28.新たな旅へ
「はい。ケレナ草の採取と、トレントの討伐ですね。
お疲れさまでした、こちらが報酬になります」
「ありがとうございます」
ウェルカのギルドで受けた依頼を完了し、ピースは報酬を受け取る。
「また来てくださいね」
何度か利用して顔なじみとなった受付の女性から手を振られ、ピースは照れながらも会釈を返した。
「どう、ギルドはもう慣れた?」
一緒に依頼を受けていたフェリーが、ロビーでピースを出迎える。
「はい。フェリーさんのおかげです」
「うむ。くるしゅうない」
ふんぞり返るフェリーを見て、ピースは苦笑した。
実際、フェリーには大分助けられたのだ。
冒険者ギルドへの登録を行い、一緒に依頼をこなす。
登録証が身分証明にもなるという事なので、ピースとしては有難かった。
対して、フェリーは冒険者ギルドに登録していないが一緒に依頼をこなす分には問題がないらしい。
自由気ままに旅をしたいので、彼女は今後もギルドに登録するつもりはないと言っていた。
本日受けた依頼はポーションの材料となる薬草、ケレナ草の採取。
そしてソラネルとの街道に現れる植物型の魔物、トレントの討伐依頼を受けた。
どちらも初級冒険者向けの依頼で、上級悪魔や双頭を持つ魔犬との戦いで度胸のついたピースはそつなくこなす事が出来た。
尤も、フェリーが一緒にいたからというのも大きな理由ではあるのだが。
「それでさ、今日は早めに終わったでしょ?」
「そうですね。ケレナ草が結構すぐ集まりましたもんね」
ギルドを出て、街を歩いていく二人。
すぐ近くには露天商が売り物を並べている。
「ちょっと、寄り道していかない?」
「ダメですよ。早く宿に戻らないと」
「ちぇー……」
そう言って、安易に同意した時は片っ端から店を眺めていた。
一日分の報酬が服に変わった時は、シンも呆れていた事を思い出す。
「あ、それでね。ピースくん」
「ダメですって。帰りますよ」
フェリーは「そうじゃないんだけど……」と呟いていたが、ピースは足を止めない。
今度はきっと買い食いの相談だろうと、聞き入れるつもりは無かった。
――ウェルカ領での戦いから、既に二ヶ月が経過していた。
破壊の限りを尽くした凄惨な光景に、街の住民は酷く心を痛めていた。
街が壊されただけではなく多くの死傷者も出た事件の傷は、簡単には癒えそうにない。
魔物に変貌した者、変貌した魔物に襲われた者、そしてそれと戦って命を落とした者――。
各々が色んな形で傷を負ったが、それでも復興に向けて人々は懸命に生きている。
ウェルカ領の領主、ダール・コスタも今回の騒動を命を落とした者の一人だ。
首の落とされた死体を見つけた青髪美女の騎士が、歯噛みをしていたのが印象的だった。
それは事件が完全に解決していない事を意味していたが、今のシン達にはどうしようも出来ない問題でもあった。
……*
「たっだいまー!」
「戻りました」
フェリーが元気いっぱいに宿の扉を開けると、ベッドから身を起こすシンとそれに付きそうアメリアが出迎えた。
今日はワンピースにカチューシャをつけていて、可愛らしさを押し出している。
「お帰り、早かったな」
「こんにちは。フェリーさんにピースさん」
アメリアはシンに治癒魔術をかけている。
というものの、咄嗟の応急処置で一命を取り留めたシンだが、治癒魔術は治療を受ける人間の魔力で効果が変わってくる。
深手を負っており尚且つ魔力がほぼないシンにとっては死活問題であり、アメリアが頻繁に治療に訪れていた。
「フォスターさん! 来てたんだ」
「はい。お邪魔しています」
アメリアは定期的に王都へ報告を行うために戻るものの、基本的にはウェルカへ出ずっぱりとなっている。
戦いの後始末と、死んでいたダール。そして、見つからない『核』の調査。
時折見せる険しい表情が、まだ完全に解決したわけではないという事実を突きつける。
ただ、街に混乱を招く訳にはいかないという事で真実は国民へ伏せられている。
ダールについても、今回の戦いで犠牲になった不幸な一人として扱われている。
その点に関してフェリーが憤慨していたが、復興に向けて新たな火種を出すわけにはいかないとシンが宥めた。
アメリアも初めは護るべき民や、自らの部下。多くの命を失い、意気消沈をしていた。
それでも神器を預かる身として、自らの為すべき事を理解した上で立ち上がった。
強い女性だなと、シンが感心をしていたのをピースは知っている。
ただ、ひとつの事を除いて。
「フォスター卿、ありがとう。大分良くなった」
「あ、は……はい。無事に治ってよかったです。
それと……えっと、私の事はアメリアで良いと何度も……」
アメリアは顔を赤らめながらシンから目を逸らす。
「いや、そういうわけには行かないだろう」
相手はミスリアの騎士団長かつ、貴族なのだ。
無礼を働く訳には行かない。
「そ、それは家の話ですし……。
シンさん個人には関係ないと言いますか、ええっと……」
戦場で毅然としていた態度はどこへ行ったのか、アメリアはまごまごしてばかりだった。
是が非でも、シンに「アメリア」と呼ばれたいのが見え透いている。
(せめておれたちの居ないところでやってくれたらなぁ)
ピースは恐る恐るフェリーの方を向く。
彼女からすると、面白くないのではないだろうかと恐れての事だった。
「あ! じゃあ、あたしもアメリアさんって呼んでいいですか?」
予想に反して、意外にもフェリーはニコニコしている。
あまり嫉妬とかしないタイプなんだろうか? とピースは首を傾げた。
尤も、三角関係が見たいわけではないので仲良くしてもらえるならそれに越した事はないのだが。
「ええ、勿論です」
「やった! 改めてよろしくね、アメリアさん!」
ピースの心配をよそに、フェリーは単純に嬉しかった。
何せピアリーで初めて見た時から綺麗だと思っていたのだ。今着ている服だって彼女が着るだけでなんだかお洒落に見える。
色々着こなしとか、普段はどういう風に過ごしているのかを教えて欲しいぐらいだった。
「アメリアさん、アメリアさん」
「はい、どうしたんですか?」
「呼んだだけ~」
「ふふ、フェリーさんったら」
「えっへへ~」
五大貴族で騎士団長、更には神器の所有者。ミスリアではかなり上の立場であるアメリアだが、こうして見るとお淑やかなお嬢様にしか見えなかった。
同時に、そんな相手に対してここまではしゃげる一般人もフェリーぐらいしか居ないのではないだろうか。
戦いのあった日、自分が意識を失ったせいでフェリーが凄く狼狽えていたとシンは聞かされている。
その反動もあるのかも知れないと考えると、嗜めるのにも躊躇いが出る。
「……それで、アメリア」
フェリーがそう呼ぶ以上、自分も従うべきだろう。
そうでないと、いくら何でもフェリーが浮きすぎる。
「はいっ!?」
突然、名前で呼ばれてアメリアはシンへ向き直る。
真剣な眼差しだったのでアメリアもすぐに気持ちを切り替えたのだが、耳が真っ赤なのをピースは見逃していなかった。
「例の『核』の件は、どうなったんだ?」
「はい。あの石が行方不明である以上、またウェルカのような事が起きないとも限りません。
この度、私が単独で正式に捜索を行う事が決定しました。
……私の隊は、大勢の部下が命を失いましたしね」
アメリアの表情に僅かな陰が落ちていたが、すぐにいつもの凛とした顔を取り戻す。
「まずは、ミスリア国内から調査を始める予定です。
勿論、ウェルカの復興がある程度終わってからになりますけど」
この件は国民の混乱を招かない為に極秘で進め、怪しまれないよう普段から国中を出歩ているアメリアが適任だという声があったと、彼女は補足をした。
「それ、あたしたちに話してよかったの?」
「安心してください、陛下の許可は得ています。
逆に、恩人に失礼のない様振る前と釘を刺されましたから」
「ちなみに、アテはあるんですか?」
アメリアは首を振る。
「いえ、まったくと言っていいほど手がかりがありませんから。
まずは変わった事がないか地道に探していくほかありませんね」
気が遠くなるような話だが、ウェルカのように既に魔の手が伸びている所もあるかもしれない。
自分が今まで見てきた国が、上辺だけのものではない事をアメリアは切に願った。
「ところで、皆さんはこれからどうするのですか?」
「俺の傷も大分塞がったし、旅の準備を整えたらウェルカを発つつもりだ」
寂しそうな顔で「そうですか……」とアメリアが呟く。
「でも、マナ・ライドも壊れちゃったし。どうするの?」
シンはこの二ヶ月、ずっとその事について考えていた。
移動手段であるマナ・ライドは勿論、自分の武器である魔導弾もその大半を失った。
銃が普及していないミスリアでは通常の弾丸を仕入れる事すら困難な上、魔導弾に至っては購入できるものでもない。
「……一度、マギアに戻るか」
「え゛っ」
途端、フェリーが苦虫を噛み潰したような顔に変わる。
ピースとアメリアには、それが何を意味するのか見当もつかない。
「もしかして、マレットのところ?」
「他にないだろう」
整った顔立ちが台無しになる程、フェリーは顔を歪ませた。
「あの、マレットというのは……?」
「魔導刃や魔導弾を作った張本人だ。
俺のマナ・ライドもマレットが改造したものだ」
そう言えば聞いたことがある。
マギアの発明家の中でも、次々と新たな魔導具を生み出す天才発明家。
ただ、偏屈な性格のせいで発明したものが世に出回るかと言えばそうとは限らない。
魔導刃も魔導弾も見た事がないと思ったが、マレットの作品であるのならとアメリアは納得した。
「ゼッタイ、ゼッタイ! ぜーったいにヤダからね!」
腕を交差させ、フェリーは全力で拒否をする。
「それなら、徒歩になるけどいいか?」
「そっちの方がマシ! ゼッタイいかないからね!!」
そこまで拒否するとは一体過去に何があったのだろうかと、ピースは邪推してしまう。
マッドサイエンティストとかいう奴だろうか? と妄想が膨らんでいく。
「……分かった。このまま旅を続けよう」
こうなったら、フェリーは決して意見を変えない事をシンは知っている。
残り少ない魔導弾は、切り札として運用していくしかないと諦めた。
(なら、代わりの武器を調達しないとな)
リハビリも兼ねてしばらく剣を振るうのも悪くないかと、シンは思った。
「それじゃあ、次はどこに行くんですか?」
ピースの問いに今度はシンが顔を訝しむ。
おかしな事を言ったつもりではないのに、ピースは冷や汗を流した。
「フェリー、まだ言ってなかったのか?」
「言い辛くて……ゴメン」
「はい?」
シンとフェリーの間では意思の疎通が取れているらしい。
余計にピースは不安になった。
「ピース、お前と一緒に旅は出来ない」
「え……」
ピースの血の気が引いた。
当たり前のように一緒に居たから、これからも一緒に居ると勝手に思い込んでいた。
しかし、彼らは元々二人で旅をしている。自分が邪魔だと思われても仕方がない。
「あ、そ、そうですよね。おれ、勝手に付いていくつもりで……。
お邪魔ですよね。ご迷惑をおかけしてすんませんでしたぁ!!」
「待て待て。お前、今絶対マイナスに受け止めているだろ」
部屋を飛び出ようとしたピースを、シンが止める。
しかし、邪魔以外のどんな理由があるというのだろうか。
「フェリーとちゃんと話したんだ」
「おれとは話してませんけどね」
ピースが恨み節を言った事で、シンは少し困った顔を見せる。
しかし、そのままシンはフェリーをじっと見た。
「ゴメンってばぁ……」
フェリーはばつの悪そうな顔で謝っている。
「ピースが邪魔なら、そもそもここまで連れてきていない。
お前には随分と助けられた。ありがとう」
「そんな、おれの方こそたくさん助けてもらって」
真剣に、丁寧に話そうとするシンの意思を感じる。
「黙って決めた事は悪いと思っている。
ピースの為だって言うつもりはない。ただ、これからも俺達と旅をさせるわけには行かない」
シンは続ける。
彼の言い分が終わるまで、ピースはちゃんと聞こうと思った。
納得できるかどうかは、その後の判断だ。
「知っての通り、フェリーは不老不死だ。何をしても死なないから無茶をする」
ピースは知っている。自分の命をあまりにも軽く扱ってしまう彼女を、哀しいと思った事もある。
「俺はフェリーを殺すと約束をした。だから、旅の途中で何度もフェリーを殺す」
それも聞かされている。幼馴染の少女を殺す彼も、哀しくないのだろうかと考えた事もある。
「最初にフェリーを撃った時、俺に怒っただろ。
『やっちゃいけないだろ』って言われた時は、その通りだと思ったよ」
そんな事もあったと思い出す。そのあとの土下座まで思い出してしまった。
「いや、でもあれは理由があって……」
「それでもやっぱり人を殺すのは『やっちゃいけない』事だし、お前の感覚が正しいんだよ。
俺は……いや、俺達はそのままで居て欲しいと思っている。
フェリーを殺す光景を何度も見せて、お前が『死』に慣れて欲しくない。
だから、お前は連れていけない。……すまない」
聞いてみれば、なんてことは無い。
シンもフェリーも、自分の倫理観を大切にしてくれたのだった。
確かに、今でもフェリーを『殺す』と言われて違和感が残る。
一緒に旅をする事で、その感覚がなくなるという事は『死』に対して無頓着になる。
彼はそれを危惧していた。
実際、シン自身も先日の戦いで命は二の次だと言わんばかりの行動をしていると聞いている。
二人揃って、自己犠牲精神が行き過ぎているのだ。
同時にピースは、これまでの二ヶ月を思い出した。
シンは療養しながらも、文字の読み書きを教えてくれていた。
アメリアが顔を出した時は、魔術について教えてくれていた。
今思えば、フェリーがギルドで依頼を手伝ってくれたのも自分を自立させる準備だったのかもしれない。
……そうなると、アメリアもこの件を知っていたという事にはなるのだが。
「アメリアさんも、知っていたんですか?」
「はい。『自分達じゃ魔術を教えられないから、基礎だけでも』とシンさんから伺っていました。
あまり、事情に口を出すべきではないと思ったので私からはお伝え出来ませんでしたが……」
やはり、皆が自分の事を考えて行動していてくれたのだ。
この世界で、自分が生きていけるように。
「ピースくん、ゴメンね。言おうと思ったケド、言い辛くて……」
「いえ、おれの方こそ拗ねたりして……。すいませんでした」
転生して、初めて出会ったのがこの人たちなのはきっと奇跡的な幸運だ。
ピースは心から、そう感じた。
……*
それからあっという間に一月が過ぎた。
各々が、それぞれの道に向かって旅に出る。
「では、シンさんにフェリーさん。ピースくんもお達者で」
まずはアメリアがウェルカから去っていく。
凛とした佇まいで、後ろ姿からもその気品が溢れていた。
「じゃあ、おれも。お二人とも、本当にありがとうございました」
アメリアの出発の日に合わせてピースが出発を決めたのは、そうでもしないと二人と離れる踏ん切りがつかないからだった。
しかし、もう大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「でも、本当にいいのか?」
「はい。もう決めましたから」
ピースが目指す先は魔導大国マギア。それもマレット博士の元だった。
「あたしだったらゼッタイヤダ……」
名前を出すたびにフェリーが遠い目をするので、あまり話を聞きすぎると決心が鈍りそうになる。
シンが言うには、無茶苦茶はするけど命までは取られはしないと聞いているのだが……。
ただ、転生者なんてマレット博士も遭った事がないので絶対に歓迎されるというお墨付は貰っている。
「それより、魔導刃は返さなくてもいいんですか?
おれとしては助かりますけど……」
「いいよいいよ。あたしも持ってるし、ピースくんも護身用にね」
正直に言って、魔導刃があるのは助かる。
基礎的な魔術や剣術は教わったが、旅を続けるにはまだ聊か頼りない。
「それに、マレットの所に行っても俺達の知り合いという証拠が必要だろう。
魔導刃はフェリーが持っている分しか存在していないからな」
「それもそうですね」
わざわざマギアまで行って、門前払いを喰らうなんて考えたくない。
「……それじゃあ、おれも行きますね」
本当はもっと話をしたかったが、これ以上いると本当に離れる事が出来そうにない。
ピースは話を切り上げ、アメリアとは違う方向へ歩みだした。
小さな背中が見えなくなるまで、シンとフェリーは彼を見送った。
「……行っちゃったね」
「ああ、そうだな」
残ったのは、不老不死の少女とそれを殺すと誓った青年。
「あたしたちは、ドコに行こっか?」
「そうだな……」
二人の旅に目的地はない。
フェリーに『死』という名の『救い』を与える日。それが旅の終わりだった。
「――まずは、昼飯でも食べながら考えるか」
「さんせー!」
フェリーの太陽のような笑顔を見て、シンは苦笑した。




