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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:間章 少女の分岐点

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282.魔剣の誕生と、争いの報せ

 その剣が完成した日は、空はとても落ち着いていた。

 魔硬金属(オリハルコン)の原材料をはじめ、複数の金属によって造られた一振りの剣が誕生をした。


「……素晴らしい剣だ。マーカス」

「勿体なきお言葉です、アルマ様」


 磨き上げられた漆黒の刀身は、アルマ自身の顔を映し出す。

 手に取った瞬間から、ただの剣ではない事は理解できた。

 まるで身体の一部であるかのように手に馴染む。魔力の浸透も申し分ない。

 今まで手にしたどんな剣よりも、己の力を存分に振るえる。確かな手応えが伝わってきた。


魔硬金属(オリハルコン)の再現とまでは行きませんが、アルジェントが入手した鉱石を基礎(ベース)に――」


 気を良くしたマーカスが、剣に投入した材質と技術を饒舌に語り始める。

 疑似的に再現した魔硬金属(オリハルコン)を元に、ミスリアの得意とする魔術金属(ミスリル)を混ぜ合わせた逸品。

 強度と魔術の浸透による破壊力を両立させた合金は、図らずともマレット達と同じような発想へと至っていた。


「更に、邪神の核と同様の物を刀身へ混ぜ込んでいます。今までお使いになられたどの剣よりも、アルマ様の力になってくれるでしょう」

「そうか。君は凄いな、マーカス」


 人工的に作られた、神器に勝るとも劣らない魔剣。

 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)と名付けられたそれは、幼き王子に確かな手応えを感じさせるには十分な代物だった。


 ……*


「いやァ、アルマっちに喜んでもらえてオレっちも苦労した甲斐があったってもんよ!

 命からがら手に入れて来たんだ、大事に使ってくれよな!」


 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を手にしたアルマを前にして、高らかに笑うのはアルジェント。

 連戦による『強欲』の負傷が、漸く修復された事も相まって上機嫌だった。

 

「勿論さ、アルジェント。君には感謝してもしきれないな」

「いいってことよ、可愛いアルマっちのためなんだからよ!」


 まるで弟を可愛がる兄のように、アルジェントはアルマの肩を何度も叩く。

 他の者にとっては畏れ多い行動だが、アルジェントは一切気にしていない。

 彼は知っている。アルマはこの程度で怒りを露わにする人間ではない事を。

 

 事実、幼き頃から自分の使命を自覚しているアルマにとって、アルジェントの振舞いは肩肘を張らなくて済むので有難く思っている。

 アルジェントの言う博打の面白さは解らないけれど、話を聞く分には興味深い。人の心、その内側が見えるようでもあったから。


「この剣があれば、僕も戦える。君たちには苦労ばかり掛けて済まなかった」

「アルマっち、気にしすぎだっての。大将なんだから、偉そうにふんぞり返ってればいいのに。

 ホント、マジメ君だねぇ。ま、そこがアルマっちの良い所でもあるけどよ」


 自分も『強欲』の右腕が修復されたからか、アルジェントは上機嫌だった。

 マーカスに「貴重なデータが採れる」と言われ、あちこち弄られたのも、喜ぶアルマの顔を見た事で記憶の彼方へと飛んでいった。

 

 一方で、与えられた玩具を前にして喜ぶアルマの姿を素直に喜べない者も居た。


 ……*


 サーニャ・カーマインは世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を前にして物思いに耽っていた。

 世界再生の民(リヴェルト)が持つ技術の粋を投入した魔剣は、紛れもなく邪神の力に匹敵するものだった。


 それはつまり、僅か15歳の少年に強大な力を持たせたという事を意味する。

 アルマ自身が力を望んだというのは、サーニャも理解している。けれど、彼はまだ子供だ。

 

 彼は大きすぎる使命感に囚われ、戸惑う事もある。事実、父である国王(ネストル)を手に掛けた事を後悔していた。

 課せられた使命に精神が追い付いていないのだ。割り切ろうとはしているが、割り切れない。

 まだ完全に目覚めたとは言い難いが、自分達には邪神が居る。それではいけなかったのだろうか。


 真意を確かめるべく、サーニャはビルフレストの元へと足を運んだ。

 サーニャはまだ気付いていない。自分が、アルマに肩入れをしている事を。


 


「ビルフレスト様。アルマ様に剣を持たせて、本当によろしかったのでしょうか?」

「何が言いたい?」


 書斎で一人佇むのは、黒衣の男。差し込む光の描く陰影が、随分と様になっている。

 自らの左腕を眺め続けているビルフレストは、視線をサーニャへ合わそうとはしなかった。

 万全を維持するべく、己に宿った『暴食』の感触を確かめる事に注力をした。

 サーニャの存在は、決して意に介していない。彼女がこの場に現れる事が、まるで解っていたかのように。


「ですから、アルマ様はワタシたちの希望です。武器を与えて、前線に出て。

 万が一のことがあったとすれば――」

「だが、我々のシナリオではアルマ様が邪神を討つ。攻めて来た他国も、アルマ様によって撃退なされる。

 その為にはアルマ様が相応の力を持つことは避けられない。違うか?」

「それは……」


 ぐうの音も出なかった。ビルフレストの言い分は、何も間違っていない。

 彼が英雄となって世界を統べる為には、何よりも彼自身がその実力を世界に知らしめる必要がある。

 世界再生の民(リヴェルト)の計画として、間違った事を言っているのはサーニャの方だった。


 けれど、サーニャはこうも考える。ビルフレストの目的は、本当にそれだけなのだろうかと。

 彼は、自分は勿論だがアルマにも隠している事がある。カタラクト島から帰還したラヴィーヌを、自らの『強欲』で喰らった事だ。

 その後も、戦死という形で味方の士気を上げる要因として使った。アルマが力を手にして意気込んでいるのも、同志を失わない為だろう。

 

 偶然とはいえ、サーニャはその場面を目撃してしまった。

 それ以来、この男(ビルフレスト)が恐ろしいと感じる時がある。彼の目的は本当に、アルマがミスリアの王となり世界を統べる事なのだろうかと。

 

「邪神の顕現も完璧ではありません。脅威が現れるより先に、力を与えてしまっていいものかと――」


 駄目だ。こんな理由では、ビルフレストが考えを改めるはずもない。

 邪神の力は日に日に力を増している。いざ、世界の脅威となった時に対抗するべき力が存在しないのでは意味が無い。

 世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)は、その時には存在していないといけないのだ。

 

 苦悶するサーニャの心情を察してか、ビルフレストは徐に立ち上がる。

 長身の男はサーニャの前に立ち、彼女の顎を軽く持ち上げた。

 

「案ずるな。ミスリアは近いうち、再び戦火に巻き込まれる」

「……そう、でしたか」


 彼の口調や声色から、サーニャはある程度の事情を察した。

 先日、アルジェントによりミスリアとの軋轢を生み出した砂漠の国(デゼーレ)がいよいよ大挙したのだろう。

 

「その日には我々もミスリアへ向かう。アルマ様に世界を統べる魔剣(ヴェルトスレイヴ)を渡すのも、急ぐ必要があったのだ」


 彼の言いたい事はこうだ。砂漠の国(デゼーレ)では、ミスリアに攻め入ろうが返り討ちに遭うだろう。

 正面からぶつかって、砂漠の国(デゼーレ)がミスリアに勝てるはずがない。

 だから、後ろ盾として世界再生の民(リヴェルト)が手を貸す。勿論、ミスリアの内紛だと彼らには悟られない形で。


 それにより砂漠の国(デゼーレ)が優位になるのであれば、アルマ率いる世界再生の民(リヴェルト)が敵国を追い払う。

 砂漠の国(デゼーレ)が不甲斐無いのであれば、疲弊した隙にミスリアの王族を暗殺する。こう言った筋書きだろう。


「どちらにしろ、砂漠の国(デゼーレ)は敗戦するというわけですか」


 サーニャが見上げた先には、眉ひとつ動かさないビルフレストの姿があった。

 彼の目は全く揺らいでいないが、自分の思った内容が彼の考えとそう遠くないという確信は持てた。


「加えて、マギアもだな。尤も、こちらは最終的に同盟を組む可能性もあるが」

「……マギアですって?」


 サーニャは驚きを隠せなかった。

 勿論、世界再生の民(リヴェルト)の手がマギアにまで延びている事はサーニャも知っている。

 

 マギアは急速に発展したが故、同じリカミオル大国の小国を呑み込んでは国力を上げて来た。

 今やミスリアに匹敵する大国となったマギアが参戦するのであれば、ミスリアとて無事では済まないだろう。

 しかし、その為には越えなくていけない。そして絶対に越えられない障害がひとつ残っている。


「マギアと手を組むのであれば、ミスリアを落とすのも大分楽になるとは思いますが……。

 彼らの強さは兵器にあります。ベル・マレットが存在しない以上、無理をしないのでは?」


 突如、魔導大国マギアから姿を消した天才。ベル・マレット。

 ミスリアが国王を失った事を直向きに隠すように、マギアもまたマレットを失った事を隠していた。

 彼女が居なくては、軍事的にも成り立たない事があまりにも多い。魔導大国マギアは、歪なバランスで成り立っていた。


 尤も、世界再生の民(リヴェルト)はマレットの居場所について凡その目途は立っている。

 マギアから現れた一組の男女。シン・キーランドとフェリー・ハートニア。彼らと行動を共にしているのだろう。


 事実、ジーネスやトリスが似たような人物と接触をしたという報せは受けている。

 マギアの動向を制御する為に、まだ伝えていないに過ぎなかった。

 

「だから、マギアには『憤怒』を送り込んでいる。あの男ならば、ベル・マレットの軍事力に代わる兵力を供給できるだろう。

 後はマギア次第だ。奴らも一枚岩ではないようだからな」

「『憤怒』ですか。ワタシはお会いしたことありませんが……」


 まただ。新たな適合者の情報など、自分は知らない。

 未だ目覚めていない『傲慢』は兎も角、『憤怒』の情報などなにひとつ持っていない。

 この瞬間まで、未だ適合者が見つかっていないのだと思っていたぐらいだ。


「『憤怒』はマギアに潜伏し続けている。事が進むのであれば、そう遠くないうちに相見えるだろう」

「そうですね。ワタシもぜひ、ご挨拶をしたいですし」

「以上だ。これからミスリアを取り巻く環境は大きく変わる。

 アルマ様に力を持たせたのも、必要なことだと解ったか?」

「ええ。解りました。ワタシの知らないところで色々と動いていることも含めて」


 サーニャは僅かに、不機嫌そうな顔を見せる。

 事態が進めば進む程、眼前の男(ビルフレスト)の事が分からなくなっていく。


「私も、お前に同じことが言いたい」

「それはどういう――っ!?」


 怪訝な顔をするサーニャだったが、一瞬にして思考が真っ白に塗りつぶされる。

 顎を持ち上げたビルフレストが、不意に彼女の唇を奪ったからだった。


「なにやら、アルマ様と親しくしているようだな。暫く、お前に構ってやれなかった。

 その点で不満を溜めているのかと思ってな」

「そういうわけでは――」


 上下の唇を擦り合わせ、サーニャは否定をする。

 自分とは違い、彼は知っていた。アルマが自分の部屋に訪れていることを。

 

 一度だけ、アルマとの付き合い方に関して彼に釘を刺された事を思い出す。

 もしかすると、自分はやりすぎたのではないか。ラヴィーヌの最期が、脳裏を過った。


「ならば、欲求不満か? 今ならば、相手をしてやれるが」

「そういった意味でもありません。アルマ様にも手を出していませんからご安心を。

 アルマ様とは、ただ話をしているだけです。ご本人に確認していただいても結構です」


 サーニャは自分の太腿に伸びた手を、やんわりと制す。

 今までの自分だったら、すんなりと受け入れていたはずなのに。

 自分を慕ってくれるアルマを傷付ける気がして、その先を許す気にはなれなかった。


「……ただ、まあ。その。色々と自分が有利になるように画策している感は否めませんが」

「気にするな。お前が元々望んでいたものを手に入れるためだろう。

 アルマ様にとっても、近しい人間はいた方がいい。それは、私では決してなれないものだ」


 きっとビルフレストは、自分やアルジェントの事を指している。自分とは違う付き合い方の出来る人間として。

 淡々と話す言葉の裏に、どんな表情が込められているのかまでは読めなかった。

 今はただ、お咎めが無いという事にサーニャは安堵した。


砂漠の国(デゼーレ)が攻め入る時には、私達もミスリアへ入る。

 サーニャ、お前の働きも期待しているぞ」

「はい。勿論です」


 再び、ミスリアの大地を踏む時。それは、新たな争いを生み出す。

 サーニャは祖国の、ミスリアの貴族が嫌いだ。自分を玩具として扱っていた、醜い豚共が。

 

 一方で、大嫌いな祖国の王子に情が沸いているのも事実だった。

 これ以上、幼い彼を歪ませてしまうぐらいなら自分が手を汚せばいい。

 『嫉妬』の魔眼は、(アルマ)の為に存在しているのだと改めて悟った。

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