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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第四章 その日へ向けて
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264.隠された通路で

 ミスリア王宮の地下に、極僅かな者だけが知る通路が存在する。

 第二王女(イレーネ)の護衛であるロティスが魔術を用いて生み出した、外部へ脱出する為の隠し通路。

 

 従来も王族が使用する隠し通路自体は存在していたが、現在では取り壊されている。

 同じ王族である第一王子(アルマ)、更にはその護衛を兼ねていたビルフレストにとって既知の道。

 先の戦いでビルフレストが侵入に使用した可能性が高いと判断し、同じ過ちを繰り返さぬようにという判断からだった。


 新たに作られた隠し通路を知る者は王妃(フィロメナ)第二王女(イレーネ)に加え、製作者であるロティス本人と騎士団長のヴァレリアだけだった。

 イルシオンやフィアンマは勿論、臣下の殆どが存在すら知らない。

 いつ何時。寝首を掻かれるか分からないと、サーニャが黄龍に乗って現れた時の発言が楔となって残っている証でもあった。


 その不可侵の領域に新たに足を踏み入れる者が居た。

 同じくミスリアの王族たる第三王女(フローラ)。そしてその護衛を務めるアメリアとオリヴィア。

 そしてマギアの誇る天才発明家ベル・マレットに、妖精族(エルフ)のストル。

 どうしてもこれから行う事に欠かせない人物達でもあった。


「そんじゃ、転移魔導具の設置はココでいいんだな?」

「ああ、よろしく頼むよ」


 先日、ディダを妖精族(エルフ)の里から転移させた事で転移魔術の完成をミスリア国内に知らしめた。

 密偵が王宮内に潜んでいる場合、転移魔術の存在が世界再生の民(リヴェルト)に知られる危険性がある。

 それらを考慮した結果、転移魔術の実演は本来の設置場所ではなく、更には魔導具も用いていない。


 オリヴィアとストルが地面へ直接魔法陣を描き、術式を組み上げる。

 描いたのは出口に該当する魔法陣のみ。一方では完結しない上、妖精族(エルフ)の術式を取り入れている以上そう簡単には解読されない。

 転移元となった妖精族(エルフ)の里でも同様で、ディダに魔法陣を見られないようにリタとテランが配慮をしている。


 元より、シンがカタラクト島で短距離の転移を披露している。尤も、目撃者は全員命を落としている事を彼らは知らない。

 故に転移魔術の存在自体は知られても構わない。だが、そう簡単に情報は渡さないと言う構えで挑んでいた。

 

 マレットやオリヴィアにとって、ひと通りの披露を終えた今からが本番となる。

 魔法陣を投影する為の魔導具。更に、魔力の漏出を感知されない魔導具を地面へと埋め込んでいった。


「ところでマレットさん。魔力の漏出はどうやって解決したんですか?」

「お、いいトコ訊いてくれるじゃん」


 見慣れない魔導具を前にして、アメリアは全く構造が理解できなかった。

 オリヴィアやストルも、投影される魔法陣自体は理解しているが魔導具の構造はマレットに一任している。


「まずはストルの案で、起動時とそうでない時で魔力に指向性を持たせた」


 今回、マレットが用意した魔導具は転移の入口と出口の両方を担っている。

 その為、出口として利用する際に魔力を受け取る受信機(アンテナ)が必要だった。


「使わない時は、魔力の向きを地中へと送っているんだ。

 魔導石(マナ・ドライヴ)が流し続けた魔力は、やがて量が増すと共に地表へ現れだす」


 魔術大国ミスリアと言えど、ドナ山脈の北側(ノースドナ)に比べると、魔力濃度が濃いとは言えない。

 実験と称して魔導石(マナ・ドライヴ)を地面に埋めた際、妖精族(エルフ)であるストルに感知してもらったので間違いない。

 この地で魔導石(マナ・ドライヴ)を起動し続けると、必ず隠し切れない魔力が漏出する。


「それを受け取るのが、コイツだ」


 マレットが取り出したのは、誰がどう見ても篩だった。

 

「篩……ですか?」


 先日料理で使った事もあり、フローラにとっては馴染みのある調理道具。

 けれど、それがどうして魔導具に組み込まれるのだろうか。オリヴィアの反応を確かめても、彼女も肩を竦めるだけだった。


「この網の表面は、魔力を分解する素材で覆われてるんだ」

「つまり……?」


 アメリアやオリヴィア、そしてロティスといった魔術を嗜む面々はある程度察しがついた。

 一方で、魔力を攻撃に転化するだけのヴァレリアが取り残される。

 王族以外では自分だけだという事実が、彼女の顔を引き攣らせた。

 

「ええと、つまりだな……」

 

 ヒントとなったのは、ピースが持ち出した『怠惰』の核。

 マレットの仮説ではジーネスが会得した『怠惰』は、魔力の動きを分解しているか、停止をしている。


 破棄(キャンセル)過程(プロセス)までは煮詰めきれなかったが、自分も原理として似た魔導具を生み出していた。

 魔導砲(マナ・ブラスタ)弾倉(シリンダー)を回転させる事で、魔力を()()していく魔導具。

 魔力が結合する事で、疑似魔術の発射を可能とする。逆転の現象を起こせば、魔力は霧散するのではないかという発想。


 それだけでは、魔力がどの段階まで分解できるかが判らない。

 絶縁体から派生した鋼の蓋も悪くはないが、分解した魔力をその場に留めてしまってはまた結合する恐れがあった。


 最後に残った問題を片付けたのが、イリシャの家で眺めていたお菓子作りだった。

 小麦粉を篩に掛け、空気を含んでいくという作業。同じ現象を、魔力でも再現出来ればいいのではないかという着想。


 篩に触れた魔力が分解されていき、小さな魔力の粒子となって地表へと昇っていく。

 細かな粒子は地中や大気中に含まれている自然の魔力に溶け合っていき、やがて自然へと還る。

 これがマレットの出した結論であり、生み出した魔導具の全容。


「実際に(こいつ)魔導石(マナ・ドライヴ)を埋めて、ストルに漏出も確認してもらった」

「ベルの言う通り、一度細かく分解して大気と混ざり合えば違和感は無くなる。

 妖精族(エルフ)のように魔力の感知に優れた者が余程意識をしなければ、悟られることはないだろう」


 だから、この隠し通路を魔力で感知される心配は要らないとストルは付け加えた。

 フィロメナやイレーネよりも胸を撫で下ろしたのは、ロティスだった。自分が苦労して造ったこの道が、無駄になる事はないと安堵した。

 

「おお、さすがはベルさん……。ストルも、色々と手伝ってくれてありがとうございます」

「ベル自身は勿論、ピースの知識やイリシャの言葉が決め手となった。私の言葉など、些細なものだ」

「ああ、だから抱きしめるの拒否したのか? 別にアタシは構わないのに」


 マレットは両手を広げ、「今からでもいいぞ」と受け入れる体勢を見せる。

 目を点にする王族達と、目を点にするストル。


「……妖精族(エルフ)の里では、ああいった形で感謝を示すのか?」

「違いますよ。ベルさんはああやって揶揄うけど、ストルは妙な自尊心(プライド)が邪魔して素直になれないだけです」

「待て、オリヴィア! 私はそういう意図など一切ないぞ!」


 ため息を漏らすオリヴィアにストルは慌てて取り繕う。


「どーですかねー。ベルさんは美人だし、大きいですからねえ。

 ピースくんみたいに素直になっても、誰も怒ったりはしないですけどねえ」

「オリヴィア!」


 誤解だと訴えるストル。このままでは自分はおろか、人間の王族に妖精族(エルフ)という種族が誤解されかねない。

 自分ひとりの問題ではないと、彼は必死に弁明を続けた。


「オリヴィア。貴女もストルさんにたくさん助けられているでしょう。

 打ち解けるのはいいことですけど、限度があります。そもそも、王妃様や王女様がいらっしゃるのですよ」

「……はい。すみません、お姉さま」


 見兼ねたアメリアが仲裁に入ると、オリヴィアは素直に頭を下げる。

 眼前のストルが「まず自分に謝るべきだろう」と眉を顰めていた。


「……フローラ。妖精族(エルフ)の里は、楽しいかしら?」

「ええ、イレーネ姉様がご覧になっている通りですわ」

「そう。よかったわね」


 お菓子作りもそうだが、排他的と教えられた妖精族(エルフ)がこうやって人間と打ち解けている。

 可愛い妹も笑みを絶やさない。その場に自分が居ないのは寂しいけれど、フローラが喜んでいるならそれでいいと、イレーネは頬を緩ませる。

 漸く姉妹として、距離を縮めようとしているイレーネとフローラ。彼女達の様子を、王妃(フィロメナ)は温かい視線で見守っていた。


 ……*


 隠し通路に設置した転移魔術の魔導具は、誰にでも扱えるものであってはならない。

 妖精族(エルフ)の里から離れた位置。アルフヘイムの森に設置予定の、対となる魔導具も同様だった。

 

 どちらかの入口を解放したままであれば、何かの拍子に崩壊する恐れがある。

 話し合いの結果、隠し通路の魔導具を用いて転移が可能となるのはミスリアの人間では王妃(フィロメナ)第二王女(イレーネ)、そして第三王女(フローラ)のみとなった。

 

 一方で、妖精族(エルフ)の里に危険が及んだ場合。

 その救済措置として、妖精族(エルフ)の女王であるリタと小人族(ドワーフ)の王であるギルレッグも使用できるように取り決めを行った。

 本来であれば魔獣族の王であるレイバーンも呼び寄せたいのだが、彼の体躯ではこの通路を通る事が出来ない。

 妖精族(エルフ)の里へ戻った時に、レイバーンに納得をしてもらわなくてはならない。尤も、彼はそんな事を気にする男ではないと知っているのだが。


「ロティス兄さんや、ヴァレリアは使用できないのですか?」

「それを言うなら、アメリアやオリヴィアもです」


 イレーネとフローラから漏れた不満は、自分達だけが逃げるというものだった。

 ずっと親身に仕えてくれている臣下を置いてなど行けないと、彼女達は訴える。


「アタシたちまで使うと、収集がつきませんよ」

「ヴァレリアの言う通りです、イレーネ様。それに、万が一の時は誰かがこの通路や魔導具を破壊しなくてはならないでしょう」


 ヴァレリアとロティスは、最初からそうなる事を受け入れていた。

 アメリアとオリヴィアも変わらない。王女の寵愛を受けているからといって、自分達だけが特別になってはいけない。


「お二人の言う通りです。ただ、いつまたミスリアが攻められるか解りません。

 先日の砂漠の国(デゼーレ)の件もありますから、あらゆる方向に気を配っておく必要があります」

「その時のために、ミスリアの郊外にもうひとつ転移魔術を用意しておきますよ。

 ミスリアが危機の時は、わたしたちは必ず駆け付けますよ! 本当に危ない時の、保険ですって」


 その言葉を聞いて、僅かではあるがフローラな安堵した。姉妹同然の彼女達と突然離れ離れになるのは、フローラにとっては耐えられない。

 オリヴィアが言うもうひとつの転移魔術は、妖精族(エルフ)の里に住む者なら誰にでも利用できる物を予定している。


 こちらは単純に、対世界再生の民(リヴェルト)を想定して戦力を転移させる物だった。

 妖精族(エルフ)の里からミスリアへの一方通行であり、帰りは自力でドナ山脈を渡る必要がある。

 

 先日披露した転移魔術に結び付ける答えとして、用意している囮でもある。

 王族を逃がす為の本命は、何が起きても知られてはならない。


「ただ、魔導具がまだ完成してないんだよな」


 顔を綻ばせるフローラの向かい側で、マレットがばつの悪そうな顔をしていた。

 転移魔術を使用する為の魔導具を造るにあたって試作を重ねた結果、枯渇してしまった物がある。


 魔術を分解させる魔導具の材料として、マレットは魔術金属(ミスリル)を糸状に加工した物を利用している。

 小人族(ドワーフ)も加工という点ではミスリルを扱えるが、精製となるとやはりミスリアの錬金術師に一日の長があった。


「ああ、それでシンさんとフェリーさんに頼んだんですか!」


 オリヴィアは得心がいったと、手をポンと叩く。

 今朝方、シンとフェリーがミスリアの王都を発った。同行者として、イディナを連れて。


「ナタレ鉱山なら、イディナの実家が近いからな。マレット殿から相談を受けて、アイツに案内させることにしたんだ」


 ムードメーカーであるイディナがまた外に発つと耳にして不満の声も漏れていたが、ヴァレリアは一喝をした。

 結果、今はライラスが訓練に精を出している。イディナが帰ったら、また皆からもみくちゃにされる事だろう。


「でも、シンさんとフェリーさん……」


 今朝の二人の様子を思い出し、アメリアが声を漏らす。

 オリヴィアは視線を逸らし、ストルは何とも言えなさそうに目を瞑った。


「いやあ、アレはしゃーないだろ。シンが折れないと知ってるからこそ、フェリーだって了承したんだから」


 腕を組みながら、マレットは息を吐いた。まさか、ミスリアに戻ってこんな事になるとは思ってもみなかった。

 付き合いの長いマレットからすれば、どちらの言い分も解るものだった。


「イディナさんが板挟みに遭ってしまったら、可哀想ですけどね……」

「それは、まあ……な」


 頬を膨らませるフェリーを宥めるイディナの姿。

 年齢からすれば明らかに立場が逆なのだが、容易に想像できてしまうものだった。


 それでもきっと、シンは決して譲らないだろう。

 その確信が、彼を知る者の中では共通の認識となっていた。

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