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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:間章 少女の分岐点
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幕間.新人魔術師の憂鬱

 こう自ら口にするのは照れくさいが、ジブンには魔術の才能がある。

 冒険者として活動をしていた頃、その辺に気付きすらしない仲間とよく喧嘩をした。

 生まれた溝が深まる事はあれど、埋まった試しはない。こうやってジブンは、いくつもの一行(パーティ)を転々とした。


 魔術の才能には恵まれていたが、どこにでもある平家の出。一行(パーティ)の中には、貴族に口利きが出来る人間も居た。

 実力と反比例する立場も相まって、ジブンと組むことを拒否する冒険者が増え始める。

 いよいよ、一緒に組む相手が居ない。そんな時だった。師匠(テラン)と出逢ったのは。


 持っていた自尊心は、ここで一度木端微塵に砕かれる。

 初めて自分よりも才能のある魔術師を見かけた結果、ジブンは弟子入りを懇願した。

 

「何かの役に立つかもしれん。お前の右腕として育ててみるのも一興だろう」

「貴方がそう仰るなら」

 

 師匠(テラン)はつまらなさそうにジブンを見下ろす一方で、長身の男が言う言葉には素直に従った。

 この瞬間、ジブンはテラン・エステレラの弟子となった。同時に、邪神の顕現を目論む組織の一員にもなったのだ。


 訊けばこの組織は、いずれミスリアと戦うことを予定している。

 『邪神』という新たな神の顕現。そして、ミスリアの第一王子が新たな王と成る。

 それを期待し、彼に忠誠を誓う者たち。その中には、自らの立場に不満を持つ者が多かった。


「君にも働き次第では、十分にその機会はあるよ」


 師匠(テラン)は確かにそう言った。自分の序列さえ上がれば、事を成した時に貴族として迎え入れられるかもしれない。

 ジブンにとって、その言葉は確かなモチベーションとなった。自分を疎外していった奴らの鼻を明かす日が来ると信じて疑わなかった。

 

 そして今の自分はというと。

 遠い情景に浮かんだ通り、ミスリアに身を寄せている。

 ただし、実体はまるで違うが。

 

「ぜぇ、ぜぇ……。ど……して、魔術師が、走る……必要、あんだ、よ……」

 

 来る日も来る日も、基礎体力の為に走り込みを続ける日々。

 体力馬鹿の騎士に並べられて、追い抜かれる度に鼻で笑われるのは癪に障る。

 お前らと違って、こちとら数ヶ月も牢屋で引きこもり生活をしていたんだよ。太陽の光にすら、体力が奪われるんだよ。


 口も鼻も使い、必死に酸素を取り込んでも状況は何ひとつ変わらない。

 心の中で恨み節を呟き続けることが、最後まで意識を保つコツになりつつある。

 毎日、どうしてこうなったかと振り返らずには居られない。

 


 

 妖精族(エルフ)の里で捕らわれている間に、色々なことが起こり過ぎていた。

 なにより、師匠(テラン)のキャラが引く程変わっていた。

 裏切った云々より、アンタそんな微笑むような人間じゃないだろと言いたかった。

 やんわりとジブンを脅す辺りは、変わっていなかったけれど。


 組織から離脱した件は、左程思うところはない。

 貴族という餌に釣られはしたけれど、元々は師匠(テラン)に弟子入りすることが目的だった。

 ミスリアにも出戻り組がいる以上、騎士団に身を置くことに抵抗は無かった。

 何なら、少し期待までしていた。


 ――あの妖精族(エルフ)の女王や魔獣族の王を追い詰めた? 是非とも、ミスリアに力を貸してくれ!


「フッ、仕方ねぇな。このディダ様が、アンタらに手を貸してやるよ」

「ディダさん? どうかしたんですか?」


 肩まで掛かった細い茶髪を垂らすかのように、小首を傾げる少女がそこに居た。

 イディナ・コンサンス。ミスリアの騎士見習いにして、誰よりも意欲的に訓練をこなす変わり者。


「とっ、突然現れて、脅かすなよ!」

「近くでぶつぶつ独り言を話し始めたので、驚いたのはぼくの方なんですけど……」


 おっと、あぶねえ。どうやら妄想が口から転び出ていたらしい。

 休憩中はこうやって自己肯定感を上げておかなくては、残りの訓練に耐えられないと知られるわけにはいかない。

 

 悲しいかな、現実ではジブンの魔術をお披露目する機会がそう得られていないのだ。

 魔術師には不要だとしか思えない基礎体力の訓練を、延々と続けさせられる。最悪だ。



 

 最悪なのはこれだけではない。

 限界まで身体を苛め抜いた後に出迎えてくれる幸福も、ジブンは満足に享受できない。


「終わったあああああ! メシだ! フロだ! 急ぐぞおおおおおお!」

「うおおおおおおお!」


 筋肉質な教官を筆頭に、騎士達は砂埃を上げながら宿舎へと帰っていく。

 どこにそんな体力が残っているのか、いつも問い質したくなる。ジブンは吐き気を必死に抑えているというのに。

 

 一滴の体力すら残っていないジブンと違って、体力馬鹿どもは訓練終了からが本番だと言わんばかりに荒ぶっている。

 アイツらは風呂も飯もあっという間に済ませ、ジブンが受け取れるのはその残りカスだ。



 

「ごめんねぇ、もうこんなものしか残ってなくて」

「あ、ハイ……。ありがたく頂きます……」


 食堂で受け取れたのは、数切れのパンと殆ど具の無い野菜スープ。

 あの体力馬鹿ども、少しは遠慮というものを知らんのか。お前が最後の一人じゃねんだよ。

 第一、お前ら昼もアホほど喰ってるじゃねえか。こちとら昼は吐きそうで、まともに喰えねえんだよ。

 これなら妖精族(エルフ)の里で牢屋に籠っていた方が、まだまともな食事にありつけたじゃねえか。

 

「このままじゃ、死んじまう……」


 明らかに摂取している栄養より、消費している方が多い。

 パンを齧りながら、ジブンは決断をした。騎士団長へ直接直訴することを。


 ……*


「訓練を軽くしろ、だあ?」


 騎士団長ヴァレリア・エトワールは眉を顰めながらジブンの言葉を復唱した。

 訓練が終わったからか、やや軽装となった彼女の肢体は目のやり場に困る。

 イディナぐらいちんちくりんなら、気にしないでいられるんだけど。


「魔術師が騎士と同じメニューって、おかしいでしょう。

 後方支援をするのに、体力が必要とは思えない」

「じゃあ、お前が考える後方支援の形ってどんなのだ?」


 この女は何を言っているんだ?

 前衛が身体を張っている間に、魔術師が特大の一撃を喰らわす。それでいいに決まっているだろう。


「騎士が敵を抑えている間に、魔術師が一網打尽にするための魔術を――」

「じゃあ、それが突破されたらお前は素直に死ぬのか?」

「話が飛躍しすぎでしょう。突破したら死ぬだなんて……」

 

 突然、『死』という重い単語が出て来たことに少なからず動揺した。

 ヴァレリアはジブンの様子に変わらず、畳みかけるように続ける。


「もしもお前が全く動けない後衛なら、前衛は身を呈して護らなきゃならん。

 それはお互いにとって、適切な部隊の形とは思えない。

 アタシとしては最低限の体力は必要だと考えるし、今のお前にそれが備わっているとは思えない」

 

 それは牢屋に居たからだ。そう主張をしたかったが、堪えた。

 現在の自分に体力がない事を認めてしまえば、本末転倒だ。


「もひとつ言うとだな、今のお前じゃ力不足だ。

 後衛としても、背中を預けるには至らない。威力の高い魔術を放つまでに、時間が掛かり過ぎる。

 ていうか、お前程度なら前衛を相手しながらでも仕留められるんだよ」

「は……っ!? 言ってくれるじゃないスか……」


 心外だとしか言いようが無かった。

 大型弩砲(バリスタ)を創り出したり、蝕みの世界ダークネス・イクリプス級の魔術を使える術士を捕まえて戦力不足とのたまったのだ。

 魔術大国の人間だからと言って、他国の人間を侮るにも程がある。


「じゃあ、実際に試してみるか? お前の実力がどれだけ足りていないかを」

「……いいスけど、結果を出したら今後の訓練内容は考えてくださいよね」

「結果が出せればな」


 納得できていないことを、ヴァレリアは見抜いていたらしい。

 ため息を吐きながらも、思い知らせてくれるというのだ。如何にジブンが力不足かを。

 上等だ。こうなったら、どっちの目算が甘いか思い知らせてやる。


 ……*


 翌日。訓練場には人だかりが出来ていた。

 観客と化した騎士たちがざわめいている。「こないだのは、面白かったよな」なんて声も漏れているが、ジブンには何の話か分からない。


「というわけで、お前の相手はイル(コイツ)だ」


 ヴァレリアが紹介をしたのは、炎のように真っ赤な髪を持つ騎士だった。

 イルシオン・ステラリード。紅龍王の神剣(インシグニア)の継承者であり、ミスリアが保有する最高戦力の一人。

 ……っておい!!


「何神器使い引っ張りだしてんスか!?」


 いくら何でも相手が悪すぎる。

 異を唱えるジブンに、ヴァレリアは心底面倒くさそうにため息を吐いた


「流石に、イルと真正面からやれとは言わないよ。

 お前はもう一人前衛を選んで、盾として扱えばいい。

 イルかお前のどちらかが一撃を与えれば手合いは終了だ。

 勿論、イルに神器は使わせない。魔術はお互い、使ってもいいけどな」

「ほーう……。なら、ジブンを護る前衛はヴァレリア教官でもいいってことスか?」


 ジブンは悪戯っぽく笑みを浮かべる。意趣返しというやつだ。

 これで断るようなら、そんな人の言うことは聞けないとでも言ってやろうと思っていた。

 だが、甘かった。ジブンはまだ、ヴァレリア・エトワールという人間を知ってはいなかった。


「いいのか!? よっしゃ、イル。久しぶりに手合わせだ!

 手加減なんかしたら、ぶっ飛ばすからな!」

「それはこっちのセリフだ、ヴァレリア姉。オレも全力で行かせてもらう!」

「えっ? ……えっ?」


 思いの外、ヴァレリアは乗り気だった。何なら、ジブンより気合が入っている。

 こうして騎士団長を盾に、ミスリアの最高戦力との手合いが始まった。


 互いに木剣を構えてはいるが、眼差しは真剣そのものだ。

 ジブンの試験を兼ねているはずなのに、蚊帳の外にいるようで少しイラっとした。


「はじめっ!」


 ライラス教官の野太い声が響くと同時に、ヴァレリアとイルシオンが大地を蹴る。

 先手必勝と言わんばかりに、イルシオンの木剣がヴァレリアへ襲い掛かる。

 

「行くぞ! ヴァレリア姉!」

 

 ここでやられてしまえば、それはもうジブンの話以前の問題だ。

 せめて耐えてくれよなと、心の中で呟いた。


「来るのは勝手だけど、受け止めるのはお前だよ!」


 ヴァレリアは一瞬も怯むことなく、イルシオンを迎え撃つ。

 魔力を木剣に込め、重い一撃を繰り出した。


「ぐっ……!」


 鋭い剣閃を受け止め、イルシオンの動きが止まった。

 ヴァレリアが手を抜くパターンも考えたが、杞憂のようだった。

 これなら、ジブンが魔術をイルシオンにぶつけるだけで試合は終わる。


「大地で眠りし石の魂よ。重力から解放され、敵を貫け。岩石針(ロックニードル)


 短い詠唱で的確に放てる岩石針(ロックニードル)は、師匠(テラン)も得意とする魔術だ。

 向かい合いヴァレリアの背中からはみ出たイルシオンを、的確に狙って放つ。


「……邪魔、だっ!」


 しかし、イルシオンはジブンの魔術を木剣の一振りで薙ぎ払ってしまった。

 先刻、重い一撃を放ったヴァレリア同様、木剣といえど魔力を込めれば岩石針(ロックニードル)程度はどうとでもなるようだ。


「ディダ! そんな魔術じゃ、イルの意識なんて全く割けないぞ!」

「くっそ……!」


 一撃を当てるだけなら、低級魔術で充分だと侮っていた。

 イルシオンの防御を貫く一撃が必要だ。ならば、大型弩砲(バリスタ)を創ろうと詠唱を始めた瞬間。


稲妻の槍(ブリッツランス)

「え?」


 再びヴァレリアとイルシオンの木剣が重なると同時に、放たれた一言。

 詠唱を破棄した雷の矢が、あっさりとジブンの身体を貫いた。


 その隙を突いて、ヴァレリアの木剣はイルシオンの身体を打ち付けていた。

 けれど、彼女の剣閃は勝敗には関係がない。


「ヴァレリア姉。オレの勝ちでいいんだよな?」

「ああ、そうだな」

「いや、ちょっ……! ええ?」


 確かに魔術は使用可能という条件で手合わせをしていたが、納得は行かなかった。

 前衛も後衛もないじゃないか。戸惑うジブンはヴァレリアと顔を合わせる。


「ま、こういうことだ。お前は魔術の生成が遅すぎる。

 こっちとしてはお前頼りにするよりも、前だけで決着をつけにいった方が楽なんだよ」


 つまり、ヴァレリアは初めからジブンをアテにしていなかったということになる。

 散々仲間を小馬鹿にしてきたジブンが、今度は小馬鹿にされる立場となっていた。


 しかし、同時に実力不足を突き付けられた。

 ジブン程度なら、前衛を相手しながらでも仕留められると言う事実を。

 

「正直に言うとな、テランから聞いてはいたんだよ。

 詠唱さえきちんとすれば、お前は高火力の魔術を撃ちだせるって。

 だけど、それはお前を庇わないといけないってことになる。悪いけど、イルぐらいの相手だとその余裕はない。

 お前自身に、相手の攻撃を躱してもらう必要がある」


 返す言葉も無かった。ジブンは詠唱の破棄が苦手だ。

 集中力の散漫が原因だと師匠(テラン)にも言われたが、詠唱さえすればイメージが出来上がるので不要だと思っていた。

 けれど、そういった次元の話ではないらしい。道理で序列も中々上がらなかったわけだ。


「……分かりました。生意気言って、スンマセン」


 悔しいが、今の立ち合いで分かった。現状の自分では、精々囮にしかならないのだと。

 苦痛で苦痛で仕方がないけれど、せめて動き回れるぐらいの体力は必要らしい。

 暫くは、あの苦痛を続けるとしよう。


 ……*


「ごめんねぇ、もうこんなものしか残ってなくて」


 だからと言って、この状況が受け入れられるかは別の話だけどな!

 皿に乗せられた数切れのパンと殆ど具の無いスープを見つめて、ジブンは心の中で叫んでいた。


 実力不足を痛感してから、体力作りには精を出すようになった。

 詠唱破棄の訓練も行うようになった。だけど、体力馬鹿にメシが食い荒らされる日々は変わらない。


「死ぬ。このままじゃ、死ぬ……」


 明らかに足りないと解りつつも、最低限の栄養を摂取していく。

 この辺、ヴァレリアに頼めば何とかなるだろうか。


「あれ? ディダさん、ご飯それだけで足りるんですか?」


 小動物のように、ひょこっと顔を出す少女。

 熟考するまでもない。そんなことをするのは、イディナしかいない。


「足りるわけないだろ。これだけしか残ってないんだよ。

 その証拠に毎日体重は減ってるっての」


 小柄なイディナだが、彼女は毎日元気だし、ジブンと違って一切やつれてはいない。

 体力馬鹿どもの訓練についていけている証だ。あの小さな身体に、どれだけの体力を詰め込んでいるんだとツッコミたくなる。


「うーん。皆、ご飯があればある分だけ食べちゃいますもんね」

「ケモノでももうちょい分別あるだろうよ」

「あはは」


 笑いごとじゃないっての。

 こちとら、ミスリアに来てから殆どまともな食事にありつけてねえんだぞ。

 そんな恨み節の籠ったジブンの視線に気付いたのか、イディナはそそくさと食堂から姿を消した。

 なんとも薄情なやつだと思いながらスープを啜っていたのだが、トテトテという音と共に彼女は小走りで戻ってくる。


「これで良かったら食べますか? お口に合うかは判りませんけど……」


 目の前に並べられたのは、干し肉だった。もう一度言うが、肉だった。

 彼女が自室にて用意している保存食らしい。久方ぶりに目をする肉を前にして、ジブンは狼狽える。


「た、食べてもいいのか……っ!?」

「はい。お腹空いてると、イライラしちゃいますからね。

 たくさんあるので、遠慮せずに食べてください」


 ならばと、遠慮なくジブンは肉を齧る。一噛みした瞬間から、塩気が口内を支配した。

 疲労が消えていく。至福のひと時。このために生きている。今なら、そう言っても過言ではないと思った。


「う、うぅぅ……」

「えっ、そんなに美味しくなかったですか!?」


 戸惑うイディナを前にして、ジブンは弱々しく頭を左右に振った。

 どうやって感謝を伝えようかと悩んだ結果、ある単語が脳裏に浮かんだ。


「ありがとう、天使……」

「ごめんなさい。教会でお手伝いしていたことはありますけど、天使ではないんですよね……」


 照れくさそうにするイディナだったが、満更でも無かったらしい。

 彼女は様子を見てはジブンに干し肉を与えてくれた。


 問題がひとつあるとすれば、彼女は皆から妹のように可愛がられている。

 イルシオンと体力馬鹿どもの視線がたまに突き刺さる様になったのは、きっと気のせいではないだろう。

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