、研究所。

 いつものメンバーはまだ出そろっていない。中に居るのは、シンとマレットだけだった。


「ほれ、魔導砲(マナ・ブラスタ)の調整が終わったぞ」

「いつも悪いな」


 受け取った魔導砲(マナ・ブラスタ)は、ほんの僅かではあるが重みが増していた。

 自分の希望する機能が追加されたのだという実感が、掌から伝わってくる。


「お前の希望通り、接近戦にも対応できるようにしておいた。

 例によって使用中は弾丸の切り替えが出来ないから、注意しておけよ。

 あと、あくまで魔導砲(マナ・ブラスタ)は銃なんだ。あんま過信だけはすんなよ」

「分かってる」

「本当かよ」


 頷くシンを前にして、マレットは半信半疑だった。話を聞く限り、彼は相当に無茶な使い方をしている。

 認証機能だって悪用されない為とか言いつつ、相手に敢えて奪わせて動揺を誘う男だ。

 戦略に組み込めたのなら、ある意味では結果オーライなのかもしれないが。


「ま、魔導砲(マナ・ブラスタ)はひとまず置いといて。

 実はだな、オルガルのヤツから反応があったんだ」

「オルガルから?」


 ミスリアで再会した、マギアの貴族。

 32年前に自分が誘拐犯から救けた男の名が、マレットの口から発せられる。


 彼はミスリアとマギアの戦争を回避する為、邪神の良い様にさせない為、マギアへと帰っていった。

 今回の反応はそれ以来。約二ヶ月ぶりとなる、信号でもあった。

 

「マギアに関しては何かあった時に動けるよう、転移装置を渡してたんだよ。

 あのアホ(オルガル)じいさん(オルテール)のことだから、壊すかもしれないって心配はしてたけどさ」


 ミスリアから離れる際、マレット達研究チームは彼らに転移装置をひとつ託していた。

 尤も、移動は一方的なもの。妖精族(エルフ)の里から、マギアへの一方通行のみ。


「オルガルとは、設置した時が救援要請の信号(サイン)だって話はしていた」

「その反応が、今朝起きたってことか」

「察しが良くて助かる」


 口ではそう言って見せるものの、心中は穏やかでなかった。

 転移装置が反応したという事はマギアの。少なくとも、オルガル達の状況が芳しくない事を意味している。


「そんで、装置の発生先はココなんだよ」


 加えて、マレットが危惧しているのは転移装置の反応が発生した事についてだけではない。

 研究所の壁に貼られているのは、マギアの地図。その一部分を、マレットの指が押し付けられた。


「……南部?」

「そう、南部だ」


 マレットの指が覆った場所。

 それはかつて、マギアで内乱が起きた場所でもあった。

 

あのバカ(オルガル)、何考えてやがんだ……」

 

 オルガルも、彼女にとって苦い記憶が存在する場所だと知っているにも関わらずその場所は選ばれた。

 真意を知る為にも動かざるを得ないと、マレットは大きく息を吐いた。

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