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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第一章 その魔女、不老不死につき
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2.魔女と館

 フェリーはいかり肩で風を切り、一歩ずつ大地を踏みしめる。

 つま先が地面に埋まり、小さな足跡がそこら中に刻み込まれていく。

 頭から蒸気でも出しそうな勢いで、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。


「あーーもう! おこった!!

 なによ! なによなによシンのやつ!」


 シンはいつもそうだ。何かあるとすぐネチネチと小言を垂れる。

 我儘が多いだとか、無駄遣いが多いだとか言われる筋合いなんてない。

 

 自分が失敗するって判っているにも関わらず、前金を遠慮なく取るのが原因だと気付いて欲しい。

 旅にも付き合わせている後ろめたさから、きちんと払うと言い出したのは自分自身ではあるけれど。

 普段は結構優しいのに、肝心なところが手厳しい。


 ご飯だって食べなくても死ぬことはないけど、お腹が空くのだから仕方がない。

 世界中にたくさん美味しい食べ物があるからだ。

 それを教えてくれたのだって、シンだというのに。


 それに――。

 

 おもむろに、鞄の中から金欠の原因となった香水を取り出す。

 

 これだって、買っちゃうのは仕方がない。

 一緒に旅をしていると、宿に泊まれない日も多い。

 そうなると、野営をするわけで――。


「……誰のせいだと思ってんの」

 

 魔物や盗賊に襲われる事もあるから、交代で見張りをする必要がある。

 つまり、何日も身体を洗えていない状態で行動を共にする機会も少なくない。

 シン自身の口から実際に発せられた記憶はないものの、臭いだなんて思われる事は乙女としては死刑宣告に等しい。

 

 特に寝ている時は最悪だ。

 自分が寝ているという事は、シンは起きている。

 その間、無防備な姿を晒している事になる。寝汗を搔いていた時だってある。

 

 逆の立場ならどうだろうと、実はこっそり寝ているシンの体臭を確認したこともある。

 多少の汗臭さはあるものの、料理をしている関係か、いい具合に香辛料の匂いで体臭が紛らわされていたりする。

 ズルいと思ったりもしたのだが、料理は作るより食べる専門の自分が言える立場ではない。

 とにかく、シンの体臭で自分が不快な気分になった事はないのだ。


 だけど自分は気ままに旅を続けていて、汗を搔く。

 時には魔物の返り血を浴びたり、自分の血で汚れる事もある。

 近くに川があれば、洗ってはいるものの簡単に落ちるわけではない。

 とにかく、臭いを誤魔化すためにも香水は必須なのだ。

 

 一緒に旅を続けているから、自分なりに気を遣っている。

 それを「無駄遣い」と一蹴されるのは心外だった。

 

 他にもいろいろ良さげな物を見つけると買っちゃう事もあるけれども、その時は必要だと思っているのだ。

 財布は別々に管理しているし、借りたお金はちゃんと返している。


(うん、あたしは悪くない)


 一通りの自己弁護は済ませたものの、当然それで財布の中にお金が沸いて出てくるわけではない。

 大見得を切った以上は、次に顔を合わせる時にはある程度の形を示す必要があった。


 尤も。

 賞金首や魔物の討伐依頼はない。冒険者用の依頼もない。

 村を軽く散策したが日雇いで働かせてくれる場所もなかった。

 声をかけた人全員に訝しむような眼で見られたが、よそ者に厳しい村なのだろうか。


 いよいよ仕方がないと、買ったばかりの香水を質に入れようとも考えたのだが。

 雑貨屋で「ウチにこんなものをつける人はいない」と買取を拒否されてしまった。

 

 そんなわけがない。フェリーは購入前にちゃんと香りを確かめてある。

 主張しすぎず、鼻腔をかすかにくすぐるさわやかな香りが気に入ったから購入したのだ。

 雑貨屋のおじさんの趣味で買取を拒否されたに違いない。あの人はきっと色気を漂わせるような匂いが好みだったんだろう。

 私と同じぐらいの恰好をした女性なら気に入ってくれたに違いない。

 

 そこまで考えてフェリーはある事に気付く。


「……そういえば男の人ばっかりなの、なんでだろ?」


 昼食を食べたお店しかり、この村であった人物は全員男だった。

 軽く尋ねてみたら林業と農業が主体らしいので、男手ばかりが視界に入っているのかもしれない。

 でも、自分も小さいころは農作業とか手伝ってたしなぁ。と、物思いに耽る。


「……まぁ、いっか!」


 だが、すぐに考える事をやめた。

 フェリー自身、頭を使う事が得意ではないし、旅の途中で立ち寄っただけの村なので深く受け止める事はなかった。

 男は外に出て働いて、女は家を守るといった風習の村なのかもしれない。

 それよりも、お金だ。どうにかして日銭を稼がなくてはならない。


 お金でも落ちてこないものかと、あり得ない願望を求めて空を見上げると、丘の上にある建物が視界に入った。

 全体的に質素な村で異彩を放つ立派な館。フェリーがこの村を見つけるきっかけとなった建物。

 それがこの村にとって地位の高い人間が住んでいる場所であろうという事は容易に想像できた。


「あそこに何か仕事あったりしないかなぁ」


 薪割りぐらいならできるんだけど。などと考えながら、フェリーは館を目指した。


 ……*

 

「はぇ~……」


 丘の上に到達したフェリーは、思わず感嘆の声を上げていた。

 ぽかんと開けた口を慌てて塞ぎ、改めて見直してみる。

 

 無機質な石材が積まれた塀は、文字通り壁となってフェリーの眼前に立ちはだかる。

 壁は遠目に見ていた印象よりずっと高く、これでは盗賊も侵入を諦めるだろう。


 そして、こうまで隠されると好奇心が擽られる。

 これだけ立派な館に住んでいるのであれば、お金を持っていそうだ。

 うまく仕事にありつけるかもと期待を膨らませて塀沿いに歩いていく。


 やがて塀の切れ目が見え、代わりに眼が捉えたのは鉄製の門。

 そこに仁王立ちしている背の高い男。脇には得物と思われる戦槌が壁に立替えられていた。

 ほぼ同時に、互いがその存在を認識する。


「誰だ? 見ない顔だな」


 先に言葉を発したのは、男の方だった。

 大柄の男は突き出た顎を上下に動かし、フェリーに話し掛ける。


(……門番さんなのかな?)


 見下ろされた状態で、フェリーは思考を巡らせる。

 男は警戒しているのか眉を顰め、まじまじとフェリーの顔を眺める。

 品定めでもされているようにも感じて、なんだか肌がざらつくような不快感を覚えた。

 敵意とも悪意とも取れないが、警戒をされているようでなんだか唇が渇いていく。

 

「ええっと、あたし何か仕事を探していて……」


 居心地の悪さに耐え切れず、フェリーは館に訪れた理由を話した。

 

「ほお。こんなところに珍しいな」


 男は身をかがめ、フェリーの顔を覗き込む。

 不気味に上がった口角が不快感を増したが、それを口に出すわけにもいかない。

 内心「失敗したかな?」と後悔をする。


「その恰好、冒険者か?」


 動きやすいようショートパンツに厚手のシャツ。その上から革製の胸当てで胸部を守っている。

 さらには外套(マント)を羽織っているので、そう見られる事も多かった。

 事実、やっている事はそう変わりない。

 

「あっはい。でもこの村にはギルドもなくて困ってたんです」


 厳密にいえばフェリーは冒険者ギルドに登録をしていない。

 ただ、こういった場合は説明するのも億劫なので冒険者と答える事にしている。

 依頼を受ける事はある。ギルド側から割のいい依頼を斡旋される事はないが、旅人なので路銀さえ稼げればさほど困らない。

 掲示されている賞金首を捕まえるのが主な収入源のフェリーにはそれで充分だった。


「あっはっは! なんもねぇだろ、この村。

 初めて来た時はやらかしたと思ったぜ!」

「おじさんは村の人じゃないんですか?」


 おじさんという言葉に反応した大男から若干睨まれ、フェリーはたじろぐ。

 どう見ても40代、それ以上かと思ったのだけど違ったのかもしれない。

 またしても「失敗したかな?」と後悔する。


「あぁ、ここの旦那様に雇われてな。

 何もないトコだが、それが逆に気楽ってもんだ。

 嬢ちゃんもそんだけ見た目がよけりゃ、旦那様が大層気に入るだろうよ」

「そ、そうなんですか」


 見た目で判断するのは、あまり良くないと思うのだが口にはしなかった。

 口にした途端、仕事を得る可能性が失われると懸念しての事だった。

 

「ま、オレの女になるって手もあるぜ? これでも結構稼いでるからな」

 

 そう言って大男はフェリーへと手を伸ばすが、反射的に躱してしまう。

 一応嫁入り前の娘なので、過度な接触はご遠慮願いたかった。


「あはは。ど、どうも~……。

 でも、あたしそんなにこの村に長居する予定はなくって……。

 できれば日雇いとか、そういうお仕事がありがたいんですけど……」


 躱された事に男が小さく舌打ちをしたが、聞こえないフリをした。

 さっきから小刻みに彼の反感を買っている気がするが、「だってイヤなものはイヤだし」と自分に言い聞かせる。

 やたら距離感が近いからだろうか? さっきから不快感で肌がざらつく。


「なんだ、そうなのか。

 そういうのは旦那様に訊いてみないと分からないな。

 ――おい、ゴッドー!」


 大男がそう呼ぶと、門の向こう側からもう一人、キツネ顔の男が現れる。

 

「はい、なんですか? ブルーゴさん」


 ゴッドーと呼ばれた男は小走りで大男の元へと向かう。

 

「このお嬢ちゃんがウチで働きたいらしいんだが、旦那様に訊いてきてくれや。

 なんでも、日雇いが良いらしいぞ」

「りょーかいです」


 軽く返事をすると、ゴッドーは踵を返した。

 使いっ走りにされているようにしか見えないけど、その従順さにフェリーは感心した。

 自分がシンに言われたら多分怒るし、シンに言っても多分怒られる。


「旦那様は心が広いお方だからな。

 安心していいと思うぜ」

「あはは、そうですか〜……」


 ゴッドーを待っている間、ブルーゴの話に適当に相槌を打ってやり過ごそうと心に誓う。


 それにしても――。


「――あの時、オレがいなかったらパーティは全滅していたな」


 出るわ出るわの自慢話で、顔に張り付けた愛想笑いもだんだんと引き攣る。


 どんな魔物と死闘を繰り広げたか。

 自分の能力はどれ程優れているか。

 たまに自慢以外の話が出るかと思えば、他人をバカにしたような内容で聞いていて気持ちいいものではなかった。

 アピールされているのか自慢話を聞いて欲しいだけなのか、まったく判らない。


 話を聞くのにうんざりしてきて、笑顔を作るのに限界が差し詰まった頃。

 ようやくゴッドーがその姿を現した。


 ブルーゴへ旦那様とやらから聞いた話を伝えているようで、ポツンと取り残され手持無沙汰になる。

 何を話しているのかまでは聞き取れないが、視線がこっちに向いたり、会話の間にいやらしい笑いが混じっているのは少し気味が悪い。


「どうやら今日は使用人(メイド)に欠員が出て困っていたらしい。

 お嬢ちゃんに今日だけでいいから館の掃除や雑用を頼みたいそうだ」


 館の掃除。あと雑用。

 それなら自分でもなんとかなりそうだと胸を撫で下ろす。


「それぐらいなら、あたしでもできます。やらせて欲しいです」

「悪いな。冒険者に頼むことじゃないんだろうが」

「いえいえ。お給金が貰えるなら精一杯やりますよ!」

「なら、旦那様に紹介するから付いてきてくれ。

 給金の交渉は旦那様としてくれよな」


 ゴッドーに案内され、門の内側へと歩みを始める。

 門の先にある景色は、豪華な装飾を施されている館。遠目に見えた通りの印象だった……のだが。

 

(……あれ?)


 フェリーの印象より、館が頑丈そうな印象を受けた。

 建築に明るいわけではないが、壁が普通の民家より遥かに分厚いような気がする。

 違和感こそ覚えたが、これだけ立派なら有事に備えて丈夫に作ったりするのだろうかとも思う。


(こんなもんなのかな?)

 

 首を傾げながらも、フェリーはゴッドーの後ろを付いていった。

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